ペンタゴン報告書

益岡 賢
2005年9月15日

最近の「激しい気象」の中、一方でハリケーン・カトリーナについて「地球温暖化の影響ではなく、通常の気候サイクルの一現象に過ぎない」といったコメント(これはインターナショナル・ヘラルド・トリビューンの9月6日頃だったと思う)が寄せられる中、拙訳『ピーク・オイル』より、ペンタゴンの地球温暖化に関する報告書についての部分を抜粋します(翻訳は最終改訂前のもののため、本のものとは違っている場合があります)。

地球温暖化をめぐる激しい論争の中では、ハルマゲドンがすぐそこまでやってきており、もしかするとラリー・キング[1933年生。「ラリー・キング・ライブ」や「ラリー・キング・ウィークエンド」など、米国のテレビ番組やラジオ番組のホストを務める。]が次に離婚するより早くやってくるかも知れないと示唆することはためらわれる。誰も警告マニアのオオカミ少年という批判----地球温暖化に懐疑的な少数の頑固者集団はいつもこうした非難を投げつける----を受けたくはないからである。

そうだからこそ、オオカミ少年がすでにペンタゴンに潜入したらしいことはとても興味深い。というのも、ペンタゴンは、全米石油協会(American Petroleum Institute)やホワイトハウスとともに、私たちの過剰な石油消費が何をもたらすかをどうやら恐れていないらしい数少ない組織の一つだからである。影響力の大きなペンタゴン顧問アンドリュー・マーシャルにより依頼され、二〇〇三年一〇月にペンタゴンに提出された報告書は、これからの二〇年間で地球温暖化が世界をどれだけ劇的に変容させるか記述している[1]。同報告書は、欧州の主要都市が上昇した水面下に沈み、英国はシベリアの気候となり、また、世界の別の地域----とりわけ北米東海岸----では、異常に寒く過酷な冬の嵐と長期的な干魃に直面しなくてはならなくなる可能性があると警告している。一方、他の場所では、台風や大干魃、飢饉が訪れることが予期されるという。同報告はさらに続けて、これらの破滅的変化が広範にわたり人々の不和や暴動、さらには核紛争をさえ引き起こす可能性があると指摘する。「資源の枯渇により、人類は絶えざる戦いという規範に後退するかも知れない」。ペンタゴンの分析はこう指摘する。「ふたたび、戦争が人間の生活を規定することになるだろう」、と。

これが由緒正しいペンタゴンの文書であるという事実以外に、このペンタゴン報告で注目すべき点の一つは、この報告書が、環境団体の報告書が通常描くよりも恐ろしい状況を描いていることである。恐らくそれは、この問題についての永年の論争を通して、環境活動家は、あまりに警告過剰になることを避けることで信憑性を維持できると学んだためであろう。地球温暖化が核戦争につながるという警告を発したのがグリンピースだったことを想像してみるとよい! リチャード・ニクソンが中国との間で問題なく和平を実現することができたように(というのもニクソンを共産主義者と非難しようとする者は誰一人いなかったから)、ペンタゴンは地球温暖化の影響に関して本当に身の毛もよだつようなシナリオを問題なく描き出すことができる(というのもペンタゴンが環境に対して感傷的な気持ちを抱いていると非難する者は誰もいないだろうから)。かくしてペンタゴン報告は内容を手加減する必要がない。

地球温暖化の恐ろしいシナリオから我が身を引き離して満足していた人々----そのうち解決策が見つかるだろう、そのときまではこれまでよりちょっとばかり暖かいビーチも悪くない、と考えている人々----も、このペンタゴン報告書を読めば衝撃を受けるだろう。何よりもすぐに考えを改める必要があるのは、地球温暖化により私たちはこれから温暖化に直面する、という気楽な見解である。カナダ人の感覚にとってそれはさほど不快には思えない。極地の氷冠が解けることは、ホッキョクグマにとっては困りものかも知れないが、私たちにとってはさほど壊滅的とも思えない。しかしながら、ペンタゴンの報告書が指摘するように、最近収集された証拠が示すところによると、ありうる影響の一つは、メキシコ湾流が機能しなくなることである。緊密に関連した世界の気候体系の中で、北極の氷と氷河が溶け出すことで作り出される冷たい真水により、メキシコ湾流が現在極めてうまくやっていること、すなわち南大西洋から暖かい海水を北部にもたらすことが実質的に阻害されてしまう可能性がある。欧州と北米東部は、今のところメキシコ湾流のおかげで、もしそれがなければ人々が耐えなくてはならなかったであろうシベリア型の過酷な気候から逃れているのである(ペンタゴン報告書は、一万二七〇〇年前に同じシステムが破綻したとき現在のポルトガル沿岸に氷山が現れたことを指摘している)。「地球温暖化」。この言葉は、早春の暖かい日差しのように、悪くないばかりか気持ちよさそうにさえ聞こえるかも知れない。それでは、「地球寒冷化」はどうだろうか?

慰めになる考えのもう一つは、人間は工夫してこの困難を脱することができるだろうというものである。インターネットや薄型テレビを発明したと同じ脳味噌の力を使えば、手に負えなくなる前にこの問題についても解決策を見つけることができるに違いない(十分な誘因が与えられさえすれば)。けれども、事態はすでに手に負えなくなっているかも知れない。ペンタゴン報告書は、人々が、地球温暖化を、徐々に訪れる問題であり、そのため世界はそれに適応するチャンスがあり、さらにはより長くなる作付け期間を利用する可能性さえあると、見なしがちであると指摘している。「気候変化をめぐるこうした見解は危険な自己欺瞞行為かも知れない。というのも、我々は[すでに]気候に関係したますます多くの災害に直面しているからである」と報告書は述べる。「最近の証拠は、数十年あるいは数世紀さえかけて徐々に気候が温暖化するのではなく、より極端な天候の変化が実際に訪れつつあるかも知れないことを示している」。こうして同報告書はすでに始まった「急激な天候変化のシナリオ」に焦点をあてる。緩やかに進行する地球温暖化ではなく、急激な地球寒冷化が明日にも始まるとしたら、どうだろう?

しかしながら、実は、ペンタゴン報告書の最大のポイントは、極めて不快なこれらのシナリオに注意を促すことだけにあるのではなく、これらの問題を米国の国家安全保障に関わる問題として扱うべきだと示唆している点にある。報告書によれば、粗描された極端な天候変化のシナリオは「起こりうる」し、それは「合州国の国家安全保障に、すぐさま検討しなくてはならない問題を突きつける」。実際、地上が原始的で絶望的で残忍に生存を追求する状態に後戻りするという見通しが示しているのは、飛行機が奪取されたり橋が爆破されたりすることと同様に恐ろしい、恐怖に突き落とされた生存の状態である。

ビジネス・コンサルタントのダグ・ランドールとロイヤル・ダッチ/シェル・グループの元企画部長ピーター・シュワルツがペンタゴンのために準備したこの報告書は、公開を意図したものではなかった。けれども、驚いたことに、二〇〇四年二月、ロンドンの格式ある新聞オブザーバ紙にコピーがリークされた後でさえ[2]、この報告書は主流メディアでの注目をほとんど浴びなかった。目を覚ましていた北米人のほとんど全員が、その数週間前にジャネット・ジャクソンの胸がテレビで露出したことは知っていたにもかかわらず、それよりもさらにショッキングと思われる事態----石油をはじめとする化石燃料の過剰消費が、私たちが現在知っている地上の生命に終わりをもたらすかも知れないという可能性を最上層の米国治安関係者たちが検討していたという事実----に気付いたのは、ほんの一握りの人だけだったのである。

[1] Peter Schwartz and Doug Randall, "An Abrupt Climate Change Scenario and Its Implications for United States National Security," October 2003. (環境メディア・サービス http://www.ems.org を通して入手可能). この報告書については、Mark Townsend and Paul Harris, "Now the Pentagon tells Bush: climate change will destroy us," The Observer, February 22, 2004. でも議論されている。

[2] Mark Townsend and Paul Harris, "Now the Pentagon tells Bush: climate change will destroy us."

とりわけ北米の大手メディアでは、1990年前後までは地球温暖化を否定する議論が、それ以降は、地球温暖化はなるほどあるが生活に実質的影響はない、および/あるいは、地球温暖化対策にかかるコストは負担が重すぎて経済的に立ち行かない、というトーンの議論が多く目に付きます(日本語版のニューズウィーク関連記事などを経年的にたどってみるのも興味深いでしょう)。

以前、『ピーク・オイル』の紹介で、ぜひ、田中優著『戦争をやめさせ 環境破壊をくいとめる 新しい社会のつくり方 エコとピースのオルタナティヴ』(東京:合同出版)を併せてお読み下さいと述べました。もう一冊、最近出版されたクラウス・ベルナー/ハンス・バイス著『世界ブランド企業黒書』(東京:明石書店,下川真一訳)も、大変お薦めです。ぜひ広い範囲の方に読んでもらいたいもの。

9月11日の選挙は、様々なところで「自民党圧勝」という言葉ばかりが目に付きますが、五十嵐仁さん(ページを下にスクロールして9月13日・14日の文章をご覧下さい)が、「圧勝」は基本的に小選挙区制という制度からもたらされたものであることを、数値を上げて冷静に分析しています。

自民党は小選挙区で、当選者数が前回の168人から219人へと約1.3倍に増えましたが、小選挙区での得票率は4ポイント増えただけ。圧倒的な死に票が存在していることを示唆しています。

小選挙区での得票率と議席数を自民・公明と民主・共産・社民・国新・新日で比べてみると、

               得票率    議席数  議席率
自民・公明          49.2%  227  75.7%
民主・共産・社民・国新・新日 50.8%   73  24.3%

となります。比例区では、自民・公明の得票率が51.5%、民主・共産・社民・国新・新日が48.5%ですが、基本的に、与党と野党との差は、得票率としてはほとんどないことになります。

いきなり座間に陸上自衛隊の司令部を置くとか、イラク派兵延長といった話しになってきていますが、「国民の信任を得た自民党」といったメディアの言葉や、「私は国民の信任を得た」といった小泉のごり押し、それに同調する言葉に対しては、冷静にこうした数値をあげて、説明を展開しておく必要があるでしょう。

さまざまなところで、あらゆるところで。

10月1日は国勢調査です。これまで外国人については自転車と同様「ないもの」と見なす政策しかとってこなかった政府が突然、ジャパン・タイムズ紙に「皆さんは我々の一員だ」という宣伝を出しました。

 益岡賢 2005年9月15日

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