宮城県延岡市で携帯電話基地局被害の裁判(下)

基地局が原因とみられる異変

○住民たちが経験した健康異変
 耳鳴り、頭が鳴る、頭痛、肩こり、後頭部から肩・腰・肩甲骨あたりまでの広い範囲の痛み、腰の痛み、手足・両腕の先のしびれ、足のむくみ、足首の先が冷たい感じ、手足の関節の痛み、乾き目、目の玉の奥がねじられる感じ、顔半分が痛い、胸が締めつけられる感じ、両ほほが引きつる感じ、腹から胸にかけてのモヤモヤ感、生理前のような痛み、体がだるい、食欲低下、体温低下、鼻血、鼻が詰まる感じ、鼻声、不眠、赤ちゃんの夜泣きがひどい。

○人の健康以外の異変
 テレビが映らない、車のリモコンキーのロックや解除が不調になる、スピードメーター探知機の誤作動、パソコンの立ち上げが遅くなった。車のナビの誤作動、クーラーのリモコンの利きが悪い(業者も原因わからず)、CDラジカセがすぐ壊れる、DVDが作動しない。

○動物に起こった異変
 ベランダに毎日来ていた小鳥が来なくなった、家に居着いていたコウモリが消えた。

 以上のような異変は、基地局周辺区域から離れると解消ないし軽減するので、住民たちがあの基地局があるからと思うのは当然である。

ついに提訴へ
 これだけの被害が起こっているのに、KDDIは「私どもの基地局電波は総務省の電波防護指針をいささかも超えていません」と、国の基準値を盾に住民たちに対し誠意を見せない。国の基準値以下で様々な異変が起こっており、周辺住民が訴えているのならば、国の基準値はそもそも妥当なのかを検討したり、携帯会社独自で疫学調査や健康調査を実施するなどの対応をするのが誠意ある企業の姿勢なはずだが、そうしたことは一切しない。
 ごうをにやした住民たちは、基地局が建設されてから3年経った、2009年12月16日に、被害住民30名が原告となってKDDIを相手取り、宮崎地方裁判所延岡支部に提訴した。提訴内容は基地局の操業停止である。最初の弁護団は総勢26人である。その後はさらに2名増えて、28名の大弁護団である。
 提訴にあたって、原告団長は次のように決意を表明した。

この3年間、住民の健康状態はますます悪化の一途をたどっており、住む場所も脅かされます。土地や建物の処分もままならず、この地での事業継続も将来への大きな不安が募り、子供や孫達に対してこの地の家を託すことも適わない状況となってまいりました。私達は我慢の限界を超えました。基地局設置事業者であるKDDIに対しては、◎住民の健康を守るため、◎子どもたちに安全な未来を引き継ぐため、◎町に平穏な日々を取り戻すため、基地局撤去を求める裁判を起こします。やむにやまれぬ闘いを上げたのは、普通の市民です。
 原告団長は税理士で、基地局から約40メートルの至近距離に自宅兼用の税理事務所がある。40代後半に一念発起して、故郷の延岡で独立開業した。やがて二人のお子さんも大学に進学し、ようやく生活にゆとりが出始めた矢先に、今回の基地局騒動に巻き込まれた。まだ住宅ローンも残っているのに、自宅兼事務所では生活することができず、別に、仮事務所と仮住宅を借りている。さらに原告団長としての様々な任務があり、収入も大きく減った。電磁波による肉体的苦痛と精神的苦痛に加えて、経済的負担も重なっている。原告の方々はみなそれぞれ苦しんでいる。今回の延岡現地調査で、原告の方々8人にお話を伺ったが、皆さんの苦しみは半端ではない。提訴にあたっての原告団長の決意は、そうした原告全員の気持を代弁するものであった。

弁護団は28名
 原告30名に対し、弁護団は28名である。この問題に対し、弁護士の方々が並々ならぬ関心を持っているか分かる。健康被害の発生の有無を問う、日本で初の裁判であるが、はじめは弁護士たちは消極的だった。なぜかというと、健康被害を前面に立てて争うと、立証責任が原告側(住民側)に求められるからである。健康被害と基地局電磁波の因果関係の立証は簡単ではない。住民側が立証するには、膨大な科学的知識とそれを集める組織や資金面が要され、立証は困難である。弁護士がたじろぐのは無理もない。
 この状態を覆したのは、2009年8月に、後に弁護団長になる弁護士外5名の弁護士たちが、現地に被害調査に来たことだ。現地に来て、被害者の声を直接聞き、弁護士たちは、健康被害の実態があまりにもひどいことに驚いた。
 弁護士たちは現地で被害調査をしたことを契機に、健康被害を受けていることを正面に立てて、KDDIと徹底的に争うことを決意した。

第1回口頭弁論での弁護団長意見陳述
 第1回口頭弁論は2011年3月3日に開かれた。以下に示す徳田靖之弁護団長の意見陳述は、この裁判の特徴を言い当てている。
 携帯電話の中継基地局の操業差止めを求める、いわゆる電磁波訴訟は、全国各地で提起されており、特に九州に集中しています。私はこれまでに2件担当してきました。これらの訴訟の争点については(中略)、いずれも、電磁波による健康被害発生のおそれがあるかどうかが争われました。(中略)ところが、本件訴訟において原告らが訴えているのは、本件中継基地局から放出される電磁波によって、現に深刻な被害を生じているという事実であり、この点において、従来の各地における同種訴訟とは、決定的にその前提を異にしています。その意味で本件訴訟は、わが国において、電磁波による健康被害の発生の有無を争うはじめての訴訟ということになります。裁判所におかれては、この点を先ず正確に認識していただきたいと願います。
2012年2月15日結審し10月19日判決
 口頭弁論は13回開かれ、2012年2月15日に結審した。結審の場で、裁判長は判決日は2012年10月19日とすることを明らかにした。口頭弁論の中心は、原告本人尋問と証人尋問である。原告たちの証言はどれも生々しい。尋問における証人は、荻野晃也(電磁波環境研究所所長)、宮田幹夫(北里大学医学部名誉教授)、新城哲治(医師)の3氏であった。
 これまでの基地局裁判で培った資料やノウハウを総動員した、現時点における最高レベルの弁護がこの裁判で展開された。判決がどのようになるかは予断を許さないが、どのような判決が出ても上告は間違いないであろう。だが忘れてならないのは、被害者たちの苦しさだ。2011年5月30日に宮崎地裁延岡支部の担当裁判官3名が、約2時間にわたって現地見分を行った。この貴重な経験が判決に反映されることを強く望まれる。
(了)


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