1.はじめに
1)「コペンハーゲン合意」を「留意する」という決議
昨年12月7日からデンマークの首都コペンハーゲンで開かれていた国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)第15回締約国会議(COP15)は、192カ国が参加してはじまった。ここで、イラクとソマリアの2国が加わり、194カ国となった。そして当初の予定より1日延長し、クローズィングセッションでは13時間に及ぶ長い議論の末、19日午後2時、「コペンハーゲン合意を留意することを採択する」という持って回った表現の文書を採択して終わった。
この「留意する(Take note)」とは、合意文書そのものの採択ではない。たんに会議の決裂を避けるために使われた国連用語である。会議の最終段階に、合意文書にスーダン、ベネズエラ、ボリビア、ニカラグア、キューバなどが、大国が勝手に取りまとめた合意であると理由で反対した。
そもそもコペンハーゲン会議は、97年に締結され、05年に発効した京都議定書の期限が切れる2012年以降の地球温暖化対策(ポスト京都)を決める重要な会議であった。そのため、会議の最終段階の2日間には、オバマ大統領、温家宝中国首相、鳩山首相などを含む主要排出国28人(うち途上国は15人)の首脳たちが徹夜で最終合意文書を議論するという異例の事態になった。少なくと国連でははじめてのことだった。
コペンハーゲンCOP15が開かれる前には、2年近く全条約加盟国が集まり、それぞれ2週間に及ぶ準備会議が断続的に開かれてきた。そして、今回のコペンハーゲンには、16〜18日には115カ国の首脳が参加し、世論やメディアの注目を集めた。会議自体には、政府、NGO、国連機関、宗教団体、メディアなど合わせて40,000人が参加するという国連最大の会議となった。
これだけの莫大な費用、時間、エネルギーを費やした国連会議は例を見ない。まさに歴史的な国連会議であった。115人の首脳が出席するというニューヨーク以外で開催された国連会議では最大となった。オバマ大統領は、「第2次世界大戦以来最も重要な会議とまで言った。
2)失敗に終わったコペンハーゲン
にもかかわらず、COP15は失敗に終わった。それは、合意には満場一致での採決を必要としていたからだった。島嶼国、アフリカ、アジアやラテンアメリカの最貧国などが、温暖化の負の影響を最も大きく受け、食糧危機や飢餓、あるいは国そのものが海面に沈むという国家の危機に直面しているにもかかわらず、かやの外に置かれたことに怒った。
コペンハーゲンCOP15はポスト京都議定書を締結することが任務であった。しかし、すでに準備会議の段階で、埋めることが出来ない南北間の対立があった。新議定書の締結は、今年11月28日から12月10日、メキシコで開かれる予定のCOP16に先送りされた。
今回留意になった「コペンハーゲン合意書」は、拘束力がない。ただし、合意作りに参加した日本、EUなどの先進国は、2020年までの中期目標について、今年1月31日までに温室効果ガスの削減数値を提示することが求められた。しかし、日本もEUともに、これには「すべての排出国が実効性のある削減数値を約束すること」が条件になって3いる。この場合の主要排出国とは、米、日、EUなどの先進国、ロシア、東欧などの市場移行国のほかに、中国、インド、南アフリカ、ブラジルなど新興国も含まれる。移行国、新興国ともに、同じく1月31日までに排出抑制計画を提示することになった。
2050年までに50%を削減することについては、途上国側が削減義務を負わされると反発したので、見送られた。
日本は、昨年9月、国連総会で、鳩山首相が「2020年までに、90年比で25%の削減を行う」と発表した。これに不満な経済界は、コペンハーゲンに70人という経団連の大代表団を送り込み、25%の数値を下げるよう圧力を掛けた。
2009年11月、京都議定書以外の国が立て続けに2020年までの削減を発表した。韓国は30%s削減する、と公約した(しかし1990年から2005年の間にCO2の排出は2倍を記録した)。ブラジルも38〜42%の削減を公約している(しかし、その半分はアマゾンの森林破壊の抑制で賄われる)。ロシアは、以前15%削減と言っていたが、それを25%まで引き上げると公約した。
米国は、クリントン政権時代、ゴア副大統領がサインした京都議定書から離脱したままになっていた。しかし、今回は米国も削減目標を1月31日までに提示しなければならない。オバマ大統領は昨年11月25日、2020年までに05年非で17%を削減すると発表した。この数字を90年比にすると、4%減にしかならない。
米国の場合、このような問題では、議会の承認を必要とする。議会は下院、上院ともに削減を認める法案を採択しているが、最後に上院・下院の法案を刷り合わせるという課題が残っている。昨年6月、米下院は、2030年までに年間80億ドルを途上国に拠出するという「気候エネルギー法案」を採択した。しかし、オバマ大統領が2010年度の議会に提出した法案はわずかに12億ドルであった。
中国は、オバマ大統領が削減を発表した翌日の11月26日、コペンハーゲンで2020年までに「05年比でGDPあたりの40〜45%を減らす」、同じくインドも「05年比でGNP当たりの20〜25%を削減する」と発表した。この「GDP当たりというのは、両国ともとくに05年以来経済が高度成長しているので、とんでもない量のCO2が排出されるということになる。
オーストラリアは、2年前ラッド労働党政権の誕生とともに、ただちに国連総会で「これまで長い間拒んできた京都議定書の批准」を発表し、スタンディング・オベーションを受けた。このことから、ケビン・ラッド首相は、今回デンマークのラスムセン首相から特別の招待状が送られ、ラスムセン首相、潘基文国連事務総長、メキシコ(COP16の主催国)のフィリペ・カルデロン大統領とともに、「議長のお友達」グループを作り、その代表になることを要請された。その結果、コペンハーゲンでは、「先進国と途上国の間の橋渡し」をする「アンブレラ・グループ」いう謎のグループが生まれた。しかし、ラッド首相は保守派が多数派の上院と闘わねばならない。
産油国の立場は、微妙である。中でもサウジアラビアは、「いかなる協定にせよ、化石燃料への依存が減るなら、収入が減った分の補償せよ」という議論の先頭に立っている。
EUは、早々と2020年の中期目標に20%の削減を打ち出していた。そして、今回はこれまでポスト京都議定書から脱退していた米国、及びそもそも入っていなかった中国
を取り込む作戦に出た。しかし、南北間の対立があまりにも激しいので、そのリーダーシップを発揮することができなかった。ちなみに、EUは京都議定書では2012年までに8%の削減することになっているが、COP15の主催国デンマークをはじめ、イタリア、スペインは、ターゲットに達していない。また石炭に電力を依存しちるポーランドとエストニアは排出を認められている。
同じく、折角大胆な25%を公約していた日本は、コペンハーゲンでははじめからリーダーシップを取ろうとさえしなかった。
代わりに、CO2排出国第1位、と2位の中国と米国(合わせて40%)が、表裏の交渉で政治合意に漕ぎつけた。このことは、今日の国際政治の動向を物語っている。
3)コペンハーゲンの成果は
COP15が失敗に終わったとしても、地球温暖化対策について、いくつかの成果が見られなかったわけではない。第1に「コペンハーゲン合意」の中に、「18世紀半ばの産業革命以来、2℃の気温上昇を維持する」という言葉が盛り込まれた。これは1つの成果であった。しかし、NGOの「パン・アフリカ気候正義同盟」は、これは「アフリカにとっては3.5℃の上昇になる。その結果、5,500万人が餓えに晒され、3〜5億人が水不足に苦しむことになる」と声明している。この」事実を無視することは許されない。またツバルなどの島嶼国が生き延びるためには、1.5℃以下でなければならない。
第2に、「コペンハーゲン合意」には、先進国が、途上国の温暖化対策に対して、京都議定書の期間である10〜12年に、総額300億ドルの支援を行う、さらに、中期目標である20年までに年間1,000億ドルを拠出することが盛り込まれた。また先進国から途上国に対する技術移転を促す枠組みを構築することも、挿入された。
しかし、一見大胆に見える公約は、交渉の中で、途上国をなだめるために、競り上げた恣意的な数字である。国別の拠出金額が決まっているわけでもなく、また具体的な対策のプロジェクトがあって、出された数字でもない。また、G77プラス中国は、「先進国はGDPの0.5%から1%を救出すべきである、と主張した。
日本は、昨年11月16日、小沢鋭仁環境相が、COP15の準備会議で「12年までの3年間で総額90億ドルを拠出する」ことを発表した。これは「鳩山イニシアティブ」と呼ばれる。ところが、コペンハーゲンの首脳会議では、鳩山首相は「公的資金で110億ドル、官民合わせて150億ドルを拠出する」と発表した。
いずれにせよ、日本は、2012年までは90年比で6%、そして2020年までには25%のCO2排出削減を実行する責任がある。これを達成するためには、とくに排出量が大きい電力、鉄鋼、自動車業界は死に物狂いの努力をしなければならない。コペンハーゲンが失敗に終わったからと言って、協定を反古にすることは許されない。
COP16を2010年11月29日〜12月10日、メキシコシティで開かれることになった。しかし、ポスト京都の新たな議定書の交渉を2010年末とすることについて、途上国の反対に会い、見送られた。 |