<海外情報>

携帯電話と健康

以下はアラン・ジェスト(Alain Gest)氏による報告書の要約である。この報告書は、2008年6月21日に、フランス国会の場で、携帯電話の健康影響を研究するよう求められ、報告書は、フランス科学技術評価議会局(OPECST)により委託された。この報告書の目的は、2002年に同じ課題でOPECSTに提出されたロレ−ンとラウル両上院議員による報告書の最新版を作成することにあった。
はじめに、携帯電話や基地局や無線技術から出る放射線と人間の身体の相互影響の働きについて、主な科学的概念について述べ、次に、様々な機器の影響に関する科学的知見の現状を紹介し、最後に、それらの機器が提起している一般的な論争点の分析について述べている。

多分野にわたる複雑な問題

 携帯電話、基地局、無線技術から電磁波が発生する。電磁波は発生源から作られ、電界(場)と磁界(場) から成っている。この二つの要素は互いに緊密に連携し、電磁場を形成する。電磁波は周波数毎に特徴をもつ。周波数はヘルツで表され、ある時点の1秒間における振幅数を示す。波は電磁スペクトラムで分類され、それぞれの技術的応用が決まる。
 この方法で言えば、携帯電話、基地局、無線技術は、無線周波数のカテゴリ−に入り、30キロヘルツから300ギガヘルツの範囲である。第2世代(GSM)周波数は900メガヘルツと1800メガヘルツで、第3世代(UMTS)周波数は2200メガヘルツ、Wi-Fi(無線LAN)は2400メガヘルツである。
 X線やガンマ線のような電離放射線と違って、無線周波数の電磁波は非電離放射線であり、そのエネルギ−は、原子を電離化するほど強くない。

 無線周波数と人間の身体の相互影響は、以下の三つのパラメ−タ−を使って分析される。

  1. 生物学的影響と健康影響の違いについては、次のような考えが根拠だ。電磁波の生物学的影響とは、必ずしも健康に有害とは限らない。たとえば、電磁波の治療への応用で説明できる。
  2. 熱作用と非熱作用の違いについては、ある特定の周波数を超えると、電磁波は細胞を温める。非熱作用は、何人かの科学者によれば、細胞を温めるレベルより明らかに低いレベルで、その影響が現れるというものだ。しかし、非熱作用の有無については論争中である。
  3. 身体に吸収されるエネルギ−量については、ワット/キログラムで表示する、特異吸収比(SAR)のことである。SARは、携帯電話を最大出力で使った場合に、携帯電話から放出される電磁波量を示すインディケ−タ−である。現行規則では、6分間計測の平均SARは、全身SARで、8ワット/キログラムを超えてはならないし、頭部や胴の部位で測定する局所SARでは、2ワット/キログラムを超えてはならない。また、手指の部位で測定する局所SARは、4ワット/キログラムを超えてはならない。
 基地局アンテナの曝露レベルはSARでは表示されず、電界ではボルト/メ−タ−、磁界ではアンペア/メ−タ−、電力密度はワット/平方メ−タ−で表す。EU議会勧告数値は、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)勧告に根拠を置き、1999年7月12日に出された数値を使っている。すなわち、GSM900で41ボルト/メ−タ−、GSM1800では58ボルト/メ−タ−、UMTSでは61ボルト/メ−タ−である。

科学的知見状況

 携帯電話の放射線の影響は、疑念や不確かさが残るが、その一方で、基地局に有害性が無いことや電磁波過敏症(EHS)の認識に関しては、ほとんど合意が存在する。
 携帯電話の影響に関しては、携帯電話と4つの脳腫瘍(髄膜腫、脳細胞腫、聴神経腫、耳下腺腫)との関係を分析する狙いで、インタ−フォン研究が存在する。インタ−フォン研究は1999年に13ヵ国で始まっており、すでに国別の研究は発表されている。それによると、10年未満の携帯電話使用では、影響が論証されてはいない。長期間使用では、低いリスクが仮説として存在するが、入手できるデ−タが少ないので、いくつかの腫瘍について、不確かさを認めるまでに至らない。
 もう一つの不確か要素は、インタ−フォン研究の研究結果とスウェ−デンの疫学者ハ−デルの研究結果との差異だ。事実、いくつかの点でハ−デルの研究結果のほうがインタ−フォン研究結果よりリスクが高く出ている。
 インタ−フォン研究にしても、(まもなく包括分析が発表されるが)ハ−デルの研究にしても、共に研究に含まれているバイアスが批判されている。
 in-vivo 研究(生体内研究)と in-vitro 研究(生体外研究)に関しては、その結果が影響が有るか無いかに関係なく、多くの割合で方法論的欠陥の影響を受ける。その多くは、曝露評価に関して影響を受ける。そのことは、フランス環境職業安全衛生局(AFSSET)の報告書で指摘されており、その報告書は、2009年10月15日に発表され、無線周波数に関する共同専門家報告書だ。
 がん以外の分野の研究では、研究結果が矛盾しているので結論は出せない。
 基地局の有害性の無さとEHSの評価について、ほとんど合意ができており、その根拠はWHOの見解(大多数の研究結果)によって、確認されている。
 WHOは次のように実際言明している。「曝露レベルがとても低いこと、さらに、最近の調査研究結果を考察すれば、基地局やワイヤレスネットワ−クが健康に悪影響 をもたらすという科学的証拠はない」。
 さらに、アンテナの出力は低いので、基地局のアンテナ曝露レベルは、携帯電話の曝露レベルより低いということだ。オ−ストリアの疫学者クンディによれば、SARが0.04ワット/キログラムのGSM携帯電話を10分間使ったとした場合は、1ミリワット/平方メーターの曝露レベルの基地局により、2週間曝露されたのと同じであるという。
 第二に、電界は距離に反比例して減衰するので、アンテナから10メーターの距離での出力は、アンテナから1メーターの距離の出力の10分の1である。
 最後に、ジャン・フランソワ・ビエ−ル教授らの研究によれば、280メーターの距離の地点よりアンテナ直下のほうが曝露レベルは低い。これは「傘効果」と言われる。
 電磁波過敏症(EHS)に関しては、WHOが2004年に次のような考えをまとめた。影響を受けた人に障害が起こっているが、その一方で明確な診断基準はないし、EHSの症状が電磁場曝露と関係しているという科学的根拠もないと。
 安穏な生活と認識機能への基地局の影響はないこと、さらに、EHSと電磁波の関係がないことに関して、WHOが採用している見解は上記のとおりだが、上記の見解後に行なわれている研究結果の多くは、後者に関してそれを追認するものであった。その一方で、オランダで2003年に実際されたTNO研究や、オ−ストリアの研究者クンディとヒュッテルの研究では、基地局アンテナの曝露で健康影響があるとしている。しかし、TNO研究では反復実験がされていない。クンディとヒュッテルは、疫学調査から得る情報から考えて、電磁場曝露は安穏な生活と健康に影響を与えることが示唆されていると思っている。しかしながら、二人は、この情報がヒトの誘発研究や動物実験や生体内実験による未決論の証拠でしか、支持されていないと見ている。

公衆論議で試されている強い科学デ−タ

 以下に掲げる論争は、一つは曝露基準値の妥当性、もう一つはリスク認知とリスク管理に関係する。
 曝露基準値はほとんど公衆の健康を防護しないと批判するいくつかの団体に対して、アラン・ジェスト氏は測定された曝露レベルの低さを強調する。具体的には、正式に認可された研究所が2006年〜2008年の期間に測定した値や、フランス国立周波数局(ANFR)に送られてきた値によると、屋内測定の76%、 屋外測定の83%の曝露レベルは1ボルト/メーターより低い値である。これは、より良いスペクトラム管理と曝露源の出力を減らそうとする技術改良の結果である。たとえば、UMTS携帯電話の最大出力は250ミリワットだが、GSM900では2ワットで、GSM1800では1Wである。
 曝露基準値の不十分さを懸念する第2の批判としては、0.6ボルト/メーターに引き下げることが正当だというものだ。しかし、そうした提案は、バイオイニシアティブ・レポ−トの中で科学的根拠を見出だせない。バイオイニシアティブ・レポ−トは、その中に多くの欠点を含んでいる。たとえば調整役(コ−ディネ−タ−)が特に批判されているように、報告者内の重要点での意見の衝突は、真の科学専門家の報告書とは見なされにくい。
 さらに、この提案は以下に述べるような機器の機能障害のおそれに対する配慮がされていない。それは、(携帯電話の出力を規制すれば)基地局周辺住民の曝露量が増大すること、特にハンドオ−バ−(基地局から基地局への通信移動)の数が増大することで、通信の困難さが増大すること、さらに、曝露基準値が下げられることで、操作からのDTTが妨げられ送信が困難になることである。
 リスク認知とリスク管理に関する第二の論争に関しては、科学的研究や国内的および国際的専門家報告書は、携帯電話使用が原因でがんが増大することには言及していない。さらに、懸念される腫瘍は長期間で発達する病気だということだ。髄膜腫や神経膠腫は30年で発達する。さらに、いくつかの研究では、携帯電話が普及する前から、そうした腫瘍ができている可能性を否定していない。そのことが、因果関係の確立を難しくしている。
 携帯電話のリスクとは違うので、アスベストやタバコによるリスクを持ち出すのは良くない。それらは、リスクが証明されているからだ。
 リスク管理に関しては、リスク管理を最上にする上で妨げになる困難は、予防原則の適用を巡る論争から生じている。環境憲章は、(憲法の領域に含まれているのだが)環境分野への適用に限られているが、予防原則はフランスや欧州共同体では健康分野で適用除外となっている。しかし、フランス政府は、国内的と国際的科学専門家報告書を根拠に、電磁場のうち携帯電話のみに限って予防原則を適用している。
 それは、携帯電話を10年以上使用すると健康影響が継続的に不確かなため、グレネ−ユII環境法の中で種々の方策が勧告されている。たとえば、12歳未満の子どもを対象とした携帯電話の広告は禁止となっている。しかし一方で、基地局アンテナは予防原則の適用から除外している。科学的研究のほとんどが、基地局には有害性がないことを示すからだ。
 しかし、この見解に対して、多くの団体は反対の立場から、すべての電磁波曝露発生源に予防原則を拡大適用すべきと主張している。その理由は、発生源の増大が電磁波公害をさらに悪化させているとみているからだ。
 さらに、そのような団体は、基地局が有害でないと証明できていないことが論議を呼んでいると感じている。それは、疫学がリスクを強調しているのに対し、リスクがないことが証明されていないことを論拠に、多くの科学者が反論しているためである。
 論争を明確化する上で、アララ原則(合理的に到達可能な範囲でなるべく値を低くする)は、貢献に寄与しない。アララ原則は、その求めるものが予防的アプロ−チに近いため、明らかに予防原則の先駆けとみなされている。しかし大切なことは、アララ原則は、リスクが確実に証明されている放射線防護分野で適用されたのであり、無線周波数のようなケ−スは適用されていない。
 行政と司法で法律の解釈が同じで無いことが、論争を複雑にしている。実際に、行政は科学的知見を斟酌し、自治体首長に基地局設置を禁止したり基地局の撤去を命じたりする、予防原則を認めない。しかし、いくつかの司法は予防原則を認めている。司法に関しては、最高裁判所で係争中であり、未決定なので変動的である。
 しかしながら、基地局撤去を命じた裁判所の判決やイニシアティブレポ−トに与えた役割は、極めて特殊である。携帯電話が普及している国において、これまでに法廷でこのような判決をさせた報告書はない。

結論と勧告

調査研究と技術改良の追求

  1. 調査研究努力
    1. 科学的知見の深化
      1. 疫学分野
        • 携帯電話の長期間使用の影響
        • 子どもの脳腫瘍リスク
        • 子どもと成人に関するワイヤレス技術の健康影響
        • 無線周波数曝露の労働者への影響
      2. 電磁波過敏症(EHS)分野
        • 電磁波過敏を訴える人が抱える問題の原因調査研究及び電磁波過敏症団体への助成金支給
    2. 報償金等の制度の整備
      • 「健康と無線周波数(高周波)財団」の委任契約を2009年以降も更新することで、臨時組織の立ち上げや資金受け入れ整備を行なう
      • 今後つくられる組織が民間研究所が実施した調査研究も支給の対象にするようにするし、応募する研究チ−ムでも支給対象可能なように整備する
      • 今後つくられる組織の財源確保のため、携帯電話1台につき0.50ユ−ロの税金をかける。そしてその一部は曝露測定に割り当てる
  2. 発生源の技術開発

効果的な管理の進行

  1. リスクに対する合理的アプロ−チの採用
    1. 携帯電話曝露と基地局曝露との違いを再主張する。すなわち、良いリスク管理政策にためには携帯電話のみ予防原則を適用することが必要で、基地局周辺住民の心配には注意を払う原則を用いる
    2. リスクに関する強いコミュニケ−ション政策を適切に行なう
      1. 次の手段で、市民が透明で十分な情報にアクセスできるようにする
        • 携帯電話の特異吸収比(SAR)の表示
        • CARTORADIOサイト(ウェブ)の改良更新
        • 無料で曝露レベル測定がすぐにできるようにする
      2. 科学者が市民との討論の場に参加するよう奨励する
  2. 協定化された方策の強化


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