ミニ学習会資料
角田 望
環境ホルモンによって・・・
◆精子の数が減って不妊症が増えている
◆拒食症,強迫神経症,様々な不安症,鬱状態が引き起こされる
→家庭内暴力,オヤジ狩り,イジメ,イジメ殺人などの凶悪犯罪が起きる?!
◆アレルギーが増えている
◆知能の低下が起こっている
(講演『人類を蝕む環境ホルモンの恐怖』立花隆1997.11.1より)
とまあまるで現代の世の中の「諸悪の根元」のように語られることの多い環境ホルモン.何かにつけて「それって環境ホルモンのせいとちゃうん?」とか何とか冗談めかしていったことのある人も多いはず(?)しかし余りよく知りもしないのに何でも環境ホルモンのせいにしてしまうのも少し無責任な気がする・・ということで今回のテーマは環境ホルモンです.
1.そもそもホルモンって何なのか
古代ギリシャ語で「駆り立てること」を意味するホルモンは,脳下垂体,甲状腺,膵臓,精巣,卵巣などといった内分泌腺で作られ,血液中に放出される体内でいわば化学メッセンジャーのような役割をする物質である.それは組織を分化,成長させ, 生殖機能を発達させ,体内の環境(体温,血糖値など)を一定にするなどの重要な役割を果たしている.
体内でホルモンが作用するプロセス
- 内分泌腺においてホルモンが合成される
- ホルモンは内分泌腺に貯蔵され、必要な時や場合に応じて放出される
- 放出されたホルモンは血液中をめぐって、目的臓器の細胞に到達する
- ホルモンが細胞にあるレセプター(受容体)を認識し、それと結合して 活性化される
- 細胞の中の遺伝子に司令を送って必要なタンパク質を必要なだけ作らせる
- ホルモンは種類に応じて異なった器官・組織に作用し、それぞれ特徴的な働きをしている。それは,あるホルモンとそれが作用する器官にある受容体(レセプター)が鍵と鍵穴のように特異的に結びつくことによって可能となる.
- 動物が発生し、成長し、生殖活動を行うといった段階ごとに、ホルモンが動物体に及ぼす働き、強さは異なってくる。
- ごく微量で大きな作用がある.ホルモンの血液中の濃度レベルは1ミリリットルの血液中に10億分の1グラムから1兆分の1グラムといったオーダーだというから想像が難しい.
- 人間と他の脊椎動物の内分泌器官の種類,ホルモンの構造はかなり共通したものだとされている
いろいろと述べたが,つまりホルモンは
- ごく微量で
- 血液中を駆けめぐり
- 体内のいろいろな器官に働きかけて何をどれだけ作ればいいかを指示することで
- 生殖や代謝や成長を司る
- 化学メッセンジャーであるということだ.
2.内分泌攪乱化学物質=環境ホルモンの作用
さて,このように体中を駆けめぐって正確な時期に,正確な司令を送って私たちの体をコントロールしているホルモンが何かの原因でうまく働かなくなったら・・・どうなるだろう.
内分泌攪乱化学物質=環境ホルモンは、レセプター(受容体)に対してホルモンと同じような働きをする物質である.この結果、不要なものが過剰にできたり、必要なものが不足し、生体の正常な機能が果たせなくなるのだ。
ホルモンが正常に機能するためのプロセスは極めて複雑であり、これまでに指摘されている内分泌攪乱化学物質がホルモンの働く一連のプロセスのどの段階に障害をもたらすかはいまだ科学的には十分判明していない。
内分泌攪乱化学物質がレセプターに結合して生じる反応には幾種類かある.
1.本来のホルモンと類似の作用がもたらされる場合
PCB,DDT,ノニルフェノール,ビスフェノールA
→エストロジェン(女性ホルモンの一種)に似た働きをする
2.逆に作用が阻害される場合
DDE,ビンクロゾリン(農薬)
→アンドロジェンレセプターに結合してアンドロジェン(男性ホルモンの一種)の作用を阻害する
3. 直接レセプターに結びつかずにホルモンが作用する経路を妨害する場合
ダイオキシン→(間接的にエストロジェン作用)
3.実際の汚染例
野生生物への影響に関する報告
生物 場所 影響 推定される原因物質 イボニシ(貝) 日本の海岸 雄性化、個体数の減少 有機スズ化合物 ニジマス 英国の河川 雌性化、個体数の減少 ノニルフェノール *断定されず ローチ(鯉の一種) 英国の河川 雌雄同体化 ノニルフェノール *断定されず サケ 米国の五大湖 甲状腺過形成、個体数減少 不明 ワニ 米フロリダ州の湖 オスのペニスの矮小 有機塩素系農薬 卵のふ化率低下 湖内に流入したDDT 個体数減少 不明 カモメ 米国の五大湖 雌性化、甲状腺の腫瘍 DDT,PCB *断定されず メリケンアジサシ 米国ミシガン湖 卵の孵化率の低下 DDT,PCB *断定されず アザラシ オランダ 個体数の減少、免疫機能の低下 PCB シロイルカ カナダ 個体数の減少,免疫機能の低下 PCB ピューマ 米国 精巣停留、精子数減少 不明 ヒツジ オーストラリア 死産の多発、奇形の発生 植物エストロジェン (1940年代) (クローバー由来) 備考 引用文献はすべて、「外因性内分泌攪乱化学物質問題に関する研究班中間報告書」による。
たとえば・・その1
フロリダ州のアポプカ湖に生息するワニについて、顕著な例が報告されている。1980年に湖の近隣の農薬工場で殺虫剤であるDDTを含む薬品が大量に流出し、翌年以降、ワニの数が90%も激減した。また、産み落とされた卵の多くはふ化せず、ふ化しても大部分はメスであり、わずかに生まれたオスは生殖器が正常の1/4しかなく女性器である卵巣を持っていたり、血液中の男性ホルモンの濃度が極端に小さく、ホルモン分泌がメスに近い状態であるので生殖能力を持っていないものと考えられた。
たとえば・・その2
1939に合成に成功した,エストロゲンに似た作用を示す物質DESは無限の応用価値を持つ奇跡の薬物として登場した.流産の予防薬としてだけでなく,出産後の母乳量の抑制,ニキビや前立腺ガンの治療,更年期障害の軽減などの様々な用途に使われたのである.しかしその後DESを服用していた母親から産まれた子供が次々とガンや不妊症,免疫系障害にかかると言った事例が報告されるようになった.母親がDESを服用してから子どもにこれらの症状が現れるまでの時間が非常に長いので因果関係をはっきりさせるのは難しかったがマウス実験の結果DESを与えたものに人間同様の被害が現れたことからこれらの症状の原因はDESであると考えられている.
4.環境ホルモン汚染の特徴
1.非常に微量で大きな作用を及ぼす
ホルモンの濃度で問題となるのはppt(一兆分の一)という単位である.これがどれほど微量かというとタンク車660台分(全長10kmに及ぶだろう)のトニックにジンを一滴垂らした量が1pptに相当するといえば少しは想像しやすいかもしれない.ただ,内分泌攪乱物質として働いているとされている様々な化学物質がどの程度の作用力を有するのか,その作用力が天然のホルモンと同じくらい強いのか,あるいはごく弱く,多量に存在しなければ問題がないのかについてはまだ余りよくわかっていないというのが現状のようだ.ホルモンというものは働く時期によっても動物によっても影響力が大きく違うので動物実験の結果をそのまま当てはめたりある特定の人々を対象とした調査の結果をそのまま他の場合に当てはまらないのでその作用力の強さの解明はなかなか難しいらしい.
2.汚染源から遠く離れたところで汚染源近くより大きな被害を受けることがある
昔のばい煙,騒音,河川の汚染といった地域レベルの「公害」から今は地球レベルの「環境問題」へと変わりつつある.確かに工業国で大量に放出した二酸化炭素は地球全体の気候変動の原因となるしフロンもどこで放出されたかに関係なく(南半球が多いようだが)地球上のあちこちでオゾン層に穴をあける.環境問題も実は南北問題とつながっていると言われているゆえんである.しかし,環境ホルモンの場合は汚染源からの距離に関係なく被害が及ぶのでなくかえって汚染源から遠い方が被害が大きい場合もあるというから驚きである.
ブルートン島の例
ブルートン島はグリーンランドの西に浮かぶ小島で、人口は450人である。人々は漁や狩りの生活を営んできた(ホッキョクグマ,アザラシなど)。ヨーロッパ産業の中心地からは3900kmも離れた土地である。
カナダの保健研究によればこのブルートン島住民の体内に蓄積されているPCB濃度は産業事故を別にすればヒトを対象にした測定値としては最悪の数値だという.
それはなぜか?
化学物質は水蒸気によって,潮の流れによって,生物の体内に入ってはるか彼方まで旅をする〜しかもほとんど変化することなしに〜.安定した構造を持つという工業的な長所が皮肉にもこんなところで仇となる.その旅の過程で生物の体に入る度にこれらの化学物質は濃縮され,北極圏に達する頃には数百万倍にもなるというわけである.
3.現れた現象と原因となる化学物質の因果関係がわかりにくく立証しにくい
まずホルモンの働く仕組みというのはそれ自体大変複雑でわかりにくい.それに加え DESのところで述べたように環境ホルモンではそれを体内に取り込んでから影響が現れるまでの時間が長いことが多い.そのため,原因を特定することは大変難しい.ある程度推測ができたとしてもそれを立証するための証拠がすでに失われている場合も多い.またストレス,知能の低下といったような問題では社会的,個人的な要因が多分に関わってくるので環境ホルモンとの因果関係を証明することは難しいだろうと思われる.
4.とにかくわからないことが多い
現在世の中に出回っている様々な化学物質の内どれだけのものが環境ホルモンとして働く可能性があるのか,環境ホルモンとして働く化学物質はどの位の量環境中に存在しているのか,それらの作用強度はどれくらいなのか,環境ホルモンはどのようにしてヒトの体内に入ってくるのか,とにかくわからないことだらけでなのである.まずこれらを解明していくことから始めなくてはいけないのかもしれないが,おおかた解明できたときにはすでに遅かったということになりそうな気がしないでもない.
4.現在とられている対策
1)環境庁〜環境庁ホームページより〜
環境庁では1997年3月に専門家からなる「外因性内分泌攪乱化学物質問題に関する研究班」を設置し、内外の科学的文献等のレビュー結果及び今後の課題をとりまとめた中間報告を同年7月に公表した。この中間報告の中では、これまでの内外の文献において内分泌攪乱作用をもつと疑われている物質(群)が約70あるとしている。中間報告でも述べられているように、こうした物質は今後の調査・研究の過程でさらに増えていくことが予想され、また、今後の調査・研究の推進によって攪乱作用の強弱あるいは有無が一層明らかにされていくものと期待される。
なお、これまでの規制措置及び環境モニタリングは内分泌攪乱作用という観点が特別に考慮されたものではないことから、今後は科学的知見の向上を図りつつ再度検討を加える必要がある。
一方、環境庁では、規制対象となっている一部の物質を除き、生産・使用量等の発生源情報及び環境への排出経路、排出量等に関して十分な情報をもっていない。このため、今後はこうした環境負荷量に関連する情報を収集するための努力を鋭意進めていく必要がある。
2)米国の取組
米国においては、1996年8月に修正食品品質保護法(Food Quality ProtectionAct)及び修正飲料水安全法(Safe Drinking Water Act Amendments)が制定され、これに基づき米国環境保護庁は、2年以内に農薬やその他の化学物質で、エストロジェン又はその他の内分泌攪乱作用のある化学物質のスクリーニングプログラムを開発し、3年以内にこれを実施することとなった。スクリーニングプログラムは本年8月に草案がとりまとめられる予定である。なお、米国の科学アカデミー(NAS)は内分泌攪乱化学物質問題に関する報告書を1998年中にとりまとめる予定で現在作業が進められている。
3)英国の取組
1998年1月に英国環境省の外庁である環境庁が国民に対して、優先的に取り組むべき研究分野等を提示するとともに、産業界が内分泌攪乱化学物質とされる化学物質の環境への排出を抑制し、代替品の導入等に取り組むことを提案し、広く国民に対して意見を求めている。意見提出の締め切りは本年4月末とされており、それを踏まえ今後の行政的な対応について検討を進めるものとみられる。また、英国環境省においてもプライオリティリストの作成や海洋環境への影響等に関する調査研究などが進められている。
4) 国際機関等における取組
ア)経済協力開発機構(OECD)の取組
OECDでは1996年11月に、内分泌攪乱化学物質についてスクリーニング手法を含めたテ ストガイドラインの開発に着手することを決めた。
イ)化学物質に関する政府間フォーラム(IFCS)
1997年2月にオタワで開催されたIFCS(Intergovernmental Forum on Chemical Safety)においても内分泌攪乱化学物質問題が議論され、この問題の重要性を確認するとともに、今後の対応として科学的知見が不足しているため、調査研究と各国・国際機関の情報交換 を積極的に進めることをIOMC(InternationalOrganization for Management of Chemical Safety:化学物質の健全管理のための組織間プログラム)を通じて関係機関に働きかけていく ことが勧告された。
1998年3月には、IFCSの勧告を踏まえ、国際的な取組の調整を図るとともに、内分泌攪 乱化学物質に関する研究状況の情報収集とその評価を行うことを目的としたIPCS/OECD7)合 同会議が開催され、2000年の春を目途に報告書を作成することが定められた。
ウ)残留性有機汚染物質に関する法的文書の採択のための国際交渉の開始
1995年11月に採択された「陸上活動からの海洋環境の保護に関する世界行動計画」において、12種類の残留性有機汚染物質(POPs: Persistent Organic Pollutants) 8)の環境負荷抑制のための法的な拘束力を持つ文書を採択することについて国際的な合意がなされている。現在検討対象とされている12物質は、いずれも内分泌攪乱化学物質と指摘されているものである。この法的拘束力を持つ文書を作成し採択するための交渉会議は国連環境計画(UNEP)の主導により本年6月から開始される予定である。これは先進国のみならず全世界的なレベルでの本問題への対応の枠組みとして重要なものになると考えられる。
エ)その他
現在UNEP主導で採択のための国際交渉が進められている「有害な化学物質及び農薬の国 際貿易における事前通報・合意(Prior Informed Consent: PIC)手続きに関する条約」は、有害な化学物質及び農薬の輸出に当たって、あらかじめ輸出国側が輸入国の了承をとりつけることを義務づけるなどにより、有害な化学物質の国際流通を環境保全上適正に管理することを目指すものである。現時点で事前通報合意手続きの対象として提案されている物質には内分泌攪乱化学物質と指摘されているものが含まれており、本条約を早期に採択することは、本問題への国際的な対応を進める上でも重要な要素であると考えられる。
5.TOPICS
ダイオキシンと母乳
私たち母乳育児推進運動に携わっている者にとって、今日マスメディアを賑わしているダイオキシンの問題ほど煩わしいテーマはありません。環境問題として討議・解決されるべき問題が、現実には人乳と牛乳の何れを選択すべきかと言ったテーマにすりかえられてしまって、お母さん方を不安に陥れ、その結果充分出ている母乳を止めて、牛の乳に替えるお母さんまで現れているからです。
(中略)
地方新聞の記事では、母乳のダイオキシン汚染の問題から短絡的に話が進んで赤ちゃんには母乳と人工乳のどちらを飲ませるのが良いか、と言うことを問題にしていました。しかし、本当に問題とすべきことは、母乳か人工乳かと言うことではなく、ダイオキシンの環境汚染なのです。この時私は、私たちダイオキシン類の専門家と一般社会の人々との認識の違いを強く感じました。・・・・・本当に問題とすべきことはどこかへ行ってしまって、母乳か人工乳と言う選択の問題が一人歩きして、大きな社会反響となって私に帰ってきたのです。・・・・・しかし事はもっと重大なのです。母乳のダイオキシン汚染の問題は、根本的に私たちの生活そのものに原因があります。これを取り除かない限り本当の解決はありえないことを一般の人に知っていただく必要があります。
それでもやっぱり母乳は赤ちゃんにとって危ないので人工乳にした方がいいのではないか・・という意見に対して・・私はこれはとんでもない考え違いだと思います。なぜかと言えば、私たちは人類は哺乳動物だからです。自分の子どもに自分の乳を与えることによって、子どもを育てる動物なのです。その哺乳動物が、子どもに自分のお乳ではなく、牛のお乳を与えなくてはならない状況になって、地球上に長く生存できるでしょうか。私は子どもに自分のお乳を与え、子どもを育てる哺乳動物であるヒトから、それを奪ってしまえば、もはやヒトはヒトではでなくなると思います。それは哺乳動物であるヒトとして、最も重要な生命基盤の一つだと考えます。ですから私は、他の食物がいろいろな化学物質で汚染されて、子どもに与えるのが危険だと考えられるようになっても、母乳だけは安心して子どもに与えられるような環境を作らなければならないと思います. いずれにしましても、私は本書を通じて最も言いたかったことは、人類は哺乳動物であること、環境汚染のターゲットは人類そのものであることです。私たちは、素晴らしい地球環境を子孫に残す義務があるのです.
(『しのびよるダイオキシン汚染』より,一部編集)
6.参考文献
◆奪われし未来(Our Stolen Future)
シーア・コルボーン,ダイアン・ダマノスキ・ジョンピーターソン・マイアーズ著、長尾力訳、翔泳社
◆外因性内分泌攪乱化学物質問題について(環境庁)