世界の底流  
ユーロ債の発行と新しいEU憲章の導入を

2011年8月9日
北沢洋子抄訳

ユーロ債の発行と新しいEU憲章の導入を
スーザン・ジョージ、ニック・バクストン 

スーザン・ジョージとニック・バクストンが共同で、ヨーロッパの危機について短い論文を「Transnational Institute」に書いている。ニックは1998〜2000年、英国ジュビリーのコミュニケーションを担当していた。

ヨーロッパの金融支配を終わらせるために

  私たちは、1980年代、90年代の債務危機を良く覚えている。これは、途上国の危機だった。しかし、現在の危機は、ほとんど先進国である。これはどういうことだろう。
  途上国での債務危機の原因は、現在の危機のとは異なる。1970年代には、途上国が借りたカネの大部分は、軍備に、中・上流階級の贅沢品の輸入に、高騰した石油価格に、「白い巨象」の開発プロジェクトに、つまり、非生産的な消費に使われた。同時に、1981年、米国が、突然、前触れなしに、利子率を上げたことにも起因している。
  『エコノミック・ヒットマン』の著者John Perkinsは「途上国経済を意図的に債務漬けにしたのは、途上国経済を支配するため」だったと書いている。彼自らの経験を証言している部分については、検証を要するところだが、はっきりしていることは、先進国が債務をテコにして、途上国を非常に不利な条件で世界市場に無理やり参入させたという点は確実である。
  ヨーロッパの現在の債務危機の大きな原因は、金融危機を引き起こした民間銀行の債務を政府が“国有化”したことにある。最も顕著な例はアイルランドである。政府は民間銀行の債務をすべて引き受けた。
  ヨーロッパの国のほとんどは債務を保有している。マーストリヒト条約には「GDPの60%までOK」だと書いてある。今年はじめ、スペイン政府の債務はGDPの55%にのぼる。イタリアやベルギーは100%以上である。しかし、多くの国は、緊縮財政を敷いているので、問題はない。
  マスメディアの操作によって、多くの人は、家庭の債務は国家の債務と同じだと信じている。しかし、これは間違っている。家族は、収入以上を消費し続けることは出来ない。しかし、現代の国家はそうしている。米国は19世紀以来、債務を抱えっぱなしである。債務のない国家があるというのは、幻想である。
  勿論、生産的投資のために借金するのは良いことだ。しかし、政府は、国債保有者に多額の利子を払わねばならないが、いわゆる「ソブリン債務」であれば問題ない。
  このようなヨーロッパの政策が続くならば、その結果はどうなるか。それは破滅である。1980年代、途上国に押し付けた「処方箋」は、いわゆる「失われた10年」となった。現在、ギリシア、アイルランド、ポルトガルに課せられている「緊縮」政策は、AからZまで、新自由主義の「構造調整プログラム」そっくりである。
  結果は、計り知れない経済停滞である。急激な民営化、賃金カット、社会保障予算の消滅などなどが、ニジェールのような貧しい国に押し付けられた結果は、飢餓と大量死であった。ヨーロッパでは、クッションがあるので、それほど悲惨ではない。しかし、ギリシアでは経済が前年比5%下落した。失業は急増したが、救済の手当はない。中小企業は破産し、目に入るものはすべて民営化された。
  これは労働者を、19世紀に引き戻そうとしている犯罪的な行為である。19世紀以来、労働者は社会保障のために絶え間なく闘ってきた。金持ちは逃れ、国際資本は民営化にわが世の春を謳歌している。一般の人びとは、銀行を救済し、国や生計の糧を奪われるという2重の苦難を強いられている。
  今、マスメディアは、ギリシアについてウソを撒き散らしている。例えば、「ギリシア人は税金を払わない」という。たしかにギリシアの金持ちは、キプロスという便利なタックス・ヘブンに資産を逃避している。しかし、スイスの金融レポートには、「スイスに預金しているギリシアの資産は1%だが、フランスは3%にのぼる」と書いてある。海外に資産を逃避しているのはギリシアだけではない。
  また、「ギリシアは見分不相応な巨額の軍事費」を使っている。ギリシアとトルコの同時軍縮が提案された時、ギリシアは拒否した。
  ギリシア正教教会は最大の資産所有者であり、地主であるが、全く税金を払っていない。また、ギリシア正教教会は、闇経済と繋がっている。社会主義のPASOKが、政権を取ったとき、前任者たちが、帳簿をごまかしていたことを発見した。
  ギリシアはヨーロッパの経済の2%を占めているに過ぎない。ギリシアがこれほどの大きな騒ぎを起こすゆえんはない。多額の債務と債務不履行(デフォールト)騒ぎは、ドイツとヨーロッパ中央銀行がギリシアを懲らしめるために仕組んだ芝居である。
  ギリシアにアイルランドとポルトガルを加えても、ユーロ圏経済では、マイナーな存在である。これに、スペインが加われば、問題は深刻になる。スペイン経済は、11%を占め、イタリア経済も同じ規模である。
  明らかに、緊縮政策は経済を悪化させている。税収は減り、失業は増え、投資が減退し、地下経済が蔓延る。多くの人が苦しみ、ユーロの暴落を招くだろう。これまでIMFの緊縮政策で回復した国は1つもない。
  新自由主義のエコノミストは、1930年代の記憶を抹殺することに成功したようだ。当時、ケインズ的政策は、大恐慌に対して、有効だった。今は、その反対で、巨額の債務を抱え、緊縮政策を実行し、しかし、回復の望みはない。
  ギリシアは債務不履行にするべきだろうか?ギリシアが他にとるべき道はあるのか。
ギリシアが債務返済できなければ、デフォールトになる。しかし、あえて誰もそうは言わない。
  もし私がギリシアの首相であったとすれば、「返済できないし、また返済するつもりはない」と言うだろう。そあいて、債務の中の何パーセントかを「汚い債務」と規定するだろう。これえは、法的に不当な債務であり、返済する必要はない。
  次に、私は、債務のX%,例えば50%を返済すると宣言する。そして、すべての民間銀行と交渉し、どのような条件で残りを返済するかを決める。それは、返済期間の延長、利子引き下げなどについてである。
  疑いもなく、銀行は、ゼロよりも、50%のほうを選ぶだろう。銀行は軍隊を持っていないし、ギリシアを攻めることはできないということを覚えておこう。またギリシアはユーロ圏から追放されない。なぜならマーストリヒト協定には、加盟国を追放できるという条項はないからである。
  以上の政策は、ギリシアやアイルランドに可能である。これは途上国、そして今、ヨーロッパに対して、債権者が軍隊なき植民地主義・帝国主義支配を振るっている。ラテンアメリカが、IMFの債務を無理しても返済したのは、こういったことがあるからだ。IMFのくびきから逃れて、はじめて彼らは自らの経済を運営できた。
  1920年代、ケインズは「平和の経済的結果」について書いた。ケインズは「第1次大戦後のドイツは債務を支払うことが出来ない」と書いている。その結果、地獄のような状態になった。そこで、第2次大戦後は、ドイツの債務返済額と利子率を限定した。 しかし、現在、ギリシアに対して同じような措置をとることを拒否している。

現在の危機の責任は誰か?

   それは、金融機関、国内政治家、ヨーロッパ政治家、リスボン協定、ヨーロッパ中央銀行などである。とくにヨーロッパ中央銀行はユーロ圏を拘束着で縛っている。
  誰もフランスやドイツの銀行に多額のギリシア国債を買うことを強要していない。金融市場は、ギリシアの国債もドイツの国債も同じだと言った。しかし、今は、ギリシア国債はギリシア政府のものだと言っている。そして、社会的なコストを省みず、最も高い利子でもって、取り戻そうとしている。
  ヨーロッパの政府は、ほとんど金融部門のかいらいである。今、彼らがしていることは火遊びである。ユーロ圏を全焼させる可能性がある。

今日、危機を引き起こしたユーロの構造的な問題は何か?

  私は、熱心なヨーロッパ派である。ユーロが存続することを望んでいる。しかし、それを尊属させるだけの経済的、社会的構造はない。ユーロ圏には共通の通貨はあるが、財政、経済、社会面では、共通性はない。政府は、減税を競争している。アイルランドの法人税は12.5%という安さである。
  ヨーロッパ委員会の財政は馬鹿げている。ヨーロッパ全体の課税もない。巨額の通貨取引に課税されない。それは一日、4兆ドルという天文学的な額である。もし、この通貨市場に10,000分の1の課税をすれば、一日に4億ドルの収入が入ってくる。これは、多くの問題を解決できるだろう。
  問題の解決を妨げているのは、ユーロ貨ではなくヨーロッパ中央銀行である。ヨーロッパ中央銀行は政府にではなく、銀行に1%の利子で貸している。そして、銀行は、いまやジャンクとなったギリシアやアイルランドなどに、20%で短期融資している。
  他の中央銀行の例に見られるように、ヨーロッパ中央銀行は「ユーロ債」を発行していない。今あるのは個々の国の国債と格付け会社にすぎない。ユーロ債は、個々の国での抑制のない投機を規制するためだけではなく、ヨーロッパに、個々の政府ではとうてい無理な環境に優しい巨大なインフラ・プロジェクトに投資することが出来る。