昨年12月18日、日曜日、南米のボリビアで行われた大統領選挙では、左派のイボ・モラレス候補(46歳)が54.3%という圧倒的に高い得票率で当選した。対立候補のホルへ・キロガ元大統領の得票は僅か20%そこそこに過ぎなかった。モラレスと彼の政党MAS(Movimiento
Al Socialismo)は議会でも多数派を占めており、180年のボリビア史上はじめての先住民政権である。
黒いジーンズとテニスシューズをトレードマークにしているモラレスは、若い頃は、小さな町のトランペット奏者やサッカー選手であったが、やがてコカ生産農民連合を巨大な政治勢力に仕立て上げ、カリスマ的な政治家(国会議員)となった。
12月20日付けの『ニューヨーク・タイムズ』紙は、モラレス候補の勝利を「反帝国主義者がボリビア大統領に当選」というセンセーショナルな見出しで報じた。同紙は、これによってキューバのカストロ、ベネズエラのチャベスとともに西半球での反米トリオが結成される、と分析している。同時にこれをもって、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、エクアドルなどと共に南米大陸3億6,500万の人口のうち3億人近くが左翼政権の下に住むことになった、と報じている。
ブッシュ政権は、かねてからモラレスを「麻薬密売人」とののしっていたが、彼の勝利に対して嫌悪をあらわにしている。しかし、南米やEUが祝電を送ったのを見て、しぶしぶ「選挙の成功(モラレスの勝利ではない)を祝う」声明を出した。
一方、同紙はモラレスの勝利を、一世代前(1979年)に軍事独裁から民主主義に移行して以来、最も合法な大統領である、と評価している。政治アナリストであるラパスのカトリック大学のゴンザレス・チャベス教授は、今回の選挙を「民主的革命」であり、「選挙民はボリビアの変革を強く望んでいる証拠である」と評した。
モラレスの党MASは、British GasやRepsol WPF(スペイン)、Total(フランス)などの外国エネルギー会社に対する課税を、18%のロイヤリティは据え置きだが、法人税を16%から32%に引き上げ、天然ガスの販売権をボリビア政府の手中に収めるという「炭素資源法案」を議会に提出していた。これは、昨年5月、議会を通過したのだが、メサ大統領は承認を拒否した。外国資本が報復措置として、ボリビアからの投資撤退をほのめかしていたからである。嫌気をさしたメサは、辞任を表明したが、議会がこれを拒否し、その代わり昨年末の選挙になった。
ボリビアの天然ガス問題は2003年以来、政治的紛争となっていた。当時、先住民たちが首都のラパスまで行進して、国有化を議会に要求していた。先住民組織とボリビア総同盟は、「もし聞き入れなかったら、議会を占拠する」と脅迫していた。デモはラパスに通じる道路をすべて封鎖し、ピーク時には50万人にのぼった。機動隊の銃撃に対し、錫鉱山労働者がダイナマイトで応戦するなど、内戦の様相を帯びたのであった。
1990年代、ボリビアに南米第2の天然ガスの埋蔵が発見された。英、スペイン、フランスなどの外国資本が開発権を手に入れたが、その時には、ボリビア政府には18%(年間4〜7,000万ドル)のロイヤルティしか入ってこないという不利な条件であった。これは17世紀には金銀、20世紀には錫という天然資源を外国資本に搾取されてきたボリビアの民衆にとっては耐え難い屈辱であった。モラレスのMASはエネルギーの外国資本の国有化を唱えていた。
西側のマスメディアは、モラレスをチェ・ゲバラの道を歩んでいる革命家と呼んでいる。これはボリビアの保守派の恐怖を煽り、国論を2分する作用を果たす。
これに対して、モラレスは、就任早々、驚くべきエネルギーをもって国内の融和のために動き回っている。彼は、ボリビア銀行協会や企業連盟のメンバーに会い、同時に過去において、モラレスに批判的であったサンタクルス市を訪れ「サンタクルス市民委員会(Comite
Civico Pro Santa Cruz)と会合した。サンタクルスは、開発の推進地であり、同時に、地域自治運動の発祥の地でもある。彼は、サンタクルスの市民に対して、地域自治についての国民投票と憲法会議の開催を約束し、同時に私有財産の国有化や接収をしないことを保証した。
自らコカの生産農民であるモラレスは、米国の麻薬撲滅作戦に反対していた。したがって、伝統的な噛むコカやお茶として飲むコカ生産の合法化を目指している。しかし、彼は麻薬密輸やヘロイン製造を撲滅する。同時にコカ生産撲滅対策として米国がボリビアに供与してきた経済・軍事援助(2005年は約9,100万ドル)を拒否する。
モラレス大統領は、米国との協力を認めてはいるが、しかし従属ではなく対等の協力であると言っている。かねてから、彼は、ブッシュ大統領をテロリストと呼んでおり、イラク戦争を国家テロと非難してきた。
モラレスは、「ボリビアは天然資源、産業を国有化する権利を持っており」、「外国資本との投資契約は無効である」というが、一方では外国のエネルギー会社に対しては、資産の接収をするのではなく、段階的にボリビア政府のコントロールを強めていく、さらに販売権などを国有化していくという手段で対処する、といっている。
ニューヨークの『Monthly Review』誌1月号に載ったHeinz Dieterich記者のインタービュー記事によると、モラレスは、自らを「“共同体”社会主義者」であると言っている。
その理由は、彼は、Ayllu(Community)に住んでおり、平等主義者であるからだ、と言う。「そもそも、農民のAylluは社会主義である」という。そして、母なる大地(Pacha
Mama)を尊重する。これは商品化してはならない。
モラレスは、自分はブラジルの労組出身のルラやベネズエラの軍人出身のチャベスなどとは違う。MASが主張する社会経済モデルは連帯、相互性、共同体、合意に基づいたものである。彼の民主主義は合意であるが、労組では、民主主義はマジョリティである。
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