疫学調査ガイドラインとプライバシーの危機    

 6月27日、午後4時半から霞ヶ関の厚生省で、「第3回厚生科学審議会先端医療技術評価部会疫学的手法を用いた研究等における個人情報の保護等のあり方に関する専門委員会」(長い!)を傍聴した。    
 疫学とは、たとえば生活習慣とがんとの関係など、たくさんの人から多くの個人情報を集め、それを統計学的に処理することで、病気の発生原因などを探る研究方法のことである。タバコや化学物質の有害性など、疫学が多くの成果を上げてきたことは事実であるが、大量の個人情報を扱うことからへたをすると大きな人権侵害を招きかねず、いわば諸刃の刃ともいえる特徴がある。    
 この委員会では、その名の通り疫学調査における個人情報保護のあり方が検討されている。なお委員長は、またもや高久文麿(自治医科大学学長)である。こうした委員会のメン バーや委員長の選出の基準はどうなっているのだろう?  
 疫学の問題は、遺伝子解析がからむと、非常に厄介である。ミレニアム・プロジェクトをはじめ、今後のゲノム解析研究は一般市民から集めた大量の試料(主に血液)と、それらの個人情報が不可欠となる。いま政府では「個人情報保護基本法制」を専門委員会で検討中で、それとのかねあいも深い。ゲノム解析研究についての規制は、厚生省の指針、科学技術会議の基本原則がすでにつくられてお り、さらに4省庁統一の指針もつくられようとしている。そこに疫学的研究手法のガイドラインと個人情報保護基本法が重なってくるという多層構造になりそうだ。きわめて複雑である。    
 今回の委員会では、個人情報保護法制の「大綱案(中間整理)」や、「疫学的手法を用いた研究等における生命倫理問題及び個人情報保護の在り方に関する調査研究研究班」(長い!)がつくった「ガイドライン叩き台(検討素案・未定稿)」などの説明がそれぞれの担当者から行なわれた。この委員会での主題は後者である。  
 僕が批判したいポイントはいくつかあるが、とりあえずは「迅速審査手続」に着目したい。つまり各研究機関に設けられた倫理委員会は、研究者から挙がってきた申請を「迅速」に「審査」するためには、手続きを省略できるということである。となると、問題のある研究までがなし崩し的に行なわれかねないと僕は思うのだが、委員の一人からは、倫理委員会にかけなければいけない研究をもっと厳密に(狭く?)できないか、という発言があった。 これに対して、叩き台をまとめた調査研究班班長の丸山英二(神戸大学大学院法学研究科教授)は、
「ジャーナル(学術雑誌)へ論文を投稿しても、倫理委員会の承認のない研究は掲載されません」
 と答えながらも、
「本学(神戸大学)では、年2回開かれる倫理委員会で (1回につき)200から300の組換えDNA実験の審査をしていますが、委員長がてきぱきと処理しますので、不可能ではありません。アメリカでもそうです。迅速審査は可能です」
 と臆面もなく述べた。    
 いま、ゲノム解析研究と情報機器の発達が、相補的に「個人情報」という名前でプライバシーの商品的価値をつり上げ、同時にそれらを危機にさらそうとしている。政府の各種規制は、僕が見る限り、そうした動きを規制するどころか、むしろお墨付きになりかねないようだ。一刻も早く、斉藤貴男著『プライバシー・クライシス』(文春新書)のバイオ版が書かれる必要がある。     
 しかし……今年なってから、いったい何回この種の委員会を傍聴しただろうか?(2000年6月27日記)

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