自治労音協通信

 4面  NO49号/2003.1.1発行

国際交流の場づくり”役”人生


連載その2 今年で6回目『ワンワールドフェスタ北多摩

白石 孝(荒川区職労書記長) 

◆ワンワールド・フェスタ北多摩プロフィール

 2002年9月21日~22日、第6回「ワンワールド・フェスタ北多摩」を東久留米市役所「市民プラザ」で開催した。主催は同実行委員会。実行委は個人で構成され、東久留米国際友好クラブ(HIF)、クメール語の絵本を贈る会、東村山地球市民クラブ、それに東久留米で10年近くフリーマーケットを開催している「市民あおぞら市の会」のメンバーが主体となっている。
フェスタそのものは3市にまたがって事業を展開している。東村山市では9月28日に東村山地球市民クラブと共催で「グローバル・パーティ」を、清瀬市では9月18日に北多摩地域の国際交流団体交流会を行い、メイン会場の東久留米市民プラザでは、次のような事業を実施した。
●写真展「世界の子どもたち_国境を越えて繋がるために」(豊田直巳)
●世界の歌と踊り」「世界の言葉でこんにちは」…在住外国人による国際理解イベント
●アジアのおはなし
●国際交流パーティ
●国際理解・人権クイズ大会&クイズラリー
●世界の料理紹介…ワールド屋台
●ワールドバザール(手織物、手工芸品、アクセサリー、民族楽器などの展示・販売)
…などである。その時の天気にもよるが、毎年、二日間でおおむね千五百人から二千人くらいが来場している。初めて開催した時は、参加者の見込みもたたず、フリーマーケットを同時開催し、そのお客さんで一定の賑わいを得ていた。しかし、フリーマーケットに来るお客さんは「適正価格」での買物とはミスマッチで、フリマ商品は売れても民族衣装や手工芸品の売り上げには結びつかず、フェスタの企画にも余り関心を示さなかったため、4年目からはフリマの同時開催を断念することにした。それ以降は「内容で勝負」しようと、企画の充実と参加型イベントの導入を柱にすえたものに転換させていった。

◆ワンワールドとの出会い

ワンワールド・フェスタ北多摩を始めたきっかけは、私が関わっている国際協力NGOの「業界」仲間同士でおしゃべりしているうちに、近所住まいの多いことがわかり、それなら一度地元へ発信するイベントをやろうということだった。NGOのスタッフやボランティアは労働組合の活動家と似たところがあり、「仕事先」での活動は活発でも、住んでいるところには「寝に帰る」だけという人が多い。地域密着型NGOでない限り、世界や東京相手の活動が主になっている。それだけだといつまで経っても地域での国際協力が根付かないから、ここはひとつ踏ん張ってやろうということでスタートした。
そういう経過だったので、最初は大手のNGOを勢ぞろいさせ、10数団体の展示中心の企画にした。目玉のエスニック屋台料理は伝をたどり、あちこちのいろいろなイベントに出店している「セミプロ」を10店以上集め、公的団体から50万円前後の助成金をもらえることになったので、好きなコンサートも企画した。
ところが、プロやセミプロ屋台の皆さんからすれば、たかだか2千人程度のイベントなので、大して売り上げが伸びないと口には出さないものの不満が感じられるようになった。コンサートも思ったほどチケットが売れずに赤字となる。大手のNGOは、イベントの季節である秋はあちこちで引っ張りだこなので、こんなちっぽけなイベントには次第に関心を示さなくなった。失礼な話だと思うがドタキャンすら発生した。回を重ねるにつれ、このような課題が浮上してきたうえ、マンネリ化にも陥り、思い切って内容を切り替えることにした。
発想は、地元密着、地域発の国際交流・国際協力である。言い換えれば「共生社会」の実現をめざす一環としてのイベントを創ることだ。地域にくらし、地域で動いている人を掘り起こし,つなげるイベントとは何かを模索した。地元に住む外国人は初めのうち、ただ見に来るだけだったのが、次第に「自分でも作ってみたい」と言い出し、手作りの料理を出したところ、「セミプロ」より安く、美味しい料理の登場で評判はうなぎのぼり。類は友を呼び、ついには全部が素人の出店者となった。今ではこの人たちが自信をつけ、周辺のイベントに出るまでなっている。手織物、アクセサリー、雑貨にしてもそこそこ売り手が出てきた。地域には様々な人的資源があることが新たな発見だった。プロの出演を中心としたコンサートもチケット販売や集客に力を使い果たす状況から脱皮することもあわせ、地域からの人材発掘を積極的に行った。
さらには、来場者が参加できる企画を増やすように検討を重ね、参加型ワークショップ、民族衣装着て見て体験、工作教室、翻訳絵本貼りボランティア、人権・国際理解クイズラリーなどを盛り込んだ。交流パーティでは、カンボジア伝統舞踊の先生の指導で皆が踊ったところ「こんなに盛り上がったのははじめて。何度でも来たい。」と感激されるほど、ホットなものになった。
東久留米には全国的に有名な人形劇団、財団法人おはなしきゃらばんセンターが在る。アジアの各国に毎年出かけ、おはなしや人形劇を広め、読書推進活動の発展に貢献する支援活動をしている団体で、10年ほど前には毎日新聞国際交流賞を受賞している。その全面的な協力で、去年はフィリピンの人形劇団、それに私が来日研修に関わったラオス図書館スタッフとの合同イベントが実現した。今年は「アジアのおはなし」というテーマで、素話、紙芝居、パントマイムなどが行われている。

◆試行錯誤の6年

このように試行錯誤を繰り返しながら、6年連続でフェスタを開催してきた。今ではすっかり地元に定着したイベントになっている。特にボーイスカウト、ガールスカウト、子ども劇場、小学校、学童クラブ、幼稚園、保育園など子どもに関わる団体への働きかけを強めることで、子どもや親子連れの参加者が目立つようになってきた。今年の目玉だった「アジアのおはなし」は、日本の図書館活動ではオーソドックスな「大型絵本」のおはなし、誰でもが知っている「大きなかぶ」をラオスの少数山岳民族モンの言葉をはじめラオス語、タイ語、インドネシア語を駆使してのおはなし、男性ふたりによるコント仕立てのおはなし、16ミリ無声アニメ映画の弁士風なおはなし、パントマイムをベースにしたアジアの森に住む精霊のおはなし、という豪華版だった。それだけに上演時間が2時間を超えたのだが、子どもたちは退屈もせず、おしゃべりもしないで集中を持続させることが出来た。タイやラオスの子どもたちの集中力がすごく、日本の子どもとは雲泥の差と思っていたこれまでの先入観を払拭できるほどだった。いいものに出会えれば子どもたちが潜在的に持っている力や関心を引き出すことが出来ると実感したイベントだった。
6年間の変化は、関わってくる人たちの変化でもある。特に在住外国人との関係は格段に深まった。私も会員になっている東久留米国際友好クラブ(HIF)という民間グループは我が市では唯一、外国人を対象とした活動を日常的に行っている。市が国際化に消極的で広報紙の外国語版もなければ、日本語教室もない(最近やっと少し始めた)といったお寒い状況にあって、日本語教室の開催や生活相談などを一手に引き受けている。それに、私たちが続けているフリーマーケットが外国人のコミュニケーションの場になっていて、生活相談や多文化共生へ向けた交流が進んでいる。そこに関わっている外国人がフェスタでも一定の役割を果たし始めた。年1回というイベント型フェスタといっても、実際は日常活動がベースになって行われている。だからこそ、地域密着型イベントができる。
市が国際化に消極的だと先に述べたが、そのため国際交流協会がなく、また、社会福祉協議会などがやっている「ボランティアセンター」でも福祉ボラ中心で、国際化は取り上げられていない「国際化後進地」である我が市。共生社会実現をめざす姿勢が不十分だから、なおさら私たちの活動は重要な位置を占めている。
いわゆる「革新」勢力は、PKO法とか有事法、あるいは従軍慰安婦問題などには積極的に取り組んでいるが、日常の課題を持続的に取り組む姿勢や努力が不足しているように思う。もちろん、私以上に一生懸命やっている方やグループも多いと思うが、総じて活動の弱さや「頭でっかち」が目立つ。これまで述べてきたように、外国人との一定の信頼関係は一朝一夕では築けない。外国人が地域に受け入れられるようになるのはもっと地道な取り組みが必要だ。私がワンワールド・フェスタ北多摩にこだわり、無理をしてでも続けているのはこんな背景があるからだ。        (つづく)
白石孝(シライシ・タカシ)



自治労荒川区職労書記長、ミュージック・エイジア、プライバシー・アクション、コンピュータ合理化研究会、国勢調査の見直しを求める会代表、SVA代議員、シャプラニール評議員などNGO・NPO活動に取り組んでいる。 shiratlk@jcom.home.ne.jp


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