京大ユニセフクラブ2002年度11月祭研究発表
「水家族」

2 公共事業としての諫早湾干拓

第4章 諫早干拓事業(文責:多田)



2−1 諫早湾干拓事業の事業評価


 つぎ込んだお金に対してどれだけの経済効果が生まれるかを計算したものを費用対効果といいます。事業が生む効果額を投資額で割って算出します。諫早湾干拓事業は、土地改良法に基づく国営干拓事業であるので、効果が費用を上回る、つまり費用対効果が1以上であることが事業の認可条件です。
 19993月に潮受け堤防が完成し、内部堤防の工事が同年2月に着工しました。当時、事業の完成目標は2000年度とされていました。ところが金子知事は99921日に開かれた長崎県議会で、総事業費は120億円膨らんで約2490億円になり、完成は2006年度になるとの見通しを明らかにしました。報道によると、九州農政局諫早湾干拓事務所は「潮受け堤防工事が3月末に終了した後、調査した結果、軟弱な地盤の改良に時間や費用がかかることが分かったため」と説明しています。この結果、干拓事業の費用対効果は、86年度に事業を始めたころ、1.03だったのが1.01になる計算だといわれています。
 農水省の費用対効果分析における経済効果には、農地造成による作物生産効果といった内部効果だけでなく、交通費節減効果や国土造成効果等の外部効果(社会的便益)など、様々な「効果」が算入されている一方で、「費用」には単に工事費を中心とする「総事業費」が計上されているにすぎません。


 農水省は20018月の国営事業再評価(時のアセスメント)の第三者委員会(*注1)の提言を受け、諫早事業の変更計画案を策定しました。変更計画案は、東工区の調整を断念し、干拓農地を約1400ヘクタールから西工区などの約700ヘクタールに半減することが主な内容になっています。
 変更計画案によると主要工事の総工事費は2460億円。これまでより30億円の減少となりました。一方、事業の経済的効果の年増加見込効果額の総額は1338900万円でこれまでより約29億円減少しました。その内訳は、災害防止効果が約92億円(構成比69%)、作物生産効果が約13億円(同10%)などでこれまでの構成比と比較すると、作物生産効果がほぼ半減した一方、災害防止効果は約10ポイントの上昇となりました。「土地改良事業」において「作物生産効果」は全体の10%に過ぎず、優良農地造成という本来の目的が薄まり、防災事業の側面を強めたことを意味しています。
 計画変更に伴い農水省が明らかにした試算では、費用対効果は0.83です。法定の1に達しておらず違法です。諫早湾干拓事業の投資効果に、諫早干潟の喪失などの「社会的費用」が正当に算入されれば、事業の社会的な効率性は、もっと低いものとなります(*注2)。
(*注1) 再評価第三者委員会とは?
 「公共事業に対する時のアセスメントの客観性をより高める」という目的を持ち、学識経験者で構成されています。中央官庁では公共工事を多く抱える国土交通省や農水省などが設置し、市レベルにも広がっています。ただ、最終決定は行政機関が行い、第三者委員会は助言機関の位置づけとなっています。
(*注2)諫早干潟緊急救済東京事務所が独自に費用対効果を算出した結果は0.30でした。



2−2 時のアセスメント
 時のアセスメントとは、評価・査定の意味を持つ「アセスメント」に「時間」の尺度を導入したものです。つまり、計画作成や着工の後、一定期間を経過した公共事業について、継続の意味があるかどうかを検討する制度です。
 20011月から、ノリの色落ち被害が急速に社会問題化しました。その原因を調査するためにノリ第三者委員会が設置されました。この委員会は20011219日、九州農政局が計画通り事業を継続するよう諮問した諫早湾干拓事業について、環境への配慮を条件にした見直しを答申しました。答申には継続か中止かの見解は示されていませんでした。
 時のアセスは1998年から始まりましたが、九州農政局管内で、第三者委員会が諮問と異なる答申を出したのは初めてです。
 また、諫早干潟緊急救済東京事務所は、研究者と市民による独自の諫早湾干拓事業の再評価作業『市民による諫早干拓「時のアセス」』の結果をまとめた報告書を作成し、2001年4月のシンポジウムで発表しました。同事務所は「農水省の手続きによれば、諫早湾干拓事業の再評価において、有明海の漁業関係者の意向をくみ取る仕組みは、全くなく、また諫早湾干拓事業は、干潟・沿岸環境の保全、また公共事業全般の見直しなど、様々な意味で国民的な関心事であり、漁業関係者に限らず、広く一般の意向を聞かなければ、本当の意味での事業の再評価はできないと思われる」として、農水省の事業再評価に先立って、透明性・公開性を高め、本当の意味での事業再評価となることをねらいとしています。『市民による諫早干拓「時のアセス」』では、有明海再生のシナリオとして以下のことが提言されています。


1、潮受け堤防撤去を含む諫早干潟と有明海再生に必要な処置を検討し実施すること
2、総合治水・低地排水対策をたて、干潟や漁業との共生を基本とする防災対策を策定すること
3、諫早干潟の賢明な利用と有明海再生計画を策定すること
4、上記のことを情報公開、市民参加の円卓会議でおこなうこと


2−3 短期開門調査
 今年の4月24日堤防閉め切り後はじめて調整池に海水が入れられました。
 第三者委員会の開門調査にかかわる見解とそれを支持する有明海漁民や世論に押されて、長崎県や地元関係者は農水省が示した2006年事業完成約束を条件に、海水導入を認めざるを得ませんでした。
 ただし、1ヶ月にも満たない短期間の開門に終わっただけでなく、第三者委員会の見解のいう「できるだけ長く大きいことが望ましい」中・長期開門調査へ引き継がれる見通しはたっていません。
 有明海のノリ不作は広大な干潟が消失し、浄化能力を失ったのが原因であるとして熊本、福岡、佐賀三県の漁民は排水門開放を強く迫っていました。 一方、諫早湾周辺の漁民は「排水門を開けば、せっかく安定してきた漁場が汚染される」と絶対反対の立場でした。長崎県小長井町漁協の組合長は 「干潟には海水の浄化作用もあるし、魚の産卵地でもある。干潟がある方がうちの漁場にもいいんだ」と言います。排水門開放をめぐって対立する四県漁民は、「有明海再生には干潟の再生が必要」との見方では一致しています。




 
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