竹迫牧師の通信説教
『裂けない網』
ヨハネによる福音書 第21章1-14 による説教
1998年2月8日
浪岡伝道所礼拝にて

イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。(5-6)

今日から4週にわたって読むのは、ヨハネ福音書の付け足しの部分である。一旦20章で終わったヨハネ福音書に、何かの事情で書き加える必要が生じたのだろう。夜通し漁をしていたのに収穫が全くなかった一行のところにイエスが現れ、その指示に従ったところ大漁となった。ルカによる福音書では、このエピソードはイエスが宣教活動の始めに弟子を招く場面で使われているが、ヨハネ福音書では復活のイエスによる奇跡(しるし)として描かれる。当時の教会ではどんな文脈に位置する物として伝えられていたのか、現在では知ることはできないが、ヨハネ福音書においてはイエスの奇跡行為を描くことを通じて、「人間をとる漁師」としての伝道の働きを支えるキリストの姿を描こうとしているようである。

ここから読み取れるのは、伝道という活動の担い手は我々人間であるが、しかしそれは究極的にはキリスト自身の働きだということである。復活のイエスが弟子たちに収穫を尋ねると、一晩中むなしい働きを続けて来た弟子たちは「ありません」と応える。イエスが「舟の右側に網を打て」と命じたのでその通りにすると、153匹もの大きな魚が網にかかった。この153という妙に具体的な数は、これが書かれた当時の人々が「魚は全部で153種類いる」と考えていたことによっている。つまり、全ての種類の魚がとれたという意味である。このエピソードが伝道について語ろうとする物だとしたら、教会が招かれているのは全世界の人々に福音を伝えるための働きであり、それをして下さるのは主ご自身であるということが書かれているのである。

ここで注目したいのは、弟子たちはそこに現れて「舟の右側に網を打て」と命じたのがイエスだとは気づかなかった点である。つまり、それがキリストの指示によるものだとは気づかずに従っていたのである。どんなヒントにもイエスの言葉を見出して鋭敏に反応する、というのとは違う。彼らは舟に引き上げられないほどの大量の魚に驚いて「あれは主だ!」と気づくのである。むしろここには、どれだけ努力を重ねてもそれが報われないという、追い詰められた教会の姿を見ることができる。「あるいはこれはキリストの教えからは外れることになるかもしれない」とおののきつつ、しかし示されたヒントにトライしなければ何も状況が変わらないという閉塞した状況に追い込まれた我々の姿である。そういう我々に、キリストが「右側に網を打て」と命じて下さる(ギリシャ語で「右」というと、「幸運」の意味になるそうである。もちろんその言葉の元には、元来聖書とは関りのない異教の神々に関する迷信的な伝承があるのだろうが、ここで大切なのは、そうした迷信的風習ではあってもキリストがそれを用いる可能性があるということである。同時に、元来「非福音的」と看做された領域にも神の支配があるということである)。またここで描かれる弟子たちの姿には、そのキリストの指示に直ちに従う教会の姿よりは、弱り果てて藁にもすがらざるを得ない教会の逼迫した姿の方が色濃く表われている。そのような、調査も計算も矜持もそっちのけの衝動的な行動すら、神は栄光を現すために用いて下さるのである。

『イエスの愛していたあの弟子』は、岸辺に立つ人物が復活のキリストであることをいち早く悟り、それを示した。それを聞いたペトロは、イエスに対して失礼にならないよう上着を着て、しかも一刻も早くイエスに辿り着くために水に飛び込んだ。他の者たちは、舟に引き上げることのできない大量の魚が詰まった網を曳いて舟でイエスに辿り着いた。我々の中にも、キリストの接近に敏感な者と、全てを投げ出してキリストと出会うことに専念する者と、教会の使命にとどまってゆっくりとキリストに近づく者とがあるように思う。しかし、そのいずれの姿を辿るとしても、それは復活のキリスト自らが間近に迫って来たからこそのアクションである(1ぺキスは約45センチ。つまりこの時、イエスまでの距離は約90メートルということになる)。最初にイエスの接近に気づいた者も、イエスに一刻も早く辿り着くために水に飛び込んだペトロも、魚でいっぱいの網を曳きながらゆっくりと岸に向かうその他の弟子も、みなイエスの間近に置かれていたのである。そしてイエスの用意した朝食を、共に分け合って食べた。誰もがそれはイエスだと知っていたから、「あなたはどなたですか」と尋ねない。このティベリアス湖は、かつてイエスが5000人の人々にパンと魚を分かち与えた場所であり、「人々に救いをもたらす」という神が与える食物を分かち合う喜びに、弟子たちは再び与ったのである。

さて、この物語から教会というものを考えるとき、本来的には弟子たちが乗り込んでいた舟こそが教会を意味するものと考えられる。だが今日の我々にとっては、イエスの指示により弟子(使徒)たちが投げ入れたこの網こそが教会であると感じられるのである。我々もまたこの網によってとらえられた153匹の魚の1匹であるが、同時に網を投げ入れそれを曳くという使命に招かれているのである。徹夜の空しい働きに疲れ、与えられたヒントに飛びつき大漁となったことに驚いて再び主を仰ぐのも我々である。そして、どちらにしろイエスが用意した食事によって養われるのが我々なのである。

我々もまた、苦しく空しい働きを続けて来た。イエスによって与えられたと気づかないままイエスの指示に従い、電子ネットワークという新しい方向への網を投げ入れた。

ここから新たな受洗者が与えられようとしている。

魚の量の多さにも関わらず網は破れなかった、と記されている。我々の働きによってもたらされるのが、分裂ではなく喜びである事を信じたい。新たな道には更なる困難が予想されるが、網は破れない。そして、復活のキリストが、我々の間近に立っておられる。その喜びを頼りとして、宣教の働きに励みたい。

願わくは、この言葉があなたに福音を届けるものとして用いられますように。


(追記)去る1月25日の日曜日、礼拝が終わった直後に開催された浪岡伝道所の臨時役員会において、受洗志願者である横山由利亜さんが信仰告白を表明されました。横山さんは日本YMCA同盟協力部の職員であり、同居人の竹佐古真希はパートタイムながら協力部のスタッフを務めていることから、横山さんとは同僚として関わっています。

また昨年6月、わたしは静岡県御殿場にある東山荘において開催されたYMCA大会での礼拝に説教者として招かれたのですが、その準備に中心的な働きをなさったのが横山さんでした。そのYMCA大会での仕事は、わたし自身大いに成功したものと受け取っていましたが、まさかその後3ヵ月して横山さんご自身から「洗礼を受けてキリスト者になりたい」との相談を受けるとは思っていませんでした。

それから、決して充分とは言えませんが、電子メール・直接の対話その他の準備を重ねて、信仰告白に至ったのでありました。役員会においては、遠隔地にあることを前提に教会形成に乗り出していくことの不安や心配についての意見は出されましたが、しかし同じ信仰を持つ仲間が加えられるという喜びを感謝しつつ、その告白を受け止め2月15日の授洗式執行を了承したのでありました。

以下に、横山さんの了承を得まして、信仰告白の全文を転載いたします。

信仰告白

横山由利亜 

私、横山由利亜は、受洗にあたり、日本キリスト教団浪岡伝道所竹迫之牧師および教会員の皆様を通し、次の通り信仰を告白します。

中学生の頃に、すべての存在の不確かさ、不透明さに息詰まる思いを感じ、哲学や宗教、特にキリスト教に心を惹かれるようになりました。そしてこの10数年の間、その周縁を徘徊し、YMCAへの入職の選択もその一つでした。

そして、YMCAでの5年の歳月の中で、少しずつですが、「私は生きている」「人も生きている」という確かな実感を得ることができるようになり始めました。共通の願いを持ち、ひたすらに、ひたむきに努め、支え、励まし合い、痛みや喜びを分かち合う間柄は、最初は戸惑いではありましたが、日々喜びへと変わって行きました。そして次第に、私もその輪に恥じない働き、生き方をしていかなければならない、また、ここでこそ「私らしさ」は輪郭を与えられ、育てられる、という思いを強くするようになりました。しかしながら、一方で、本来の怠惰さや無責任さ、自分本位な気持ちから、その覚悟を持ち得ないまま、予感と迷いの中に留まっていたのです。

まさにそのような時、第11回日本YMCA大会の聖日礼拝−竹迫牧師のメッセージを結晶点に、無我夢中の準備と、自分の言葉による応答の祈り、仲間の祈り、そして祝祷−を通して、迷いの出口、答えとして「イエス・キリストとの出会い」を(それは全く一方的に、突然に)与えられました。

まず、28年間の歩みを支えて来てくれた人たちへの、心からの感謝の気持ちと、私が踏みつけた、あるいは踏みつけにしたことさえ気付かないで来た人たちへの、許しを願う気持ちが起こりました。そして同時に、その悔い改めの思いの限界、取るに足らなさ−これこそが私の罪である−を贖うために、十字架の死に架けられたイエスを知らされました。信仰を告白するいまでは、そのキリストによって他、私自身が生かされることなく、また人と生かし合うつながりを持ちえないことを強く信じるようになっています。

このような遠隔地の教会で、どのような教会生活が行えるのかという不安はありますが、この浪岡の地を私自身の「光の子」としての再生の地とし、教会で、またYMCAで、一人一人との出会いを大切にし、神に心を寄せ、思いを尽くし、心を尽くして一歩ずつでも歩んで行きたいと思います。

横山さんは、この『通信説教』受信者の大半を占めるであろうYMCA関係者には、その働きぶりの確かさ・熱意・したたかさ(あれ?誉め言葉じゃないか)をもってあまりにも有名な方であります。そんなスーパースターと共に浪岡伝道所の働きを支えていく事ができるのは、わたしにとり身にあまる光栄です。

牧師をも使い倒す(!?)パワーがみなぎる横山さんの働きのため、また成長のために、どうぞ祈りと感謝とを、共におささげ下さいますように。

そして2月15日、浪岡伝道所に与えられた喜びを、共に分かち合って下さいますように。

(「もういつ死んでもいい」と舞い上がりっぱなしのTAKE)