Date: Sun, 9 Feb 97 09:33:29 +0900
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『赦しの出来事』

ヨハネによる福音書 7:53-8:11による説教
1997.2.9.浪岡伝道所礼拝にて

「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさ い。」これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去って しまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。

今日の聖書箇所は、聖書を読んだことがない人でも知っているというくらい、 よく知られた有名なものである。[ ]でくくられているのは、後の時代に付 け加えられたもので元来のヨハネ福音書には収録されていなかった物語だとい うことが判っているからである。しかし同時に多くの研究者は、これがイエス の時代にまで溯る事ができる物語であるとも指摘している。恐らくこの事件が 起こった時、それを間近に見て記録した者がいたのであろう。

神殿でイエスが教えていた時、律法学者とファリサイ派の人々が1人の女性 を真ん中に立たせてイエスに問い掛けた、「これは姦通の現行犯で捕らえられ た女です。律法によれば、こういう女は石打ちによる死刑にしなければならな い。あなたならどうするか」。これはイエスを訴える口実を得ようと画策され た巧妙な罠であったと説明される。確かに律法には、姦淫した者を罰する規定 があった。それに従って「石で打つべし」と応えれば、イエスは律法には従っ た事になる。しかしそれは、ローマ帝国の法に違反する行為であった(死刑の 決定権はローマ総督府にあり、当時のユダヤにはなかった)。また「赦免せよ」 と応えれば、ローマの法には違反しないがユダヤの律法には違反していること になる。イエスはどちらの答えを出しても、彼を陥れようとする人々の罠には まる仕掛けになっていたのだった。

イエスに質問した人々にとって、その女性の処罰はどうでもいい問題であっ た。イエスを捕まえて告訴するために連れて来ただけの事だったからである。 どちらにせよ現行犯逮捕である以上この女性が死刑になる事は確定していたの で、その上イエスを告発する材料が得られればもうけもの、という感覚だった のに違いない。イエスは暫く沈黙した後、「罪を犯したことのない者が、まず、 この女に石を投げなさい」と応えた。人々は逆に神の前で自分の生活を顧みる 事になり、その結果、誰も石を投げることができずにひっそりと立ち去ったの である。

我々はこの物語から、他の福音書で読んだ「税金に関する問答」を思い起こ す。あの時もイエスは、どちらの答えを出しても陥れられる罠に追い込まれて いた。イエスは「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」と答えて窮地を脱し たばかりでなく、逆に質問者たちの神に向き合う態度を問題にするきっかけと したのであった。

しかし今日の聖書箇所は、ただイエスが知恵をもって陰謀を打ち砕いたとい う以上の「深み」を備えている。イエスは静かに問うたのである、「誰が罪を 裁く事ができるか、罪人の集団に過ぎないあなたがたの中で!」と。

この女性を引き立てて来たのは「律法学者・ファリサイ派の人々」であった と書かれている。どちらも、当時は律法の忠実な実践者であると自他共に認め るユダヤ社会のリーダーである。神の前に正しさを誇る事ができると考えられ た人々であったはずである。その彼らが、1人また1人と立ち去らざるを得な かったのはなぜか。

それは第1に、この女性の律法違反を申し立てる事が、即ち彼らの律法違反 を告白する事に他ならなかったという事情があったからである。律法によれば、 (隣人の妻あるいは婚約中の処女と)姦淫した者は、姦淫した男も女も死刑と されるはずであった(レビ20:10申命22:22-23)。しかしこの場に引き立てら れて来たのは、女性のみであった。現行犯である以上そこには当事者の男性も いたはずであるが、連れて来られたのは女性だけであった。律法には、姦淫の 禁止と同じく「正しい裁判がなされねばならない」とも規定されている(申命 16:19-20)。「有罪の判断が多数だから」といって判決を曲げてはならないし、 「弱い人だから」といって過度にかばうことも禁じられていた(出エジプト23:1-3)。しかしなぜかここには、一方だけが連れて来られたのだった。

・・・想像するにこの女性は「姦淫」とされる行為を行っていることが明白 だったにもかかわらず、普段は黙認されていたのではなかったか。夫が失踪し 長い間生死不明だったかもしれない・また生活のため夫がありながら売春して いたかもしれない(先日見た映画に娼婦を妻に持つ男のエピソードがあった。 人は男に「妻が他の男と寝るのは構わないのか」と質問され、「彼女は俺以上 の働き者だ。その上、気が向けば洗濯もしれくれるし炊事もやってくれる」と 答えていた)。また、本当は離婚して新しい出発をしたかったのに、夫が別れ てくれなかったのかも知れない。あるいは本当に出来心の浮気だったかもしれ ない。いずれにせよ「死罪とされても仕方がない」と知りながら、しかしぎり ぎりの所を生きて来た女性ではなかったのか。もしそうだとするなら、我々は この女性の姿からヨハネ福音書4章に登場したサマリア人の女性を連想させら れる。あのサマリア人女性は「ふしだらな女」と後ろ指さされながら、しかし 「この私が罪の女だとするなら、私をこのようになさった神にこそ責任がある」 と心のうちで神を呪いながら生きて来た人物だった。自分が「罪」を行ってい ることは重々承知していながらしかしそれをせずにはおられず、神の前に全て をさらけ出している事を自覚しながら声にならない叫びを上げ続けた者。それ はヨハネ福音書において、常にイエスが1対1で向き合って来た人々に共通す る特徴である。

イエスのもとにこの女性を姦淫の罪で引き立てて来たのは、彼女のこうした 心の叫びに付け込んだ人々であった。イエスの「罪のない者は・・・」との言 葉を前に立ち去らざるをえなかった人々が自覚した「罪」とは、またイエスが 無言のうちに指摘していた告発者たちの罪とは、この女性の「声にならない叫 び」に耳を貸さないばかりか、それを都合のいいように利用しようとさえする 態度にあったのではないか。

人々が立ち去った後、神に向かって叫び続けたこの女性と、その叫びを正面 から受け止めて下さるイエスだけが残された。イエスは彼女に向かって言う、 「私もあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはな らない」。この女性の「その後」については語られない。この女性はその後、 「姦淫」をやめたのだろうか。イエスは、2度と「姦淫」するな、と言ったの だろうか。「行きなさい」と押し出された彼女が帰る所は、しかし「姦淫」が 行われた彼女の日常である! 出来心の浮気ならばやめる事も可能であろう。し かし生活を支える稼ぎのためならば? 彼女が1人の人間として生きるのに不可 欠な「夫以外の男との生活」のためならば? 彼女はそれをやめる訳にはいかな い。それなしには生きていけないからである。しかし、イエスは彼女を送り返 す、「行きなさい! もう罪を犯してはならない!」。

十字架の上で全ての人の罪を背負って死ぬために遣わされたイエスは、彼女 の罪・すなわち「神への呪い」をも引き受けたのである! 彼女は、あるいは これからも「姦淫」するかもしれない・せざるを得ないかもしれない。しかし イエスはそれを罪に定めない。イエスが罪と認めたのは、彼女が罪の意識から 自分の存在を憎み、自分をお造りになった神の存在を憎む、その「憎しみ」だ ったからである。イエスは彼女にこう言ったのである、「もう神を憎んではな らない・自分をも憎んではならない。それが罪である! もう罪を犯してはな らない!」。

こうして、1人の女性が罪から解放された。そして彼女は、もう2度と罪を 繰り返さない。彼女の叫びを聴いて下さる神との出会いが与えられたからであ る。彼女とイエスを残して立ち去った人々は、この解放を受け取る事はなかっ た。彼らは神に向かって叫んでいなかったのである。むしろ彼らはこう考えて いた、「神よ、私の正しさにご褒美を!」。神にむかってそう語る資格が全く ない事を、彼らはイエスの言葉によって悟ったに違いない。しかしそれを認め たくないばかりにイエスのもとを逃げるように去ってしまったのである。この 女性と共に、1対1で神に向き合うために残る者は、1人もなかったのである。

たとえ呪いの言葉をしか持っていなかったとしても、神はそれをイエスの十 字架において正面から受け取って下さる。見せ掛けの服従は必要ない。呪いを 抱える者は、その呪いを神に献げよう。この女性と共に、イエスのもとに立た される私達でありたい。イエスに向かい合う私達でありたい。赦しの出来事は、 そのような者たちに起こるからである。


願わくは、あなたにも希望を伝える言葉として用いられますように。(TAKE)

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竹迫 之 <CYE06301@niftyserve.or.jp>