世界の底流  
イスラエル国内の危機 ―シオニスト国家vs.ハレディーム

2013年5月25日
北沢洋子

1.イスラエルは国家ではない

イスラエルはシオニズムを国家建設の根拠にしている。しかし、国家はイデオロギーによって成り立つものではない。シオニズムとは、19世紀末、「ドレフュス事件」など反ユダヤ主義が吹き荒れるヨーロッパで、ハンガリー出身のユダヤ人ジャーナリストのテオドール・ヘルツルが、旧約聖書の詩篇の一節「シオンを想って泣く」からとった造語であった。つまりイスラエルはシオンの地であり、シオニズムは、シオンに帰るという単なる運動である。イデオロギーとしても、シオニズムは民主主義や社会主義のように内容のあるものではない。

国家には、領土、国民、統治権力の3つの要素が不可欠である。しかし、シオニストのイスラエルは、この3条件を備えていない。

イスラエルの領土は、旧約聖書という“神話”に書かれた土地をいう。そうすると、ユダヤ人が住んでいたヨルダン川両岸、レバノン、シリア、イラク、それにシナイ半島、エジプトを包摂した「豊かな三日月地帯」という広大な土地になる。したがって、イスラエルは、今後、無限に領土を拡張していかねばならない。しかし、これは、無限にアラブ国家と紛争を巻き起こす。その分だけ、イスラエルの存在自体が脅かされる。

次に国民については、イスラエルは「ユダヤ人」の国と憲法に規定されている。では、ユダヤ人とは誰か?それはユダヤ教徒である。しかし、ユダヤ教徒イコールユダヤ人ではない。

ユダヤ人には、シナゴーグに行かない人、ユダヤ教に改宗した人、そして、長い間、非ユダヤ人との結婚により、ユダヤ人のアイデンティティを失った人がいる。そして、ユダヤ教徒であることは、シナゴーグのラビに証明してもらわねばならない。つまり、真正ユダヤ人は非常に限定される。イスラエルを統治している主な政党は「世俗シオニスト」であって、ユダヤ教の教義に従った政治をしていない。

今日のイスラエルには、全人口の20%にのぼるアラブ人、ベドウイン、キリスト教徒、その他非ユダヤ人が住んでいる。この人びとは、イスラエルの国民でないことになるが、肉体的に抹殺するには大勢すぎる。彼らは選挙権を与えられており、国会に議員を送っている。

統治権力については、イスラエルには選挙、三権分立、そして法が存在するが、これほど滑稽な民主主義は例を見ない。これほど、人権を侵害している国はないからだ。

以上のことから、イスラエルは「国家」と言えない。にもかかわらず、イスラエルが存在する秘密は、米国の援助である。

人口僅か700万人の小国だが、1976年以降、毎年、30億ドルの無償援助に加えて、慈善援助金10億ドル、商業融資10億ドルという巨額の援助を米国から受けてきた。つまり、人口1人当たりでは世界一位となる米国の援助によって、イスラエルと言う国家は存在してきた。その機能は、アラブの中の米国の軍事基地である。国際政治では、イスラエルは、台湾、香港、バチカン、スイス、日本などと、地域共同体に属さない「仲間はずれ」である。実際、WTOの交渉では、これら「仲間はずれ」9カ国が集まって、スイスを幹事国とした「グループ9」が存在した。

イスラエルは、国内に人口で20%のアラブ人、ガザ・西岸に600万人、さらに国外に660万人の難民という敵対するパレスチナ人に囲まれており、日常的に、武力紛争を起こしている。また、周辺のアラブ諸国に対する挑発的軍事攻撃が続けている。

したがって、イスラエルは極端な軍国主義国家でなければならない。男女共通の徴兵制度、核兵器保有、裁判なしの無期投獄、モサドなど秘密情報機関の肥大化などを指す。

2.シオニズムvs ハレディーム

今年に入って、ナタニアフ首相が、ハレディムの青年に対する徴兵免除を規定した「タレ法」を廃止すると発表した。タレ法は、02年、時限立法として制定された。これは、12年7月で期限切れとなっている。今日、対象となるのは6万人と言われる。

「ハレディム(Haredim)」とは、東欧からの移民が多く、黒い帽子、黒いスーツ、長い髭をはやしたユダヤ人グループの綽名で、「超正統派ユダヤ教徒」である。ハレディムは、ユダヤ人の中で、シオニズム国家に抵抗する唯一のユダヤ人グループである。

彼らは、ユダヤ教の「トーラ(Torah)」すなわち「モーゼの五書」を信仰いているからだ。「モーゼの五書」は、モーゼが書いたと彼らが信じる旧約聖書の最初の5つの章をいう。

しかし、近代以降の旧約聖書の解釈では、これは、モーゼではなく、異なる時代の合成文書だという説が主流である。

ハレディムは、イスラエル誕生以前から、シオニズムに反対してきた。今日、彼らはシオニスト国家を、信仰、倫理、政治上の理由から、反対している。それは、@、イスラエルに入植する時、暴力を行使しない、A 他国と戦争しない、B イスラエルを攻撃するという理由で、自衛権を行使しない、という3原則に基づいている。

ハレディムは、イスラエル建国の際、85万人のパレスチナ人を難民化したこと、今日のパレスチナ人の土地争奪と入植地建設に反対している。彼らは、選挙をボイコットし、自身の学校(Yeshivas)を持ち、「トーラ」の信仰を深めている。

青年たちは、イスラエル国防軍(IDF)に加わることを拒否している。ポーランドから移民してきた青年は、「想像できないほどの精神的、肉体的残虐さで、Haredimの信仰を捨てて、シオニストの侵略戦争に加われと言われた」と語った。たしかに、パレスチナ人に対する残虐は、ユダヤ教を信仰する兵士には、不可能である。IDFでの洗脳はユダヤ教徒でなくなるまで行われなければならない。

ハレディムのリーダーたちは、パレスチナやイランとしばしば会合している。彼らは、その信仰に基づいて、紛争の平和的解決が可能だと宣言している。

ハレディムは、イスラエル全人口の10%を占めているが、出生率が高いので、将来、この比率はさらに増えるだろう。5人以上の子どもがいる大家族制で、平均年齢は16歳と若い。イスラエル政府やマスメディアは、ハレディムに対する憎悪をかきたてている。その結果、06年のアンケートでは、イスラエル人の3分の1が、「ハレディムは最も嫌いなグループ」と答えた。

ハレディムは、その信仰に基づく平和主義ゆえに、タレ法が廃止になっても、内戦を起こすことはないだろう。そかし、今日のハレディム人口がすでに10%であり、これにアラブ人の20%を加えると、現在、すでにシオニスト国家に抵抗する人びとが人口の3分の1にのぼる。これは重大なことだ。世界の反シオニストにとって、イスラエルのなかで、最も信仰の厚いユダヤ教徒と同盟しなければならないのは、皮肉なことだ。

3.米国内のイスラエル観の変化

これまで、米国の世論は、イスラエルを文句なく支持してきた。また、大統領や議会も、強力なイスラエル・ロビー団体「全米イスラエル世論委員会(AIPAC)」に支配されてきた。

しかし、最近これが変化しはじめた。07年1月、カーター元大統領が、ユダヤ教系もBrandeis 大学で、講演した際に、「アパルトヘイトではなく、平和を」と語った。これは、これまでには考えられないことであった。

たしかに、米国のユダヤ人、それに米国の世論も、これまでのように、無条件でイスラエルを支持することがなくなっている。これは、イスラエルーパレスチナ紛争の解決の兆しを感じるものである。イスラエルの犯罪についての知識が、広がっていることでもある。米国のリベラルなユダヤ人には受け入れがたいものである。とくに、10年5月、ガザに向かっていた船団に対するイスラエルの攻撃事件は、米国内のユダヤ人がイスラエルに対する嫌悪感を高める結果になった。そして、彼らの中に、「イスラエル派で平和派」が生まれてきた。例えば、米国内のユダヤ人の5分の1が「入植地からの撤退」を要求しており、3分の1がエルサレムは東西に分割されるべきだと考えている。95年、米議会がイスラエル・ロビーの圧力で「エルサレムは分割するべきでない」という決議を採択している、ことを考えると、急激な変化である。

オバマ大統領の再選についても、同じことがいえる。オバマは2対1という圧勝したが、イスラエルのネタニヤフ首相は、公然とロムニー支持を明らかにしていたにも関わらずである。これは米国のユダヤ人が、イスラエル政府の意のままになるという時代は過ぎ去ったといえる。

イスラエルにとってもう1つの不吉な兆候は、米国のキリスト教会の動きである。クエカーと長老派が、5年に亘って努力してきたのでが、12年10月、米国の長老派、メソディスト派、福音ルーテル派、バプティスト派、キリスト合同教会、キリスト教会全国協議会など15のキリスト教団体が、共同で、米議会の残議員に宛てて「米国の軍事援助についての明細をイスラエル政府に求めるべき」だとする手紙を送った。同時に教会自身としては、イスラエルの占領に関連した米企業の「株を売る(Divestment)」運動を呼びかけた。これは1970年代、米国の教会が繰り広げた運動、すなわち教会、自治体、大学が南アフリカに投資して、アパルトヘイトを支えていた米企業の株を売るというDivestment運動の再来である。これは、南アフリカのアパルトヘイトの崩壊に南アフリカ国外から行った最も効果的な運動であった。