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間に合わない図版があります。
神 聖 家 族
Sankta Familio
【作者から読者へ】
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この作品については、旧題『千里眼の研究』の時期に何度か、私自身、言及しており、とくに拙作『新しい中世の始まりにあたって』(「世界」1992年4月号〜12月号/連載)の最終回で引用していることを記憶されている方もおられるかもしれません(『新しい中世の始まりにあたって』は、その後『「新しい中世」がやってきた!』として1994年、岩波書店刊)。
内容に関しては、ともかくお手にとってみていただきたいbbと言うしかないのですが、作者として、その概略をもう少し詳しく御説明すると……
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作品の全体は、校本『神聖家族』刊行委員会により上梓された《禁作家》酉埜森夫(とりのもりお)の未発表小説『神聖家族(あるいは、千里眼の研究)』と、その完成形にいたるまでの若干の異稿という形式を持っています。
斯界の一大ギルドである大日本拡大文学報国会により、その著作活動を弾圧され、《禁作家》とされた作家・酉埜森夫は、事情により現在、《重力の帝国》の首都で「第一級の外国人国事犯」として捕らえられたあと、かの国の中枢の最新鋭の超高度電子監視システムに閉ざされた重罪刑務所に、現在もなお勾留されています。
その酉埜から、手書き草稿やフロッピィ、電子機器類の所在を告げられていた盟友・木乃思惟子(きのしいこ)の協力を得、すでに1年11箇月の長きにわたって音信不通の状態にある、かの《禁作家》の未発表長篇小説『神聖家族(あるいは、千里眼の研究)』が、刊行委員会の努力により、いま、世に問われることとなる……というのが、この長篇小説の外枠の構造です。
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小説の本篇は、80年代半ば、関東平野が東北地方へとさしかかる一角を舞台に、思わぬ出会いをした、ほぼ同年代の二人の女性bb話者である「わたし」十滝深冬(とたきみふゆ)と水藤セツ(みずふじせつ)との、陽春から初夏にかけての友情と闘いの物語として進行します。ただし、序章と第1章〜第13章、終章まで、すなわち全15章構成の構成のうち、大部分は、ほぼ2日間bb5月のある日の正午ごろから翌日の夕方までの物語です。
十滝深冬はフリーライターとして、西新宿にあるいかがわしげなプロダクションの担当者から「超能力」関連の企画を依頼され、北関東の一都市に住む「超能力者」「“千里眼”使い」bb水藤セツにインタヴューするため、彼女のもとへと赴くこととなります。
バブル期の頂点の日本の諸状況を凝集したような奇妙な旅を経て、目的の町に到着した十滝深冬は、そこでくだんの「超能力者」水藤セツが、実は圧倒的な視力と、それ以上に徹底した血縁共同体批判・家族制度批判・生殖制度批判の思想の持主であることを知ります。
在日朝鮮人一世の“はるもに”“ばっちゃん”こと咸鍾蘭(ハンヂォンラン)と、イゾリータ共和国からの出稼ぎ女性で超過滞在者のマルガリータ、そしてそれぞれ別の親を持つスギナとダイスケという幼い子どもたち二人とともに、血縁を超えた《あたらしい いえ》を形成し、維持してゆこうとしている水藤セツは、さまざまな敵に囲まれた困難な日々を送っていました。「わたし」十滝深冬は、この矯激な思想家でもある美貌の「“千里眼”使い」水藤セツに急速に惹きつけられるとともに、彼女らの《あたらしい いえ》の在り方に強い渇仰を感じます。
彼女らに対し、頻発している地域の人びとの暴力やいやがらせは、ちょうど十滝深冬が訪ねた折りにもある事件となって現われ、その行きがかりもあって、十滝深冬は当初の予定を変更し、《あたらしい いえ》に一泊することにします。そしてそこから、予期しなかった事態が次つぎと発生し、また水藤セツの、生殖や血縁に関わる観念論の極北ともいうべき思考は、その冷え冷えとした全貌を十滝深冬の前に現わしはじめることになります。…………
これらの物語が、《禁作家》酉埜の盟友・木乃思惟子によって所在を示された、星(ホトホリ)県・星(ホトホリ)市郊外の旧家の漬物蔵にしまわれた段ボール函に収められていた刷り出し原稿やコンピュータ内部データである、最終形としての第7次稿を中心に、第1次稿〜第4次稿、および第5次稿、第6次稿という未定稿を含めて、物語の根幹の性格に関わる異同をも含む、校本『神聖家族』刊行委員会により付された、さまざまな【異稿】や【校註】とともに展開してゆくのが、長篇小説『神聖家族』の全体像です。
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なお、この本『神聖家族』は、小説『神聖家族』の後に、装画にその作品を用いた画家・長谷川沼田居(はせがわしょうでんきょ)に関するエッセイ「ある盲目の画家についての、ごく簡略な覚書(長谷川沼田居論ノート)」を持っています。長谷川沼田居(一九〇五〜八三年/本名=長谷川勇いさむ)が、単に本書の装画の描き手であるというに留まらない意味をこの小説に持っていることは、本書をお読みになればお分かりいただけるでしょう。
また、私のこれまで生きてきた時間の半分以上にわたってつきまとってきた小説として、やや長めのあとがき「この物語と作者自身が訣別するにあたっての、極めて私的な覚書」も、その後に付しました。
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カバー表側の「鶏頭」(1962年12月/紙に水彩・鉛筆)、カバー表側の「ひまわり(球)」(1960年/紙に水彩・鉛筆)、表紙の「ゆり」(1961年11月/紙に鉛筆)、扉の「ひまわり(宇宙)」(1983年/紙本墨絵淡彩)……と、アルベルト・ジャコメッティにも比肩し、もしくはその人間的態度においてならジャコメッティをも凌駕するかに思われる、この優れた画家の凄絶な作品・図版は、長谷川沼田居美術館および足利市立美術館から提供を得ました。
私がこれら稀有の図版を委ね、そして私の期待を上回る内在的な装幀を本書に施してくださったのは、河出書房新社からの私の著書の大半をデザインしていただいている高麗隆彦氏です。オブジェとしても、鮮烈な書物に仕上がっているのではないかと思います。
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本書を、もしお買い求めいただければ、著者としてそれに過ぎる喜びはないのですが、お近くの図書館へのリクエストをはじめ、お知り合いにおすすめいただくなど、なんらかの形で、この『神聖家族』の刊行を支えていただくことができるなら、まことに幸甚に存じます。
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【河出書房新社・山口泉の作品】
▲『世の終わりのための五重奏』('87) 品切れ
▲『悲惨鑑賞団』('94) 定価 1700円(税別)
▲『オーロラ交響曲の冬』('97) 定価 1000円(税別)
▲『ホテル・アウシュヴィッツ』('98) 定価 1800円(税別)
▲『永遠の春』('00) 定価 2000円(税別)
※ 河出書房新社のウェブサイト(http://www.kawade.co.jp/)からも御注文になれます。
※ 河出書房新社 電話/03-3404-1201