<海外情報>

ジェイムズ・ギアリ−
Popular Science
2010年3月4日

電磁波にアレルギーを起こす男

スウェーデンの電磁波過敏症患者の話

人里離れた所で暮らす理由
 携帯電話自体はがんを引き起こさない。しかし、私たちはまわりにあふれている放射線(電磁波)の海に中にいるので、仕事中になんとなく危険にさらされているかもしれない。科学は、(スウェ−デンの電磁波過敏症者の)パ−・セガベックのようなタイプの人々に、放射線がどんなにひどく影響を与えるかを知り始めている段階である。
 パ−・セガベックは、ストックホルムから北西に75マイル離れた、自然に囲まれた質素なコテ−ジで生活している。そこでは、狼やヘラジカやヒグマが、自由に家の前を咆哮し徘徊する。セガべックは、普通の人間社会から距離をとって暮らしている。なぜかといえば、人間社会のテクノロジ−が彼の体を蝕むからだ。どのように蝕むかというと、昨夏、彼が散歩中に彼の数少ない隣人に出くわした。その隣人は彼の家から100ヤ−ドほどの所にコテ−ジを構えている。隣人とおしゃべりをしていると、隣人の携帯電話が鳴った。54歳になるセガベックはとたんに吐き気に襲われた。そして数秒後に意識不明になった。
 セガベックは電磁波過敏症(EHS)である。EHSとは、普通の電気製品、たとえばコンピュ−タ、テレビ、携帯電話といった製品から出る電磁波(電磁放射線)に身体がひどく反応してしまうことだ。症状としては、皮膚が燃えるように熱くなったりひりひりしたりすることからめまい、吐き気、頭痛、睡眠妨害、一時的記憶喪失まで様々だ。セガベックのように重症になると、呼吸困難、心悸高進、意識不明に陥る。
 携帯電話は、電話をかける時や受ける時または相手を探している時、放射線レベルが最大になる。だから隣人が携帯電話を受信した時、意識不明になった。携帯電話が繋がっている時は、放射線レベルはそれほど強くないので、セガベックは意識を失わない。電話の音が影響するわけではない。
 セガベックが友人とヨットに乗っている時、セガベックのことを知らない友人がヨットの船内で携帯電話を使った。その時、セガベックは前側の部屋にいて、ある程度の距離にいたが、頭痛、吐き気、意識不明になった。つまり安全な距離というのは携帯電話の機種や放射線のレベルで変化するということだ。セガベックは、私の頭蓋骨の大きさは私の脳にとってスぺ−スが十分ではないという感覚を、その時経験した。
 スウェ−デンは、EHSを機能障害として認める世界で唯一の国である。そして、セガベックの経験がスウェ−デンのEHSに対する政策確立にあたって、大きな役割を果たした。スウェ−デン政府の統計では、EHSは全人口の約3%(約25万人)存在するという。そして、EHS患者は、目の見えない人や耳が聞こえない人が受ける権利や社会的サ−ビスと同等な資格を障害者として認められる。今日地方政府が、電気的に衛生な状態が必要なEHSと診断した時は、その人はそうした家に住むための資金を提供される。

放射線の海  電磁場(EMSs)からは逃げられない。私たちは、電気製品や送電線から出る極低周波と、携帯電話、コ−ドレス電話、通信アンテナ、テレビラジオ塔から出る高周波放射線の両方を、常に浴びる。私たちの身体も、脳や心臓の電気活動から出る微弱なEMSsを作る。エックス線、CTスキャン、核爆弾から出る電離放射線は身体にダメ−ジを与える。電離放射線は発がん性があると分類されている。しかし、極低周波や高周波は非電離放射線として、ほとんど無害と見られている。非電離放射線は分子結合を壊すほどのパワ−は無いので、病気につながるような細胞破壊は直接的には引き起こさない。非電離放射線はどこにでも存在する。
 バンダ−ビット大学医学校のジョン・ボイス教授は、私たちは非電離放射線の海の中を泳いでいると表現する。ボイス教授は、メリ−ランド州ロックビル市にある生物医科学研究所の国際疫学研究所科学責任者である。
 この非電離放射線の海は無害であると、多くの科学者は考えている。携帯電話は安全で、EHSのような健康状態は存在しないと彼らは言う。その理由は、非電離放射線のようなEMFsはパワ−が弱く、健康影響を与えることはできないからだ。
 携帯電話から出る非電離放射線の身体への影響は、ほとんど知られていない。事実、非電離放射線の効果を認めている唯一の大学は、非電離放射線が近くの細胞に、非常に弱い熱をもたらすことを認めているにすぎない。FCC(米連邦通信委員会)は携帯電話の電磁波基準を設定している。SAR(特異吸収比)で測定し、この基準値以下なら問題ないとしている。セガベックや他のEHSが訴える症状は誤診か思い込みのどちらかだと、多くの研究者はみている。
 ある専門家たちはこう示唆する。セガベックのような人たちはおそらく気の病か、“nocebo”効果、つまり、なにかが病気にさせると考えると実際にその病気になってしまうことがあるが、その類だろうとみている。昨年生体電磁学ジャ−ナルで発表されたレビュ−では、過敏症の人がEMFsを探知する能力を有するという証拠は無かったとしているし、そういう人たちに“nocebo”効果があるとする証拠を発見した研究があるとしている。
 この問題に関する携帯電話業界のスタンスは明確である。査読された科学的証拠のほとんどは、無線装置には公衆衛生上のリスクはないとしていると、ジョン・ウォ−ル氏(国際ワイヤレス連盟=CTIA公衆部門副責任者)と語っている。さらに彼は、FCCが定めたEMFs基準値以内であれば、どんな健康悪影響を引き起こすメカニズムも知られていないと語った。
 多くの有力機関−たとえば米FDA・ICNIRP・米国がん協会・WHO−もこれと同じ評価である。(ICNIRPは無線装置の健康に対する科学的評価は技術が広がるにつれて継続される、としているが)ボイス教授は次のように指摘している。国立がん研究所のSEERプログラムのようながん登録デ−タでは1990年代初期から脳がん発症率は上昇していない。米国より携帯電話使用歴の長いデンマ−ク、フィンランド、ノルウェ−、スウェ−デンも、1970年代中期から2000年代初期まで、脳がんの発症率は比較的にフラットな傾向である。もし、携帯電話が脳がんの原因であるならば、明らかに発症率は上昇するであろう。生物学的な研究や実験的研究の全体をみるならば、膨大な量の証拠は携帯電話と健康悪影響の関係はないとしている。


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