オオカミの日本導入については、以前から反対しているので、ひとこと意見をいわせてもらいます。生物の個体または個体群は、それぞれが生まれ育った自然環境と切り離しては考えられません。食べることを通しての、多様な動植物との関係、群同士の相互関係、群の内部での関係など、あらゆる関係性のネットワークのなかで、それぞれの個体あるいは個体群が生きています。個体群の歴史性もまた、無視できません。特定の個体または個体群を、生息環境から切り取り、他の生息環境に貼り付けることは、個体・個体群や生息環境にとって大きなストレスを発生させます。個体群が、自然状況のなかで移動し、他の場所を大きく攪乱することなしに生息地を変えることは、あり得ますが、移動に侵略的行為が伴うことも多く見られると思います。個体群を人為的に移動させる場合、移動先または元来の自然環境について、充分な知見を得た上でそうすることは、一般的にまず不可能だろうと思います。特にオオカミのような哺乳類については、生息域面積も広大で、しかも変動的であるわけです。移動させた生物を、限定された場所に確保し、完全な管理下で飼うことが可能で適当な場合には別でしょうが、野生オオカミを移動させた上で飼い殺しにするのは、悲しいことです。
増えすぎたシカの天敵として、オオカミを導入するといいまが、シカが増えすぎたとすれば、その主たる原因は、森林生態系の多様性を崩壊させた植林行為や草地造成にあるのではないでしょうか。また、シカなどの草食動物がバランスを崩して増えすぎている場合には、その頭数を作用する有効的なものは、第一に植生の変動(シカなどが食べにくい種類への植生の遷移など)、第二に気候的変動(大雪など)であり、かりにオオカミなどの捕食者があっても、草食動物の頭数のバランスを取り戻すことを捕食者に期待することは、まず無理だろうと考えます。このような形でオオカミ導入を考えることは、人間が引き起こした自然破壊の始末をするのに、野生のオオカミを生来の天地からはぎ取って、人間による開発行為によってずたずたにされた日本に移動させ、移動させた場所にも、計り知れない問題を招くことになりましょう。
アメリカでのオオカミ再導入は、陸続きの場所からの移動であり、丁寧な準備のもとにされているようですが、それでも、移動先でコヨーテなどの捕食者が無差別的に殺されたり、犬との交配による攻撃性の強い個体の発生、牧場経営者などによる導入オオカミの殺害など多くの問題を起こしているのみか、導入によって先住オオカミが絶滅危惧種指定からはずされることになるなど、法的問題も追求され、イエロウストーンなどに導入されたオオカミはすべて除去せよとの裁判所命令までだされています。日本へのオオカミ導入は、導入されるオオカミにとっても、導入される場所の生態系にとっても、周辺の人間にとっても、悲劇を引き起こすことになると考えます。
弥永健一