■この講座は何をめざすかbbとりあえずの基本方針
■「文学」という概念を救出すること
■「戦後文学」とは何か
■核となる幾つかの主題
■できれば次回までに読んでおいていただきたいもの
■補足・質疑応答・討議
【配布資料】
資料1 山口泉『「日本文学」の世界戦のために』第1信(「文藝」1993年冬季号)
資料2 山口泉『虹の野帖』第1回(部分)「誰が『戦後』を生きたというのか」
資料3 山口泉『同時代を読む』第43 回「『沖縄の心』の声はどこにあるか」
資料4 山口泉『同時代を読む』第47 回「いま『民衆』の声はどこにあるか」
資料5 北代色『手紙bb夕やけがうつくしい』(「にんげん」解放学校用)
資料6 谷透『いざない』(「国鉄新聞」第2511号)
資料7 銭座明日香『お父さんをJRにもどして』
・きょう私はなにを考えているか(インドの核実験とインドネシアの政権交代)
・いま何が起こりつつあるか(死刑執行の危機と電子メディアを巻き込む思想統制)
・精神の戒厳令状態が完成した現在の思想状況
・果たして“文学講座”などやっている場合か?
・メディアとしての「オーロラ自由会議」bb相互批判の相互交流
・今後5年間の方針
・同時代批評としての“文学講座”
・この講座の暫定目標
・制度圏表現と非制度圏表現
・「文学」という概念を社会構造のなかで有機的に捉えなおすこと
・「文学」の判定権は誰が持つか
・近代“日本文学史”の欺瞞
・北代色さんの「表現」を「文学」の原器として
・しかも何者をも神格化しないこと
・「戦後」とは何か
・「戦後民主主義」とは何か
・「戦後文学」とは何か
・これまでされてきた「戦後文学」という定義の誤り
・「戦後文学」は、いまだ完成していない
・この「講座」は何をめざすか(既出)
・「戦後」および「戦後文学」とは(既出)
・代前葉からの底流(啄木の部分的顕彰と賢治批判、自然主義の雪冤を中心に)
・戦前からの底流(プロレタリア文学の再検討、および私の好きな表現者)
・十五年戦争中の“日本文学”関係者(戦犯文学者・小林秀雄一派と親日派朝人、
太宰治・石川淳・坂口安吾らと“抵抗詩人”たち、「近代文学」同人たち)
・1945年8月15日とは何だったか(何がどのように変わったのか)
・「戦後」の出発点(日本と朝鮮)
・戦後「転向論」の茶番(「戦後日本」の思想史の没倫理性の根源)
・埴谷雄高を読む/竹内好を読む/丸山真男を読む
・詩人たちとその「戦後」(黒田喜夫をはじめとして)
・作家たちとその「戦後」(小林勝をはじめとして)
・批評家たちとその「戦後」(本多秋五をはじめとして)
・その他の作家たちの復権(私の好きな表現者たち)
・国家主義者たちとその「戦後」(三島由紀夫をはじめとして)
・「戦後日本」と差別
・在日外国人表現者にとっての「戦後」(在日朝鮮人表現を中心に)
・アジア諸国の表現者にとっての「戦後」(韓国文学、および東南アジア文学を中心に)
・非アジア圏の「戦後」文学を瞥見する
・これでも“日本文学”は「文学」の名に値するか?
・“日本文学”は「文学」ではない
・課題として残されたもの=すべて
・誰がどのように「引き受ける」(?)か
(「世界」1995年11月号)
(「信濃毎日新聞」1998年4月24日)
(「信濃毎日新聞」1997年12月26日)
澄田百花『私の夢』
光富理恵『お父さんを国鉄にもどして』
(『JRで働くお父さんを見たい』国鉄労働組合・国鉄清算事業団闘争に連帯する会)