第153回国会において成立したテロ対策特別措置法と自衛隊法改正は、以下に署名する私たち憲法研究者にとって、憂慮すべき問題点を含んでいる。
一 テロ対策特別措置法
1 法律の根拠と憲法の精神
2001年9月11日にアメリカで発生したテロに対する報復として、アメリカは、「自衛権」を根拠として、アフガニスタンに対して武力攻撃を行っている。本法は、このようなアメリカの武力攻撃に対して、武力行使と結びついた「協力支援活動」等を行うことを内容とするが、その憲法上の根拠は不明確である。集団的自衛権の行使は憲法上認められないとする政府の見解からすれば、本法を集団的自衛権によって根拠付けることはできないことになる。他方で、アメリカ自身、その武力攻撃を国連憲章第7章による強制措置とはとらえていない以上、本法の根拠を国連憲章第7章に求めることもできなくなる。そこで、政府は本法の根拠を憲法前文などの精神に求めているようであるが、しかし、下記のような問題点を含む本法を、平和主義を基調とする憲法前文などの精神によって根拠付けることには、大きな疑義がある。
むしろ、憲法前文と9条を前提とすれば、武力行使に対しては否定的または抑制的な国際社会の形成に積極的に取り組む外交姿勢が、求められるのではないであろうか。
2 対応措置と武力行使
「協力支援活動、捜索救助活動、被災民救援活動その他の必要な措置(以下「対応措置」という)」(2条1項)の実施は、「武力による威嚇または武力の行使に当たるものであってはならない」(同条2項)とされている。しかしながら、とりわけ「軍隊等に対する物品及び役務の提供、便宜の供与」としての「協力支援活動」(3条1項1号)は、「武器(弾薬を含む)」の輸送等からなり(別表第1)、「戦闘行為」(2条3項)に不可欠のものとして要求されているものである。これらの活動は、「武力による威嚇または武力の行使」に当たるものとみなしうるのであり、そのようなものとして相手側からの攻撃の対象となる場合も想定され、実質的に集団的自衛権の行使に踏み込むものである。
武器の使用は、「自己または自己と共に現場に所在する他の自衛隊員」のみならず、「その職務を行うに伴い自己の管理の下に入った者」の生命または身体の防護のためにも可能とされ(12条1項)、PKO法や周辺事態法よりも要件がさらに緩和されている。このことも、武器の使用が事実上武力の行使になっていく可能性を高めている。
3 実施地域
対応措置は、「我が国領域」のみならず、「公海及びその上空」や「外国の領域(当該対応措置が行われることについて当該外国の同意がある場合に限る)」における非戦闘地域でも実施するものとされている(2条3項)。これは、周辺事態法における「わが国周辺の地域」という限定をも取り払い、地理的制約なしに自衛隊を出動させることを可能とするものである。しかも、外国の同意や非戦闘地域の要件は、テロをめぐる実態や戦闘地域と非戦闘地域の区別の困難性に照らせば、その限定性について深刻な問題が存するといえよう。
4 国会の承認
基本計画(4条)に定められた対応措置について、開始した日から20日以内に国会の承認を求めることとされている(5条1項)。以上のような問題を含む自衛隊の海外出動について、事前承認の原則が欠如していることは、軍事に関する立憲的統制に十分な配慮をしているか疑問がある。
二 自衛隊法の改正
1 情報収集、警護出動と武器の使用
治安出動下令前の情報収集(79条の2)と自衛隊と米軍の施設等の警護活動(81条の2)に関する規定が新設され、さらに武器の使用等の権限が新たに認められている(90条1項3号ほか)。このことによって、自衛隊が国内において市民生活とのかかわりで日常的に活動し、緩やかな要件の下で表現の自由や人身の自由などの人権が制限される恐れがある。
2 防衛秘密
防衛庁長官は防衛秘密を指定するものとされ(96条の2、別表第4)、対象者は自衛隊員のほか他の公務員や民間人に及び(122条1項)、処罰範囲が拡大され(2−4項)、罰則も強化されている。この問題は表現の自由や知る権利さらには国民主権との関係で広汎な論議の対象となってきたものであり、本来特別に慎重な検討を要するはずのものである。
三 立憲主義の尊重
小泉首相とブッシュ大統領のあいだで事実上国際公約が結ばれたが、法的には国内において世論を基礎に国会を中心に慎重な論議が尽くされなければならない。私たちは、国会審議を通して、法案に含まれる憲法上の問題点が十分に解明されると同時に、日本の基本的な外交方針について真摯な討議が行われることを願ってきた。
にもかかわらず、この度、これら法律が憲法上の問題や政治・外交の基本方針について十分な審議が行われないままに成立したことは,きわめて遺憾である。上記のような問題点を含む法律に基づいて、自衛隊が実際に海外出動するとすれば、そこには憲法上重大な疑義があることを指摘せざるをえない。「平和・民主・人権を基本原理とする日本国憲法を護る立場」(全国憲法研究会規約1条)に立つ憲法研究者として、私たちはこれらの法律の運用を今後厳しく監視していくとともに、憲法に基づく政治・外交が行われるよう、立憲主義の尊重を訴える。
2001年11月14日
全国憲法研究会有志
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