再考、合成洗剤と石けん

福田 健治


合成洗剤と石けん

 春が来て、新しい生活をはじめた人も多いことでしょう。下宿をはじめた皆さん、家にある洗剤にはどんなものがありますか? 自宅ではどうでしょう? 一人暮らしでも、洗濯用洗剤、台所用洗剤、固形石けん、シャンプーぐらいは誰でも持っていることでしょう。実家に帰れば、窓拭き用だとかトイレ用だとか、もっとたくさんの種類の洗剤があるはずです。さてさて、これらの洗剤が「合成洗剤」なのか「石けん」なのか、皆さんは意識しているでしょうか。
 この2つを見分けるのは簡単です。洗剤のパッケージのどこかに、「洗濯用石けん」とか「家庭用合成洗剤」とかの表示がなされているはずです。

 合成洗剤と石けんの違いは、汚れを落とすための成分(これを界面活性剤といいます)の違いです。合成洗剤に入っている合成界面活性剤は、石けんよりも毒性が強く、また分子構造が複雑なため、汚水として川や海に放出された後も分解されにくいという特徴を持っています。分解されないと川や湖の富栄養化の原因となり、水環境を悪化させる大きな要因となっています。一般に石けんのほうが環境に与える影響が少ないといわれるのはこのためです。
 1960年代から急増した合成洗剤の使用は、1970年代になり琵琶湖や霞ヶ関の水質汚染が明らかになりはじめたころから批判されるようになりました。多くの生協や消費者団体が石けんの利用を推奨していますが、合成洗剤中心の流れを変えるまでにはいたっていません。今使っている洗剤を石けんに変えることで、水環境と私たちの健康を守ることができます。京大生協でも売っているので、試してみてはどうでしょう。

 

「手に優しい」ヤシの実洗剤

 最近、「環境に優しい」「手が荒れない」などと銘打って、ヤシの実を原料とする台所用洗剤が幅を利かせるようになってきています。こうした傾向は1990年ぐらいから始まり、今は台所用洗剤の大部分がヤシの実洗剤になっています。皆さんの家にある台所用洗剤もヤシの実でできているのではないでしょうか。
 このヤシの実洗剤の大部分は合成洗剤です。合成の界面活性剤にも分子構造によって様々な種類があり、今までの合成洗剤の主流だった石油からできた界面活性剤よりもヤシの実から作られたもののほうが生分解性もよく、また人体への影響も少ないものとされています。

 アンケート調査によると、消費者が石油系の洗剤から植物系の洗剤へと変更した理由で一番多いのが「手が荒れないこと」で、2位の「環境を汚染しない」という回答の2倍となっています。環境に対する意識は向上してきてはいますが、だからといって石けんの消費量がそれほど増えているわけではありません。幾つか理由が考えられますが、「石けんの方が洗浄力が弱い」と敬遠されていることが大きいようです(これは必ずしも正しくありません)。

 

洗剤からマレーシアへ

 最近主流になってきたヤシの実洗剤の原料は、パーム油(アブラヤシの実からとれる油)やココナツ油(ココヤシの実からとれる油)です。ここのところの環境ブームにのって、パーム油やココナツ油が洗剤の原料として急増しています。日本ではこうした油のほとんどを東南アジア各国から輸入しています。このことは発展途上国に対してどのような影響を与えているのでしょうか。一例として、日本のパーム油輸入の9割以上を占めているマレーシアを見てみましょう。

 

アブラヤシ・プランテーションとそこで働く労働者

 マレーシアのアブラヤシは、そのほとんどが広大なプランテーションで栽培されています。上空から眺めないと全体の広さが分からないほど大規模なアブラヤシ・プランテーションもあり、アブラヤシの栽培面積はマレーシアの農地面積の40%を占めています。マレーシアの上空を飛んでいると、濃い緑色の熱帯雨林が続く中に、黄緑色のアブラヤシ・プランテーションが点在しています。熱帯雨林を伐採し、代わりに換金作物であるアブラヤシを栽培している様子が一目で分かります。

 アブラヤシは、様々な目的で栽培されるココヤシとは違い、そのほとんどが油を取るために栽培されています。アブラヤシの実は、収穫すると油の品質劣化につながる遊離脂肪酸が増加しはじめるため、24時間以内に搾油しなければなりません。搾油工場を効率的に操業するためには、大量の原料供給が必要とされます。このため大規模な搾油工場とプランテーションが隣接して建設され、多くの労働者がそこで働くことになります。

「◆女と子どもの労働に支えられて

 (前略)こうしたプランテーションの児童労働が社会問題になっていた。「インサン」が1984年6つのプランテーション(ゴムとオイルパーム)の2000世帯を調査したところ、9割の家庭で15歳以下の子どもを働かせていた。パーム園ではその2割が6歳から10歳という幼い子どもだった。

 子どもたちの労働時間は一日7〜8時間、女の子はさらに家事労働もさせられる。しかも、危険な農薬散布までやらされている。マレーシアのプランテーションでは、パラコートや枯葉剤と呼ばれる2・4・5Tなどの毒性の強い除草剤が広く使われているのである。

 なぜ子どもたちが働くのか。子どもの日給は3マレーシアドルで、大人に比べて2分の1から3分の1で使える安い労働力だからだ。親にとっては「学校へ行かせる余裕がない」が第一の理由。パーム園の11%にしか小学校もない状態だ。次の理由は「子どもの手伝いが必要なため」。いずれにしても、貧困が根本にあるわけで、一世帯の平均収入は月336マレーシアドル、平均6人家族なので一人当たりわずか56マレーシアドルである。これは、貧困線(64マレーシアドル〜62年)以下の貧しさである。

 住環境も劣悪で、“ラインハウス”と呼ばれる木造バラックの長屋には、電気も飲料水もないところもあった。ラワンのプランテーション外側のラインハウスでは、真暗な台所で煮炊きするたきぎの明かりに、障害を持った男の子がうずくまっているのが見えた。母親は近くの池に水を汲みに出かけて留守だった。父親は暴力沙汰で受刑中。オイルパームの実を拾っていた少年がこの家の長男でまだ12歳だった。(後略)」(出典:松井やより「パーム油を知っていますか」、アジア女たちの会『アジアと女性解放』No.19」)

 マレーシアの都市域への人口集中や工業化に伴い、アブラヤシ産業の労働力不足も深刻になってきています。こうした事態に対応するために、外国人契約労働者の雇用も進んでいます。スリランカ、バングラディシュ、インドネシアなどからの契約労働者がアブラヤシ・プランテーションの単調な労働を支えています。彼らは国内労働者より賃金が安いことも多く、また経営者側の都合で一方的に首を切られることもままあります。
 危険な農薬の使用、安い賃金、不安定な雇用形態・・・ 私たちの身の回りには、洗剤のほかにもマーガリン、インスタント・ラーメンやスナック菓子、化粧品など、様々なパーム油を使用した製品があります。こうした商品を私たちが何気なく消費している裏には、このような発展途上国の人々の現状があります。

 

マレーシアのアブラヤシ産業

 マレーシアでアブラヤシ産業が盛んになったのは1960年代以降のことです。1957年の独立以降、マレーシアは他の途上国と同様、経済的な独立を目指すために様々な政策を打ち出しますが、中でも重要とされたのが農業の多角化です。イギリス領であったマレーシアは、イギリスの植民地政策のもと経済的に天然ゴムに大きく依存する経済構造を持っていました。ここから脱却するためにマレーシア政府が目をつけたのがアブラヤシだったのです。当時パーム油は加工技術の革新により、植物性油脂としては大豆に次ぐ地位を獲得していました。政府は作物転換を推奨し、輸出税の引き下げなどの政策がとられた結果、1960年代から70年代にかけて、熱帯林や天然ゴム林が焼かれアブラヤシのプランテーションへと変化しました。こうして1972年にはマレーシアは世界一のアブラヤシ生産国となります。
 日本企業も、こうした流れに乗ってパーム油を求めて東南アジアへ進出していきます。1980年代後半には、多くの精油会社や化学会社がマレーシアに工場を建設しました。これは、環境問題への関心が高まる中、生分解性が高く皮膚に対する刺激も少なく、石油と違って再生可能な資源であるヤシ油が評価されたためです。

 

パーム油がリサイクルを邪魔する

 さて、このようにして日本では洗剤の原料としてヤシ油が多く使われるようになりました。このことによって日本で困っている業者がでています。それは、廃食用油の回収処理業者です。食品工場や外食産業から出る廃食用油は、業者によって回収され、洗剤や塗料、インクなどの原料として再利用されています。ところが、安いパーム油が海外から輸入されるようになったことで、廃食用油の販売価格が半減し、このままでは廃食用油業界の規模は数年で半減するともいわれています。「環境に優しい」パーム油は、こんなところで長年続いてきた再利用の流れを断ち切っているのです。

 

「石けんは環境に優しい」?

 ここでもう1回、合成洗剤を使うのか石けんを使うのかを考えてみましょう。

 今まで、合成洗剤は石けんに比べて生分解性が低く、河川の汚染につながるとされてきました。また、合成洗剤の人体への影響についても指摘されています。

 しかし、合成洗剤も改良が進み、無リン洗剤が主流となり、また生分解性も良くなってきました。中には石けんと同程度の生分解性を有する合成洗剤もあります。人体への影響については、科学的には「まだよく分からない」とされているようです。

 さらに、石けんはその製造過程において水酸化ナトリウム(有毒であり、また製造過程でやっかいな塩素化合物を発生する)を使用するという問題もありますし、洗濯すると分解しにくい石けんカス(金属石けん)を発生することも知られています。また、上記のヤシ・プランテーションの話しも、パーム油から作られる石けんもあるので、合成洗剤だけが悪いというわけではありません。石けんを使えば環境に全くダメージを与えないというわけではないのです。

 これでは、どっちもどっちです。一体、合成洗剤と石けんと、どちらのほうが環境に優しいのでしょうか。それでもやはり、石けんを使用したほうが良いのでしょうか。

 

洗剤の消費量と日本人の清潔病

 グラフを見てください。これは、日本の合成洗剤および石けんの生産量の推移を表したグラフです。一見して分かるのが、1960年代からの合成洗剤の生産量の急増です。それに対して、石けんの生産量は1965年頃からほぼ横ばいです。現在120万トン以上の洗剤が使われていますが、そのうちの約100万トンが合成洗剤です。この合成洗剤が全て石けんに変わったとしたら、何が起こるでしょうか。本当に水質が改善されるのでしょうか。

 本質的な問題は洗剤の使用量自体の異様な伸びかたにあります。

 皆さんは、どのぐらいの頻度で入浴しますか? 洗濯はどうでしょう。髪の毛は毎日洗いますか?

 1950年代には、家に風呂がある人はごく小数で、ほとんどの人は銭湯に通っていました。女性の洗髪も月に数回だったといいます。また洗濯も、ワイシャツは1週間や10日着てから洗濯するのが普通でした。

 今はどうでしょうか。1990年の調査によれば、女性の76%、男性の68%が毎日風呂に入ると答えています。また、自宅で洗濯する主婦のほぼ半分が毎日洗濯しているそうです。大部分の家庭では、下着に限らずワイシャツやブラウスでも1、2回着たら洗濯するのが普通です。こうした日本人の清潔観念の向上が、合成洗剤の生産量の急増を支えてきました。電気洗濯機の普及、家庭で入浴する習慣の定着なども、それを後押ししています。

 今の日本社会では、清潔であること、が大きな価値を持っています。10年ほど前、朝シャンのために早起きする高校生が話題になりました。少しでもきたないものを着ていれば「不潔」と思われてしまいます。私たちの「清潔病」はどんどん進行していきます。

 私たちは、そんなに清潔でなければならないのでしょうか。そもそも、清潔であること、汚いこととは何なのでしょうか。汚いと「思って」毎日洗濯すること、その結果発展途上国の人々を苦しめたり、水環境を汚染していること・・・

 それでもあなたは洗剤を使いつづけますか?

 

合成洗剤か石けんか、という選択を越えて

 環境に優しいヤシの実洗剤や石けんを使うこと、それよりももっと大切なことは、私たちの清潔観念を見直し、洗剤全体の消費量を減らしていくことです。木綿の下着は毎回洗濯機で洗わなくても、入浴時に一緒にお湯で洗えば石けんを使わなくてもほとんどの汚れはとれます。ワイシャツの首の周りが黒ずんだところで外から見えるわけではありません。髪だって、毎日洗っていたらぼろぼろになるに決まっています。石けんで油を落とした上、ごしごしと擦り合わせているのですから。油になった食器も、トイレットペーパーで拭ったうえでお湯で洗えばよほどしつこい汚れでなければきれいになるでしょう。

 生活を見直し、洗剤を使わなくてもよいところは使わない、使う必要があっても石けんを必要最低限使う、そうして日常生活を変えていくことが、発展途上国とのより公正な関係、環境をより汚染しないライフスタイルにつながっていきます。

 ふだん意識せずに使っている洗剤も、どこからやってくるか、どこへやっていくかを考えることで、様々な問題が見えてきます。私たちの生活は、あちこちで色々なものとつながっています。実は、いつも使っているものが環境を汚しているかもしれませんし、日常的に食べているものが発展途上国の貧困と関係があるかもしれません。自分を取り巻く様々な関係を見直し、自分たちの生活、社会を変えていくことが、多くの生命が生きているこの地球では求められています。

(ふくだ けんじ/ネグロス・キャンペーン京都)

 

[参考文献]

 

ユニトピア 1997年度目次へ