竹迫牧師の通信説教
『裂け目にある祈り』
マルコによる福音書 第2章18−22 による説教
1998年5月31日
 浪岡伝道所ペンテコステ礼拝にて

「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか。花婿が一緒にいるかぎり、断食はできない。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その日には、彼らは断食することになる。」(19-20)

本日は、「聖霊降臨」を覚えて祝うペンテコステ礼拝である。キリスト教においては、クリスマス(降誕)イースター(復活)に次いで、ペンテコステを「教会の誕生を記念する祝日」として定められている。使徒言行録によれば、イエスが処刑され3日目に復活し、さらに40日を経て「昇天」したあと、元来「収穫感謝」の祭日であった五旬祭(ペンテコステ)の日に、大風のような「聖霊」の降臨によって教会が誕生したと記される(ヨハネ福音書では、復活のイエスが直接「息」を吹き掛けて「聖霊」を弟子たちに授けた、と記されている。いずれにせよ「聖霊」が、風や息などの「空気の動き」として形容されている点で共通している。この形容は、「神が人間を土の塵で造り「命の息」を吹きいれたので、人間は生きるものとなった」とする創世記2章の記述に由来するものと考えられる)。

「イエスの十字架における死と復活の出来事は、神の偉大な業である」ということを「全世界」の言葉で証言することが、弟子たちに命じられた。これが教会の始まりであった、と使徒言行録は記している。今日、(本日がペンテコステであるとなしとに関らず)この日本の中の浪岡という地においてイエス=キリストの死と復活について語られているのは、そもそも使徒言行録において書かれている「聖霊降臨」の出来事の延長なのだ、ということである。今ここでイエス=キリストによる救いを感謝し讃美するという働きがなされているという事実が、既に聖霊の働きなのだ、ということを、まず最初に心に留めたいと思う。

さて、本日取り上げたのは「断食」をめぐる議論の記事である。イエスに洗礼を授けた「バプテスマのヨハネ」の弟子たちも、また後にイエスと敵対していく事になる「ファリサイ派」の人々も、それぞれ異なる形で(あるいは時に共通する形で)断食を行なっていた。対するにイエスの弟子たちは、(少なくともヨハネの弟子たち及びファリサイ派の人々と同じ形では)断食をしていなかった。それを不思議に思った人々が、イエスに向かって「なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」と問う所から、今日の箇所は始まっている。そこで「ヨハネの弟子たちの断食」と「ファリサイ派の人々の断食」について、少し知っておくことが必要となる。

洗礼者ヨハネについては、既にその生活全体が「断食」的な厳しいものであった。マルコ1:6には「ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた」と報告されている。これは即ち、旧約聖書に繰り返し語られている「エジプト脱出に際して神から与えられた食べ物だけで生きた」というイスラエルの民の生き方を回復する試みだったと言える。エジプトで奴隷とされていたイスラエルが神の導きで脱出した際、その出発が大変慌ただしかったために、携えたパンには酵母も入れられなかったと言われる。荒れ野を旅するうちに食料は尽きてしまうが、天から降ってきた「マナ」という不思議な物質とうずらの大群が与えられることによって食物を得たという。その民族的な記憶を想起するために、イスラエルの民の間では「エジプト脱出」を記念する断食や、酵母を入れないパンに苦みのある植物をすり潰して作ったペーストを塗って食べるという「苦行」の期間が設けられていた。洗礼者ヨハネが食べていたのはマナとうずらではないが、いなごと野蜜も「天から与えられた食物」であるという点では一致している(レビ11章には、昆虫を食する事の禁止が書かれているが、いなごだけは例外的に食べてもよい昆虫とされている)。つまり洗礼者ヨハネは、ただ神から与えられる食物だけを頼りに生き延びた時代のイスラエルの生活様式に、自分を引き戻しているのである。

ヨハネの弟子たちが、師の教えに従って禁欲的な生活を送っていたことは間違いないが、イエスが活動していたこの時にはヨハネは投獄されていた。弟子たちの断食は、師ヨハネの投獄への悲しみの表現として、一層苛烈さを増していたのではないか、と想像される。このヨハネから洗礼を受けたはずのイエスとイエスの弟子たちとが、そのような断食行為に足並みを揃えない様子は、人々の目には不思議と映ったのであろう。

一方ファリサイ派の人々の断食とは、ユダヤ教において「エジプト脱出を記念する公式行事」として定められていた断食のほかに、様々な理由・動機によって行われたものであったという。大きな災害や凶作、病気の流行や戦争の発生の際にもユダヤ教徒全体が断食に励み、憂慮の念を共有したり罪に対する悔い改めを民族全体の課題として意識したりしたが、ファリサイ派の人々はそれ以外にも「神に対する敬虔」を表わすために積極的に断食を行なった。イエスは元々ファリサイ派に属していたとも言われるが、当時のユダヤ社会において指導的な立場にあったファリサイ派のような断食行為に、イエスの弟子たちがさっぱり励む様子がない事も、やはり人々の目には「奇異な事」として映ったのである。

いったいイエスとその弟子たちとは何者なのか。イエスに向けられた人々の質問には、そのような思いが込められていたに違いない。イエスは人々に、「結婚式に招かれた客は断食しないものだ」と答えている。ファリサイ派のように、神に対する信仰の深さを表わすために断食していたグループも、何らかの祝いの日には断食することを禁止されたという。当時は、結婚式の披露宴に集まった客は原則的に「花婿に招かれた客」として扱われたそうだから、イエスの言葉は「今は結婚式に招かれた時のように喜ばしい日々なのだから、断食にはふさわしくない」という意味になる。イエスが言う「いまの時」とは、彼が語った「神の国(神の支配)は近づいた!」という告知が届けられているその時のことである。

この世の支配者が打ち倒され、神による支配が始まろうとしている。イエスが語った「神の国は近づいた!」という宣言は、そういう意味の言葉であった。打ち倒されるべき「この世の支配者」とは、いま我々を縛るもの全て(我々を物理的に苦しめる政治的な支配者の全てであり、我々を精神的に落ち込ませるあらゆる悲惨すべてであり、我々の連帯を分断させるあらゆる差別の全てであり、我々を悩ませるあらゆる病の全てであり、我々を悲しませる「死」の現実そのものである!)であり、神の支配とは、それらの力が絶対的なものでなくされる時のことである。それらの「支配者」になりかわって、人間を愛し、人間を祝福し、人間を立ち上がらせる「神」の支配がすぐそこまで来ている! イエスが語ったのは、そうした喜びの到来であった。

そうした喜びが語られている「今」においては、悔い改めを表したり過去の苦しみを思い出したりするための「断食」はふさわしくない!とイエスは語った。

イエスが救い主=キリストであると信じる者は、イエスの語った「神の国の接近」にこそ喜びの源を置くべきである。そして、イエスを信じる者の悲しみ(つまり断食するべき時)は、そのような喜びを語ったイエスが無残にも十字架で殺されたその瞬間に置くべきである。イエスが「花婿が奪い取られる時が来る。その日には、彼らは断食するであろう」と語ったのは、まさしくその十字架の瞬間を指しての言葉なのである。そして更に、その悲しみがイエスの復活によって乗り越えられ、イエスの語った喜びがイエス自身の死によっても傷つけられなかった事を、我々は知らされている。かえってイエスが死んで下さったからこそ、その死を復活によって無力なものとしたイエスの本当の素晴らしさが示されている。我々には、イエスの語った喜びが何にも勝って絶対である事が示されているのである。全ての悲しみはイエスの十字架に凝縮され、すべての喜びはイエスの宣べ伝えた「神の国の接近」に凝縮されている。これがイエスを救い主と信じる教会の喜びなのである。

さてイエスは、このような喜びの告知に関して、奇妙なたとえ話を付け加えている。

「だれも、織りたての布から布切れを取って、ふる衣服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布切れが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。」

多くの人は、この譬を「新しい価値観・新しい考え方は、今までのものの考え方を前提としないで向き合うのでなければ、受け入れることはできない」という意味に読む。たとえば、新しい布を古い服の継ぎに当てれば、両方の伸縮度の違いから、洗濯した時などに繕ったはずの破れがいっそうひどくなってしまう。新しいぶどう酒も、強い発酵作用でガスを発生するので、弾力の衰えた古い革袋に入れたら破れてしまう。そのように、イエスの告げる喜びを受け入れる事は、我々自身が新しいものにならなければ不可能であると語られている、と読むのである。

もちろん、本来的にはそういう意味の言葉であったに違いない。「これは新しい価値観だから、新しいものの考え方であるから、我々にはなかなか受け入れられない」という思いが反映されていると考えることはできる。しかし我々は、ともすればこの一文を、我々が既に何か新しいものに変えられたかのように前提して読んでしまいがちなのである。我々は、イエスの喜ばしい告知(福音)が、なかなかこの世の中に行き渡らない現実を見て、「この世は古い服なのだ。古い革袋なのだ」と考えたがる。東西冷戦が終わり、ようやく世の中が平和へと一歩を踏み出したかに思えたこの時に、インドとパキスタンにおいて再び核実験競争が始められた。限定的核戦争の危機は、冷戦時代より高まったと言われる。世界各地から、この2つの国の争いに非難が集中しているが、核兵器最大保有国のアメリカは自分の軍事力を手放そうとせず、唯一の被爆国であるわが国日本も、軍備の放棄という憲法をないがしろにし、さらに「核エネルギーの平和利用」という美名の下にいつでも核兵器に転用できるプルトニウムの備蓄を開始している。国内においても、新聞を開けば相も変わらず悲惨な事件を見出すのに事欠かない。

我々が「古い服! 古い革袋!」とため息をつかざるを得ない現実を生きているのは確かである。

だが、我々が一番に見つめなければならないのは、イエスの告げた福音にはほど遠い我々の生の現実でなければならないのではないか。神の国が接近したというのに、我々の悲しみは癒されていない。我々の苦しみは取り去られていない。

相も変わらず我々は病に悩み、重苦しい絶望に取り囲まれ、いつまでも不正はただされず、そして死の恐怖に怯える我らの姿を見ないわけにはいかないのではないか。我々自身が古い服であり、古い革袋であるという事実こそが、まず問題とされなければならないのではないか。

マルコによる福音書には、イエスがキリストであることを示す2つの重要な場面において「破れ」に関する記述があることを思い起こしたい。一つめは、イエスがヨハネから洗礼を受けた瞬間、天が「裂けて」聖霊が降ってきた、という記述。二つめは、イエスが十字架で絶命した瞬間、神殿の垂れ幕が真っ二つに「裂けた」という記述である。

それらの「イエス=キリストの到来において、天と地の境に破れが生じた」と報告する記事を改めて心に留める時、イエスの福音という「新しい布きれ」がつぎ足され、「新しいぶどう酒」が注がれたからこそ、逆に我らの古さが際だって目立っている事、イエスの新しさと我々の古さのゆえに裂け目を生じている事実に気付かされるのである。イエスにおいて起こった救いの出来事は、この世に裂け目を生じさせるものであった。イエスの言葉を聴き、イエスを仰ぐ我らだからこそ、我ら自身に裂け目が生じている事実を凝視しなければならない! いままさに、我らは「裂け目にある」と言わなければならない! そして「教会」は、この裂け目に立つ群れとして招かれているのである。裂け目に立って、「主よ来りませ」と祈ること。裂け目にあって、その破れのひどさにも関らず、むしろ破れがひどければひどいほど、イエスの告知「神の国は近づいた!」はいよいよ有効であり絶対なのだ、と信じるよう、教会は招かれているのである。

破れのひどさに目を奪われるばかりに、希望を手放してしまうことはしてはならない。むしろ破れ目が大きく裂け目が深いほど、我々の生の現実にイエスが継ぎ足され、救いが注がれているという信仰的現実を、そこに発見するのである。

我々の「破れ」が大きく深いという事実を目の当たりにする時こそ、我々の現実にイエスの宣べ伝えた「福音」の力が豊かに現わされているのである。そこにこそ、自らの肉体を引き裂いて我らの救いとなられたイエスの姿があるのである。

そして我らは、そのイエスが告知した福音の希望によって再び立ち上がるよう招かれ、この喜びを全ての人々と共にわかち合うために派遣されるのである。

願わくは、この言葉があなたに福音を届けるものとして用いられますように。


(追記)

ペンテコステをお祝いいたします。一層の混迷を深める現代に生きるわたしたちですが、救い主が共に立っておられる事実に慰めを受けつつ、励みたいものです。

本日の浪岡伝道所における礼拝、奏楽者の竹佐古真希さんは京都出張のため不在でしたが、京都にあって黒木智子さんと長倉 望さんと横山由利亜さん(浪岡伝道所通信信徒)の4人で、浪岡伝道所のためにお祈りして下さった事が電話とFAXによって伝えられました。遠い地に隔てられながらも、多くの人々の祈りによって支えられている事実に励まされます。また今日の礼拝には、浪岡町にある「岩木病院」から下山奈穂子さんが初めて礼拝に来て下さいました。電動クルマ椅子のために急遽スロープをこしらえましたが、何とか用を果たせる仕上がりであることが証明されて悦に入っているわたしでありました。

他にも、様々に肉体的・精神的・社会的な重荷を負う方々が集って下さり、総勢8名のペンテコステ礼拝を迎えることができました。欠け多く、あらゆる場面で立ち尽くす事ばかりの浪岡伝道所でありますが、聖霊の導きに支えられて歩む決意を新たにいたしました。

皆さまにも祝福が届けられ、それぞれの歩み・働きが強められますことをお祈り申し上げます。

(カルト問題予防ビデオ『幻想のかなたに』を見ながらのTAKE)