秘書の小部屋
2007.4

  イノシシのイノ子ちゃん  

突進しませんよぉ
罠はって待ってますぅ

2007年4月26日(木)久しぶりのぴか晴れ

寒いですわねえ。春というのに身も心も縮こまります。季節感は狂いっぱなしでして、夜寝てて寒いんだか熱いんだか、布団乾燥機をごうごうとかけつつ掛け布団蹴飛ばしてまして、足ノ浦では霜焼けと水虫の陣取り合戦が展開されまして、痒くて目が覚めまする。

ほほほ、水虫にだけはなりとうないのですが、我が社の某御大が長年養っておりまして、菌がそこいら中にこぼれ落ちてる気がします。お家に帰ってお風呂でようく洗い流しておりますが、微生物恐るべし、少しずつ侵蝕されているかも。

秘書の内職、相変わらず忙しいです。もうじき大型連休ですので、ありがたくも駆け込み仕事がございまして、休みの前に校正出してね~、はまだいい方、連休あけでいいからね~、って大量の入力を持ち込まれるのはどういうことですか。

こういうことです。仕事を出すわたくし(担当者)は連休を楽しんで参ります、連休明け早速わたくしのお仕事が再開できるよう、あなた(お仕事をいただく秘書のこと)は連休中に働いてね。あっ、そうそう次の仕事は連休明けに出すから、予定しておいてね・・・

新たな奴隷制ですわな。いつの世でも、金持ってる方が勝ち。

で、連休前の駆け込み仕事が、実は本日もう出来上がっているのですが、今日は納品してやんないよ~ん。そんなことしたら、また、連休前でやり手のいない別の仕事をつっこまれるもん。明日の夕方ぎりぎりに、「大変だったんですぅ。徹夜して間に合わせましたぁ」みたいな顔して持って行きます。

で、今日は、おほほ、ちょっとその辺をふらふらして来るざます。いやあ、仕事忙しいと溜まっちゃって溜まっちゃって、ちょいと発散して来なければ、人格が歪むざます。ただでさえ、秘書の神経を逆撫でしてくれる御仁と毎日角をつきあわせてるんですもの。ふふふ、ほほほ、ほっほっ。

(電話かかってきても、出ねえぞ・・・)

2007年4月17日(火)しょぼしょぼと雨が降る

まだ火曜日だというのに今週は終わりにしたい気分。とことん疲れました。仕事が忙しくって・・・

と言うほどの仕事はしておりませぬ。出来高にして二日で9400円くらい。日給4200円ですか、違う4700円ですか(算数レベルの割り算を間違えるな)。時給なら600円ちょいですか(お安い仕事をしておりますこと。今後の身の振り方をマジで考えねば・・・)

くたびれているのには訳があります。土日の過ごし方がアレでした。アレッ、allez!(行けっ。フランス語です。おほほ、つい教養がはみ出しまして)

国立博物館でダビンチ展をやっておりまして、御招待券なるものをば入手いたしましたので、土曜日におでかけしたのでした。春休みも終わったし、そろそろ空いて来たかと。

朝一で行こうと思ったのですが、同居人がぐずぐずしまして(低血圧だからエンジンがかからないそうですが、ロックフェスなんぞには朝5時起きで行くくせに、秘書が誘うときだけ低血圧を主張しおって、嫌なら行くと言うなっ)、昼頃出発となりまして、更に途中の護国寺で骨董市をやっているなどと余計な情報を仕入れたもので寄り道して、やっと博物館に着いたらえーん行列ができてて「受胎告知」を見るには10分待ちですと。

10分位なら待つ、と秘書は主張したのですが、同居人は1分だって待つのは嫌、待たせるのは2時間でも平気という性格ですので、行列の真ん中で喧嘩しまして結局秘書が負けまして、後日別々に見に来ることにしました。行列の前後の皆さん、お騒がせしましたが、衆人環視でいきなり始まった他人の罵り合いはさぞかし面白かったことと存じます。退屈しのぎにお役にたてて嬉しうございます。ほほほ、秘書んちは二人して周囲の状況が見えなくなる性格ざます。

で、がら空きの東洋館などを見学したあと、谷中の墓地方向へ向かいまして、徳川慶喜様他よそのお墓の間をうろちょろ、墓所でくつろぐ猫とたわむれ、気がつけば日暮里の駅に抜けるはずが元の上野駅まで戻ってきまして、歩いたこと歩いたこと、アレッ!アレッ!Allez! Allons! Va! Allons enfants de la Patrie, Le jour de gloire est arrive・・・・(フランス国歌ざますよ。血なまぐさい革命歌ざます。おほほ、教養がこぼれちゃいますこと)

で、次の日、「受胎告知」を見るべく朝一番で行きましたら、がーん、昨日より長い行列が・・・ 30分待ちでした。意地で見てきましたが、感想は「バーロー」です。

そもそも「博物館」で「ダビンチ展」の時点で気づくべきでしょうが、秘書はダビンチの絵を見に来たつもりでした。全然違うでよ~「博物館」は「美術館」じゃないよ~

そのまま帰るのは腹が立つので、昨日は見なかった法隆寺宝物館に行きました。博物館美術館というのは作品保護のため照明を落としてありまして暗くて見にくいものですが、法隆寺宝物館も真っ暗け。見物人も少なくて暇な監視員が居眠りしてても分からんですな。

秘書が独占状態で仏像を鑑賞しているところへアメリカ人の団体さんがおいでになりました。秘書は外国人を見ると反射的に「あっ、外人」と思い、なおかつ「アメリカ人」と決め込む世代です。

この外人さんたち、撮影禁止の筈なのにカメラを構えてフラッシュたきまくり。監視員さんや、ほんとに寝てるとも思えないのですが、このような事態を放置するのですか。国辱ですぞ(といいつつ、素知らぬ振りをする秘書。監視員にはうら若い大和撫子ではなく、屈強の日本男児を配置すべきです)

で、その後も、交通費かけて来てるんだから、と常設展をのぞき開放中の庭園を歩き回り(お茶会やってるとかで全部見学できず。国立博物館の園内でお茶会するのはどんな人達? 高そうなお着物召してらしたけど・・・)、まだそのまま帰るのは腹が立つので、有楽町へ向かい国際フォーラムの骨董市へ行き、広すぎる会場をうろうろしまして、空身で帰宅の途へつきました。

折角の骨董市で何も買いませんでした。博物館の国宝級の焼き物を見た後では、骨董市の商品はただの汚れた器物でしかなく、しかも近所のフリーマーケットに比べてバカ高くて、つくづく秘書は骨董向きの人間ではないと再確認した次第でありました。

あー、疲れた。

2007年4月13日(金)薄曇り

先日、図書館の帰りに重たい本の山を背負ったまま、某BOOKOFFに立ち寄ってみました。しばらく御無沙汰していたら、レイアウトが変わってまして、あら新鮮だわ。

という訳で店内をくまなく見てまわりました。

おーっ、こんな本が、と感心するものも少々ありましたが、どうしたことかちっとも購買意欲が湧きません。どうしたことでしょう、以前なら金に糸目を付けずホイホイと買いまくっていましたのに(と言っても105円の本ばっかだったけど)

つらつら考えますに、「本は図書館で借りて読む。どうしても手元に置いておきたいものは、こっそり図書館から引っ張ってくる、じゃなかった、書店に注文して買う」という本来の姿勢に立ち戻ったからでした。

蔵書の山は、集めたご本人が生きているうちは良いのですが、万物流転の法則に従って、平均的日本人なら三途の川をお渡りになった後、平均的キリスト教徒なら天使がお迎えに来た後、その他の地球人の方々ならそれぞれの法則でとにかく別世界に行かれた後、大抵の場合が始末に困るものなのです。

名を冠した文庫が出来るのは、よほど内容がよくて功績があって人脈もあった場合のことでして、たいていが「処分」されてしまいます。それも古書店行きならまだしも、「ゴミ」扱い。恐ろしいのは、生前、妻子を顧みずひもじく切ない思いをさせて古本を集めまくった人が亡くなった場合、恨み骨髄の奥様は、亭主がせっせと集めた本を庭に積み上げて盛大な焚き火をいたします。

「あー、せいせいした」

だそうです。

秘書がせっせと集めた本は、多少古書市場で値が上がっているのもありますけど、ほとんどがしょうもない本ばっかです。(一部は見られちゃマズい本ですけど・・・けどチャタレイ夫人の恋人なんて、昔は恥ずかしい本だったけど、今となりましては、どこに興奮すんだか。ヘレンの日記だって、林檎喰いだって・・・)

と、神田や鎌倉やでそれらの本を買い求めた昔日を懐かしんでおりますところへ、野暮天来たる。

「ワードの画面は真相の深層の1ページと同じかな?」

?????

この御仁からは常日頃より訳の分からない質問を頂きますが、今回のも理解不能。

しつこく(多少怒り気味)に問いただせば、ファイルで送られて来た原稿をワードで開いてみたら50ページあったけど、これは深層の真相(逆だ)の50ページ分と思えばいいか、とのご質問。あのなあ、ワードの設定がどんなもんか分からんのに、「はい、そのとおり」と答えられるか。真相の深層の1ページは、26字の22行の2段じゃ、ワードの設定を26字の44行、あるいは52字の22行にしてみい。一発で分かるじゃろ。なにぃ、どうやって設定するのか、だとぉ。

こうして秘書の品性はますます荒廃の一途を辿るのです・・・

2007年4月11日(水)薄曇り

えーと、ゲロッピ狸の話でした。人間、気が張っている時は、重篤状態を結構我慢できちゃうものです。

その昔、戦争に敗れて命からがら大陸から船に乗って引き揚げてきて、日本の陸が見えた途端、息を引き取る病人が多かったそうです。日本へ帰れた、という安心感がそれまでぴーんと張っていた命の綱を一瞬にして崩壊させてしまったのでした。もうちょっと頑張れば祖国の土を踏めたのに、と残された人が残念に思っても、当の本人はもうこれ以上は無いというくらい張りつめていたんです、きっと。

秘書だって経験あります。電車降りた時にトイレに寄ろうとしたら混んでて急いでお家に帰ればいいやって歩き始めて、予想外に早く切羽詰まって来て、お家のドアの前ではほとんどぴょんぴょん跳ねながら鍵あけてたりして、トイレに駆け込んで、うわあ、チャックがチャックが・・・(失礼しました)

で、電車の中のゲロッピ狸は必死になって喉に蓋をしておりまして、だもんで体外にでたがっているものが内部で膨らみ始めまして、狸風船のごとくなりまして、やっと目的駅に着きまして、やれやれと席を立った途端、げろげろげろげろげっげっげ~と合唱いたしたく候、我慢いたし候・・・(失礼しました)

ええと、話が前後しますが、今年は4月に入ってから冷え込んで、東京には雪が降ったりしました。おかげで桜が丈夫で長持ち、花見シーズンの長かったこと。桜がまだ残っているところへ八重桜が咲き始めてまして、季節感狂いっぱなし。春なんだか初夏なんだか、それとも冬なんだか、セーターを洗って全部しまっちゃったのをまた引っ張りだしました。体調も混乱しますわな。

で、また話が前後しますが、東京都知事選の日、秘書は期日前投票もせずに帰省していたのでした。貴重な一票を無駄にする罰当たりもんです・・・の筈でしたが、近頃は夜8時まで投票所が営業しておりますもので、帰京するや駆け込んで義務を果たしてきました。結果は、報道のとおりでございまして、いまさら秘書が見解を述べるまでもないのであります。感慨もございませんです。世の中、なるようになるべ(ごちっ、といずこからか鉄拳が・・・)

さあてと、仕事しなくっちゃ。早く校正出せっ、てせっつかれてるざます。けどね、原稿が遅れに遅れてるんざますよ。その分、後へずらして下さいまし・・・

2007年4月10日(火)晴れ

ぐっ。

また月日が経過している。秘書の時間は漏れっぱなしの水道みたい。ざるで消火訓練してるみたい。暴風雨のただ中で狼煙上げてるみたい。赤道直下の炎天下でアイスクリームの塑像こさえてるみたい。編集長室の蟻塚を解体してるみたい・・・ 要するに、徒労の集大成みたい。

何がいけないんでしょうか、なんて考えても無駄。さ、前進あるのみ、進め進め一億火の玉、進んで進んで一面焼け野原・・・(アホか)

4月1日は好天に恵まれ無事お花見をいたしました。花見の名所の井の頭公園でした。お友達が公園近くの住人でありますので場所取りはお手の物、一等地で昼から酒くらって御馳走いただいて陽気に暖められてほかほかと出来上がり、そのまま室内宴会に突入。したたかに酔いまして、帰ってお家で仕事の残りを仕上げよう、なんぞという殊勝な心づもりは吹き飛びまして、その夜は爆睡。

教訓:花見の夜に仕事の予定を入れるな。

相変わらず、なんか忙しかったです。その割に実入りが少ないのは何故でしょう。それはですね、編集長の「売れない」本の準備に追われているから。「売れる」本にしたいですが、このオヤジ、「売れない」本作りが好きなのであります。買って貰いたいなら、世間が欲している本を書けばよいのに、とことん「我が道」を行くのであります。あ~あ(と壁に向かって話しかけている秘書。前途は険し)

土日は里帰りをしてまいりました。というか、只の帰省です。電車にごとごと揺られて行きます途中、車窓から眺める桜や菜の花や桃の花の美しいこと。春ですねえ、と見とれておりましたら、うぷっ、忘れてました、窓の外の近場を眺めているとゲロッピに変身しやすいことを。うぷっうぷっ、喉に蓋する心持ちで目をつぶって狸寝入り。しかし狸に変身したところでゲロッピ化は避けられず、すなわちゲロッピ狸になりかかり・・・

え?、仕事ですって。アホ日記書いてないで、さっさと校正送れ!、ですか。では続きはまた明日・・・


とびます とびます