シンポジウム「もう一つのヒバク」
携帯電話基地局の健康被害を考える
シンポジウム「もう一つのヒバク;携帯電話基地局の健康被害を考える」が、2012年3月24日に、東京都渋谷区にある東京ウィメンズプラザで開かれ、220名が参加しました。
このシンポジウムは、宮崎県延岡市で行われている、携帯基地局による健康被害をとりあげた裁判の判決が間近のために、基地局問題についての世論を盛り上げようと、企画しもので、「電磁波から健康を守る全国連絡会」が主催しています。当会も全面的に協力しました。
シンポジウムでは、携帯基地局により健康被害を受けた住民が8名(6つの事例)と、被害を調査した研究者ら3名が報告されました。これほど多くの事例が一度に紹介されるのは、日本では初めてです。
さらに、荻野晃也さん(電磁波環境研究所)が最近の研究などについて報告し、高峰真さん(弁護士)が海外視察も踏まえた法規制のあり方について講演しました。
このシンポジウムに先立ち、代々木公園から会場までピースウォーク(デモ行進)が行われ、参加者以外に対しても基地局問題をアピールしました。
また、シンポジウムが開催される前の日には、講演や報告をする方々が、自由報道協会で記者会見を行いました。
前日の記者会見やシンポジウムは録画されており、電磁波から健康を守る全国連絡会のウェブサイトで閲覧することができます。
以下、報告者ごとに発言の概要を示します。
(基調講演)電磁波についてのリスクコミュニケーション
高峰真(弁護士・日本弁護士連合会公害対策環境保全委員)
弁護士として、電磁波問題、特に携帯電話中継基地局問題について、どう考えているのかお話させていただく。
電磁波問題について、私の最初のきっかけは、基地局を差し止める裁判に関わったことだ。その裁判は負けてしまったが、社会を変えるような動きをして、なんとか電磁波問題を解決しなければならないのではと考えて、裁判の途中から、日本弁護士連合会の公害環境委員会にも所属して、電磁波問題について活動をしている。
電磁波についての日本の法規制
超低周波については、経済産業省「電気設備に関する技術基準を定める省令第27条の2」で、磁界の強度を200マイクロテスラと定めている。これは、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の基準に準拠したものだ。スイスの厳しい値とか、国立環境研究所の兜眞徳(故人)らの研究で小児白血病のリスク上昇が見られた0.4マイクロテスラと比べれば、どれだけ高い値かが分かると思う。
今日のテーマである基地局から出る高周波電磁波は、1990年に定められた電波防護指針に基づいて規制されている。周波数によって規制値が違うが、1.5ギガヘルツを超え300ギガヘルツ以下では、電力速密度1ミリワット/平方センチ(1000マイクロワット/平方センチ)が規制値だ。スマートフォンの高速データ通信で使われている、2ギガヘルツあたりはここに含まれる。世界的に見ても、これに近い基準値の国が多い。
この基準値は、電磁波を浴びると細胞の温度が上がる、熱効果をもとにした値である。これは法律の条文からも分かることで、電波法施行規則第21条の3に、別表第二号の三の二(周波数ごとの基準値を示した表)に定める値を超える場所に、「(人が通常、集合し、通行し、その他出入りする場所に限る)、取扱者のほか、容易に出入りすることができないように、施設をしなければならない」とある。つまり、日本の法律の基準値は、ここの場所に立ち入ってはならず、短時間でも入ったら影響を受けてしまうかもしれない危険があるという値だ。
しかし、電磁波を短時間浴びて何かが起きるというものだけではなく、微量でも長期間浴びることによって、小児白血病が増加するとか、がんが増加するという研究が、世界中で行われている。微量でも長期間浴びることによる慢性影響については、今、日本の法律は考慮していないということになる。基地局建設計画について住民と業者が話し合うと、必ず業者は「国の基準を守っているから安全だ」と説明する。ただ、彼らが言う国の基準は、今、世界中で心配されている慢性影響については考慮していないので、国の基準を守っても、慢性影響について安全だという理由にはならないということが言える。
基地局設置の手続き規制
もう一つ問題なのは、携帯電話基地局を設置するときの手続きの規制が、日本にはないことだ。一般の建築物にも適用される、建築基準法が適用される場合もあるが、その手続きを満たせば、基地局周辺の住民に説明などをしなくても建てることができる。「うちの近くに基地局が建てられようとしているが、何の説明もなく突然工事が始まった」という相談をよく受けるし、皆様の中にもそういう事態に陥った方がいると思う。国の法律上はそれで良いというのが現実だ。
ただ、これだけ世界でいろいろな研究結果が出ていて、世界のいろいろな機関が「気をつけたほうがいい」と言っている問題について、周辺住民に何の説明もなく自分の家の隣とか、自分が住んでいるマンションに突然基地局を建てられてしまうのは、やっぱりおかしいのではないかと考えている人が多くいると思う。国の法律は事前説明を定めていないが、地方自治体が定める条例で、基地局を建てるときには周辺の住民に説明しなければならないと定めている自治体も出てきている。神奈川県鎌倉市、福岡県篠栗町などだ。最近、福岡県太宰府市でも条例を作るという動きがあったが、残念ながら、市長の独断で妨害されてしまった。
住民の皆さんは、基地局を突然隣に建てられるのはたまらないので、少なくとも事前に説明はしてほしい、自分たちの意見も聞いて、その上で、基地局の設置場所を決めてほしいと考えていると思う。それは当然の要求なので、条例に任せるのではなくて、国の法律のレベルできちんと基地局設置の手続きを規制しなければならないと思う。
厳しい基準を採る国
世界的には、日本よりも低い基準値を採っているところも多い。たとえばスイスだと1.8ギガヘルツだと9.5マイクロワット/平方センチなので日本の100分の1ぐらい。ロシアは10マイクロワット/平方センチ。イタリアはセンシティブエリアという学校や幼稚園が近くにある所では厳しい値を採らなければならないとして10マイクロワット/平方センチとしている。
私は日弁連公害環境委員会の関係により、昨年3月に電磁波問題の視察として、スウェーデンとスイスへ行ってきた。
スイスの弁護士の話によると、スイスでは基地局を建てる時に、業者はきちんと周辺住民に公示して、基地局周辺の電磁波強度の予測計算結果を示した書類を、役所に提出しなければならない。住民はそれを閲覧することができ、内容に異議がある場合は、異議を役所に提出することができる。役所で審査して、業者の書類に間違いがある場合は訂正させるし、役所がOKでも住民が納得できなければ不服申立を行い、役所の別の委員会で審査をしてもらえる。その結果にも不服ならば、裁判を起こすことができる、という制度になっているそうだ。基地局設置について、非常に厳しい規制があることが、非常に参考になった。
欧州評議会という、欧州議会よりもさらに多い国が参加し、日本もオブザーバーで参加している機関がある。その欧州評議会議員会議も、「新しい(無線)アンテナの位置を、単に事業者の関心に従うだけでなく、地方や地域政府の担当者、地域住民、懸念する市民の団体と相談して決めること」をすべきという意見を出している。基地局建設の時に地域住民に情報を伝えて、設置場所を地域住民と話し合って決めることの重要性が認識されているということだと思う。
リスクコミュニケーション
自分たちがリスクを負うかもしれないことについて、リスクを負うかもしれない人が正確な情報を手に入れて、その上でどうすべきかを話し合っていくことがリスクコミュニケーションであり、それが民主主義、国民主権の基本だと思う。
国なども、リスクコミュニケーションという言葉をよく使ったりするが、ごまかしの使い方をしていて、要は国民が不安に思うから、不安を解消するために「大丈夫だよ」という言い方をすることを、「リスクコミュニケーション」だと国は言う。それは本当の意味でのリスクコミュニケーションではない。本当の意味は先ほど述べたとおり、正確な情報をきちんと国民・住民が知って、その上で、自分たちで決定していくことがリスクコミュニケーションだ。
そもそも私たちは憲法上、知る権利がある。憲法21条の表現の自由から当然に認められる権利として、政治や地域のことなど自分たちの生活に必要な情報は、きちんと正確な情報を知る権利があるということだ。憲法の人権の中でも知る権利は非常に重要な権利だと位置づけられている。正確な情報を知ることが、これからどういう国・地域にするのか、自分たちがどういう生活をするのかを決定するための前提になるからだ。憲法の三大原則と言われている国民主権や民主主義、すなわち自分たちで国の政治などを決定する権利を持っているのに、正確な情報がないと正しい決定は出来ない。だから今の日本は、いろいろな面で正しい決定ができていないのではないかと思う。言い方は悪いが、国民はバカではないと私は思っている。正確な情報を国民が知ったら、必ずこの国は良い方向へ向かっていくと思っている。
電磁波問題について、先ほど説明した通り、規制が甘かったりきちんとした手続きの規制が採られていなかったりということは、やはりこの問題に対する正確な情報を国民が知らないことが一番の問題ではないかと思う。その意味で、今日のシンポジウムは非常に意義があると思うし、これから私たちは、国民に電磁波に関する正しい情報を伝えていくためにそれぞれが、それぞれの立場で頑張っていくべきではないかと思う。私は弁護士の立場で正しい情報を伝えていきたいと思うし、研究者、医師、母親、地域住民、こういうシンポジウムを行う団体に入った者として、それぞれの立場で、情報を伝えていければ良いのではないかと思う。これからも皆さんと一緒に頑張っていきたいと思う。
兵庫県川西市の健康調査と電磁波過敏症について
加藤やすこ(ジャーナリスト)
電磁波過敏症
電磁波過敏症という病気が増えている。このペースで増えると2017年に総人口の50パーセントが発症するというグラフを、先ほど荻野晃也先生が示した。花粉症を含む鼻炎アレルギーの発症率は、今や43パーセントだということを考えると、その数字が実現してしまう可能性があると思う。
電磁波過敏症の主な症状は、不眠や中途覚醒などの睡眠障害、頭痛、めまい、集中力がなくなる、記憶力がなくなる、倦怠感、疲労感、動悸がする、頻脈、不整脈、いらいら、不安感、食欲不振、下痢、吐き気、嘔吐などがある。一つしか症状が出ない方もいれば、複数の症状を持っておられる方もいる。これは不定愁訴という良くありがちな症状で、大したことはないのかなと思われるかもしれないが、電磁波の強い環境では、こういった症状に24時間悩まされることになる。
電磁波過敏症は、1970年代に最初に北欧で、パソコン労働者の皮膚が赤くなる、かゆみ、痛みなどが報告された。
2005年、世界保健機関(WHO)は、電磁波過敏症という、新しい疾患が存在することを公式に認めたが、電磁波過敏症と電磁波との因果関係については、消極的な見解を示しており、精神的な影響を示唆している。
総務省の見解もWHOに基づいており、防護指針をすこし超えても、「ただちに影響があるというものではありません」と言っている。放射線とまったく同じ言い分だ。
専門医は、発症者に以下をアドバイスしている。被曝によって体内に活性酸素が増えるので、抗酸化物質(必須ミネラル、ビタミンを適度な量)を摂取すること。食事療法。入浴療法。歯の詰め物を取る。できるだけ被曝を避ける。
携帯電話基地局の近くでは、24時間のべつまくなしに被曝する。携帯電話の使用者だけでなく、胎児、赤ちゃん、高齢者、アレルギーなど病気の人もだ。
電磁波対策研究会では、2009年に発症者へアンケートをとった。発症原因については、携帯・PHS基地局との答えが最も多く(70人中28人)、2番目のパソコン(15人)の倍であり、非常に大きなウエイトを占めていると思う。
2002年、米国政府の障害問題に関する委員会が、電磁波過敏症と化学物質過敏症について、アメリカ障害者法の下の障害者として認められるであろうと連邦政府の文書の中で公式に発表した。これを受けて、アメリカ国立建築科学研究所が、IEQ(インドア・エア・クオリティ)という報告書を出した。これは過敏症の方が建物をちゃんと利用できるように、公共施設や商業施設にクリーンエアルームを作ろうということで、クリーンエアルームの条件として、以下などを挙げている。
- 禁煙施設で香料がない
- 最近に改築や改装をしていない
- 携帯電話の電源オフ
- コンピューターなど電気設備の電源を切るかプラグを抜くことができる
- 蛍光灯を切ることができる
トイレや通路にも同様の配慮を求めている。
欧州評議会議員会議
欧州評議会議員会議(PACE)は昨年5月、電磁波被曝の削減を求める報告書を採択し、加盟47国に勧告した。欧州評議会は主に国際基準の策定を主導しており、「刑を言い渡された者の移送に関する条約」は日本も批准している。日本はオブザーバー国として参加しているので、無関係ではない。
報告書は、以下などを勧告した。
- 長期曝露のための予防的基準を0.1マイクロワット/平方センチ(日本の1万分の1)。将来的には0.01マイクロワット/平方センチ(日本の10万分の1)
- 若者や子どもへの意識向上キャンペーン実施
- 電磁波過敏症の人のために電磁波フリーのエリアをつくるなどの対策をとる
- 学校での携帯電話や無線LANの禁止
- 携帯電話や無線LANなどのアンテナの位置を地方自治体、住民、市民団体と相談して決める
川西市の健康被害
2005年12月、NTTドコモ基地局が稼働し、基地局の高さは20mだが、周囲に傾斜地があって、家によってはアンテナがちょうど目の前にあるという状況だ。2008年4月3日に電波が停止され、その後撤去された。
私たちの会で、電波が止まる前と止まった後で、基地局から200m以内に住む住民にアンケート調査を行った。有効回答は12人(12〜70歳)。症状の数、発生頻度、強さを記入してもらったら、数、頻度、強さともに、停止後は減少した。
アンケートに協力してくださった方の住宅で電場を測定したら、1階は停止前の64%に、2階は73%に減少した。このときの測定器は100KHz〜3GHzで、ドコモの電波だけを測ったわけではない。ドコモの電波だけを測った報告書が京都弁護士会にあるが、そこではさらに顕著な差が出ている。
海外の疫学調査
ポーランドのウッチ市という、2番目に大きな街で基地局周辺に住む420名を対象に、疫学調査が行われた。頭痛を訴える人が57パーセントいた。距離別では100〜150メートルのエリアに住んでいる方で最多で36.4パーセントを占めた。記憶力の低下では、150メートル以上で最も多く24.4パーセントだった。距離によって症状が違うのは興味深いところだ。
ドイツのリムバッハ村で疫学調査が行われた。1年半にわたって住民のホルモン分析をした。すると、外的なストレスに対抗して体内で作られる、アドレナリンやノルアドレナリンというホルモンが、基地局稼働後に上昇した。被曝量が高いと変化が大きいことも確認された。
基地局の情報公開
フランス、イギリス、ドイツなどでは、基地局の位置情報をネットで公開している。しかし日本では、破壊活動のおそれがあるとか、企業の利益を損なうおそれがあるとして位置情報は非公開だ。しかし、どこに基地局があるのか、いつ建つのかといった情報は知る権利の問題でもあるし、健康と財産を守るための必須情報だ。これまで、基地局を建設したが、反対運動のため、稼働前または稼働後に撤去または移転されたケースもあり、携帯会社にとってもデメリットだと思う。やはり、きちんと情報公開をして、住民との合意を得て、どういうふうにどこに建てるべきか、そういう議論をちゃんとする必要がある。
今、各地で、基地局マップを市民が作る動きがある。札幌市でも、さっぽろ基地局探検隊が基地局のマップをインターネットで作って公開している。基地局の位置をクリックすると、基地局の写真と詳しい住所が出る。海外では政府がやっていることだが、市民が自分たちの身を守るために情報を共有していくことも非常に大事なことだと考えている。
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