1998.9.18 深川博志
罪を犯せば、相応の償いをしなくてはならない。この大原則に反する事件が、今なお多発している。
「敵」を支援したというだけで、人々を追い出し、町を破壊する。民族が異なるというだけで、集団的に、レイプや虐殺、拷問を行う。
国内の司法制度が整っていないから、あるいは政府に裁く気がないからという理由で、世界はこのような不正義を放置しておいていいのか。国内で裁けないなら、国家の枠を超えて裁く仕組みが必要ではないか。こうして国際刑事裁判所構想が提起された。
a.条約採択までの経緯
要約
半世紀前から構想はあったが、冷戦によって日の目を見なかった。1994年の草案提出から数年の準備を経て、わずか1ヶ月間の外交会議で、設立条約が採択された。
第2次大戦後 ニュルンベルグ裁判と東京裁判で、「平和に対する罪」「人道に対する罪」「通例の戦争犯罪」について、主要戦争犯罪人が訴追された。 1948 国際連合は、国家、民族、宗教または人種集団の破壊を国際的犯罪であると規定するジェノサイド協定を採択した。 1950s 国連機関である国際法委員会(ILC)に、ニュールンベルグ原則の成文化と、国際刑事裁判所創設に関する草案を準備する権限が付与された。しかしながら、冷戦の始まりによって以後の進展は止まってしまった。 1989 トリニダードトバゴが、常設裁判所の提案を再び総会へ提出した(このときは、国際麻薬犯罪組織に対処するのが目的だった)。冷戦の終結と旧ユーゴスラビア内戦の勃発によって、この提案はより多くの注目を受けた。総会は、国際法委員会へ常設国際刑事裁判所設置草案の作成を勧告した。 1993 国連安全保障理事会は、旧ユーゴスラビア臨時戦争犯罪法廷を設置した。 1994 国際法委員会は、最終草案を第49回国連総会第6委員会へ提出し、全権外交会議の召集を勧告した。 総会は、草案の検証のためのアド・ホック委員会を設置した。 1994.11 国連はルワンダ臨時法廷を設置した。 1995 アド・ホック委員会は2週間の会合を行った。ほとんどの加盟国は常設国際刑事裁判所の設置を支持したが、一部の主要国は反対または態度を保留した。12月、総会は、1996年中に2回会合を行い外交会議へ提出するための教書を完成させるための準備委員会の設置を決めた。 1996.11.22 第51回国連総会第6委員会(法律関係)は、国際刑事裁判所設立のための条約を採択する外交会議について、1998年の開催を採択した。 1998.7.17 ローマでの1ヶ月間にわたる外交会議の末、設立条約を採択。 b.しくみ
ここに新聞の図を載せる
よく似た名前の機関に「国際司法裁判所」というのがある(核兵器の違法性をめぐる裁判で、この名前を聞いたことがあると思う)。国際司法裁判所は、国家を主体とするのに対し、国際刑事裁判所は、個人の責任を追及する。
「国際刑事裁判所」という名前から、あらゆる犯罪を取り扱うように聞こえるかもしれない。しかし目的は、紛争の中であっても放置できないような個人の非人道的な行為を「国際社会全体にとって深刻な犯罪」として罰することである。そのため当面は、
- ジェノサイド(大量殺害)
- 人道に対する罪
- 戦争犯罪
に限られる。
また、国際刑事裁判所の権限にはさまざまな縛りがかけられている。ICC条約が発効し、日本国もICC条約を批准して数年がたったある日のこと、東京人への不満が爆発し、西日本と東日本との間で内戦状態に陥ったと想定し、ICCの手続きをみていく。
(1) 東が、西日本系住民を大量虐殺しているとの情報が流れた。ICCに事件をかけることができるのは、
- ICC検事局
- ICC条約加盟国政府
- 国連安保理
だけである。ICC検事局は捜査の結果、大量虐殺の責任者・青島氏を訴追することにした。
(2) しかし、ICCが管轄権を持つ前提として、
- 事件が起きた国
- 被疑者の国籍がある国
のどちらかの同意が必要となる。当然青島氏は東京政府を牛耳っているので、同意はなされなかった。
(3) しかし、安保理によって発動された事件は、関係国の同意なしに進めることができる。「西系住民の大量虐殺」という特定の状況に関して安保理はICCに付託。この状況下での個人の犯罪についてICCは管轄権を持つこととなった。
(4) 条約では欠席裁判は認められない。ICCだけの力で青島氏を連行できないため、何らかの強制力が必要になる。武力行使を容認するかどうかで安保理は紛糾。裁判は開かれない。
(5) そのうち、両地域ので和平を望む声に押され、和平交渉が始まった。その際東側は、青島氏が連行されるのではないかという懸念から、捜査・裁判を停止するよう要請。安保理決議によって、裁判は1年間凍結された(延長可能)。
(6) 再統一された日本政府は、国民の不満をそらすため、突如、他国に侵略した。ICCの扱う犯罪に「侵略罪」はあるが、首相は裁かれなかった。これは、条約発効から7年後に開かれる再検討会議まで、侵略罪の定義(構成要件)の採択が引き伸ばされたためである。
(7) さらにその際、京都大学医学部で捕虜を使った人体実験が行われた。この実験責任者も、裁かれなかった。条約発効後7年間は、自国民や自国領域での戦争犯罪を訴追させないことを認める暫定規定による。
このように、ICCは実効性・独立性という観点からさまざまな問題を抱えている。
もうちょっと詳しく…
誰が裁判官を選出するのか 批准国より選出された18名の裁判官によって構成される。裁判官達から交代で選出される裁判長、副裁判長が、検察官より提出された起訴状を検討する。もし起訴が承認されたならば、容疑者への逮捕状が発給され、5人の判事が裁判を行うために召集される。 どのように被告人の拘引がなされるのか 起訴状のコピーが、被告人に対して事件に対する管轄権が及ぶと思われる諸国へ送付される。もし、これらの国々が、特定の国際犯罪に対する国際刑事裁判所の管轄権を認めたならば、それらの国々は条約に基づいて被告人を逮捕・拘引する。もし被告人を発見した国が、国際刑事裁判所の管轄権を認めない場合は、その国に対して協力を要請することになりる。 誰がICCに事件をかけるか ICC検事局、加盟国政府、国連安保理のいずれかのみ。 被告人の権利は 規程草案には、被告人の権利についてかなり詳細に述べている。被告人無罪推定の原則、弁護を受ける権利、検察の承認を尋問する権利、迅速な公判進行の権利等を含む。 どのような刑罰が課せられるのか 刑罰は罰金刑か有期刑に限られ、終身刑が最高刑で死刑は課されない 管轄対象となる犯罪 1.ジェノサイド 肉体的あるいは精神的な過度の苦痛を与える殺害、生存手段の破壊、堕胎、子女の連行など、全体的または部分的な破壊的意志を持って、国家、民族、人種あるいは宗教集団に対する特定の行為。
2.人道に対する犯罪
皆殺し、殺害、拷問、レイプなど、ある特定の住民に対して組織的に犯罪を犯す行為。
3.武力紛争に適用される法および慣習に対する重大な違反(戦争犯罪)
ジュネーブ諸条約および国際慣習法に対する重大な違反を構成する作為または不作為。捕虜の虐待、民間の人質、捕虜に対する医学的・科学的実験など
4.侵略
国連憲章または国際慣習法に反する武力による威嚇または行使。条約発行の7年後に開かれる再検討会議まで、定義(構成要件)の採択は見送られた
これらの犯罪については遡及効は否定されており、裁判所は、条約が発効した後に犯された犯罪についてのみ裁判管轄権を有している。
補完性の原則 国際刑事裁判所はその裁判権を行使するに当たっては、条約当事国の主権や国内裁判所における刑事裁判権の行使との調整が必要となる。
「補完性の原則」により、被告人の処罰は第一次的に当事国の国内裁判所に委ねるものとし、国内裁判所による刑事裁判権の行使が不可能である場合や行使しようとしない場合にのみ、国際刑事裁判所は裁判管轄権を持つものとされる。
このような「補完性の原則」は、国際刑事裁判所の検察官が捜査を開始するために条約当事国の申し立てを必要とするか、あるいは裁判所が裁判管轄権を行使するために関係当事国の同意をどの程度必要とするかという問題に影響を与えている。c.NGOの評価
「国家主権を盾に多くの抜け穴ができたが、存在することに意味がある」というのが一般的なみかたのようです。
参考資料
- 朝日新聞
- http://member.nifty.ne.jp/uwfj/icc.htm (in Japanese)
- http://icc.amnesty.it/ (in English)