レジュメ・サンプル3
(作成者)小栗実・鹿児島大学
(使用箇所)2002年4月18日の「有事法制を許さない市民のつどい」(加治木)
(講演対象)一般向け
(講演内容)有事法制
平和憲法と有事法制
― いまこそ、みんなでストップ改憲 ―
2002年4月18日
「有事法制を許さない市民のつどい」(加治木)
鹿児島大学(憲法学)小栗 実
氈A9・11事件をきっかけにしたアメリカの軍事行動を支援する政府の行動
○ 米空母キティホーク、揚陸強襲艦エセックスの出港を護衛――その後「情報収集」を理由に、インド洋への自衛艦派遣を画策した(その時点では中止)。
○ 避難民救援を理由に自衛隊輸送機をパキスタンに派遣した。
○ そこへ浮上してきたのが「テロ対策特措法」
○ 国連PKO等協力法の改正――国連平和維持軍(PKF)への参加の凍結を解除し、法的に自衛隊の参加を可能にした。
○ そして「有事法制」の制定が具体的に浮上(小泉首相の施政演説)
「有事法制」つくりの歴史
@「三矢作戦」計画(1965年)
三矢研究とは
「自衛隊統合幕僚会議が1963年に実施した「昭和38年度統合防衛図上研究」のコードネーム。本来内部限りの極秘研究であったが、1965年2月10日、社会党(当時)の岡田春夫議員が衆議院予算委員会で同研究の文書を示しその存在を暴露し大きな問題になった。
この研究は、朝鮮半島で朝鮮民主主義人民共和国が38度線を超えて侵攻を開始し半島で有事が起こった際に、自衛隊、米軍、そして日本国政府がどう動くか、またどう動くべきかについてシュミレーションを行ったものである。シュミレーションでは、第1動(朝鮮半島での情勢緊迫)から第7動(日本へのソ連などの武力進行)までに段階を区切って、それぞれの段階で軍事的・政治的、あるいは国際法的・国内法的な問題点を具体的に検討している。
単に自衛隊の行動に留まらず、どのような立法(非常時立法=有事立法)措置がどの程度の期間で必要かも「研究」している。このシュミレーションでは、77ー87件の非常時立法を「委員会省略即座に本会議に上程する等国民の防衛意識を背景にして」、「臨時国会成立後約2週間で・・政府提出全法令の成立を完了した」(同研究 国策要綱に応ずる当面の施策の骨子)となっている。しかもその法令の中には「防衛庁専門の法廷設置」など明確に憲法で禁止されているものもあることから、実質的には自衛隊によるクーデター計画であると指摘された。
法制定や民間資源の動員には国家総動員法を下敷きにしていることからも、現在でもこのままの形で「研究」が継続しているとは考え難いが、一方、
ここで取り上げられている法令のうち現在まで政府が明確に排除しているのは徴兵令などきわめて限られたものであり、事態の進展によって現実化する可能性のある法令が大部分である。現在ガイドラインの改定に伴う有事立法の制定作業が進められているが、その中味を推測する、あるいはその行き着く先を理解するためのもっとも包括的な資料であることは疑いない。
この研究の暴露に当初は佐藤総理大臣(当時)も驚きと怒りを隠さなかったが、やがて「自衛隊が軍事侵攻を受けた時の研究をするのは当然」という答弁に変わり、防衛庁の高官が「機密文書管理の不備」を理由に処分が行われただけであった。
研究の全容は、防衛庁が文書を処分したと公式には答弁したこともあって、結局今日まで明らかにはなっていない。
」(HP「三矢研究」作成者による)
A
福田内閣のとき、有事立法研究に着手、ただし「近い将来に国会提出を予定した立法の準備ではない。」(77年8月)
B
B「防衛庁における有事法制の研究について」(78年9月21日)
参照。78年11月27日「日米防衛協力のための指針」(旧ガイドライン)の締結
「日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等」をさだめる
「。 日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合の日米間の協力」については簡単な叙述にとどまる。
C「防衛庁における有事法制の研究について」(中間報告)(81年4月22日)
D「有事法制の研究について」(84年10月16日)
E 97年9月23日に締結された「新ガイドライン」では「日本周辺地域における事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合(周辺事態)の協力」が具体化された。
F「周辺事態に際して我が国の平和と安全を確保するための措置に関する法律」の制定(1999年5月28日)
G「周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律」(2000年12月6日)
。 「有事法制(立法)」とはなにか?
1、まず、簡単な内容から
簡単にいうと、「有事」のさい、私たち住民の生活に関連することもふくめて、自衛隊および米軍の活動を強化・円滑たらしめるための法令の整備ということ。
⇒「有事」ということばには注意する必要がある。
政府は「万々々が一」日本が攻撃されたとき(有事)の備えだというが、
「有事法制は、我が国に対する武力攻撃の事態が中心。ただし、武力攻撃に至らない段階から適切な行動をとることが必要」(02年1月内閣官房「有事法制の整備について」)、
「有事の定義は1(1)項のとおりであるが、21世紀の複雑多様な事態に対して対応することを想定した場合、これだけでよいか要検討⇒「有事」、「危機事態」、「緊急事態」等々を通じて総合的に法体系を整備する必要があるものと思料」(02年2月7日西元徹也・元統幕議長の自民党国防部会での説明資料から)
「危機管理法の立法措置を含む改定日米防衛協力のしっかりとした実施」(米国防大学国家戦略研究所特別報告「合衆国政府と日本・成熟したパートナーシップに向けての前進」2000年10月11日)
⇒想像すれば、「日本有事の際のそなえ」を口実にした、アジア太平洋地域での米軍の軍事活動に協力・支援する自衛隊を支える法制度をより堅固なものしようという動きということになる。
2、「有事法制」の一部はすでにつくられていた!
自衛隊の活動と関連して
(1)自衛隊法103条(防衛出動時における物資の収用等)や104条(電気通信設備の利用等)
(2)周辺事態法8条(関係行政機関による対応措置の実施)、9条(国以外の者による協力等)
(3)今回の「テロ特別措置法」に関連しての自衛隊法「改正」の中に盛り込まれたもの
@ 通常時の自衛隊の施設の警護のための武器の使用(第95条の2の新設)
A 治安出動下令前に行う情報収集の際の武器の使用
治安出動下令前に行う情報収集(第79条の2の新設)
治安出動下令前に行う情報収集の際の武器の使用(第92条の2の新設)
B 治安出動時の武器の使用(第90条第1項の改正)
C 不審船への対応(第93条、第91条、第92条の改正)
D 秘密保全のための罰則強化=防衛秘密(第96条の2の新設)と罰則(第122
条の新設)
「 本格的「有事法制」の整備へ
1、その内容
@ 防衛庁管轄の事項「第一分類」(物資の収用、土地の使用、業務従事命令など)
A 防衛庁と他省庁に管轄がまたがる事項「第二分類」(自衛隊を法律の適用から除外又は特例措置を与える)
B どの省庁の管轄か明確でない事項「第三分類」(警報、住民避難、各種応急措置、復旧など、船舶・航空機の航行・飛行の制限、経済関係諸措置)
C 米軍支援のための法制(米軍の行動に必要な施設・物資等の確保など)
D 米軍支援のための関係法の改正(米軍を法律の適用から除外または特例措置を与える)
E 戦争に関する国際法関連(傷病者、衛生要員などの取り扱い、捕虜の待遇、武力紛争の影響を受ける一般人の保護、戦争犯罪人に対する処罰など)
■ 改憲勢力がねらっていること(彼らなりの構想⇒「我が国の安全保障・防衛に関する法的枠組み」(国防部会に提出された資料)からわかる軍事優先法制つくり
2、とうとうでてきた「有事法制」第1弾!
@「武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案」(いわゆる包括法)
●「武力攻撃事態とは、わが国に対する外部からの武力攻撃(武力攻撃のおそれがある場合を含む。)が発生した事態又は事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態をいう」
●
「国の責務」「地方公共団体の責務」「指定公共団体の責務」を定める
● 「対処基本方針」(閣議で決定)⇒「対処措置の実施以前に対処基本方針の国会承認を得ることは必要としない」
● 首相は、地方公共団体・指定公共団体等に対し総合調整、場合により実施の指示を行なう。あるいは自ら対処措置を実施する。
● 法制整備の項目(いわゆる「第三分類」に属する措置、および前にあげた米軍関連の措置、国際法関連の措置)⇒ 続々、「有事法制」第2弾、第3弾がでてくるだろう。
今回の法案では、予想されていた「米軍の行動に関する関連法律の適用除外」は
A自衛隊法改正
● 103条関係(防衛出動時の物資の収用等)
● 防衛出動下令前の防御施設構築の措置等
● 防衛出動時の自衛隊の緊急通行
● 保管命令に従わなかった者等に対する罰則
● 防衛出動時等における関係法律の特例(部隊の移動、輸送⇒道路法、道路交通法の適用除外、土地の利用⇒海岸法、河川法、森林法、自然公園法、漁港漁場整備法、港湾�@、都市公園法、都市緑地保全法、土地収用法、土地区画整理法、首都圏近郊緑地保全法、近畿圏の保全区域の整備に関する法律、都市計画法の適用除外、建築物建造⇒建築基準法の不適用、消防法の適用除外、衛生医療⇒医療法の適用除外、戦死者の取り扱い⇒墓地、埋葬等に関する法律の適用除外)を一括処理
B安全保障会議設置法の改正
有事関連三法案概要のポイント
@ 「武力攻撃事態」 日本に対する武力攻撃」と定義。武力攻撃のおそれがある場合、予測される場合も含む
A 国会は事後に 「対処基本方針」の承認、実施前は必要とせず
B 責務の明確化 国のほか地方自治体、指定公共機関の責務を明記
C 首相に権限 「対策本部」を置き、首相が本部長。地方自治体、指定公共機関に指示またはみずから執行
D 罰則規定 物資の保管命令違反に懲役・罰金刑。立入検査拒否に罰金刑
■ この「有事法制」のねらいは、アジア太平洋地域での米軍の活動を支援するための米軍・自衛隊の行動を円滑にするための「新ガイドライン実施(米軍武力行使支援)」の一環をなすもの
「周辺事態法」⇒日本周辺での米軍の武力行使を(後方)支援することを根拠づけた
「テロ特別措置法」⇒世界中どこでも米軍の武力行使を(後方)支援できるようにした(ただし、9月11日事件に関連するかぎりという条件つき)
「武力攻撃事態法」⇒米軍を支援する自衛隊の国内での行動を円滑にする法律
まとめ
■ 「憲法(平和)体系」を「安保(戦争)法体系」にすっかり変えてしまおうというたくらみといえる。これまでの日本の法体系には「戦死」の概念はまったくなかったし、河川法、海岸法、自然公園法なども「海や川など自然とのふれあい」という平和を前提にしていた。
■ 軍事国家・警察国家への危険な道にわたしたちの国はすすもうとしているのではないだろうか。世論の広がりが「有事法制つくり」を食い止める。
■ 「有事法制」問題は、憲法9条を守り育てるのか、まったく無視して死文化させてしまうのかについての争点でもある。
さいごに
「ストップ! 改憲」
「自衛隊のインド洋派遣が日本の自衛隊活用に「大きな風穴をあける」(政府筋)のは事実だ。政府、自民党内では早くも「対テロ法案後」が取りざたされている。国連平和維持軍(PKF)参加凍結解除、有事法制、集団的自衛権の解釈見直し、さらには憲法改正まで。ある自民党国防族議員は「これでやりやすくなった」とほくそ笑んだ。」(南日本新聞2001年10月13日)
■ 憲法改正国民投票法の制定の策動
(憲法調査推進議員連盟(会長・中山太郎)が「法案」原稿を作成し、今国会に提案を予定している)⇒憲法改正へ具体的な一歩になるだろう。
■ 最近、新聞・放送が行なった世論調査がしめす二つの特徴
@ 「憲法は変えたほうがいい」が多数になったという「世論誘導」
「知る権利」を憲法に入れた方がいい⇒十分にわかっていないまま、なんとなく改憲ムードが形つくられている(課題は情報公開法や情報公開条例をより豊かなものにするか否かが現在の課題)
A 「読売」などの必死のキャンペーンにもかかわらず。9条については「変えないほうがいい」がいまだに多数派。あなたは、自分の国の平和・財産を守るために、自分に反対するものを「テロリスト」とみなして、教会まで破壊し、抹殺しようとするイスラエル・シャロン政権・軍部の道をえらびますか?
■ 憲法9条およびそれに基づいた積極平和外交・軍縮・武器輸出の禁止・海外派兵しない・非核三原則の遵守こそが「平和の備え」。わたしたちは、何によって「国際社会において名誉ある地位を占める」(憲法前文)のか?
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(資料1)
■ 防衛庁見解「有事法制の研究について」 ■
防衛庁における有事法制の研究について
(1978年9月21日)
(防衛庁統一見解)
1 現在、防衛庁が行っている有事法制の研究は、シビリアン・コントロールの原則に従って、昨年8月、内閣総理大臣の了承の下に、三原前防衛庁長官の指示によって開始されたものである。
2 研究の対象は、自衛隊法第76条の規定により防衛出動を命ぜられるという事態において自衛隊がその任務を有効かつ円滑に遂行する上での法制上の諸問題である。
現行の自衛隊法によって自衛隊の任務遂行に必要な法制の骨幹は整備されているが、なお残された法制上の不備はないか、不備があるとすればどのような事項か等の問題点の整理が今回の研究の目的であり、近い将来に国会提出を予定した法の準備ではない。
また、最近問題となった防衛出動命令下令前に急迫不正の侵害を受けた場合の部隊の対応措置に関するいわゆる奇襲対処の問題は、本研究とは別個に検討している。
3 自衛隊の行動は、もとより国家と国民の安全と生存を守るためのものであり、有事の場合においても可能な限り個々の国民の権利が尊重されるべきことは当然である。今回の研究は、むろん現行憲法の範囲内で行うものであるから、旧憲法下の戒厳令や徴兵制のような制度を考えることはあり得ないし、また、言論統制などの措置も検討の対象としない。
4 この研究は、別途着手されているいわゆる防衛研究の作業結果を前提としなければならない面もあり、また、防衛庁以外の省庁等の所管にかかわる検討事項も多いので、相当長期に及ぶ広範かつ詳細な検討を必要とするものである。幸い、現在の我が国をめぐる国際情勢は、早急に有事の際の法制上の具体的措置を必要とするような緊迫した状況にはなく、また、いわゆる有事の事態を招来しないための平和外交の推進や民生の安定などの努力が重要であることはいうまでもないが、有事の際における自衛隊の行動のための法制に係る研究も当然必要なことであり、むしろこの種の研究は、今日のような平穏な時期においてこそ、冷静かつ慎重に進められるべきものであると考える。
5 今向の研究の成果は、ある程度まとまり次第、適時適切に国民の前に明らかにし、そのコンセンサスを得たいと考えている。」
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(資料2)
■ 防衛庁有事法制中間報告2(84年) ■
有事法制の研究について(1984年10月16日)
1 経緯及び第2分類の検討
(1) 経緯
ア 有事法制の研究は、昭和52年8月、内閣総理大臣の了承の下に、防衛庁長官の指示によって開始されたものであり、自衛隊法第76条の規定により防衛出動を命ぜられるという事態において自衛隊がその任務を有効かつ円滑に遂行する上での法制上の諸問題を研究の対象とするものである。自衛隊は有事に際して我が国の平和と独立を守り国の安全を保つためのものである以上、日ごろからこれに備えて研究しておくことは当然であると考える。研究を進めるに当たっての基本的な考え方については、昭和53年9月21日の見解で示したところであり、現在これに基づいて作業を進めているところである。
イ 有事法制の研究の対象となる法令は、防衛庁所管の法令(第1分類)、他省庁所管の法令(第2分類)及び所管官庁が明確でない事項に関する法令(第3分類)に区分され、そのうち第1分類については、問題点の概要を取りまとめて、昭和56年4月、国会の関係委員会に報告したところである。
ウ その後の有事法制の研究では、第1分類に引�ォ続いて第2分類に重点を置いて検討を進めた。
(2) 第2分類の検討
他省庁所管の法令について、現行規定の下で有事に際しての自衛隊の行動の円滑を確保する上で支障がないかどうかを防衛庁の立場から検討し、検討項目を拾い出した上、当該項目に関係する条文の解釈、適用関係について関係省庁と協議、調整を行った。
現在までに検討した事項と問題点の概要を整理すれば、次のとおりである。
2 第2分類で検討した事項と問題点の概要
現行自衛隊法においては、他省庁所管の法令について、特例や適用除外の規定があり、自衛隊の任務遂行に必要な法制の骨幹は、整備されているが、今回検討した項目には、なお法令上特例措置が必要と考えられる事項もあり、また法令上必要とされる特定行政庁の承認、協議等手続に係る事項も相当数含まれている。
特定行政庁の承認、協議等の手続は、有事に際しての自衛隊の行動の円滑を確保するため関係省庁の協力を得て迅速に措置されることが必要である。
自衛隊と他省庁との連絡協力については、自衛隊法第86条の関係機関との連絡及び協力の規定並びに同法第101条の海上保安庁との関係の規定によって、基本的枠組が整備されており、また、具体的な手続に際して、手続の迅速化を配慮するなど関係省庁の協力が当然得られるものと考えられるところである。
このような基本的枠組等を踏まえて、有事に際しての自衛隊の行動等の態様に区分して検討した事項と問題点の概要を整理すれば、次のとおりである。
(1) 部隊の移動、輸送について
ア 陸上移動等
有事に際しては、速やかに部隊を移動させ、その任務遂行上必要な物資を輸送する必要があるが、これについては「道路交通法」に基づく公安委員会等による交通規制の実施及び公安委員会の指定に係る緊急自動車の運用により、おおむね円滑に行えるものと考えられる。
しかしながら、道路、橋が損傷している場合に、部隊の移動、物資の輸送のためその道路等を応急補修し、通行しなければならないことが考えられるが、この場合「道路法」上、部隊自らがその補修を行うことができないことがある。したがって、部隊自らが応急補修を行うことも含めて、損傷した道路等を滞りなく通行できるよう「道路法」に関して特例措置が必要であると考えられる。
イ 海上移動等
有事に際して自衛隊の使用する船舶は、その任務の有効かつ円滑な遂行を図るため、速やかに移動、輸送を行う必要があるが、その航行等については民間船舶と同様に船舶交通の安全を図るための「港則法」、「海上交通安全法」及び「海上衝突予防法」が適用される。
この場合、一定の港における「港則法」による夜間入港の制限又は特定海域における「海上交通安全法」による航路航行義務等の航行規制を受けるが、これらについては、夜間入港の際の港長の迅速な許可又は緊急用務船舶の指定により、自衛隊の任務遂行上支障がないと考えられる。
なお「海上衝突予防法」の適用について検討を加えたが特に問題とする事項はないと思われる。
ウ 航空移動等
有事に際して自衛隊機は、その任務の有効かつ円滑な遂行を図るため、速やかに移動、輸送を行う必要がある。
防衛出動時の自衛隊機の飛行については、その任務と行動の特性から、自衛隊法第107条により「航空法」の規定の相当部分が適用除外されている。
しかし、自衛隊機は、その任務遂行のため、計器気象状態(悪天候)であっても計器飛行方式によらないで飛行する必要があり、このような飛行は、「航空法」によって、やむを得ない事由がある場合又は運輸大臣の許可を受けた場合でなければできないとされている。また、特別官制空域を計器飛行方式によらないで飛行する必要があり、これについても、同法によって運輸大臣の許可を得なければならないとされている。これらの飛行については、同法に基づく運輸大臣の迅速な許可等の措置がなされれば、自衛隊機の行動に支障がないものと考えられる。
(2) 土地の使用について
部隊は、侵攻が予想される地域に陣地を構築するために土地を使用する必要がある。
一方、国土の利用について海岸、河川、森林などの態様に応じて「海岸法」、「河川法」、「森林法」、「自然公園法」等の法令により、国土の保全に資する等の観点から、一定の区域について立入り、木竹の伐採、土地の形状の変更等に対する制限等が設けられ、土地を使用する場合には、原則として法令で定められている手続が必要である。
部隊があらかじめ陣地を構築するために土地を使用する場合においても、法令に定められた許可手続に従い又は許可手続の例により行うほかなく、侵攻の態様によってはそれらの手続をとるいとまがないことが考えられ、また、法令によっては「非常災害」に際しての応急的な措置について、手続をとらなくても一定の範囲内で土地を使用し得るとされているものもあるが、これにも当たらないとされている。さらに、構築される陣地の形態によっては、これらの法令上許可し得る範囲を超えることも考えられる。
したがって、有事に際しての自衛隊による土地の使用等については、「海岸法」等に関して特例措置が必要であると考えられる。
(3) 構築物建造について
有事に際して、航空基地等では、他の基地に所在する航空部隊の機動展開を受け入れ、あるいは、抗たん性を強化するために航空機用えん体、指揮所、倉庫等を建築することがある。
一方、「建築基準法」は、建築物を建築する際の工事計画の建築主事への通知等の手続、構造の基準等を定めている。
航空機用えん体、指揮所、倉庫等を建築する際にも、同法に定められている手続を行い、構造の基準を満たさなければならないため、速やかに建築を進めることができないことも考えられる。
したがって、有事に際して自衛隊の建築する建築物については、「建築基準法」に関して特例措置が必要であると考えられる。
(4) 電気通信について
有事に際しては、部隊等相互間において通信量が増大することが予想され、また、通信系の抗たん性を確保することが必要となる。
自衛隊法第104条では、防衛庁長官は、防衛出動を命ぜられた自衛隊の任務遂行上必要があると認める場合には、緊急を要する通信を確保するため、郵政大臣に対し、公衆電気通信設備を優先的に利用すること及び「有線電気通信法」第3条第4項第3号に掲げる者が設置している電気通信設備を使用することについて必要な措置をとることを求めることができ、郵政大臣はその要求に沿うように適当な措置をとるものとすることが規定されており、また「有線電気通信法」、「公衆電気通信法」及び「電波法」では、天災、事変等一般的に住民の生命、財産の安全又は公共の安全が脅かされるような非常事態の際の重要な通信の確保について規定されている。防衛出動下令事態における自衛隊の任務遂行上必要な通信の確保については、これらの諸規定に沿って措置されるものであり、自衛隊の任務遂行に支障がないものと考えられる。
(5)火薬類の取扱いについて
ア 自衛隊の保有する火薬類は、各地の自衛隊の施設内の弾薬庫に貯蔵されており、有事に際して部隊が展開する地域へ輸送する必要がある。火薬類の輸送手段としては、鉄道輸送、車両輸送、船舶輸送等が考えられ、火薬類の積載方法、積載重量、運搬方法等について、「火薬類取締法」等の法令によって規制されているが、自衛隊機及び自衛艦による輸送については、自衛隊法第107条及び第109条により、積載方法、積載重量等について適用除外されている。火薬類の輸送については、これらの法令に従いおおむね円滑に実施できるものと考えられる。
しかしながら、火薬類を車両に積載して輸送する場合に、状況によっては夜間に火薬類の積卸しを行う必要があるが、「火薬類の運搬に関する総理府令」によって火薬類の積卸しは夜間を避けて行うこととされている。また、隊員が一定量以上の火薬類を携帯して民間自動車渡船(フェリー)に乗船する場合や、火薬類を積載した車両を一般の隊員とともに自動車渡船に積載する場合もあるが、「危険物船舶運送及び貯蔵規則」によれば、一定量以下の火薬類を除き船舶に持ち込んではならず、また、火薬類を積載した車両の運転手、乗務員及び貨物の看守者以外のものが乗船している自動車渡船に火薬類を積載した車両を積載してはならないとされている。
したがって、これらについて自衛隊の任務遂行に支障が生じないよう措置することが必要であると考えられる。
イ 防衛行動において使用される火薬類を、使用又は輸送するために必要な範囲内で、一時的に野外に集積することが考えられるが、そのような集積は、「火薬類取締法」上の「消費」又は「運搬」に当たるものと解される。「消費」に当たる場合は、自衛隊法第106条により規制が適用除外とされており、また、「運搬」に当たる場合は、安全措置等を講じることが必要とはなるが、自衛隊の任務遂行に支障はないものと考えられる。
(6) 衛生医療について
有事に際しては負傷者が多数発生することが考えられるが、負傷者の容体から見て早急に処置を必要とする場合又は既設の病院、診療所へ輸送する手段がない場合には、自衛隊の設置する野戦病院等に負傷者を収用し、医療を行わなければならないことがある。
一方、「医療法」によれば病院等を設置する場合には厚生大臣に協議等を行うこと、また、その病院等は同法に定める構造設備を有することとされている。
自衛隊の設置する野戦病院等は、部隊の移動に合わせて移動する必要があるため、構造設備等の基準を満たすことは困難であると思われる。
したがって、有事に際して自衛隊の設置する野戦病院等については、「医療法」に関して特例措置が必要であると考えられる。
(7) 戦死者の取扱いについて
有事に際して戦死者については、人道上、衛生上の見地から、部隊が埋葬又は火葬することが考えられる。
一方、「墓地、埋葬等に関する法律」によって、墓地以外の場所に埋葬すること、火葬場以外の場所で火葬することが禁じられており、また、墓地に埋葬し、火葬場で火葬する場合にも、市町村長の許可が必要であるとされている。
死者が一時期に広範な地域にわたって生じた場合には、既存の墓地、火葬場で埋葬、火葬することが困難となり、市町村長の許可を迅速に得ることも困難であると思われる。
したがって、有事に際して部隊が行う埋葬及び火葬については、「墓地、埋葬等に関する法律」に関して特例措置が必要であると考えられる。
(8) 会計経理について
自衛隊が必要とする工事用資材等の物資を調達する場合、現行の会計法令上では、いわゆる同時履行の原則によることとされているが、自衛隊が必要とする船舶、航空機等については、前金払い及び概算払いの方式が認められているところである。
有事に際しては、自衛隊の任務遂行に支障が生じないよう工事用資材等の物資の調達についても、前金払等の方式が講ぜられるよう措置されることが必要であると考えられる。
3 今後の研究の進め方
以上に述べたとおり、第2分類について問題点の整理はおおむね終了したと考えられるが、なお、研究は今後も引き続き進める必要があり、その際、有事において自衛隊の行動が円滑に行われるための準備の重要性にかんがみ、陣地の構築のための土地の使用、建築物の建築等の特例措置について、例えば、防衛出動待機命令下令時から適用するというような点をも考慮する必要があると考えている。
また、これまでの検討を踏まえて整理すれば、有事における、住民の保護、避難又は誘導を適切に行う措置、民間船舶及び民間航空機の航行の安全を確保するための措置、電波の効果的な使用に関する措置など国民の生命財産の保護に直接関係し、かつ、自衛隊の行動にも関連するため総合的な検討が必要と考えられる事項及び人道に関する国際条約(いわゆるジュネーブ4条約)に基づく捕虜収容所の設置等捕虜の取扱いの国内法制化など所管官庁が明確でない事項が考えられ、これらについては、今後より広い立場において研究を進めることが必要であると考えている。
<資料> 関係ある法令の条文
「有事法制の研究について」本文で述べた問題点等の概要のうち、有事に際して、自衛隊の円滑な行動等を確保する上で、法令上関係があると考えられる条文を整理すれば、次のとおりである。
1 法律関係(1) 道路等が損傷している場合に、滞りなく通行するためには、次の規定との関係が問題となると考えられる。
道路法第24条(道路管理者以外の者の行う工事)
同 第43条(道路に関する禁止行為)
同 第46条(通行の禁止又は制限)
(2)陣地の構築のため速やかに土地を使用するためには、次の規定との関係が問題となると考えられる。
ア 海岸法第7条(海岸保全区域の占用)
同 第8条(海岸保全区域における行為の制限)
同 第10条(許可の特例)
イ 河川法第24条(土地の占用の許可)
同 第25条(土石等の採集の許可)
同 第26条(工作物の新築等の許可)
同 第27条(土地の堀さく等の許可)
同 第55条(河川保全区域における行為の制限)
同 第57条(河川予定地における行為の制限)
同 第95条(河川の使用等に関する国の特例)
ウ 森林法第34条(保安林における制限)
エ 自然公園法第17条(特別地域)
同 第18条(特別保護地区)
同 第18条の2(海中公園地区)
同 第19条(条件)
同 第20条(普通地域)
同 第40条(国に関する特例)
同 第42条(保護及び利用)
(3) 自衛隊の行動に必要な建築物を速やかに建築し使用するためには、建築物に対する制限の緩和に関して、次の規定との関係が問題となると考えられる。
建築基準法第18条(国、都道府県又は建築主事を置く市町村の建築物に対する確認、検査又は是正措置に関する手続の特例)
同 第19条(敷地の衛生及び安全)
同 第21条(大規模の建築物の主要構造部)
同 第22条(屋根)
同 第23条(外壁)
同 第26条(防火壁)
同 第35条(特殊建築物の避難及び消火に関する技術的基準)
同 第36条(この章の規定を実施し、又は補足するため必要な技術的基準)
同 第37条(建築材料の品質)
同 第39条(災害危険区域)
同 第40条(地方公共団体の条例による制限の附加)
同 第3章(都市計画区域内の建築物の敷地、構造及び建築設備)
(4) 自衛隊が野戦病院等を設置し円滑、速やかに医療を行なうためには、次の規定との関係が問題となると考えられる。
医療法第7条(開設許可)
同 第9条(病院等の休廃止等の届出)
同 第12条(開設者の管理等)
同 第13条(診療所の患者収容時間の制限)
同 第18条(専属薬剤師)
同 第21条(病院の法定人員及び施設の基準等)
同 第23条(省令への委任等)
同 第24条(施設の使用制限命令等)
同 第25条(報告の徴取、立入検査)
同 第27条(使用許可)
(5) 戦死者を速やかに埋葬又は火葬するためには、次の規定との関係が問題となると考えられる。
墓地、埋葬等に関する法律第4条(墓地外の埋葬、火葬場外の火葬の禁止)
同 第5条(埋葬、火葬、改葬の許可)
2 政令関係
自衛隊が必要とする工事資材等の円滑な調達については、次の規定との関係が問題となると考えられる。
予算決算及び会計令臨時特例第2条(前金払いのできる経費)
同 第3条(概算払いのできる経費)
3 総理府令及び省令関係
(1) 火薬類の車両による円滑、速やかな運搬については、次の規定との関係が問題となると考えられる。
火薬類の運搬に関する総理府令第15条(運搬方法)
(2) 民間自動車渡船(フェリー)に、隊員が一定量以上の火薬類を携帯して乗船したり、火薬類を積載した車両を一般の隊員とともに積載するためには、次の規定との関係が問題となると考えられる。
危険物船舶運送及び貯蔵規則第4条(持込の制限)
同 第21条(自動車渡船による危険物の運送)
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(資料3)
有事法制3法案の原案判明 自治体指示など首相権限強化(朝日新聞2002年4月7日)
政府が今国会に提出する有事法制関連3法案の原案が6日、明らかになった。他国からの侵略など武力攻撃事態(有事)が発生した場合、首相が地方自治体に指示し、従わない場合は代わって対処措置を直接、執行できることを明記して、首相権限の強化を図った。国や地方自治体が米軍に物品や施設、役務を提供することも規定した。ただ、有事の定義についてはあいまいさを残しているうえ、国民の生命、財産を守る法整備については先送りされた。政府は16日に閣議決定する方針だが、与党との調整によっては、なお修正される可能性もある。
今回判明したのは、武力攻撃事態法案と、安全保障会議設置法改正案、自衛隊法改正案の3原案。
武力攻撃事態の定義は、防衛出動の要件である「武力攻撃(武力攻撃のおそれのある場合を含む)が発生した事態」に加えて、「事態が緊迫し武力攻撃が予測されるに至った事態」を含め、広く設定された。連立政権を組む公明党からは拡大への慎重論も出始めており、今後の与党協議の焦点の一つになりそうだ。
また、自衛隊法改正案では、防衛出動前の「防衛出動が予測される場合」に、自衛隊が民間の土地を使用して陣地構築など「防御施設構築の措置」をとれるとした。この際の自衛官の武器使用についても、正当防衛や緊急避難の場合は認めるとしている。
一方、武力攻撃事態への対処と並行して、自民党にテロや不審船への対策も整備すべきだという意見が根強い。原案では「武力攻撃事態以外の緊急事態への対処を迅速かつ的確に実施するために必要な施策を講じる」と言及するにとどめているが、小泉首相も「有事は戦争だけじゃない。テロも不審船も」と主張しており、今後の曲折もありそうだ。
政府は武力攻撃事態に対処するため、対処基本方針を定め、内閣に対策本部を設置する。対処基本方針は国会に承認を求め、不承認の議決があればすみやかに対処措置を終了させるとしている。
対策本部の名称や所管区域、設置の場所や設置期間を規定し、所管区域には対策本部の事務の一部を実施する組織として「現地対策本部」を設置、それらを国会に報告することは、今回の原案で初めて明らかになった。
対策本部長(首相)は対処措置を行うため地方自治体の長らと「総合調整」を実施することとしているが、「所要の措置が実施されないとき」や緊急を要するときは、「自らまたは当該措置に係る事務を管轄する大臣を指揮」し、地方自治体が実施する対処措置を肩代わりできる規定を設けている。
基本理念の中では、「憲法の保障する国民の自由と権利を不当に制限することがあってはならない」と規定した。だが、国民の権利については、「制限が加えられる場合は、必要最小限のものであり、公正かつ適正な手続きのもとに行われること」と原則を示すにとどめた。警報の発令や避難の指示、通信に関する措置など国民生活や国民経済に直接影響を及ぼす法制や、電波の利用に関する法制などは見送られた。
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(資料4)
「有事」の指定公共機関に「民放も」 政府(朝日2002年4月10日)
政府は9日の与党3党安全保障プロジェクトチームの会合で、有事法制関連法案に規定する指定公共機関に、民放を含める方向で検討する考えを示した。武力攻撃事態(有事)の際、国民への避難警報などを放送することを義務づけるもので、求めに応じない場合は強制的に実施させる可能性もある。
法案の原案では、指定公共機関は「武力攻撃事態への対処に関し、必要な措置を実施する責務」をもつとしており、報道機関では日本放送協会(NHK)が明記されている。
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(資料5)
○ 有事法制の整備について(2002年1月 内閣官房)
○ 武力攻撃事態への対処に関する法制整備の全体像のイメージ(案)(2002年2月5日)
○ 我が国の安全保障・防衛に関する法的枠組み(自民党国防部会資料)