2011年11月に現地で調査
宮崎県延岡市の住民が取り組んでいる基地局裁判は、口頭弁論がこれまでに12回開かれ、2012年2月15日に結審を迎えた。日本国内のこれまでの基地局を巡る裁判は、基地局から出る電磁波により将来被害が発生するおそれがあるかどうかを争うものであった。これに対し、この裁判は、基地局電磁波が原因で現実に深刻な被害は発生しているから基地局の操業を止めろというものである。こうした裁判は、日本の基地局裁判としては初めてである。日本の裁判所は前例主義といわれ、前例のないものには極めて慎重である。一度でも違った判決を出せば、それが前例になるからである。こうした前例のない裁判で、住民側に有利な判決が出るためには、世論の大きな後押しがどうしても必要である。この裁判は、現段階における日本の基地局闘争の天王山といえよう。
2011年11月24日〜25日の2日間かけて、延岡市に現地調査に行った。今号と次号の2回にわたって、その報告をする。
物事の発端
延岡市は宮崎県の北部に位置し、大分県に接した人口約13万人の市で、旭化成の城下町として知られる。市役所や延岡城跡などの市の中心地は五ヶ瀬川と大瀬川の二つの川に挟まれた地域にある。
事の発端は今から6年前の2006年10月に、市役所から南東方角に進んだ大瀬川沿いの大貫5丁目にある3階建アパート屋上に、KDDIの基地局が設置されたことである。住民たちは手をこまねいておらず、設置計画に対して周辺住民は4103名の反対署名を集め、基地局建設に反対したが、KDDIはそれを無視し、強引に基地局を建てた。
耳のそばでキーンという音が
後に原告団長になる人の妻が初めて体調不良を感じたのは、基地局が電波を発信(2006年10月30日頃)してから約半月後の同年11月18日である。夫婦で自宅付近の大瀬川に架かる大瀬大橋北詰(きたづめ)をウォーキングしていたら、突然に耳のそぼでキーンという音が聞こえる。しかし、当時まったく自覚症状がなかった夫は、妻の言っていることが理解できなかった。
彼女がキーンという音が聞こえた地点から基地局まで、距離にして約150メートルであり、基地局アンテナがはっきり見える。基地局から150〜250メートルが一番電磁波が強く落ちる区域である。
それから数日経つと、今度はシーンシーンと虫の鳴くような耳鳴りがして、彼女は眠れなくなった。しかし、自覚症状のない夫は、アンテナが見えるから耳鳴りがするような気になるのだと思っていた。彼女の症状はますます悪化し、同年11月の終わり頃には昼夜問わず耳鳴りと吐き気がして、耳の下のリンパ付近が痛み、夜中に胸が締め付けられるようになり、とても家にいられないほどになった。
2006年11月18日には、夫にも異変が起きた。就寝中に耳の奥で川が流れるような音がして、顔の表面がピリピリする現象が出始めた。その時、夫は初めて妻の耳鳴りを実感として理解できた。
やがて地獄の日々が到来
夫妻の症状はその後悪化の一途をたどり、2007年1月には、こんな所に住んでいると死んでしまうと思いつめ、夜だけは、家から約10キロ離れた、夫の実家に避難する生活になった。夫は自宅兼事務所で税理士を開業しており、妻も事務所でお手伝いをしているので、昼間は夫婦ともに家(自宅兼事務所)にいる必要がある。耳鼻科の医者に診てもらったが、検査では異常なしと診断された。電磁波過敏症的症状は通常の検査では異常と出ないのである。しかし、医者の診断より、夫婦は健康異常を体で感知している。その頃になると車で移動中、二人は同時に耳鳴りが強まったり弱まったりした。耳鳴りが強くなった時周囲を見渡すと近くに必ず基地局があった。
ある日、自宅兼事務所を訪れた客が、ここにいると頭が痛くなると言い、その客は帰った後に電話を寄越して、事務所から離れたら楽になったと言った。この客の言葉は衝撃だった。事務所で働く事務員や客に影響出たら大変だと考え、2007年2月21日に、自宅兼事務所を別の場所に移した。金銭的には大きな負担だが、そんなことは言っていられなかった。
基地局と家の3階部分がほぼ同じ位置
その自宅兼事務所に行ってみた。問題の基地局から距離にして約40メートルと至近距離にある。1階が税理事務所で、2階・3階が自宅だ。基地局アンテナは3階建アパートの屋上に建っている。岡田家の3階から外を見ると、基地局アンテナがほぼ同じ高さにある。さらに、基地局アンテナが建っている3階建アパートに行ってみると、アンテナに付随する電源装置が、アパートの1階部分の屋上に設置されている。この電源装置がとても大きかった。1階の住人は引越したそうだが、電源装置から出る極低周波電磁波の影響があったのではないだろうか。
このアンテナの低さと出力の強さが、周辺住民を直撃し健康に影響を与えたのであろう。
健康調査で周辺住民の被害が明らかに
基地局電磁波による健康被害を提起したのは、この夫妻だが、周辺の人に聞いてみると、周辺住民に相当な規模で健康被害が出ていた。
そこで、住民たちは自主的にアンケート形式の健康調査を、3回も実施している。調査対象範囲は基地局から300メートル以内とした。2003年にフランス国立応用科学研究所が行った、基地局から300メートル以内に住む住民と300メートル以遠に住む住民の健康状態を比較した調査があり、それによると、基地局から300メートル以内に住む住民に各種の健康障害が出ていることが判明した。延岡でもこの方式を採用した。
第1回目の健康調査は2007年5月に実施した。調査表配布個数が143戸で、そのうち回答戸数は104戸であった。回答者のうち、体調不良と答えたのは42戸63名であり、テレビ等が写らない等の現象があると答えたのが7戸であった。
第2回目の健康調査は2008年7月に実施し、回答は149戸で、そのうち79名が耳鳴り、肩こり、不眠、等の健康障害があると答えた。
第3回目の健康調査は2010年7月に実施した。3回目では、希望者には300メートルを超えた付近の人も対象とした。回答は256名で、そのうち102戸162人が、基地局ができてから体調異常や健康悪化が出たと答えた。
市が実施した健康相談でも結果が
住民たちの要望で、延岡市主催で2007年11月29日〜12月1日の3日間、延岡市健康管理課の保健師4名による健康相談が実施された。相談に来た住民は60名で、そのうち、一般的な健康相談を除いた相談数は45名であり、内訳は、耳鳴り31名、肩こり16名、不眠14名、頭痛11名、めまい4名、目の症状4名、であった。症状を訴えた45名のうち、30名が基地局稼動後に症状が出たと答えた。
KDDIの測定で停波時の3万倍が検出
これほどの被害が出たのは、前述したとおり、アンテナの位置が低いことと、照射量が大きいことが考えられる。
2007年2月27日に、KDDIが実施した電波測定結果資料がある。それによると、前記の自宅兼事務所の3階部分の数値は、4.42800μW/cm2とあり、停波時測定値(アンテナを停めた状態)は、0.00014μW/cm2とある。照射時と停波時の差は実に約3万倍の開きがある。ちなみに電磁波問題市民研究会測定スタッフが全国各地で測っても、1.0μW/cm2を超えることはあまりない。オーストリアのザルツブルク州の規制値は0.1μW/cuであるが、それの約44倍の値ということになる。これでは健康被害が出るのが当然と言えよう。まさにKDDIによる人体実験である。
(次号につづく)