2003年3月20日、米国等はついにイラクへの武力侵攻を開始した。小泉内閣はこれを「理解・支持」すると表明し、さまざまな支援策を進めようとしている。
民主主義科学者協会法律部会理事である私たち法学者は、人間の尊厳と平和の維持、及び民主主義の発展に寄与する法学の研究と教育に携わる者として、現代国際法と日本国憲法が指し示してきた非戦・平和の見地から、米国等による対イラク武力攻撃及び日本政府によるそれへの支持・支援を無法・違法・違憲と判断し、ただちにこれを停止・撤回するよう強く求めるものである。それは、以下の理由による。
1 国際法の観点から
(1)武力行使の禁止は、国連憲章および現代国際法のもっとも重要な原則であって、その例外は、武力攻撃を受けた場合の自衛権の行使と、国連安全保障理事会の決定に基づいて行われる国連の強制措置だけである。今回のイラクに対する米国等の武力行使はそのいずれにも該当せず、武力行使禁止原則に違反する侵略行為であることは明白である。自衛権についていえば、イラクが米国を現に攻撃しようとしたわけではないから、米国等のイラク攻撃を自衛権の行使と言うことはできない。ブッシュ政権は、イラクで開発された大量破壊兵器がアルカイダの手にわたり、米国がテロ攻撃を受ける恐れがあると主張しているが、フセイン政権がアルカイダと結びついているとの立証はなされておらず、また、将来攻撃される恐れがあることを理由に先んじて攻撃する先制自衛は、安保理決議の存否にかかわらず、現代国際法では認められていない。
(2)米国等のイラク攻撃が国連安全保障理事会の決定に基づくものでないことも明白である。米国は、武力行使の法的根拠として、昨年11月の安保理決議1441並びに湾岸戦争時の安保理決議678及び687をあげ、小泉首相も米国の武力行使を支持する理由としてこれらの決議をあげているが、決議678は、クウェートからのイラク軍の撤退を実現するための武力行使を認めたものであって、大量破壊兵器の廃棄のための、ましてやフセイン政権打倒のための武力行使を認めたものではない。大量破壊兵器の廃棄は、湾岸戦争後の決議687によってイラクに課された義務であり、同決議第34項は、この義務の履行を確保するため必要な措置は安保理でこれを決定すると明記しているのである。
また、安保理決議1441は、イラクによる査察妨害や安保理決議の不履行があった場合でも、安保理で対応を協議すると定める(第12項)ことによってようやく全理事国の賛同が得られた決議であって、自動的に武力行使を認めたものではない。それにもかかわらず、これを一方的な武力行使の根拠とするのは、まさに白を黒と言いくるめるに等しい。実際、米国等のイラク攻撃を安保理が容認していないことは、武力行使の容認を意図した米・英・スペインによる共同決議案が、可決のめどが立たないために取り下げられざるを得なかったことからも、明白である。
(3)ブッシュ米大統領は「安保理はその責任を果たさなかった」と主張しているが、事実はまったく逆である。国連による査察は順調に成果を上げており、査察の責任者であるUNMOVICのブリックス委員長とIAEAのエルバラダイ事務局長自身、なお数ヶ月の査察継続が必要であると主張していた。ブッシュ米大統領はまた、「イラク政権がもっとも恐ろしい兵器を保持し、隠しているのは疑いない」と断定しているが、大量破壊兵器の製造・保有を示す証拠はいっさい見つかっていないと査察団は報告している。そもそも、安保理決議が履行されているかどうか、履行を確保するためにどのような措置をとるかを決めるのは安保理の権限である。それにもかかわらず、安保理が義務を果たさないから武力攻撃を開始するというブッシュ米大統領等の主張は、国連と国際社会の合意形成を省略し、自己の「正義」への屈服を迫る、まさに「ならず者」の論理と言うほかはない。ブッシュ米大統領はその開戦宣言で「イラクを武装解除し、国民を解放する」と述べているが、そのような法的権限が米国等にあるはずもない。
2 日本国憲法の観点から
(1)米国等が、国際的な圧倒的反対の声に背き、上記のように現代国際法と国連憲章に違反して、自国の「安全」のためとして先制攻撃に出たことは、日本国憲法前文がうたった「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という国際協調主義の精神に敵対する。また、イラク国民をフセイン独裁体制の桎梏から解放するためとしてイラク国民に甚大な犠牲を強いるのは背理もはなはだしく、これが、同じく憲法前文がうたった「全世界の国民がひとしく平和のうちに生存する権利」を侵害することもあきらかである。このような日本国憲法の精神に違背する米国等の行動を、ほかならない日本政府が「理解・支持」するのは、政府に課せられた憲法遵守義務に対する著しい違反である。小泉首相は、イラク問題に関し、かねてから「日米同盟と国際協調の両立」を主張してきた。今回の日本政府の「支持」声明は、明らかに国際協調を捨て去り、国連憲章の精神を踏みにじった米国への追随を選択したものといわざるをえない。これは、現代国際法が構築してきた平和のための枠組みから日本もまた離脱し、国際的孤立の道を選択したことを意味する。
(2)米国等が、イラクから現に武力攻撃を受けておらず、また差し迫った脅威が存在してもいないという状況下で、将来にわたる自国の「安全」のために先制攻撃を加えたことは、もはや侵略戦争以外の何ものでもない。したがって日本は、侵略国に対し、資金の提供も含む一切の支援をしてはならない。小泉首相は「戦闘行為には参加しない」としつついわゆる後方支援は行う含みを残す言明をしているが、国際法上違法の侵略戦争に対して支援の余地はない。米国等への支援は参戦行為であり、「国際紛争を解決する手段としての武力行使」にほかならず、これを禁止した日本国憲法第9条第1項に明らかに違反する。
(3)最近の世論調査の結果によれば、国民の約8割は米国等によるイラク攻撃に反対している。しかし小泉首相は、「世論に従うと間違うこともある」などとして、こうした主権者国民の意見を無視する発言を重ねてきた。さらに小泉首相は、国連決議が得られない場合の攻撃に対する態度についても「その場の雰囲気」で決定するなどと発言し、主権者国民に対するまともな説明責任すら果たしてこなかった。あげくの果てに政府は、国会審議を経ることもなく「支持」決定に至った。今回の日本政府による「支持」表明は、内容において違憲であるのみならず、主権者国民の意思を尊重せず、「国権の最高機関」たる国会における審議を無視した手続き面においても憲法原則に違背する。
以上のように、米国等によるイラク侵略と、それを支持し支援しようとする日本政府の対応は、国際法と日本国憲法への信じがたい侵犯であり、法による妥当な解決の道を放棄し、むき出しの力による支配の道を歩もうとするものである。その暴挙の下で、多大の人命が奪われ、大量の人々が傷つき、後遺症に苦しみ、難民となり、財貨・文化遺産・環境も甚大な破壊をこうむる。私たちは、この理不尽への強い怒りを表明するとともに、米国等が武力攻撃をただちに停止し、日本政府が支持表明を即刻撤回し、侵略国を支援する策をとることのないよう、また、これを機にいわゆる「有事法制」を制定することのないよう、強く求めるものである。
2003年3月27日 民主主義科学者協会法律部会第20期第3回理事会