世界の底流  
危機下のギリシャの連帯経済−地域通貨とバーター取引

2012年3月11日
北沢洋子

  失業中の電気工Theodoros Mavridis は、ギリシャのボロス(アテネの北方にある港町)で、「ローカル・オルターナティブ単位(TEM)」と呼ばれる地域通貨の共同創設者の1人であった。彼は、ボロスの露天市場で卵、ミルク、蜂蜜を買い、ユーロではなく、はじめてインフォーマルなバーター通貨で支払った。彼は、「私は興奮した。はじめて解放された気分だ」と語った。
  ボロスのインフォーマル通貨(TEM)は、露天市場の卵やミルクなどと同時に、会話教室、ベビーシッター、コンピュータ修理、手作りの食事などといったサービスを交換できる。この場合地域経済を振興するために、割引がある。
  TEMは、2010年からボロスではじまった連帯経済であった。最初は50人ではじまり、現在では400人で使われているオルターナティブな通貨である。これは、バーター取引、露天市場などで使われる。
  危機下のギリシャではボロスのようなネットワークが全土に数多く存在する。
  ギリシャ国民は大幅な賃金引下げ、増税に苦しんでいる。そして、いつまでユーロを使えるのか、予想できない。このような不安的な経済の下で、人びとは今までとは全く違う経済を作りつつある。
  ギリシャでは、雇用者5人に1人の割合というほど公共部門が肥大している。しかし、人びとの必要とされる公共サービスは受けられない。ボロスのようなネットワークは、これらのギャップを埋めることをめざしている。
  ギリシャ政府も、このネットワークに注目しはじめた。昨年9月、労働省が、消費財やサービスの取引といったオルターナティブな起業と地域経済の発展をめざす法案を起草し、議会の決議を得た。この法律は、これまでグレーゾーンと見られていたボロスのようなネットワークに非営利の資格を与えるものである。
  ボロスのネットワークは、自分たちの活動は、通常の経済に並行したものだと言っている。彼らは、ギリシャがユーロ圏を脱退して、以前の通貨であったドラクマに戻れというような政治運動ではなく、むしろ困難な時代に必要とされる連帯の精神にもとづいている。
 ボロスのTEMの共同創設者の1人でもある技術高校の退役教師Maria Houpis 女史は「我々は革命家でもなければ、脱税者でもない。しかし、ギリシャ経済がより一層悪化し、その結果、ユーロから脱退しなければならない時には、我々はもっと大胆になるだろう」と語った。
  ネットワークに加盟する手続きは簡単である。オンラインで署名し、限られたメンバー
のリストされれば完了する。TEMの1単位は、1ユーロに相当し、これでもって、消費財やサービスを交換できる。メンバーに加わった当初の口座はゼロだが、300TEMまで借りることが出来る。しかし、これには利子が付き、一定の期間に返済しなければならない。
  TEMは、一種の小切手のようなものだが、偽造出来ないように特殊なシールが印刷されている。ボロスでは、TEM加盟店は、ユーロ価格に比べると、割引になった値段で商品を売っている。
  ボロスでは、1ヵ月に1回、露天市場が立つ。これは、ガレージ・セールと農民のマーケットを合わせたようなもので、TEMネットワークに加盟している。TEMネットワークは、近いうちにオフィスを借りようとしている。というのは、コンピュータを持っていない人たちも参加できるようになる。
  ボロスのPanos Skotiniotis 市長は、「TEMは地域経済の発展に寄与するものとして、興味を持っている。私はTEMを支持している。市の所有地を開放して、市民の農園にしたい。そこで生産される農産物を市民が売買できることを望んでいる」と語った。
  ギリシャでは、長い間、消費主義が蔓延り、またクレジット・カードで容易に借金出来たために、人びとの目には、TEMのようなイニシアティブは新鮮と受け止められた。人びとは緊縮政策のもとで、単に抗議するだけでなく、互いに助けあうことが必要だと感じている。