世界の底流  

シリアを巡るジュネーブ和平会議II

2014年1月3日
北沢洋子

明けましておめでとうございます。

今年も「世界の底流」をメーリング・リストで、お届けします。私も年齢を重ねたわけですから、当然生産力は鈍りますが、マスコミに報道されない国際情勢や分析をお送りします。私の名を冠してくだされば、転送、転載、ご自由です。またお読みになりたくない方は、ご迷惑でしょうが、都度、削除をしてください。また新規に購読したい方は、PARCに加盟してください。

ここで述べる報道の典拠は『ニューヨーク・タイムズ』やBBCニュースなどだが、彼らのニュース・ソースの多くは、CIAの情報である。
なぜかと言えば、CIAとシリア政府、とくに情報部は極めて親密な関係にあった。例えば、ヨーロッパや中東にCIAの秘密の刑務所から「アルカイダ容疑者」を本国に移送したことを暴露したスチーブン・グレイの『CIA秘密飛行便』にも描かれているように、拷問の残虐さでは有名なシリアの情報部(ダマスカスのパレスチナ通り)に「容疑者」を送っている。
報道管制が厳しいシリアでは、やむをえず、ニュース・ソースとして、米政権や米マスメディアに頼った。

1.ジュネーブU
このところ、シリアに関するニュースが減っている。一方では、シリア国内の化学兵器の調査、その廃棄プロセス、さらに今年1月22日に始まる予定のシリア和平会議「ジュネーブII」への反体制グループの人選など、急を要する課題に手がつけられていない。
ちなみにジュネーブIIとは、12年6月、潘基文国連事務総長の呼びかけで、ジュネーブで開いたシリア問題の会合をTとして、それに続く第2回目のシリア問題の和平会議となる。
12年のジュネーブTの段階では、ロシアはアサド政権支持し、米国はアサド退陣を要求していた。アサド大統領は、7月1日に発表されたこの会議のコミュニケについて、反体制派を含めた移行政府への参加を明らかにしなかった。この会合に参加したのは米・ロを始めとする安保理常任理事国、トルコなどシリア周辺諸国、合計16カ国であった。結局、ジュネーブTは、実行されなかった。

2.アルカイダ脅威説
最近、米国のマスコミに、反政府派の中のイスラム主義者の報道について、気になる記事が出ている。例えば、12月5日付けの『ニューヨーク・タイムズ』紙は、次のような記事を載せている。
「米政府は、中東の過激派の勢力増大によって、政策の変更を余儀なくされている」という見出しで「米情報当局によると、アルカイダはシリアに中心基地を設けようとしている。これは、西ではマリからリビア、東ではイエメンにいたる広大な地域での活動に影響を及ぼす。その中で最も脅威を受けるのはイスラエルであり、またヨーロッパである」と言った具合だ。
こういった情勢分析は、昨年5月のオバマ大統領の画期的なスピーチ「テロに対する闘いは終了に向かっている」に矛盾してくる。
米上下院の情報委員会のリーダーの1人である共和党のMike Rogers 下院議員(ミシガン州選出)は、12月1日、CNNテレビに出演して、「アメリカ人は、2011年に比べて、決して安全でない」と語った。
米議員たちの懸念はAyman al-Zawahri がシリアを「多数のジハディストや外人部隊が結集しつつあるシリアは、やがて出撃の基地となるだろう」と語ったことに由来する。
このままでいくとオバマ政権はより強硬な政策を採らざるをえなくなるだろう。必然的に、シリア国内のジハディスト(聖戦主義者、あるいはイスラム主義者)を攻撃するためには、多くの政治的、軍事的、国際法的な困難を乗り越えなければならない。そして、「一時的にとはいえ、野蛮だが、世俗的なアサド政権に頼らざるを得ないだろう」と専門家は見ている。
シリア、イラク、アフガニスタンなど中東各地で外交官の豊富な経験があるライアン・クロカー米元大使は、「いかにアサドが悪いやつでも、聖戦主義者よりましだ」と語った。

3.オバマ政権はシリア政策を変更するか・ 
ホワイトハウスは、これまで一貫して、反政府派を支持し、アサドの退陣を要求してきた。オバマ大統領が、いつ、この政策を変更するか、未定である。オバマ大統領は、中東の同盟国と慎重に交渉をしなければならない。とくにその中でも、シリアの反体制派を強く支持してきたサウジアラビアとの交渉である。
西側のマスメディアは、少なくとも1,200人のヨーロッパ在住のイスラム教徒がシリアに赴き、シリア人と共に戦っているという。彼らが帰国すれば、ヨーロッパのテロの危険度が高まる、と言うのだ。
中東地域は、「アラブの春」以来、とくにエジプトのムスリム同胞団の崩壊以来、戦闘的な聖戦主義者が勢力を延ばしている。その顕著な例は、レバノンやシナイ半島での強力な爆弾事件である。今や、彼らは、無視できない勢力になった。
オバマ政権は、昨年10月、テロリスト攻撃のために、特殊部隊をリビアとソマリアに送った。米軍の発表によると、「リビアでは成功したが、ソマリアでは失敗した」と言う。このコマンド作戦が、シリアで有効かどうか、予測できない。
現在、シリアの聖戦主義者間で内紛が起こっている。これが、長く続くとは限らない。現に、アイマン・ザワヒリが、聖戦主義者の2つの派閥、「ヌスラ戦線」と「イラクとシリア・イスラム国」それぞれに書簡を送ったと言われる。米統合参謀本部長のマーチン・デムプセイ将軍は「イスラム聖戦主義者を一束にして論じるべきではない。我々は、どれがアルカイダのブランドを持っているか、どれが現地住民から成っているか、見極める必要がある。そして、それぞれに異なったアプローチがある筈だ」と語った。

4.誰がジュネーブにIIに参加するのか
これまで、オバマ政権は、シリアの反政府派に対して主として小火器を供与し、戦闘員を訓練してきた。ジュネーブUを控えて、米国は、これを、停止した。
これを、オバマ政権が、シリアにアサド大統領に匹敵するオルターナティブな勢力を打ち出し得ないことに対する、苛立ちと見る。
同時に、昨年12月13日、これまで、米国がシリアの穏健な反政府派に提供してきた小火器の武器庫を、聖戦主義者に奪われると言う事件が起きた。この作戦は、聖戦主義者内部でアルカイダ派と戦っているヌスラ戦線であった。
オバマ政権の中で、小武器をシリアの反政府派に提供しているのは、国務省であるが、この武器庫を管理し、戦闘員を養成しているのは、CIAである。このような「分業」は、オバマ政権内部のセクト主義から、しばしば、混乱を引き起こしている。
例えば、米国は、これまでイラクの占領中、しばしば、シーア派のサドル師率いる反米過激派と手を組んできた。CIAは、この経験を生かして、シリアでも、アルカイダと戦ってはいるが、穏健な聖戦主義者である「ヌスラ戦線」のようなグループを育成すべきだと言う。
また反政府派の中で、政府軍からの脱走兵によって構成され、聖戦主義者ではない、メジャーな武装勢力の「自由シリア軍」のサリム・イドリス参謀長派、ジュネーブUに「参加しない」と表明した。
ジュネーブ和平会議Uは、誰が暫定政府に入るか、ということが最大の議題である。しかし、これまで見たように、シリア内戦の当事者である反政府派の誰が出席するかでさえ、定かではない。その上、国内で戦っている武装勢力の中の聖戦主義者勢力に対するオバマ政権の政策さえも、未だに定まっていない。

5.化学兵器廃棄だけがシリア紛争ではない
アサド政権の化学兵器廃棄に米・ロ菅で合意し、その実施を担うOPCW(化学兵廃止機関)のノーベル平和賞受賞が決まって以来、欧米などのマスメディアは、シリア問題が解決したかのような報道をしている。これは、間違いであるし、危険でもある。
英国に本拠を置く「シリア人権監視団」は、政府軍の空爆で、昨年11月23日〜12月1日までの1週間で94人が死亡した、と言う。また、2011年3月〜13年12月までの間に、約12万6,000人の死者が出たと言う。ジュネーブ会議中も戦闘は続くであろう。シリア問題の解決はない。