<海外情報>

ランセット・オンコロジー
7月1日
全訳・渡海伸

世界保健機構(WHO)国際がん研究機関(IARC)報告概要

無線周波数電磁場の発がん性

 2011年5月に、国際がん研究機関(IARC)は、フランス・リヨンで14ヶ国30名の科学者を集め、無線周波数電磁場(RF−EMF)の発がん性を評価する会合をもった。この会合で得た発がん性の評価は、IARCモノグラフ102巻として発表される予定である。

 RF−EMF(周波数帯30キロヘルツ〜300ギガヘルツ)のヒトへの曝露は、個人が所有する機器(例えば携帯電話、コードレスフォン、ブルートゥース、アマチュア無線)、業務用機器(例えば高周波絶縁・誘導ヒーター、高出力パルスレーダー)、あるいは、携帯電話基地局や放送用アンテナや医療機器など、環境機器によって起こる。労働者にとって、最も高く曝露されるRF−EMFは、労働環境の近くにある電磁波発生源によって起こる。一方、一般人は、手で持つ携帯電話のような、体の至近距離にある送信機によって最も高く曝露される。労働中における高出力電磁波発生源による曝露は、より多くのRFエネルギーが体に蓄積されるので、携帯電話による曝露よりも大きいといえる。しかし、脳内に生じる局所エネルギーは一般的に小さい。屋上や鉄塔上に設置される携帯電話基地局やテレビ・ラジオ局から脳に曝露される量は、GSM(欧州で広く使われている携帯電話システム)携帯電話に比べてオーダーが数段階小さい。デジタル式コードレス電話(DECT)を使うことで起こる平均的曝露は、GSM携帯電話の曝露量の約5分の1である。そして第3世代携帯電話は、シグナルが強い状態の時、GSMよりRFエネルギーは平均約100分の1である。同様に、ブルートゥース無線ハンズフリーキットの平均出力は携帯電話の約100分の1と推定されている。

 EMFs(電磁場)は、体と繋がっているRF発生源によって生じる。その結果、誘導電磁場が起こり、細胞内に電流が生じる。誘導する電磁場を決定する最も重要な要因は、発生源と体との距離及び出力レベルである。さらに、体内に生じる電磁場の広がる大きさは、周波数、分極作用、体内の波の方向性、曝露された人の身体構造特徴、などに強く依存する。身体構造特徴とは、身長、体容積、姿勢、細胞の絶縁性などである。体内で誘導された電磁場は、画一的ではなく、局所のホットスポットが強く様々に出る。

 通話のために携帯電話を耳に当てて持つと、脳内の特異RFエネルギー吸収率(SAR)値は高くなる。SAR値は、携帯電話のデザイン、位置、頭とアンテナの距離、携帯電話の持ち方、頭の構造、基地局と携帯電話との繋がり具合、に依存する。子どもが携帯電話を使うと、平均的RFエネルギー量は脳内で2倍高くなる。そして大人と比べると頭蓋骨の骨髄で10倍まで高くなる。ハンズフリーキットを使うと、耳に携帯電話を当てて使うよりも脳への曝露量は10%まで低くなる。しかし、体の他の部分の曝露量は増えるかもしれない。

 RF−EMFとがんの関係を示す疫学証拠は、コホート研究やケースコントロール(症例対照)研究やタイムトレンド研究でなされる。そうした研究において対象者は、労働環境や一般環境での電磁波発生源、あるいは無線電話(携帯電話やコードレスフォン)によりRF−EMFを曝露される。ちなみに無線電話は最も広く研究された曝露源である。WHO・IARCのワーキンググループ(作業部会)により、一つのコホート研究と5つのケースコントロール研究が、ワイヤレス電話と神経膠腫(グリオーム)の関連を見るためには、潜在的に有効な情報として提供された。

 そのコホート研究では、1982年〜1995年の間にデンマークの二つの携帯電話会社に登録された、420095人の内の神経膠腫患者257人が含まれている。神経膠腫件数は、デンマーク国内の平均的発生件数に近かった。このコホート研究において、プロバイダーに登録してある数字には、架空名義や重複登録など実際のユーザー数とは合わないケースもあるので、曝露評価をする上で誤分類となる場合もあり、信頼度には難がある。

 三つの初期のケースコントロール研究は、携帯電話使用期間が短いために、累積曝露量や時間量が少ないため、影響度評価は一般的に不正確になる。そのためIARCワーキンググループは、これら三つのケースコントロール研究の貢献度は小さいとみなした。

 タイムトレンド研究分析では、携帯電話使用度増加後の脳腫瘍発生率増加は無いとしている。しかし、ほとんどの分析は2000年代初期までのトレンドしか調べていないので、内容的に限界がある。過度のリスクは携帯電話を10年以上使用しないと明らかにならず、携帯電話使用は病気としては、発生度割合が小さいケースと関係している(具体的には極めて曝露量が多いケースとか、脳腫瘍のような小集団のように)ので、こうしたトレンド研究分析は十分な情報提供とはならない。

 インターフォン研究は国際的なケースコントロール研究であり、携帯電話使用と脳腫瘍に関する最も大規模な調査である。脳腫瘍の対象は、神経膠腫(グリオーム)、聴神経腫、髄膜腫、である。インターフォン研究はプール分析であるが、2708人の神経膠腫患者と2972人のコントロールが使われた(参加率は前者が64%、後者が53%である)。携帯電話を使った人と使わない人を比較すると、オッズ比(OR)は0.81(95%信頼区間=CIは0.70−0.94)であった。累積使用時間でみると、累積使用時間別に10分類した時、最も長時間使用の分類(使用時間1640時間以上)を除く9分類はすべて全体のORの値に近いがそれを下回った。最も長時間使用分類における神経膠腫の発症ORは、1.40(95%CI1.03−1.89)であった。同じ側の曝露(腫瘍のできた側の頭部側に携帯電話を当てた場合)とRF曝露が最も高かった側頭葉の腫瘍で、リスクの増加が示唆された。神経膠腫と腫瘍発生部で吸収された、累積特異エネルギー量の関係は、RF照射が確認された553人の患者集団で調査された。神経膠腫と診断される7年以上前からRFを照射された場合は、神経膠腫のORは、増加した。一方、診断7年前より少ない期間で、RF照射された場合は増加しなかった。

 スウェーデンの研究グループは、携帯電話やコードレスフォン使用と神経膠腫、聴神経腫、髄膜腫の関係をみる、とてもよく似た二つのプール分析を実施した。この研究では、1148人の神経膠腫患者(対象期間1997年〜2003年)と2438人のコントロールが対象となった。神経膠腫患者はがん登録から、コントロールは住民登録から選ばれた。郵送アンケートは対象者が自己管理し、対象者は電話インタビューに応える方式だ。携帯電話使用者の参加率は85%でコードレスフォン使用者の参加率は84%。曝露やその他関連した情報を電話インタビューされ、それに答えるというやり方だ。1年以上携帯電話を使った人の神経膠腫のORは1,3(95%CI1,1−1,6)であった。初めて携帯電話を使ってから使用時間が増えるにつれて、そしてトータル通話時間の場合、ORは増加した。そして携帯電話を2000時間以上使った場合、ORは3,2(95%CI2,0−5,1)であった。携帯電話を当てる側と腫瘍発生部が同じ側の場合、より高いリスクとなった。この結果はコードレスフォンでも同じだった。

 インターフォン研究もスウェーデンプール分析研究もバイアスの可能性がある。誤った思い出しや参加者の選択での偏りといったバイアスだ。

 WHO・IARCワーキンググループは次のように結論づけた。バイアスの反映だけでこの結論を無視することはできなかったこと、及び携帯電話のRF−EMFと神経膠腫の関係を因果関係的に解釈すると可能性はあり、である。これと同じ結論は、聴神経腫に関する二つの研究でも導き出せた。ただし、聴神経腫患者数は神経膠腫に比べてとても少なかった。さらに日本の研究は、携帯電話を当てている側にできる聴神経腫のリスクが増加するというそれなりの証拠を見出した。

 髄膜腫、耳下腺腫、白血病、リンパ腫、その他の腫瘍については、ワーキンググループは携帯電話使用との関係において結論に達するには証拠は不十分であるとした。RF−EMFを職業的に曝露される個人に関する疫学研究は、脳腫瘍、白血病、リンパ腫、及びその他ブドウ膜メラノーマ、精巣がん、乳がん、肺がん、皮膚がん等の悪性タイプ、を調査した。ワーキンググループは、そうした調査研究は研究方法に不十分な点があり、研究結果は一貫性がないとした。RF−EMFの環境曝露とがんの関係を扱った研究を検討(レビュー)した上で、ワーキンググループはいかなる結論も証拠は不十分であるとした。

 ワーキンググループは、RF−EMFの発がん性は“ヒトへの証拠は限定的“であると結論づけた。その根拠は、神経膠腫・聴神経腫と無線電話のRF−EMF曝露に潜在的相関性があるからだ。ワーキンググループの何人(a few)かは、現在のヒトへの証拠は“不十分“である、と見なした。その人たちの意見は、二つのケースコントロール研究とインターフォン研究における曝露反応関係の欠如の間に一貫性がない、とした。デンマークのコホート研究では神経膠腫あるいは聴神経腫の発症率に増加は見られないし、これまでに報告された神経膠腫のタイムトレンドでは携帯電話使用と発症率傾向は対応していないからだ。

 ワーキンググループは、齧歯目動物のRF−EMF発がん性を扱った40以上の研究を検討した。その中には7つの2年間のがんバイオアッセ―(生物検定)も含まれている。曝露には、2450メガヘルツRF−EMFと携帯電話から出るものと似た様々なRF−EMFが使われている。長期間バイオアッセ―では、2年間RF−EMFを曝露された動物の細胞や器官において、どのタイプの腫瘍も増加は見られなかった。7つの長期間バイオアッセ―のうちの一つで、RF−EMFを曝露された動物に多くの悪性腫瘍が発見された。腫瘍ができやすい動物を使った12の研究のうちの二つと、イニシエーションとプロモーションのプロトコルを使った18の研究のうちの一つで、曝露された動物にがんが増加した。6つの共同発がん研究のうちの4つが、有名な発がん物質と組み合わせてRF−EMFを曝露した後に観察すると、がんが増加しているのを確認した。しかしヒトのがんに関してこのタイプの研究が予言的価値を持ち得るかは不明である。結局のところ、ワーキンググループは、RF−EMFの発がん性について、動物実験に関しても“限定的証拠“があると結論づけた。

 ワーキンググループは発がんメカニズムに対応したエンドポイント(研究目標)に関する多くの研究も検討した。その中には遺伝子毒性、免疫機能効果、遺伝子発現とタンパク質発現、細胞シグナリング、酸化ストレス、アポトーシス(細胞消滅)が入る。血液脳関門(BBB)へのRF−EMFの潜在的効果研究や脳内への様々な効果に関する研究もまた考察された。それらのエンドポイントのうちいくつかはRF−EMFの効果を証明する証拠があるのだけれど、結局のところ、ワーキンググループは、それらの研究結果ではヒトへのRF−EMF由来のがんにふさわしいメカニシティックな証拠としては弱い、という結論に達した。

 ヒトへの限定的証拠及び動物実験への限定的証拠の点から見て、ワーキンググループはRF−EMFを“ヒトへの発がん可能性がある“(グループ2B)と分類した。この評価はワーキンググループの大多数が支持した。


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