幸福の中尉
(四百字原稿用紙・換算=98枚)
…………「世界」1997年8月号〜11月号に発表。連作「冬の版画」の一葉を形成する。
日本に、日本人として生まれ、日本人として生きなければならないことの屈辱や「やりきれなさ」を確認しようとする作品。大量虐殺や差別、戦争責任、歴史の抹殺などが取り上げられるが、何より「戦後民主主義」および「戦後」的な文化や思想に対しての、小説というジャンルにおける、作者の知るかぎり最も痛烈な批判の試みと、作者自身は考えている。
戦後52年目の“終戦の日”に、自治体の欺瞞的な平和式典に招かれ、「二度と悲惨な戦争を繰り返さないために」と、自分が大陸で中国人たちを虐殺してきた模様を語る帰還兵士の老人。だが彼の“懺悔”は、聴衆のまったく思いがけない反応を喚び起こす結果となった……。
一読して、日本の戦争犯罪・戦争責任の問題が扱われていることは明白だが、それ以上に、そうした歴史に対してつねに妥協的な曖昧さをさらけだしてきた“平和憲法屋”“趣味は平和運動”家たちの「戦後民主主義」に対してこそ、最も痛烈な批判が向けられていることを読み取っていただければありがたい。真に「戦争責任」を担うとはどういうことかについての暗示をもって物語は中断する。
完全な一人称と完全な三人称とが複雑に絡み合い、さらに物語の進行に連れて、オスカー・ワイルドの児童文学の古典『幸福の王子』の各断片が鏤められてゆくという複雑な構成を持つ。【柘榴色表紙ノートから】
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