Date: Mon, 29 May 2000 08:25:15 +1000

週刊鉄亀(仮題、テスト版、5月29日号)
 

粥川準二@ライターです。
このメールは私の友人・知人で、このようなくだらないものを送りつけても、笑って読ん でくれそうな優しい人たちに送っています。実は、この夏にホームページ開設を考えてお り、日誌形式の週刊コラムを掲載しようかと思っています。原則として、毎週月曜日発行 。そのテスト版をお送りします。『週刊鉄亀』は仮題(石井政之氏の『週刊石猿』 http: //www.people.or.jp/~maria/ishii.htm のパクリ)で、タイトルはまだ未定(募集中!) です。ご感想などあればぜひ。 では。
 
 

5月某日(月)  
 朝っぱらから夕方まで、霞ヶ関の某ホールで「疾患ゲノム・再生医療プロジェクト研究 計画発表会」を傍聴する。昨年、小渕前首相がブチ上げた「ミレニアム・プロジェクト」 における、厚生省管轄の研究の説明会である。内容は大きく分けて、一つはゲノム解析で あり、もう一つは再生医療。  
 以前に僕と喧嘩したことがある、朝日新聞社某科学誌記者とも遭遇。ニッコリと挨拶。  ゲノム解析分野では、痴呆、がん、糖尿病、高血圧、喘息の各疾患と遺伝子の関係を各 国立研究機関で調べていくという。面白かったのは、いずれの病気についても「原因には 、『環境因子』と『遺伝因子』がありまして……」と説明しつつ、強引に遺伝子解析研究 の重要性を謳っていたこと。たとえばアルツハイマー病なら、90パーセントは孤発性、つ まり家系とは関係なく発症する患者で、家族性の患者は10パーセントにすぎないのに、そ れでもなおかつ原因遺伝子の探索が重要だというのは強引さを感じた。どの病気にも「環 境因子」と「遺伝因子」は介在しているだろう、その割合はともかくとして。しかし研究 者たちによると、たとえ病気の原因のかなりの部分が「環境因子」だとしても、その病気 への「かかりやすさ」が遺伝子にかかわっていること、また、治療のさい投与する薬品の 効果や副作用の個人差を探索する必要があることなどが、重要なポイントであるようだ。 とくに後者は薬品産業に直結していることから、きわめて重要視されている。休憩時間に ロビーに出たら、白い煙がモクモク。「やっぱり『環境因子』は軽視されているんだな」 と妙に納得。  最近、国立循環器病センターをはじめとするいくつかの研究機関で、住民検診を受けた 人などから集めた血液の遺伝子を本人の同意なく勝手に解析していたことが発覚して大問 題となった。ま、彼らにしてみれば、たまたまバレてしまった、というだけのことなのだ ろう。もうすぐミレニアム・プロジェックト用の研究指針ができて、「合法的に」堂々と できるようになるんだから。国立循環器病センターの説明では、その「フライング」につ いての釈明はまったくナシ。  
 ちなみに国立精神・神経センターには、脳の検体が1000個あるらしい。そのうちアルツ ハイマー患者のものは50個。これからは遺伝子解析研究のために、住民診断や献血などか らじゃんじゃん試料(この場合血液)がとられると思うが、この脳みたいに、ずっと前に 採取された「既採取試料」が研究に使われることも問題だ。採取されたときには、本人も 家族も、遺伝子の研究が行なわれるなんて聞いていないんだから。  
 再生医療分野では、血管、神経、皮膚、血液、骨などの再生技術研究がどのように行な われるかが説明された。脳死移植は問題を抱えつつ始まったが、これからは細胞レベルの 移植もいま以上に活発になるだろう。問題は、その移植用細胞をどこから、どのように集 めるかである。善意、そして自己決定の名のもと、人の身体----臓器や皮膚はおろか受精 卵までが資源とされる日は近い。  
 どうでもいい話を追加。配付資料の中に入っていた「ご案内」という用紙には、「会場 内での飲食は、禁止されております」と書かれていたのだが、参加者たちはおかまいなく 自動販売機のコーヒーなどを会場に持ち込んでいた。「さすが人の遺伝子を勝手に解析し ちゃう人たちだな……」と思いつつ、僕も調子に乗ってコーヒーの入った紙コップを会場 に持ち込んだら、隣のおっさんに「ここに書いてあるでしょ」と注意されてしまった。僕 は「ごもっともで」と思い直して、外に出てコーヒーを飲んだ。会場に戻るとすぐ、「ご 案内」の用紙に赤ペンで「勝手に遺伝子を解析しないでください」と書き加え、おっさん に見えるような位置に置いた。しばらくしてからおっさんはそれに気づき、うなづいてい た……ように見えた。彼は途中で帰っちゃったんだけどね。

5月某日(火)  
 午前中、日刊工業新聞社に写真を届ける。  
 その足で現代書館に行き、『石油文明の破綻と終焉』を5冊、著者割引で買う。同社K 社長に「不勉強だったんですけど、高部雨市さん(『君は小人プロレスを見たか』幻冬舎 アウトロー文庫)や大泉実成さん(『説得』講談社文庫)の本って、最初はここから出て いたんですね」と言うと、「そうですよ。カユカワさんもがんばってくださいね」とプレ ッシャーをかけられる(^^;)。がんばらねば。ついでに同社から出ている季刊誌『福祉労 働』最新号も買う。福本英子氏によるゲノム解析についてのレポートが載っているからだ 。  
 帰宅すると、宝島社から別冊宝島編集部編『病院に殺される!』(宝島文庫)が届いて いた。昨年に出た同タイトルの別冊を文庫化したものである。僕は「娘への『生体部分肝 移植』をめぐる、ぬぐいきれない疑問の数々」という題名で、京大病院で行なわれた生体 部分肝移植の失敗についてレポートしている。脳死移植についての情報は多いが、生体部 分肝移植については少ない。さらに成功の事例はやまほど紹介されているが、失敗の事例 はほとんど紹介されていないという意味で、貴重なレポートであると自負している。なお 僕が取材した件は、当時、『朝日新聞』が取材に動いたらしいが、記事にならなかったら しい。その後、『朝日新聞』は京大における生体部分肝移植について、好意的な側面しか ない記事を流し続けている。657円と安いので、ぜひご一読を。

5月某日(水)  
 午前中、大の苦手のアポ取りを2件。どちらも「外来生物」についての研究者。ライタ ーをやっているのにアポ取りが苦手なんて、困ったことである。  
 昼過ぎ、JCA-NETの事務所に行く。JCA-NETは市民運動をサポートするために有志によっ てつくられたプロバイダで、僕もそこと契約している。会費を滞納していたので直接払い に行ったのだ。事務局のIさんが「カユカワさん、メール遅いでしょ。いま最優先で対処 しているので、もう少しお待ちください」とすまなさそうに言う。僕が某所で「最近、全 然つながんないんだよ」とブツブツ文句をたれていたのをどこからか聞きつけたらしい。 インターネットの時代においても口コミは有効なようだ。うかつに人の悪口は言えないな (^^;)。また、ホームページ作成講座の存在を教えてもらう。  
 夕方、中野に移動。中古CD屋で、いまさらながらキング・クリムゾンの『ヴルーム』 を買う。ドラマーのビル・ブラッフォードが好きなのだ。古本屋で、関川夏央『森に降る 雨』(文春文庫)を買う。  
 そのまま中野で、DNA問題研究会の定例会に参加。会員でジャーナリストの天笠啓祐氏が 遺伝子組み換え食品について話すのを聞く。きわめて有益。聞いていて思ったのだが、天 笠氏は総論的なまとめ方がすばらしくうまい人だなと思った。分析も切れ味がよい。僕も 遺伝子組み換え食品については取材しており、何度も記事を書いているのだが、その対象 はどうしても自分の興味のある部分のほうに偏ってしまう。たとえば表示問題なんて、僕 はほとんど興味がない。これでは講演依頼が来ないはずだ。

5月某日(木)  
 体調が悪い。終日、資料読みと称してごろ寝。

5月某日(金)  
 体調快復。  
 取材アポ一件。  
 神保町の古本屋で、高橋隆雄編『熊本大学生命倫理研究論集1 遺伝子の時代の倫理』 (九州大学出版会)と、遅まきながらスーザン・ソンダク著『新版 隠喩としての病い  エイズとその隠喩』(みすず書店)を買う。  
 前者には、熊本大学で行なわれるはずだったのだが、有効性が定かでないために中止に なったHIV遺伝子治療の経緯が、治療を行なう側からの視点で書かれていて興味深い。 しかし、中止が決まる少し前に、治療にベクター(遺伝子の運び役)として使うアデノウ イルスに増殖性があるものがあった(つまり病原性があった)という報告がなされたはず だが、それについての記載は一切なし。たいへん不誠実な態度である。横書きの読みにく い本だし、書かれていることに共感はまったくしないが、批判するためにはこうした本も 読まなければならない。「情報は敵の資料からとれ」----僕のモットーである。でも、これには結構、カネがかかるのだ(^^;)。  
 後者は、何度も図書館などで部分的に読んだことはあるのだが、手元にほしかった一冊 。いままで持っていなかったのがおかしいぐらいだ。  
 夕方、若手の医療ジャーナリストが集まる勉強会に出席。K大学の脳神経外科医から、 医療における情報機器の利用、たとえばパソコンを使ったインフォームド・コンセントや 、遠隔手術ロボットなどの話を聞く。「大学病院で出世するのは、論文の数であって手術 の腕じゃないんですよ」など面白い発言もあったが、つまらない部分も多かった。2次会 で、医薬品関係の業界紙記者をやっているという女性と話したが、僕がなかば挑発的に「 厚生省を叩くことが僕の仕事だと思っています」と言うと、「それって、一般誌にありが ちじゃないですか?」と言う。僕は「僕は一般誌でも書いていますから」と答えておいた 。僕が「厚生省を叩く」と言ったのは、“行政や企業などの動きをウォッチし、問題があ ればそれを読者に伝え、批判する”という意味である。ごく当たり前のことのはずだ。な るほど、ある種の「医療ジャーナリスト」は、厚生省や製薬企業などの発表情報を読者に 伝えることがジャーナリズムだと思っているらしい。彼女は「『別冊宝島』って、タイトルとかが過激ですよね」と言ったが、僕は「あれぐらいで『過激』なのですか? 普通ですよ」と切り返すと、返事はなし。彼女を責める気はない。業界紙の記者には、馬の耳に 念仏だろう。とはいえ……日本の医療ジャーナリズムに未来はなさそうである。

5月某日(土)  
 終日、雑務。 『「隔離」という病』(講談社選書メチエ)などの著作で知られるジャーナリスト、武田徹氏のホームページの掲示板を見ていたら、ほんの少しだが、僕と石井政之氏のことが載っていたのを見つける。ちょっとうれしい。ミーハーな僕である(^^;)。引用しよう。
「その顔にアザがある方は僕は直接面識はないのですが、粥川さんという知り合いのライ ターさんが親しくされていて、お話は聞いたことはあります。僕が前に寄稿した感染症関 係の別冊宝島にも書いておられたはずですよ。シャープな問題意識で、既存の差別批判の文脈を越えた発言をされる方です」(3月31日付、武田氏自身の書き込み)
「感染症関係の別冊宝島」というのは、『別冊宝島 生物災害の悪夢』(宝島社)のこと で、僕も寄稿している。  その勢いで昨日買ったスーザン・ソンダク著『新版 隠喩としての病い エイズとその隠喩』(みすず書房)をところどころ読む。癌や結核、エイズといった病気に含まれるイ メージ=言葉の暴力を分析した古典的名著。この本で書かれている理論の多くは、ほかの 病気や障害、不妊などにもあてはまるはずだ。不妊の持つ隠喩については、最近、柘植あづみ氏が不妊症当事者へのインタビューなどを通じて、精力的に分析を行なっている(『 思想』2000年2月号所収の論文など。単行本もあるはずだが未読)。なお、「遺伝子」とか「DNA」という言葉に含まれるイメージについては、ドロシー・ネルキン、M・スーザン ・リンディー共著『DNA伝説』(紀伊之國屋書店)が興味深く分析しているので、ご参考ま でに。  
 日本には、こうした病いの持つ隠喩に対して無自覚な人が多すぎると思う。困ったこと に市民運動家や物書きにも多い。環境ホルモンやダイオキシンが話題になったとき、まさ しくパニックともいえる勢いで関連本(ほとんどが浅い内容のもの)が出版されたり、『 買ってはいけない』が爆発的に売れた背景には、そうした理由があると思う。最近、社会 を覆いつくしている個人主義や根強く残るホモフォビア(同性愛嫌悪)との相乗効果だ。  
 このことも取り組まなければいけないテーマだと思っているのだが、考えがまとまるまでに、あと何年かかるだろう?

5月某日(日)  
 あるメーリングリストに投稿したのだが、「あなたのメールアドレスが配信不能となっ ています」という文章とともに戻ってきてしまった。このメーリングリストは、「eグルー プ」という企業がつくったシステムを利用しているらしいのだが、投稿が届かないなんて 、ほかのメーリングリストでは経験がない。おまけに、同社から届いたメールには「リセ ットしてください」とあるので、指示にあるURLに接続したのだが、肝心の「リセット」と いうのをどうやればいいのかがそのページには書かれていない。その過程で「ユーザー登 録」させられたのだが、住所その他個人情報を、メーリングリストの管理人以外に登録さ せられたのも初めてだ。だいたい、最初にこのメーリングリストに参加するのも、同社か ら届く説明の文章があまりに意味不明で四苦八苦した覚えがある。この会社は、まず社員 にテクニカルライティングを学び直させるべきではないか。あまりに要領を得ないので、 同社のsupportというアドレスに、メールで対処法を尋ねることにする。  
 インターネット書店「デオデオ」で、洋書2冊を注文。  
 終日、資料整理、資料読み。(つづく)
 
 


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