現在の地方自治法は、国家行政組織法や裁判所とともに憲法と同じ日に施行された。その内容の重要さも含めて憲法付属法典と呼ばれている。地方自治法は憲法の策定作業と並行して立案作業が進められたが、憲法に地方自治保障を明記した理念を十分に自治法に取り入れることはできなかった。それは立案の責任者であった鈴木俊一(前東京都知事)氏の証言にもあるように、戦前の市制・町村制、府県制・東京都制そして地方官官制をとにかく一本の法律に整理することが主眼であったからだ。それゆえ、天皇主権から国民主権へという重大な原理転換を地方自治に反映させることができなかったばかりでなく、基本的には戦前の制度枠組みをそのまま踏襲したのであった。
たとえば法律の条文構成にそれがよく表れている。最初に自治体の種類があり、ついで自治体が行う仕事、区域や名称、合併の手続に関する規定が続き、ようやく第10条で「住民」が登場する。つまり、団体自治を行う器の整備が先で、ついで市民自治の主体である市民が位置づけられるという構成になっている。しかもその位置は「その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う」(10条2項)と、極めて消極的な定めになっている。
また、建前上は団体間の上下関係を否定したにも関わらず、機関委任事務制度を通じて国−都道府県−市町村というピラミッド型の政府体系を前提にした規定が数多く盛り込まれている。地方分権推進委員会の「第一次勧告」が示した機関委任事務の廃止と、それをテコにした国・地方の対等関係を実現するには地方自治法の抜本改正が不可避になっている。自治省は機関委任事務関連規定の削除をすればいいと考えているようだが、じつは、地方自治制度の全体像を描き変えることが必要になっている。以下にその要点を概説する。
1−1.市民が地方政府を設立する
地方政府を設立することは、市民の基本的な政治的権利のひとつであることを宣明し、第1条に他の権利義務とともに規定する。このことは、逆に市町村レベルの地方政府を設置せず、直ちに都道府県の市民になることも許容する。
1−2.地方政府の権能の自己決定
地方政府にどのような権能をもたせるかは市民が決定する。必要な行政サービスを当該地方政府の供給義務に含めないときは、都道府県がそれを行う。
2−1.地方政府運営への市民参画
設立した地方政府の運営責任はいうまでもなく市民が最終的に負う。そのためには地方政府運営についての情報がつねに公開され、重要な決定には市民が参画する仕組みをもたねばならない。
2−2.自治基本条例
地方政府と市民の関係を基本条例として定める。そこには「知る権利(情報・会議)」「参加権」「重要事項の自己決定権」「議員・職員の選任・解任権」「条例拒否権」などが明記される。これは後に述べる「自治憲章」のなかに含めてもよい。
2−3.計画確定手続
具体的には、計画を確定するまでの市民参画の手続きを定めることが肝要である。案を公表する段階の定め、複数提示の義務、および環境アセスメントの実施、参画の手続き、対案提出権およびそのための調査予算の援助などが規定される。
2−4.重要事項の市民投票
起債の発行やマスタープラン、地域開発計画、ギャンブル事業の経営、合併、議会廃止、自治基本条例(または「自治憲章」)の制定改廃などの重要事項について市民投票を行いうることとする。決定投票か諮問投票かは選択できる。このことは議会の権限の範囲の決定に連動する。
2−5.イニシアティブの要件
現行法ではイニシアティブは、議会での裁決に委ねられている。義務的に市民投票に付す制度、議会決定に意義ある時の市民投票の制度など地域ごとの選択を可能にする。
2−6.リコールの要件
現行法の1/3の署名要件では選挙時の投票率と逆転現象を起こす例がある。選挙時の投票数の○%など、選挙実態と連動させる。
3−1.政府機関の構成の選択
機関委任事務の廃止にともない、いわゆる強市長制の必然性はなくなる。弱市長制と支配人制の組み合わせや、委員会の採用など、地方政府機関の構成についても地域ごとの選択が可能であるべきだ。同時に、市長以外の主要役職の公選なども選択できるようにする。
3−2.議会の構成の選択
地方議会の議員の選挙を公職選挙法から切り放して、地方政府の事情に応じた方法を選択できることとする。議員定数、任期などのほか、選挙運動の制約や供託金、選挙資格なども地域ごとの決定を原則とする。また、兼職禁止規定の廃止または緩和、議会活動中の休職制度を企業にも義務づけることも可能とする。これらはすべて、誰もが立候補できる条件を整えるために検討され、市民一般の構成に近い議員構成になることをめざすものである。
3−3.議会の独立
議会活動の独立性を強化する。そのため、議会事務局職員の一般市民からの公募、または議会事務局機構(市町村連合)の設立により、市長人事とは独立した人事運営を可能とする。現行法にも議会への執行部の出席は議会の要請によるという基本が定められているが、その確実な実施を制度化する。これにあわせて、議員提案の1/8条項を廃止する。
3−4.長と議会の関係
いわゆる「与野党」的関係を打破するため、不信任・解散の制度を廃止する。
3−5.議会を置かない手続き
現行法にも「議会を置かず、選挙権を有する者の総会を設けることができる」(94条)という定めがあるが、議会を廃止して総会に代えるための手続規定を欠いている。規定の整備を行い、市民の発議でも可能な制度にする。
4−1.都道府県との関係
もっとも難しいのは都道府県との関係である。地方分権推進委員会の第2次勧告ではこの問題に言及される見込みである。そこでは、市町村に対する都道府県の指導・監視的な機能を法定受託事務として国から委託されるケースと、広域的な調整機能に基づいて行うケースとが予定されている。少なくとも、国からの委託により市町村に対して監督的な位置をもつことは妥当ではない。都道府県は市町村の採用しなかった権能、および市町村を設置しない区域の市民に対して責務を有する団体とすることが基本である。
4−2.大都市地域の都道府県
市町村を設置しない区域が存することを容認するとともに、大都市の区域の一層制の採用も可能とする。
5−1.東京特別区
東京特別区の制度は廃止し、一般の市と同様の制度とする。したがって、政令指定都市や中核都市の指定を受けれらるようになる。もっとも、自治大臣の指定に係る都市制度のあり方や指定要件にも再検討の余地がある。
6−1.財源
以上のような立法構想は、財源の問題を抜きにしては現実味を欠く。本年6月に予定されている地方分権推進委員会第2次勧告で税財源問題を扱う予定であるが、その内容は補助金の整理など部分的な改革に止まりそうである。現在の税源の遍在を考慮すれば、当面、次の原則を打ち立てることが必要である。@自主財源主義を原則とする。そのための税源委譲と自主課税権の完全保障、A当面、交付税類似の財政調整は残すものの、交付対象が○割を越えた場合には制度の見直しを国に義務づける。もっとも、先に公表された首長アンケートでは、自主課税に対して極めて消極的な結果が報告されている。誰から、どのような税を、どれくらい取るかが、市民の自治意識の枢要な部分であることを市民自身も自覚しなければならない。
7−1.自治基本法の性格と自治憲章
地方自治法は、地方税法、地方交付税法、地方公務員法等を取り込んで自治基本法に改められる。この場合、同法の性格について2つの方向が考えられる。ひとつは、すべての事項について法律には基本的な枠組みを定めるにとどめ、詳細はすべて地方政府の自治基本条例に委ねることとするものである。これを基本法主義とでも呼んでおこう。もうひとつは、法律には一応すべての項目について標準的な規定をおき、特に異論がなければそれを適用するが、自らの制度を定立することを求める地方政府は、一定の手続きで自治憲章を定めることができるものとする。憲章主義とでも呼んでおこう。
基本法主義は、すべての地方政府に独自性を認める意義を有するが、同時にすべての地方政府に自治基本条例の制定を義務づけることとなり、画一的側面をもつ。条例準則を求めそれにそのまま従うなどの弊害もありそうだ。憲章主義は、憲章制定手続に工夫が必要だ。憲章には地方政府の組織、事務、留保される市民の権限、税財政、公務員など必要な事項が地方政府ごとに定められる。この制定作業自体が市民自治に基づくものでなければならない。つぎに、@憲章案は国会の審議を経て承認され法的効力を発することとするか、A自治基本法の規定により市民投票を経て制定されることとするか、B○○市自治憲章を定める法律を憲法95条の地方特別法として市民投票を経て制定することとするかの問題がある。ここでは、Aの方式を提案したい。すなわち自治基本法第1条は、市民が地方政府を設置できること、および同法の規定に関わらず地方政府の組織・権限等について自治憲章を定めることができ、その部分について同法の適用は除外される旨の規定にすることができる。