<海外情報>
(抄訳:TOKAI)
<翻訳にあたって>
2007年8月に、バイオイニシアティブ・レポ−トが発表されました。このレポ−トは、電磁波の生物学的影響に基づいて、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)ガイドラインに代表される熱作用と異なり、より厳しい曝露基準を提唱しています。バイオイニシアティブ・レポ−トを日本のマスメディアや行政機関は無視ないし軽視していますが、欧州連合(EU)は高く評価しています。以下に、バイオイニシアティブ・レポ−トの要旨を紹介します。
バイオイニシアティブ・レポ−ト
電磁波(ELFとRF)の生物学的影響に基づいた公衆曝露基準の論理的根拠
2007年8月31日発表
構成委員
・カ−ル・ブラックマン(米国)
・マ−チン・ブラック(米国)
・マイケル・クンディ(豪州)
・シンディ・セイジ(米国)
協力者
・デイビッド・カ−ペンタ−(米国)
・ゾレイ・ダベニプア(米国)
・デイビッド・ゲ−(デンマ−ク)
・レナ−ト・ハ−デル(スウェ−デン)
・オ−ジェ・ヨハンソン(スウェ−デン)
・ヘンリ−・ライ(米国)
・クジェル・ハンソン・ミルド(スウェ−デン)
・ユ−ジ−ン・ソベル(米国)
・ゼンピン・シュ−(中国)
・ガンジン・チェン(中国)
調査協力者
・S・アミ・セイジ(米国)
T.一般の人々のための要約
A.イントロダクション
電磁波は見ることも味わうことも匂いを嗅ぐこともできない。しかし、工業化された国では広く曝露されている。電磁波はあまねく利益をもたらし、生活風景を変えてきた。電磁波の目的はエネルギ−効率や利便性にあり、人々への生物学的影響は考慮に入れていない。こうした技術の潜在的健康リスクに関して、新しい研究に基づく証拠が社会と科学者の間に増加している。
人間の生命は生体電気システムである。心臓も脳も、身体内の生体電気信号で調整されている。(それと異なり)人工的電磁波による曝露は、こうした身体内の生物学的プロセスと相互影響する。これが不快と病気の原因となる場合とがある。第二次大戦後、携帯電話、コ−ドレス電話、無線LAN等の無線技術の発達により、電磁波のバックグラウンド量は急速に増えた。数十年にわたる国際的科学研究は、電磁波が動物と人間に影響し、公衆衛生的影響を与える可能性を示した。
電磁波には2種類ある。極低周波(ELF)と高周波(RF)だ。このレポ−トでは非電離放射線を扱う。
B.レポ−トの目的
このレポ−トは14人の科学者、公衆衛生(政策)の専門家によって、電磁波の科学的証拠の立証のために書かれた。それを12人の外部評価者が調査しレポ−トとして仕上げた。
レポ−トの目的は、人々への現行の曝露基準値以下のレベルの電磁波で曝露された場合の健康影響に関する科学的証拠を評価すること。そして将来の潜在的リスクを低減させるため、現行の基準をどう変えたら正当かどうか、さらにその数値を求めることにある。
問題がすべて明らかになっているわけではない。しかし、ほとんどの国で現行の基準が数千倍甘いことは明白で、変える必要がある。
電磁波発生源について、人々と政策決定者を啓蒙するための新しい策が必要だ。そして、潜在的リスクのない選択を発見することが求められる。まだ変革のための時間はある。
公衆政策の決定にあたっては、科学者だけでなく、公衆衛生や公衆政策の専門家、さらに一般市民を含めた交流を通じて決定される必要がある。
バイオイニシアティブ・ワ−キンググル−プメンバ−内の意見一致点は、現行の曝露基準値はELF(極低周波)でもRF(高周波)でも不十分であるということだ。弱いが慢性的な電磁波が明白に安全だと言い切れない証拠があるが、より厳しい基準も現実的でない。どんな低いレベルでも、慢性的曝露にはリスクが存在するかもしれないので、リスク低減にはどんな方法があるかを人々に知らせることには、正当な理由がある。
C.現行基準の問題点
現行の曝露基準は、高周波(RF)の熱作用と極低周波(ELF)の刺激作用(身体への電流誘導)に基づいている。この熱作用と刺激作用は、非常に短期間の曝露量でも有害であることが知られている。
しかし、熱作用や刺激作用がまったく起こらない、非常に弱いレベルのRFやELF曝露でも、生物影響や有害な健康影響が起こる可能性を考慮に入れず、現行の曝露基準は設定されてきた。熱作用など起こりえない現行基準の数十万分の1で、いくつかの影響が起こることが示されてきた。
最近の専門家の見解は、現行基準の不完全さを証明している。熱作用基準は時代遅れで、生物学に基づいた基準の必要性が議論されてきている。2007年のWHOの極低周波環境保健基準、2006年のECのためのSCENIHRレポ−ト、2007年の英国のSAGEレポ−ト、2005年の英国保健防護局レポ−ト、2005年のNATO高等研究ワ−クショップレポ−ト、1999年の米国高周波政府機関間ワ−キンググル−プレポ−ト、2002年と2007年の米国FDAレポ−ト、2002年のWHO論文、2001年のIARC評価、2001年の英国スチュワ−トレポ−ト等で懸念は記されている。
故ロス・アディ博士は『生体電磁医学』の最後の論文でこう結論づけている。「疫学研究は、極低周波電磁波と高周波電磁波の両方で、健康リスク要因の可能性があると評価した」。
U.科学の要約
A.がんの科学的証拠
1.小児白血病
極低周波(ELF)曝露が小児白血病の原因であるとする小さな疑いがある。
送電線やその他の極低周波電磁波発生源が、小児白血病の高い発症率に関係があるという一貫した科学的証拠がある。
2.その他のがん
脳腫瘍を含むその他の小児がんが研究されてきたが、リスクの有無、どの程度のリスクか、リスク増加と曝露レベルの関係を知るための十分な研究は行なわれていない。2007年のWHO極低周波環境保健基準論文No.322は、その他の小児がんを除外することはできないと述べている。
ある研究では、小児白血病の子供や療養している子供は、家や療養場所で極低周波を1〜2ミリガウス曝露すると生存率が低なるし、別の研究では3ミリガウス以上で生存率が低くなる。
3.脳腫瘍と聴神経腫
携帯電話を10年以上使うと、悪性脳腫瘍や聴神経腫の発症率が20%高くなる。携帯電話は頭部の同じ側で10年以上使っていると発症率は200%高くなる。
コ−ドレス電話を10年以上使っている人は、悪性脳腫瘍や聴神経腫が高くなる。頭の同じ側で当てているとさらに悪くなる。コ−ドレス電話の使用は、頭の両側で使うと脳腫瘍リスクは220%高くなり、片側だと470%高くなる。聴神経腫リスクは、片側に当てていると310%高くなる。
4.その他の大人のがん
送電線から300メ−トル以内に生まれてから15年間住んでいる人のオッズ比は3、23倍であった。
5.乳がん
職場おける女性の乳がんは、10ミリガウスで長期間曝露されるとリスクがかすかに強く出る。
B.神経系と脳機能における変化
電磁波曝露と神経変性疾患、アルツハイマ−病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)との関連についての証拠は、強く比較的一貫している。アルツハイマ−病は神経系疾患である。長期間の極低周波電磁波被曝は、アルツハイマ−病のリスク要因となる強い証拠がある。
携帯電話の電磁波では、SAR0.1ワット/キログラムの低いレベルで人間の脳波が活性化する。ちなみに、米国の基準は1.6ワット/キログラムで、ICNIRPの基準は2.0ワット/キログラムである。
いくつかの研究では、携帯電話電磁波曝露が脳の活性レベルを速くするが、同時に、脳の効率と判断力を低下させることを示す。
電磁波の影響を決定する要因は、頭の形と大きさ、位置、脳内組織の大きさと形、頭と顔の薄さ、組織の水和、いろいろな組織の厚さ、組織の誘電率等によって、決まってくる。その人の年令や健康状態も変動要因として大きい。
携帯電話タワ−やアンテナからの高周波送信機による全身曝露、あるいは携帯電話やその他の機器からの曝露といった、無線技術による長期間の曝露影響は、まだわかっていない。しかし、これまでにある証拠の主要部分は、生体影響と健康影響が極めて低いレベルでも発生するし、発生させる可能性があることを示唆している。その影響が起こるレベルは、曝露基準の数千分の1以下である。証拠は、重大な公衆衛生上の結果(および経済的コスト)の可能性を論理的に示している。その可能性は、人々の広範な使用と電磁波曝露ゆえに世界的な懸念を呼ぶであろう。新しい高周波被曝に関連して、認識機能が消失したり、発症率がわずかに増加しただけでも、大きな公衆衛生上の結果や経済的個人的結果を招来するであろう。健康への有害の可能性を示す疫学研究の早期警告を、政策決定者は真剣に受けとめるべきだ。
C.DNAへの影響
がんリスクはDNA損傷と関連し、成長と発達に関わるDNAの青写真を変える。DNAが損傷すると、傷ついた細胞が死なない危険性がある。傷ついたDNAは傷ついたまま再生産する。このことは、がん発生の必須条件の一つなのである。
欧州の研究プログラムREFLEXは、DNAの実験で正常な生物学的機能に多数の変化が生じることを証明した。これらの研究結果で大事なのは、遺伝子やDNAで変化が起きたことが人間の健康リスク発生につながるかどうか、という疑問に直接結びつくことである。
REFLEX研究から見えたことは、極低周波と高周波のどちらの曝露でも、現行の曝露基準より低いレベルの曝露を含む条件下で、遺伝子毒性があると考えられるということだ。
D.ストレスタンパク質の影響
ほとんどの生物は、環境毒性物や環境に悪影響を与えるものから攻撃を受けると、細胞内で特別な防御機構が動きだす。これはストレス反応と呼ばれ、ストレスタンパク質が作られる。ストレスには、高温、酸素不足、重金属汚染、酸化ストレスなどがあるが、極低周波と高周波曝露も、このストレスをもたらすものに加えることができる。極めて弱い極低周波(ELF)と高周波(RF)曝露が、ストレスタンパク質を作る細胞を発生させる。このことは、細胞がELFやRF曝露を有害なものと認識しているということだ。極めて弱い曝露でも、長期間あるいは慢性的になると、非常に有害かもしれないことを示唆している。
E.免疫系への影響
免疫系は、外からの侵入微生物(ウィルス、バクテリア、その他の分子)に対抗する防御システムだ。病気や感染症や腫瘍細胞から身を守る。現行の曝露基準で認められたレベルで、極低周波と高周波曝露が炎症性反応やアレルギ−反応や正常な免疫機能変化を起こすことが可能である、十分な証拠が存在する。とても弱い極低周波と高周波曝露が細胞によって認識されると、曝露をあたかも有害であるかのように反応するという付随的指標がある。アレルギ−や免疫反応を増加させる要因に、慢性的に曝露されることは健康にとって有害であると思われる。
携帯電話、コンピュ−タ、VDT、テレビ、その他の発生源で生じる極低周波や高周波曝露が、皮膚反応を起こすというかなり明白な証拠が存在する。皮膚のマスト細胞の増加は、アレルギ−反応や炎症的細胞反応の指標だが、マスト細胞は脳や心臓にも見られる。このことは、一般的に報告された他の症状(頭痛、光過敏症、心臓不整脈、その他の心臓症状)の説明になるであろう。
極低周波や高周波曝露による慢性的刺激が長く続くと、免疫の機能不全や慢性的アレルギ−反応や炎症的疾患や病気につながる。これらの臨床的発見は、電磁波過敏症の説明になるであろう。電磁波過敏症は、どんなレベルの極低周波や高周波曝露にも耐えられない状態である。多くの国からの事例による報告からすると、おそらく人口の3〜5%が電磁波過敏症であると見積もられ、大きな問題になっている。
F.信頼できそうな生物学的メカニズム
中枢神経系への極低周波による、損傷を伴う病気とがんについて、DNAを傷つけるフリ−ラジカル作用による酸化ストレスは、信頼できそうな生物学的メカニズムである。
G.電磁波を考えるもう一つの方法:治癒的方法
ある種類の電磁波の治療で、けがを治すことができると知ると人は驚く。骨折の治療や皮膚や皮下組織のけがの治療や痛みやはれを減らすために、あるいは、その他の手術後の必要性から、特定の方法で電磁波を使う医学的治療がある。電磁波治療はうつ病治療にも使われた。
現行の曝露基準よりはるかに低いレベルの電磁波で、病気治療に有効であることが示めされた。このことは明らかに疑問につながる。科学者は、身体を治すことを証明する電磁波治療を利用する一方で、どのように電磁波曝露の有害影響を論じることができるのか。
現行の曝露基準より低いレベルの電磁波で治療が成功するのは、身体が弱い電磁波信号を認識し反応することの証明の一つの方法である。そうでなければ、これらの医学的治療は機能しない。FDAは電磁波治療装置を承認しているので、この逆説に明らかに気付いている。薬局が管理しないで薬が使われるのと同じで、監督下での電磁波治療でなくて、ランダムな曝露は有害につながるであろう。この証拠は計画性のない電磁波曝露はおそらく悪い考えであるという、強い警告を形成する。
V.電磁波曝露と慎重な公衆衛生計画
○科学的証拠は極低周波を規制する行動を正当化するに十分存在する。そしてその証拠は高周波の予防的行動を正式に許可するにも十分強い。
○行動を起こすための緊急の科学的証拠が必要かどうかを判断する証拠基準は、健康への影響と健康で幸福な状態であることのバランスで決まる。
○電磁波曝露は広がっている。
○科学を判断するための広く受け入れられた基準がこの評価として使われる。
人々への電磁波曝露は極低周波、高周波問わず急増している。いくつかの発展途上国では、費用面から地上通信線設置をあきらめ、携帯電話でアクセスしようとして、高周波曝露が進んでいる。高周波の長期間の蓄積した曝露は、人類歴史上類がない。もっとも明白な変化は、携帯電話を当たり前のように毎日数時間使って過ごす子供たちに出る。影響を受けやすい人たち(妊婦、乳幼児、高齢者、貧困者)もまた、一般人と同様に曝露される。だからこそ、リスクを評価し曝露を低減する、良い方法を考えることは絶対必要なのだ。良い公衆衛生政策は、有害なリスクの潜在的可能性と、行動を起こさなかった場合の公衆衛生上の結果をバランスにかけ、予防的行動をとるよう求める。
W.勧告された行動
A.極低周波に関する新曝露基準定義
現段階での科学的証拠による公衆衛生的分析に基づき、新しい極低周波電磁波の曝露基準の設定が認められる。小児白血病、その他のがん、神経変性疾患、などの可能性が増加するリスクが証明されてきた状況を踏まえた、新しい基準値が設定されるべきだ。危険性あると証明された、極低周波環境である送電線や電力設備の新設は、もう受け入れられない。
それらの環境レベルは2〜4ミリガウスで、10ミリガウスや100ミリガウス台ではない。1000ミリガウスというICNIRP基準値は、時代遅れの間違った仮定に基づいている。
新しい極低周波基準値が策定され実行されるまでの間の合理的アプロ−チは、新設あるいは増設する送電線周辺基準値は1ミリガウスだ。それ以外の新設建築物の基準値は2ミリガウスであろう。子供や妊婦がいる居住空間では基準値1ミリガウスが設けられることも勧告される。
B 高周波に関する新曝露基準定義
2000年頃、生体電磁気学の何人かの専門家が0.1マイクロワット/平方センチメートル(0.614ボルト/メートル)を勧告した。携帯電話タワ−の高周波曝露レベル(おおよそ0.01〜0.5マイクロワット/平方センチメートル)で、基地局から数百メ−トル以内に住む人々が病気になる影響を及ぼすという研究報告のいくつかは信用できる文献だ。
無線LANやWi−Fiシステムの潜在的健康リスクはさらなる研究が必要だ。どのような高周波慢性曝露も安全だと主張することはできないからだ。
勧告される警告的目標レベルは、0.1マイクロワット/平方センチメートル(0.614ボルト/メートル)である。0.1マイクロワット/平方センチメートルは屋外予防基準値で、屋内ではおそらく0.01マイクロワット/平方センチメートルほどに低くなることを意味する。
X.結論
○もはや私たちに従来とおりでいる余裕はない。極低周波でも高周波でもそれは言える。
○危険性があると確定された極低周波環境(通常2ミリガウス以上)をもたらす送電線や電気設備の新設は受け入れられない。
○新しい極低周波基準値が策定され実行されるまでの間の合理的アプロ−チとしては、新設あるいは増設する送電線周辺の基準値は1ミリガウス。それ以外の新しい建築物の基準値は2ミリガウスであろう。
○短期間で既設の電気配線システムを変更するのは現実的でない。しかし、特に子供の過ごす場所では曝露低減処置の開始が奨励されるべきだ。
○屋外の高周波曝露については、0.1マイクロワット/平方センチメートル(0.614ボルト/メートル)の予防的基準値が採用されるべきだ。私たちは学校や図書館ではWi−Fiに変わって有線で設置されることを勧告する。子供たちへの潜在的な健康影響についてもっとわかるまで、増加する高周波レベルに影響を受けないにするためだ。この勧告は、一時的な予防的基準値として理科されるべきだ。将来はさらに用心を要する基準値が必要とされるだろう。
[電磁波問題市民研究会の解説]
EU(欧州連合)有力国の政治家に次のように言われました。「なぜ、バイオイニシアティブ・レポ−トに日本の科学者は加わらなかったのか」。EUでは、このバイオイニシアティブ・レポ−トが高く評価されています。このレポ−トの結論部分では、極低周波電磁波で1ミリガウス、高周波電磁波で0.1マイクロワット/平方センチメートルという数値が、新しい基準が策定され実行されるまでの間という条件付きで提起されています。こうした思い切った内容のレポ−トをEUは評価するのです。日本の政治環境との差に愕然とさせられる思いです。欧州を中心に電磁波問題を巡る状況は大きく変化しているように思えます。
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