自治労音協通信 |
NO25号/98.1.1発行3面 |
音楽夜話ブルーグラスを語る part2 (自治労音協事務局長)松本敏之 ブルーグラスの話を連載で少し続けて書くことになりました。そこで、腰を落ちつけて今回はブルーグラスの前史(一九四五年以前)を書いてみます。 アメリカ南部を中心にしたカントリー音楽のルーツをたどれば、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドなどの音楽に行き着くでしょう。最近はポピュラー音楽界でもクラシック界でもアイルランド音楽がもてはやされているので、聴いたことのある人も多いでしょう。連合王国(とアイルランド)の四つの地域でもスコットランド音楽がとりわけ重要ですが、スコットランドといえバグパイプ。ドローと呼ばれる鳴らしっぱなしの継続音(一度と五度)の上をが這うようにメロディーが流れるというやつです。スコットランドからの移民がアメリカに移り住むときに、さすがにバグパイプは大きくて持っていけなかったのかどうか、フィドル(前にも書いたようにバイオリンそのものですが、アメリカ民俗音楽ではこう呼ばれます)とギターがアメリカ音楽に伝えられます。そのせいかどうか、カントリーの古い器楽曲では、フィドルの二本の弦を同時に弾いて、その一本はメロディー、一本はドローというスタイルが多いようです。古いフィドル曲に「Huckleberry Hornpipe」(前の記事の反省で、曲名や人名、グループ名は原則として英語で書きます)という曲がありますが、ホーンパイプというのもおそらくバグパイプに良く似たスコットランドの楽器ではないかと思います。 フォークダンスに興味のある人は、スクエアダンスというのをご存じでしょう。男女四組が長方形に向き合って、コーラー(この八人とは別)の歌うようなかけ声のような指示に従って踊るものです。スクエアダンスの起源がスコットランドなのかどこなのかわかりませんが、アメリカ南部では、フィドル一本の伴奏で踊るというのが二十世紀も半ばまで当たり前のレクレーションだったようです。 アメリカ南部カントリー音楽のルーツのうちイギリス系に次いで重要なのは、意外に思われるかも知れませんが、アメリカ黒人音楽です。黒人霊歌「Swing Low,Sweet Chariot」「Were You There When They Crussify My Lord」はカントリー音楽の重要なレパートリーです。ブルースやゴスペルなども相当影響を与えています。バンジョーがアメリカ南部の黒人起源の楽器であることは良く知られています。 アメリカ南部音楽にとって、一九二〇年代は重要な時期です。レコードやラジオが一般化された時代だからです。この時期に活躍した、Carter FamilyとJimmy Rogersはカントリー音楽全体にとってもことブルーグラスにとっても非常に重要です。 まず、Carter Familyですが、A.P.Carter、Ceyla Carter夫婦とその従妹のMaybelle Carterの三人編成のバンドです。Marieがリード・ヴォーカルとオート・ハープ、Maybelleがギターとハーモニー・ヴォーカル、そしてA.P.(フルネームはいろいろ探しても見つかりません)がバス・ボーカルと作詞・作曲という編成です。A.P.のバス・ボーカルといえば聞こえはいいですが、ある人によれば、Ceyla、Maybelleの二人が演奏している後ろをうろうろ歩き回っていて、ときどき思い出したようにマイクに向かって歌うというものだったそうです。Carter Familyは一九二〇年代後半にラジオに乗って大ヒット。恐らく、それまでにない洗練された演奏と、後で述べるMaybelleのギターに支えられたドライブ感が受けたのでしょう。 ギターの説明の前に、オート・ハープの説明をしましょう。オート・ハープは五十B×三十Bくらい、両腕に抱き抱える大きさで、弦の数三十本くらいのハープです。弦の途中にCとかDmとか書いたバーがあって、このバーを押すと、CならCのコードの構成音以外の弦はフェルトでミュートされて、ジャララーンと全部の弦を掻きならしてもCのコードが鳴り響くという代物です。 Maybelleのギターはとくに重要です。彼女のギターの弾き方は、Carter Family奏法として、今日のカントリー、とくにブルーグラスの一番基本的なギターの弾き方として確立されています。 どういう弾き方かというと、四拍子を前提に言えば、一拍目でベース音(コードGのときは六弦三フレット)をブンと鳴らし、二拍目はコードを押さえたまま一〜三弦をチャッと引き下ろす、三拍目は低音弦だけれども今度はふつうは五度(Gであれば四弦開放)を鳴らし、四拍目はまた一〜三弦を引き下ろす、こうしてブンチャッブンチャッとやるのが基本です(拍のウラに一〜三弦のアップストロークが適当にまざってきます)。これだけなら別にどうということもありませんが、これにベースランが加わります。例えば、コードGからCに進むときは、@六弦三フレット、A一〜三弦、B五弦開放、C五弦二フレット、と進んで、次の一拍目の五弦三フレットに進む、というものです。そして極めつけはメロディーへの応用で、このブンの部分でメロディーを弾きながらチャッの部分でコードを弾くことで、メロディーと伴奏を同時にやってしまうという弾き方です。Carter Familyの一九二九年録音の「Bury Me Under A Weeping Willow」の間奏で、Maybelleは大変美しいソロを聴かせています。今日でもブルーグラスギターのお手本とされているものです。 この「Weeping Willow」をはじめ、「Foggy Mountain Top」「Jimmy Brown,The News Boy」「Wabash Canonball」「Rolling In My Sweet Baby's Arms」「Worried Man Blues」など、Carter Familyの歌でブルーグラスのスタンダードになっているものはたくさんあります。 Jimmy RogersはCarter Familyと同じ時期に活躍して、人気を二分しました。この頃スイスのヨーデルグループがアメリカ南部を演奏旅行したそうで、Jimmyはヨーデルのような裏声とブルースの要素を取り入れて、「ブルーヨーデル」という一連の作品を残しています。Jimmyの演奏はCarter Familyほど大きな影響をブルーグラスに残していませんが、「Blue Yodel No.5」「Mule Skinner Blues」は後のBill Monroeの重要なレパートリーになりました。(つづく) |
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