<海外情報>
(抄訳:TOKAI)
□裁判の概要
フランス南部ロ−ヌ地方タシン・ラ・デミリュ−ヌ(Tassin la Demi-Lune)地域に、携帯電話会社「ブイグ・テレコム社」(Bouygues Telecom)が、2005年末に高さ19メ−トルの携帯鉄塔を建てました。これに対し、3組の家族が損害賠償と基地局撤去を求めて、ナンテール巡回裁判所(日本の地方裁判所にあたる)に提訴しました。
この判決は2008年9月18日に出ました。内容は、(1)基地局の撤去、(2)原告3組の家族に合計3000ユ−ロ(約37万9千円)を支払うこと、(3)期限までに撤去しなければ遅延料として1日につき100ユ−ロ(約1万2千円)支払うこと、というものです。
これに対し、ブイグ社がベルサイユ大審裁判所(日本の高等裁判所にあたる)に不服申し立て(上告)しました。
その判決が、2009年2月4日にベルサイユ大審裁判所で出ました。内容は、(1)基地局を撤去すること、(2)撤去しない場合は遅延料として1日につき500ユ−ロ(約6万3200円)を支払うこと、(3)住民である3組の夫妻に精神的苦痛の賠償金として7000ユ−ロ(約88万5千円)を支払うこと、というのが判決です。
この判決を日本の判決と比べると、その内容の充実さに驚きます。判決はA4版7ぺ−ジに及びますので、要旨のみを以下に紹介します。
□争いの要旨
ブイグ社は、1994年12月に携帯電話ネットワ−ク営業許可を受けました。当初は第2世代携帯電話である「GSM」としての許可です。次に、ブイグ社は2002年12月に、第3世代携帯電話である「UMTS」の許可を得ました。
そして、2005年末に、ブイグ社は、ロ−ヌ地方タシン・ラ・デミリュ−ヌ地域に高さ19メ−トルのコンクリ−ト製携帯基地タワ−(基地局)を建てました。樹木の形をしており、カモフラ−ジュしたタイプのものです。基地局は四方2qをカバ−するものです。
これに対し、基地局近くに住む3組の家族(判決では3組の家族は匿名になっている)が、2007年1月18日に、リヨンの行政裁判所にブイグ社を相手に提訴しました。提訴内容は、(1)基地局撤去、(2)撤去しない場合は遅延金1日につき500ユ−ロ(約6万3千円)支払うこと、(3)生活妨害と家屋の資産価値下落に対する賠償金を支払うこと、です。
□裁判の始まり
ナンテ−ル裁判所は、2008年9月18日に判決を出しました。内容は、(1)基地局は撤去すること、(2)撤去期限が過ぎたら遅延金1日につき100ユ−ロ(約1万2千円)支払うこと、(3)3組の家族に健康リスク料として、各家族に3000ユ−ロ(約37万9千円)支払うこと、というものです。ただし、家屋資産価値下落と景観妨害の賠償金として、3組の家族総額3000ユ−ロ(約37万9千円)を支払うこととする要求は却下しました。
健康リスクについて、判決では以下のように述べました。
「(健康リスクに関する)科学的論争はまだ結論は出ていない。しかし、ブイグ社はリスクがないことを証明していないし、予防原則(principle of precaution)も尊重していない。ブイグ社は、二つ行政許可が出ているとしているが、これらは予防原則に十分対応してはいないし、基地局の問題点に関する書類も一つも提出されていない、リスクはたしかにある(a certain)し、被告が主張するような仮説ではない。そうしたリスクに意に反して曝露されることは生活妨害となるし、健康と関連する事実が存在する中で暮らすことは特別の質の生活妨害である。こうしたリスクを取り除くには、基地局を撤去する以外にない」
□ブイグ社の控訴で次の裁判が開始
この第1審判決に対し、ブイグ社は控訴しました。控訴理由は、「第1審判決は、健康リスクが明確にあるとしているが、これは事実誤認である。科学的研究は、基地局の近くに住む人へのリスクの仮説は立証していない。予防原則の必要性を主張する科学者も、基地局に関連するリスクには言及していない。第1審で取り上げている研究では携帯電話の使用についてのリスクには言及しても、携帯電話基地局のリスクには言及していない。」というものです。
一方、3組の家族側も、基地局撤去の判決は支持するが、生活妨害に対する賠償金は低いため、1家族当たり10000ユ−ロ(約126万円)を支払うこと等の要求で、ブイグ社の控訴に対抗しました。
また、3組の家族側は、携帯電話と基地局ではリスクが違うというブイグ社の主張に同意しないし、数多くの科学文献からすれば健康リスクは今後重大なものになろう、と主張しています。したがって、現在の公式に制定された基準値ではリスク回避にならないであろうと主張しました。
なお、2006年6月1日に、3組の家族側が依頼して測定した電磁波量は、朝7時から7時45分の間で、0.3〜1.8V/mでした。
□大審裁判所が元の判決を支持した理由
こうした経緯を紹介した後で、大審裁判所判決は、以下のように核心部分に言及していきます。
「住民側は特別な生活妨害が起こっていると主張しているが、基地局からの電磁波量は、熱作用を起こすほどのレベルではないことは明白なので、公式に決められた基準値以下だとか、事業活動は法にあっているとか、公衆のための有益性といった理由が、生活妨害になっていないという根拠にはならない、ということになる。」
「電磁波の非熱作用による健康リスクについて、住民側は特に注目している。スミロ−(Zmirou)報告(注:フランス政府が実施した研究報告)では、熱作用のみが、科学的に立証されたダメ−ジを与える作用だとしつつも、熱作用以下のレベルでも、様々な生物学的影響があるとする科学的デ−タが存在するとしている。非熱作用に関してよくわかっていないが、そのことが予防原則から導き出される警告を産み出している。」
「さらに、携帯電話の使用に関して、慎重なる回避策が奨励されているが、それとは別に、公衆への電磁波曝露を少なくするとか、子どもや病人のような潜在的にセンシティブな人には、基地局から100メ−トル以内では、アンテナのビ−ムが直接当たらないようにすべきだと、スミロ−報告では勧告している。」
「2001年にICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)に沿って、一つはベ−シックな規制が実施されたが、一方議会からの質問によって、政府としても参考値(referece levels)の考えが示された。」
「ICNIRPのガイドラインでは、筋肉刺激や末梢神経やショックや火傷など、電磁波の急性影響が明らかになっているが、一方で、がんリスクなど長期影響の可能性にも言及している。長期影響は科学的デ−タが十分でないが、疫学調査によると、現行のガイドライン値とははるかに低いレベルで発がんとの関係が示唆されている。」
「WHOが2006年6月に出した文書304号では、基地局や無線ネットワ−クからの高周波曝露で健康影響がないと予想しているが、もっと曝露が高まったら健康影響が出るかどうかについて研究が行なわれるべきだ、とアドバイスしている。」
□フライブルグ宣言等の警告をどう見る
大審裁判所判決は、さらに以下のように続きます。
「一方で、医師たちから、中継基地局の近くに住んでいる患者で増加している病状を心配して、次のようないくつもの宣言(アピ−ル)が出されている。2000年のザルツブルグ・アピ−ル、2002年のフライブルグ・アピ−ル、2004年のバンベルグ(Bamberg)・アピ−ル、2005年のヘルシンキ・アピ−ル。」
「2006年のベンベヌ−ト(Benvenuto)決議では次のように宣言している。極低周波や高周波の電磁波曝露で生物学的影響が起こっている。動物研究や細胞研究に加えて、疫学研究では一定の極低周波が小児がんリスクを増大させることが示されているし、子供同様に大人に対しても、がん以外の健康問題を引き起こしていることが示されている。政府は、すでにいくつかの国で実施されているような予防原則に基づいた、一般人と職業人を扱った勧告の枠組みを採用すべきだ。」
□バイオイニシアティブ報告にも言及
「2007年8月31日に出されたバイオイニシアティブ報告は、大学や研究機関のメンバ−によって書かれた。その報告では、ICNIRPが決めた基準では人々に健康の保護には不十分であり、電磁波の健康影響はまだ完全にはわかっていないが、リスクマネジメントのための方策をとるには十分な科学的知識が現在でもある、としている。」
「ICNIRPの基準では頼りにならないとして、いくつかの国では別の基準を採用している。0.6V/m採用(<注>V/mの誤記かもしれません)のオ−ストリア、リヒテンシュタイン、イタリア、ポ−ランド、ロシア、中国、4V/m採用のスイス、3V/m採用のルクセンブルグがある。また、建物の周囲に禁止ゾ−ンを設定している。」
以上の理由づけから、ベルサイユ大審裁判所は、(1)基地局撤去、(2)撤去しない場合は遅延料を1日につき5百ユ−ロを支払う、(3)3組の家族に賠償金として7000ユ−ロを支払う、との判決を出しました。
□アンジェ市では設置前基地局中止判決
フランスで2008年9月のナンテ−ル判決以後、立て続けに3件の基地局撤去の判決が出ました。さらに、フランス西部のアンジェ(Angers)市で、教会鐘楼に携帯基地局を建てようとする計画に住民が反対し、提訴しました。この基地局予定地の近くに小学校がありますが、その保護者たちを中心に反対運動が起こったのです。その判決が2009年3月5日にあり、健康不安を訴えた住民側を支持し、建設差し止めの内容が出ました。このアンジェ市の判決は、建設前に出た判決であり、フランスで初の快挙です。
携帯会社のオレンジ社は大手の携帯会社ですので、この判決の影響は少なくありません。「学校はセンシティブな建物なので、予防原則がふさわしい」と判決は述べました。この道理が、日本でも普通になるように、みんなで力をあわせましょう。