読む・視る

北朝鮮へのエクソダス(「帰国事業」の影)



 

 

 機会があって、ヤン・ヨンヒ監督の「かぞくのくに」を見て、大変感動した。映画を見たときに買った本『兄 かぞくのくに』(ヤン・ヨンヒ)も読んだ。この機会にだいぶ前に読んだ『北朝鮮へのエクソダス/「帰国事業」の影をたどる』(テッサ・モーリス-スズキ)の感想ももふくめてまとめてみた。

1)「かぞくのくに」

ヤン・ヨンヒ

 「かぞくのくに」(ヤン・ヨンヒ)をみんぱく映画会で見た。以前同監督の「ディア・ピョンヤン」「愛しきソナ」の予告編を見たが、見逃した。たまたまみんぱく映画会の予約券をいただいたので、飛んで行った。1959年から1984年までの帰国事業(テッサ・モーリス-スズキ著『北朝鮮へのエクソダス』朝日新聞社に詳しい。)の結果、16歳で兄は北朝鮮に渡る。25年後、病を得た兄は一時帰国する。兄を迎え、たった1週間で突然の帰国の命令が下り別れるまで、父と母と妹、そして、叔父との複雑な在日朝鮮人家族の心の動きを描いたとっても心を打たれた映画だった。私の知り合った在日の友人は韓国系、あるいは朝鮮総連批判派の人が多かったので、この映画ではじめて北朝鮮問題を身近なこととして感じることができた。先の2本の映画はドキュメンタリー映画だが、この映画は監督最初のフィクション作品である。(ドキュメンタリーの2本もレンタルで見ようと思う。)また、会場でヤン・ヨンヒ著『兄 かぞくのくに』(小学館)を買ったので、読もうと思っている。

2)『兄 かぞくのくに』

ヤン・ヨンヒ

 映画「かぞくのくに」の監督のヤン・ヨンヒ著『兄 かぞくのくに』(小学館*文庫本にもなっている。)を読んだ。ヤン・ヨンヒの3人の兄が帰国事業で北朝鮮に渡っている。クラッシック音楽や映画、演劇好きの12歳年上のコノ兄、人を楽しませるのが上手で、いつのまにか場の中心にいた10歳年上のコナ兄、8歳年上で、一番若くし北朝鮮に渡ったケン兄。この小説はその兄たちが北朝鮮でたどる人生と妹の著者のかかわり、両親との関わり、それぞれの思いが綴られる。コノ兄は帰国時に持っていたレコードプレーヤーとクラッシック・レコードを没収され、批判の対象となる。自分が逃げ込むことのできる世界を奪われた兄は、追い詰められ神経を病み、その後亡くなる。真ん中のコナ兄は小さな幸せを手に入れるのと引き替えに、出世を捨て、社会的成功を望まなかった。感情を抑えることよりも、出すことを選び、北朝鮮で生き抜いた。いちばん大人しく、弱々しかったケン兄は、生き残るためにいちばんしたたかな生き方を身につけた。その兄は頬の癌の疑いで治療のために一時日本に帰国するが、突然の帰国命令が下り、手術出きずに戻る。映画のモデルはこの兄である。読んでいて、深く心を打たれる物語だった。映画上映会のあとヤン・ヨンヒ監督のトークを聞いたが、とてもすてきな人だった。この小説を読んで、ますます前作のDVDを見たくなった。

3)『北朝鮮へのエクソダス/「帰国事業」の影をたどる』

テッサ・モーリス-スズキ

 テッサ・モーリス-スズキさんが5年の歳月をかけて完成させた『北朝鮮へのエクソダス/「帰国事業」の影をたどる』(朝日新聞社、2200円)を読んだ。すごい本だ!
 1959年12月の帰国事業開始から1984年の終了までに、北朝鮮での新しい生活をめざして日本から「帰国」した人たちは9万3千340人にのぼる。帰国者の大半は朝鮮南部出身者であった。それはなぜだったのか?「帰国事業」の影をたどる旅の本である。
 日本政府及び官僚、日本赤十字の動きから始まった帰国事業は、戦後の日本社会に居住する大量の在日朝鮮人を「排除」する思惑があった。それが国際赤十字を動かし、冷戦下の北朝鮮・ソ連・アメリカの政府のそれぞれの政治的意図が合力となって進行し、また、国内では朝鮮総連や左右の勢力を巻きこんだ大きな政治運動となり、9万を越える帰国者が北朝鮮へ渡った。
 著者は、ジグソーパズルのピースを(そのピースに決定的な欠落があるかも知れないとの不安を持ちながらも)ひとつひとつ埋めるようにその探究をすすめる。実に推理小説を読むような興奮を覚えた。それだけでなく、著者の人間を把握する柔らかな感性がこの本全体に通奏低音となって響いていると感じられた。

 最後の章である「新潟の柳」を著者は次のように結んでいる。
「それでも、海のむこうにいる人びとの、不確かで、複雑で、苦悩にみちた人生に向かってまっすぐ延びようとする道だ――もう一度日本に“帰国”したいと願う帰国者たちへ、中国国境にいる難民たちへ、そして、苦しみにあえいでいる、北朝鮮のふつうの人たちへ。なぜなら、国が危険な未来に向かおうとしているとき、その国に住む人たちには善き隣人がありったけ必要になるのだから。」 

読む・視る

書評・映画評・教育時評・報告を掲載します。

学校訪問

これまで管理人(松岡)が取り組んだ学校訪問・学校間交流の記録です。

旅の記憶

これまで管理人(松岡)が出かけた旅の記録です。