国連保健機関(WHO)環境保健(健康)基準
2007年6月18日発表
(翻訳:大久保貞利)
WHO(世界保健機関)は6月18日にウェブ上に極低周波電磁場の環境保健(健康) 基準モノグラフ(研究報告文書)を発表しました。モノグラフは英文で446ページ に及びます。特に重要と思われる第1章(要約)と第13章(防護策)を翻訳しました。
第1章 要約及び一層の研究のための勧告
この環境保健基準(EHC=Enviromental Health Criteria)報告文書(モノグラフ)は、極低周波(ELF=Extremely Low Frequency)電磁場(EMF=electric and magnetic fields)曝露と健康影響を扱う。そして電磁場発生源と測定方法およびELF電磁場の物理的性質をレビュー(調査検討)する。しかし、主目的は、ELF電磁場の健康リスク評価を行うために、そして、その健康リスク評価が各国の健康保護計画策定勧告に役立つようにするために、電磁場曝露と生体影響に関する科学的文献をレビューすることにある。
今回扱う電磁場の周波数は0ヘルツから100キロ・ヘルツまでの領域である。これまでの研究のほとんどは電力周波数(50ヘルツまたは60ヘルツ)の電磁場に関する研究であり、電力周波数の電場を扱った研究も2〜3ある。また超長波(VLF;3ー30キロ・ヘルツ)電磁場を扱った研究やMRI(磁気共鳴画像診断装置)で使われる交換勾配磁場の研究、あるいはVDTやテレビから出る弱いVLF研究もある。
この章では、各章における主要な結論と勧告の要約、および、健康リスク評価の総合的な結論の要約を述べる。この文書で登場する所与の健康結果に関する証拠の程度を説明する用語は以下のとおりである。1回しか研究が示されず再現性がない場合や、研究は多いが計画、管理、説明に関して未解決な疑問が残っている場合は「限定的(limited)な証拠」と呼ぶ。大きな特性効果が見られないとか、反対に大きな制約効果が見られるとか、あるいは有効なデータが使われていないために、証拠が十分示されない場合は、「不十分(Inadequate)な証拠」と呼ぶ。
また、主要な認識のギャップも確認された。そして、そのギャップを埋めるために必要な研究は「研究のための勧告」と題する章に要約されている。
電磁場(EMF)は送電線やケーブル線や電気器具を使う時など、電気が発生したり、電気が伝送されたり、電気が分配されたりする所で発生する。電気の使用は現代生活にとって必要不可欠となっており、電磁場は私たちのまわりの至る所に存在する。
電場の強度単位は、ボルト・パー・メーター(V/m)またはキロボルト・パー・メーター(kV/m)であり、磁場密度はテスラ(T)や普通はミリ・テスラ(mT)、またはマイクロ・テスラ(μT)が使われる。
居住空間での電力周波数曝露量は、世界中で著しく違うものではない。家の中での磁場は幾何平均としては、欧州では0.025〜0.07マイクロ・テスラの間であり、米国では0.055〜0.11マイクロ・テスラの間である。家の中の平均的電場は数十(V/m)の範囲である。特定の電気器具の近くでは、瞬間的磁場は最大で2〜300マイクロテスラほど出るときもある。送電線の周辺では、磁場は大体20マイクロ・テスラに達するし、電場は数千(V/m)まで達する。
常時平均で小児白血病の増加と関連するレベルを越える、50ヘルツや60ヘルツの磁場を、居住空間で曝露される子供たちはあまり多くない(1・1・10を参照)。おおよそ0.3マイクロ・テスラ以上曝露されるのは全体の1%〜4%で、0.4マイクロ・テスラを越えるのは全体の1%〜2%にすぎない。
職業上曝露されるのは、主に電力周波数レベルの電磁場が多いが、それ以外の周波数の曝露も含まれるかもしれない。職場における平均的磁場曝露は、事務労働より電気関係の職種のほうが高い。電気工や電気技術者は0.4〜0.6マイクロ・テスラ曝露され、送電線関係の労働者はおおよそ1.0マイクロ・テスラを曝露され、最も曝露量が高い職種の溶接工や鉄道の運転士やミシン労働者は3マイクロ・テスラ以上曝露される。職場で最大曝露されるケースとしては大体10ミリ・テスラにも達するし、こうしたケースはいつも高電流が流れる伝導体のある所と関係する。電気を供給する産業に従事する労働者は30(kV/m)まで電場を曝露されるであろう。
極低周波(ELF)電磁場を外部から曝露されると、体内に電場と電流が生じる。線量計測(dosimetry)によって、外部の電磁波と体内で生じた電場や電流量の関係が表れるし、電磁場曝露と他のパラメーター(媒介変数)の関係も表れる。局部的に起こる電場と電流量は特別な意味をもつ。すなわち神経や筋肉のような反応性の高い組織の刺激と関係している。
人や動物の体は、ELF電場の空間的分布を大いにかき乱す。低周波において、体は良き伝導体で、体の外部のかき乱された磁場線はほとんど体表面に対して直角状態になる。
電磁場に曝露された体の表面に振動する電荷が生じる。その電荷は体内で電流を起こさせる。ELF電場にヒトが曝露されることで起こる線量計測の主特徴は以下のとおりだ。
- 体内の電場は通常、外部の電場より5〜6桁ほど小さい。
- 電磁場曝露が垂直的な場合はたいてい誘導されて起こる電磁場の方向も垂直的である。
- 与えられた外部の電場からすると、誘導されてできる体内の最も強い電磁場は足を通じて地面と完全につながっている(電気的にアースされている)。そして誘導されてできる最も弱い電磁場は地面と絶縁状態である(自由空間状態)。
- 地面とアース状態でつながっている体内を流れる電流の量は全体として、体内組織の伝導性より体の大きさや形(姿勢も関係する)によって決まる。
- いろんな器官や組織を通る誘導電流分布は組織の伝導性で決まる。
- 誘導電場分布もまた伝導性に影響されるが、誘導電流ほど影響はされない。
- 体内電流は電場のある所に位置する伝導体と接触することでつくられるという独立した現象もある。
磁場にとっては、体内組織の浸透性は空気の浸透性と同じである。したがって、組織内の磁場は外部の磁場と変わらない。人や動物の体はあまり磁場をかき乱さない。磁場の主要な相互作用はファラデーの電場誘導作用であり、伝導性のある組織の電流密度と関係する。
ELF磁場にヒトが曝露された時の主要な線量計測は以下のとおりだ。
- 誘導電場と電流は外部の磁場の方向性による。体内の誘導磁場は磁場が体の前から後に一直線に進む時一般的には最大になる。しかしいくつかの個々の器官は磁場が横から横へ一直線に進む時最大になる。
- 最も弱い電場は、体の垂直軸に進む磁場によって発生する。
- 与えられた磁場の強度や方向性によって、より高い電場がより大きな体の中で起こる。
- 誘導電場分布はいろんな器官や組織の誘導性によって影響される。それらの器官や組織は誘導電流密度の分布に限定的に影響される。
ELF電磁場(EMF)に関して、提案されている様々な直接的間接的相互作用のメカニズムは説得力を持たせるために実験がなされている。特に電磁場の曝露によって生物学的プロセスで発生するシグナルはランダムに発生する内在的なノイズと区別が可能なのかどうか、あるいはそのメカニズムが科学的法則や既存の科学知識と比べてどちらが正当性があるのかどうか実験がなされている。多くのメカズニムは一定の強度を越えた電磁場においては妥当性を持つ。しかし立証されたメカニズムの説明が欠けているので、とても低いレベルの電磁場ですら健康影響の可能性がないとは言い切れない。
ヒトの体への電磁場の直接的作用に関する多くのメカニズム論の中で、神経ネットワークとラジカルペアとマグネタイト)の3つの中で誘導される電場が、より低いレベルの電磁場で潜在的に作用するとという説は、他の説よりも注目されている。ELF電場またはELF磁場の曝露で体内組織内で起こる電場は、体内電磁場が2〜3V/mを越える時、生物物理学的に説明のつく仕方で一つの髄鞘のある神経繊維を直接に刺激する。はるかに弱い電磁場は、単細胞とは対照的に神経ネットワークのシナプス伝達に影響を与える。そのような神経組織による信号プロセスは、周囲の弱い信号をキャッチするために多細胞の有機体によって使われる。神経ネットワークで1mV/mを識別するより低い領域が示されている。しかし現在の証拠に基づけば、大体10〜100mV/mくらいのしきい値が考えられる。
ラジカル・ペア(radical pair)メカニズムは、磁場が特定の化学反応タイプに影響することを示す容認された方法である。すなわち一般的に低い磁場で反応性に富むフリーラジカルの集団が増加し、高い磁場では減少することだ。このフリーラジカルの増加は1ミリ・テスラ以下の磁場でみられる。このメカニズムは、渡り鳥の航行と関係しているというかなりな証拠がある。理論上の根拠からしても、またELFと静磁場によって起こる変化は同じであることからしても、約50マイクロ・テスラの地球磁場(地磁気)よりはるかに小さな磁場である商用周波数電磁場が生物学的に大きな意味を持ち得るとまではいえない。
マグネタイトつまり磁鉄結晶体やいろんな酸化鉄の強磁性結晶体が、動物やヒトの細胞内にあることは発見されている。その量は微量であるが。フリーラジカルと同じく、そうした結晶体は移住性の動物の方位確認能力や航行能力と関係している。ヒトの脳内の磁鉄量は微量なため、弱い地球磁場(地磁気)を感じ取る能力までは与えていない。極端な仮定に基づく推測をすれば、5マイクロ・テスラのELF磁場を持つ磁鉄結晶体における効果は小さい。
その他の電磁場の直接的な生物物理学的相互作用、たとえば、化学結合の破壊や荷電化した粒子や様々狭い帯域幅の共鳴メカニズムなどが、一般環境や労働環境で遭遇するレベルの電磁場での相互作用をきちんと説明できているとは思われない。
間接的な影響に関しては、電場を引き起こされる表面上の電荷は感知できる。そして伝導性物体を触ると、痛みを伴う小さなショックをもたらす。接触電流(contact currents)は、たとえば幼児が家の中でバスタブの蛇口を触った時に起こる。これは骨髄内でバックグラウンド程度のノイズをより少し上のレベルの量で小さな電場ができる現象である。しかしそれが健康リスクを持つかどうかはわからない。
高圧送電線はコロナ放電のような雲状の電荷化したイオン層をつくる。この電荷イオン層は皮膚や体内に気管に気体状の汚染物を堆積させ、それが健康にマイナスに働くことが示唆されている。しかしコロナイオンが小さな影響以上のことをもたらしているかどうかは疑わしい。それがたとえ長期間における健康リスクや被曝量がとても多い人であっても疑わしい。
前述した3つの直接的メカニズムが一般人で曝露されるレベルで病気の原因となるかどうかははっきりしない。実際、一般人が曝露されるレベルより高い量で病気の原因となることが説明されているのであり、間接的なメカニズムについてはまだ十分な研究はなされていない。このように立証されたような説得性あるメカニズムがわからない段階においては、健康影響の可能性を考慮から外すのでなく、生物学や疫学によるより強い証拠の必要性が求められる。
電力周波数電場の曝露は、体表への電荷影響で電場を感知したり不快感をもたらしたりと、生物学的に明瞭な反応を引き起こす。こうした反応は、電場の強度とか周囲及び身体内の環境条件や個人の感受性とか、によってまちまちである。被験ボランティアの10%の人たちの直接感知の閾値は、2〜20kV/mの範囲であり、被験ボランティアの5%が不快感を感じる閾値は、15〜20kV/mである。人々から地面へのスパーク放電に関しては、5kV/mの電場で被験ボランティアの7%が痛みを感じることが研究でわかった。荷電化物体が地面に接している人々を通してアース放電される閾値は物体の大きさに左右される。だから特定の評価が求められる。
高い強度でパルス振動数も早い磁場は末梢神経または中枢神経を刺激する。この効果はMRI(磁気共鳴画像診断装置)の受信中で起こるので、頭部内の磁気刺激を通じて画像診断に使われる。神経の直接刺激を引き起こす電場強度閾値は2〜3V/m位の低さである。この閾値は、2〜3ヘルツから2〜3キロヘルツまでの周波数でコンスタントに起こり得る。てんかんを起こす人やてんかんにかかりやすい人は、中枢神経組織(CNS)で誘発されたELF電場に影響を受けやすいように思われる。さらにCNSの電気刺激の受けやすさは、発作の家族病歴がある人、3環式抗うつ剤や神経弛緩薬やその他発作閾値の低い薬の使用者、と関係しているように思われる。
CNSの一つである網膜の機能は、直接神経を刺激させる磁場よりはるかに弱いELF磁場曝露の影響を受ける。磁気による眼内閃光とか磁力眼閃とかいわれる光が明滅する感覚は、網膜内の光に反応する細胞により誘発された電場の相互作用によって起こる。網膜内の細胞外流動体の電場強度で引き起こされた閾値は、概算だと20ヘルツで10〜100mV/mの間にある。しかしこの値はかなり不確実な値だ。
被験ボランティア研究における他の神経作用影響に関する証拠は、つまり脳内電気活動・認識作用・睡眠・過敏症・モード(気分)などの神経作用影響にしても、明確さに欠ける。一般的にそうした研究は前述した神経作用影響を引き起こすレベルより低いレベルの曝露で実施される。そして良くても希薄なかつ一時的な影響しか示さない。そうした反応を引き出すために必要な条件は現在のところはっきりしていない。脳の全般的活動に関する研究結果によって支持されるいくつかの認識作業行為における反応時間の変化や正確さがだんんだん減少する結果などが、磁場による効果であるとする証拠がいくつかある。磁場が睡眠の質に影響するかどうか調査する研究結果一様でない。そうした研究結果の矛盾は研究デザインの違いにある程度は起因しているかもしれない。
一部の人たちは概してEMFに感覚過敏に反応すると、主張する。しかし二重盲式の誘発試験研究では症状とEMF曝露との関係の証拠は示されていない。
ELF電磁場曝露がうつ症状や自殺の原因となるという、調和性に欠けしかも確定していない証拠があるだけだ。だから証拠は「不十分」(inadequate)とされる。
動物に関しては、ELF電磁場曝露が神経作用機能に影響する可能性がいろんな曝露条件を使った多くの見方から探索されている。確固たる効果はほとんど立証されていない。電力周波数の電場は動物によって感じ取られるという有力な証拠がある。そのことは多くは動物の体表面の電荷影響によって感じ取られるし、一時的な興奮や軽いストレスが生じることもある。ラットに関しては、感じ取られる範囲は3〜13kV/mである。齧歯類は50kV/m以上の強い電場で健康悪影響が出る。その他の電磁場に左右される変化は明瞭ではない。実験室研究では希薄で一時的な効果を示す証拠しかない。磁場曝露で脳内のオピオイド(アヘン類ペプチド)機能やコリン刺激性の神経伝達物質系統を変化させる、というそれなりの証拠がある。そしてそのことは無痛覚効果や空間(場所)を記憶する作業の獲得や実行への影響を調査する研究結果で支持されている。
被験ボランティア研究や居住民対象の疫学調査や労働者対象の疫学調査によれば、神経性内分泌組織は電力周波数電場あるいは磁場の曝露で悪影響は受けていない、と示唆されている。電力周波数電場あるいは磁場曝露は、松果体から出るメラトニンのような神経性内分泌組織の特定ホルモンとか、身体代謝や生理機能に関係する脳下垂体から出る多くのホルモンに特に作用する。特定の曝露性質と関係するメラトニン放出のタイミングで、時々わずかな違いが観察される。しかしその結果は一定ではない。ホルモンレベル(量)に影響を与える、様々な環境的な要因や生活様式から来る要因による、混同の可能性を排除するのはかなり難しい。被験ボランティアに対して行なった、夜間のメラトニンレベル(量)へのELF曝露の影響をみる実験室研究のほとんどにおいて、混乱要素が入り込まないようコントロールがされたケアの下では影響は見られなかった。
ラットの松果体やリンパ液のメラトニンレベル(量)への商用周波数電磁場の影響を調査する多くの動物研究の内、いくつかの研究では曝露により夜間においてメラトニンが抑制されるという結果であった。100kV/mまで電場を曝露した早期の研究で最初に見られたメラトニンレベル(量)の変化は再現されなかった。円偏向した状態の磁場は夜間メラトニンレベル(量)を抑制するという最近の一連の研究結果は、曝露された動物とこれまで集められたコントロール(対照)の間に不適切な比較
があったとして(証拠は)弱められた。数マイクロテスラから5ミリ・テスラまでの範囲をカバーした、齧歯目動物の他の実験からのデータでは、いくつかの結果ではメラトニンが抑制を示しているが、他の結果では変化を示していないなどはっきりしなかった。周期的に繁殖する動物については、メラトニンレベル(量)やメラトニンに左右される生殖状況に電力周波数磁場を曝露した影響に関する証拠は、主として否定的なものだった。電力周波数電場を慢性的に曝露されたヒト以外の霊長類の研究ではメラトニンレベル(量)に関する有力な影響は見られなかった。ただし、2匹の動物を使った予備的研究では、不規則で間欠的な曝露に反応してメラトニンが抑制されたとの報告がある。
摘出分離された松果体内で、メラトニンの生産や放出がなされる際にELF電磁場を曝露された場合の影響は、生体外(実験)研究の数そのものは比較的少ないがそれで見る限りは多様で明確でない。生体外(実験)研究において乳がん細胞へのELF曝露がメラトニンの効果を妨げるという証拠は興味をそそる。しかしこの証拠の研究システムは、細胞ラインが研究所同士の実験方法やデータの継承移転がしにくい遺伝子型・表現型の培養中での漂流を起こすという欠点を持つ。
感知できるレベルのELF電場曝露を受けた後に起こる一時的ストレスを除いて、様々な哺乳類における脳下垂体・副腎系のストレス関連ホルモンでのコンスタントな影響は見られない。同じように、あまり研究数はないが、生殖や性的発育の制御に関係するかあるいは代謝活動制御に関係する成長ホルモンレベル(量)やホルモンレベル(量)での影響は、大抵否定的かあるいは矛盾する結果を示している。
全体として、ELF電場や、あるいは磁場はヒトの健康に悪影響を与える神経内分泌システムになんらかの作用をもたらす徴候はこれらのデータからは示されない。
ELF電磁場曝露が、いくつかの神経退化疾患と関連するという仮説がある。パーキンソン病や筋肉硬化に関しては、研究数は少ないしこれらの病気と関連するとする証拠もない。アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)に関しては、それよりも多く研究は発表されている。いくつかの報告では、電気関係の仕事に従事する人にALS発症増加が見られるとしている。これまでのところ、ELF曝露とALSの関係を生物学的メカニズムで、立証する説明はなされていない。しかし、電気ショックのような、電気職種と関連する交絡因子とからんで起こっていることはありえる。全体として、ELF曝露とALSの関係を示す証拠は不十分とみなされている。
ELF曝露とアルツハイマー病の関係を調査する数少ない研究は一定していない。。しかし、アルツハイマー病の死亡率より罹病率に焦点をあてた、より質の高い研究では関係性を示している。総じて言えば、ELF曝露とアルツハイマー病の関係を示す証拠は「不十分」である。
短期間と長期間曝露における実験研究では、電気ショックは明らかに健康に有害であることはわかっているが、通常の環境中あるいは職場におけるに曝露量程度では、ELF電磁場と関連する他の有害な心臓血管への影響は起こりそうもない。種々の心臓血管上の変化が研究文献では報告されているが、大方の影響は小さいし、研究内あるいは研究間の結果は一定していない。一つの例外を除いて、すべての心臓血管病の罹病率と死亡率は、曝露との関係を示していない。曝露と心臓の自律神経系制御変化との間に、特別な関係が存在するかどうかは推測の域を出ない。全体として、ELF曝露と心臓血管病との関係を証拠は支持しない。
免疫システム成分へのELF電場あるいは磁場の影響に関する証拠は概して一定していない。細胞個体群や機能的遺伝標識の多くは曝露の影響を受けない。しかし10マイクロ・テスラから2ミリ・テスラの範囲の磁場で行なったいくつかのヒト研究では、ナチュラルキラー細胞が増加したり減少したりするといった変化が見られた。そして、全体の白血球数については変化がないか減少を示した。動物研究では、ナチュラルキラー細胞が減少する働きが雌のマウスで見られたが、雄のマウスあるいは雄と雌のラットでは変化はなかった。白血球数もまた別の研究では減少したりあるいは変化がなかったりと矛盾を示した。動物曝露は2マイクロ・テスラから30ミリ・テスラと範囲が広い。これらのデータの健康影響力解釈の困難さは、曝露や環境条件の違いとか、あるいは、試験対象数が比較的少ないとかエンドポイント(終点)が幅広いとかに依る。
血液システムへのELF磁場の影響をみる研究はほとんど実施されていない。白血球数の違いを評価する実験に関しては、曝露は2マイクロ・テスラから2ミリ・テスラの範囲で行なわれた。ELF磁場またはELF電場と磁場の組合せによる急性曝露影響は、ヒト研究でも動物研究でも首尾一貫した結果は出なかった。全体として、免疫システムや血液システムへのELF電場または磁場の影響に関する証拠は不十分とみなされる。
疫学研究(調査)では、ヒトの生殖への悪影響結果とELF電磁場の母性や父性への曝露との間に関連はみられなかった。母性への磁場曝露が流産リスクを増加させるとするいくつかの証拠があるが、この証拠も不十分である。
150kV/mまでのELF電場曝露研究において、研究対象群の規模が大きくかつ数世代にわたる曝露研究が含まれているため、いくつかの哺乳類で評価された。研究結果では発育に一貫して悪影響があるとは示されていない。
哺乳動物への20ミリ・テスラまでのELF磁場曝露では、外見全体・内蔵あるいは骨格の奇形はみられない。いくつかの研究ではラットとマウスで軽度の骨格変形の増加が見られる。骨格変異は奇形学研究では比較的に一般的に見られるし、しばしば生物学的には重きを置かない。しかし、骨格発達への磁場の微細な(subtle)影響を否定することはできない。生殖影響を扱ったとても数は少ないが研究が発表されている。そこから結論は引き出せないであろう。
非哺乳動物モデル(鶏の胎児・魚・ウニ・昆虫)を扱ったいくつかの研究では、マイクロテスラレベルのELF磁場が初期発達を妨げる可能性を示す研究が出されている。しかし、非哺乳動物の実験モデルに関する研究結果においては、哺乳動物の研究ほど発育毒性の総合評価に重きは置かれていない。
全体としては、発育と生殖への影響証拠は不十分である。
ELF磁場に対するIARC(国際がん研究機関)の「ヒトへの発がん可能性あり」(IARC2002)の格付けは、2001年以前や2001年を含むすべての利用可能なデータに基づいて行なわれている。今回のEHCモノグラフにおける文献のレビューは、主にIARCレビュー以後に発表された研究を焦点をあてている。
<疫学>
IARCの格付けは、小児白血病に関する疫学研究(調査)で見られた関係によって大きく影響を受けた。「限定的(limited)」とした証拠の格付けは、2002年以降発表された2つの小児白血病追加研究によっても変わらない。IARCモノグラフ発表後の他の小児がんに関する証拠は不十分なままだ。
IARCモノグラフに続いて、ELF磁場曝露と関係する成人女性の乳がんリスクに関するいくつもの報告が発表された。それらの研究はそれまでの研究より規模は大きく、バイアスの影響も少ない。しかし全体として否定的であった。これらの研究に関して、ELF磁場曝露と女性乳がんリスクの関係を示す証拠はかなり弱く、この種の関係を支持しない。
成人脳がん及び白血病の場合は、IARCモノグラフ以降発表された新研究においても、ELF磁場とそれらの病気の関係は全体として「不十分」である、とする結論を変えさせるものではない。
他の病気やすべての他のがんに関しても、証拠は「不十分」なままだ。
<動物実験研究 >(Laboratory animal studies)
小児白血病のもっとも一般的なタイプである、急性リンパ芽球白血病にふさわしい動物モデルは現在ない。3つの独立した大規模ラット研究では、自然発症乳がん発生に対するELF磁場の影響を示す証拠は出ていない。齧歯目モデルでの白血病あるいはリンパ腫へのELF磁場の影響に関するは多くの報告は「影響なし」としている。齧歯目対象の大規模かつ長期間のいくつかの研究では、血液造成系・乳房・脳腫瘍・皮膚腫瘍のどのタイプのがんにおいても一貫した増加は示していない。
化学的起因のラットの乳房腫瘍へのELF磁場の影響を調べた相当数の研究がある。結果は一貫したものでなかったが、それは特殊な亜種の使用など実験手順の違いが全体としても部分的にしても影響を与えたのかもしれない。化学的起因あるいは放射線起因の白血病/リンパ腫モデルに関するELF磁場影響をみる多くの研究は否定的であった。前腫瘍性肝臓障害・化学的起因の皮膚腫瘍及び脳腫瘍の研究は、大勢において否定的な結果として報告されている。一つだけ、ELF磁場曝露はUV(紫外線)起因の皮膚腫瘍形成を促進させたという研究が報告された。
二つの研究グループが、ELF磁場を動物実験で曝露したら、脳細胞内のDNA鎖ダメ−ジ(損傷)レベルが増加したと報告している。しかし、いろいろ違った齧歯目遺伝毒性モデルを使って実験した別の研究グル−プは、遺伝毒性影響の証拠を見つけられなかった。がんと関連した非遺伝毒性影響を調べる研究結果は結論に達していない。
全体として、ELF磁場曝露だけが腫瘍の原因であるとする証拠はない。ELF磁場曝露が発がん因子と結合して腫瘍の発達を促進するという証拠は「不十分」である。
<生体外実験研究>(In Vitro studies)
概して、ELF電磁場の細胞曝露影響研究においては、50ミリ・テスラ以下の磁場での遺伝毒性誘発は示されない。特筆すべき例外としては、35マイクロ・テスラ程度の低い磁場でDNAダメ−ジ(損傷)が報告されている最近の研究からの証拠がある。しかしこれらの研究はまだ評価が進行中で、研究結果に対するWHOとしての理解は不十分な段階だ。ELF磁場がD
NAダメ−ジ(損傷)因子と相互に影響し合うかもしれないという証拠もまた増えている。
ELF磁場が細胞周期の制御と関連する遺伝子の活性化をもたらすことに関しての証拠はない。しかしゲノム全体の反応を分析する体系的な研究はいま進行中である。
他の多くの細胞研究、たとえば細胞増殖・アポト−シス・カルシウムシグナリング・悪性形質変換などの研究は、一貫性がないか未結論な結果である。
<全体的結論>
2002年のIARCモノグラフ以降発表されたヒト・動物及び生体外における新しい研究では、全体としてELF磁場の「ヒトへの発がんの可能性あり」とする格付けの変更はない。
WHO憲章によれば、健康とはただ病気や疾患がないというだけでなく、身体的にも精神的にもかつ社会的にもすべてにおいて良好な状態をいう。リスク評価とは、健康や環境の成り行きを評価するに値する情報を体系的にレビュ−するための概念的枠組みである。健康リスク評価は、ある曝露がなんらかの特別な方策(action)やその方策のための作業が必要かどうかについての決定に関わる、すべての取り組みを包含するリスク管理のための情報提供として使われる。
ヒトの健康リスク評価にとって、いつでも使えるしっかりしたヒトのデ−タは一般的に動物のデ−タよりもより有益である。動物実験や生体外実験は、ヒトの研究証拠をサポ−トしたり、ヒトの研究証拠で課題となったデ−タのギャップを埋めたり、あるいはヒトの研究が不十分だったり欠けていた時にリスクの決定をするために使われる。
肯定的な影響であれ否定的な影響であれ、すべての研究はその研究自体の価値で評価や判断をし、その後に証拠に重きを置いた研究方法と組み合わせていくことが必要だ。一組みの証拠が、曝露がある結果の原因となる可能性をどの程度変えうるか、を判断することは重要である。他の異なる研究(疫学研究や実験室研究)結果が同じ結論となるならば、あるいは同じタイプの複数の研究が同じ結果となる時には、ある影響のための証拠は概してより強固になる。
<急性影響>
100キロヘルツまでの周波数のELF電磁場において、生物学的な急性影響が健康に悪影響をもたらすおそれのあることは立証されている。それゆえ曝露制限は必要だ。この問題を扱った国際ガイドラインが存在する。これらのガイドラインを遵守することで急性影響の防護が十分可能だ。
<慢性影響>
毎日低度(約0.3〜0.4マイクロ・テスラ)の電力周波数磁場を慢性的に曝露すると健康リスクが生じるという科学的証拠は、一定の型の小児白血病発症リスクが増大するとした疫学研究(調査)に基づいている。ハザ−ド(危険)評価に関する不確実さには選択バイアスを抑制する役割も含んでいる。そして磁場と小児白血病に関係の観察において曝露を誤分類しているかもしれない。さらに実際、実験室における証拠とメカニズムによる証拠が、生物学的機能と病気の状態に関して低レベルELF磁場と変化の間の関係性を支持するのに失敗している。だから結局のところ、因果関係を示すとみなされるほどには証拠は十分でないが、懸念が残る程度には十分な証拠なのである。
磁場曝露と小児白血病の間の因果関係は立証されていないが、政策に有益なデータ提供の観点から因果関係を推測することで、公衆衛生効果があると判断されている。しかし、こうした予測判断は曝露分布や他の仮定に大きく左右される。そのためとてもあいまいさが残る。磁場曝露と小児白血病の関係に因果関係があると仮定した場合だが、曝露が原因とする世界全体の小児白血病患者数は毎年、百人から2千4百人の間と見積もられている。しかし、この数は2000年一年間の世界全体の白血病患者数は4万9千人の0.2〜4.9%に相当する。したがって、地球規模でみたら、もしあったとしても、公衆衛生へのインパクトは限定的であり明確ではない。
他の多くの病気がELF磁場曝露との関係を調査されてきた。そうした病気として、成人と小児のがん、うつ病、自殺、生殖機能障害、発達障害、免疫学的変異、神経病がある。ELF磁場曝露とそれらのどの病気との間の関連性を支持する科学的証拠にしても、小児白血病の証拠よりはるかに弱い。そして、いくつかの事例(たとえば心臓血管病あるいは乳がん)においては、磁場が病気の原因とはならないという確信を与え得るに十分な証拠がある。
ELF磁場曝露による確立した悪影響から人々を防護するために、曝露制限が実行されことは必要不可欠(essential)である。曝露制限は適切なすべての科学的証拠を徹底的に検討した上でつくられるべきだ。
急性影響だけが確立されている。そしてこれらの影響から防護するために、二つの国際的曝露制限ガイドライン(ICNIRP,1998а;IEEE,2002)が設定されている。
急性影響は確立されているが、慢性的影響はELF磁場曝露と小児白血病の関連を示す証拠が「限定的」なため、不確実さ(uncertainties)が存在する。だから予防的アプローチ(precautinary approaches)の利用が的を射ている。しかし、曝露ガイドラインでの制限値を、予防の名の下にある恣意的レベルに下げようとすることは奨励されない。そうした措置は制限が根拠とする科学的土台を崩すことになるし、また防護を行なう上でコストも高くつく方法だし、必ずしも有効な方法ではないだろう。
曝露低減のために適した他の予防的方法(precautionary procedures)の採用も理に適っていて正当である。しかし、電力は明らかに健康面でも社会的にも経済的にも利益をもたらしている。そして、予防的アプローチがそうした利益を危うくすべきではない。さらにELF曝露と小児白血病の関係証拠が弱いことと、公衆衛生と関係があるとしてもその影響が限られているという両方の点から、曝露低減が健康に与える便益は明確ではない。したがって、予防策のコストはとても低いものであるべきだ。曝露低減の実行コストはそれぞれの国ごとまちまちだ。ELF電磁場のリスクとコストのバランスをとれば、共通の勧告を出すのはとても難しい。
以上の観点を踏まえて、以下勧告する。
- 政策決定者は一般人向けと労働者向けのそれぞれを対象としたELF電磁場曝露ガイドラインを制定すべきだ。曝露レベルと科学的レビュー原則の両方に関するガイドラインのための最上の情報源は国際的ガイドラインである。
- 政策決定者は一般人も労働者もどちらも確実に曝露制限が超えないようにするため、あらゆる発生源の電磁場測定を含めた、ELF EMF防護計画を制定すべきだ。
- 電力のもつ健康面・社会的・経済的な利益を危うくすることなく、とても低コストな予防的方法で曝露低減が実行されるならば、それは理に適っているし正当である。
- 施設を新設する時や電気器具を含めた器具類を新しく設計する時は、政策決定者・地域プランナー・メーカーはとても低コストな方策(measures)を実行すべきだ。
- より安全性が高く、コストもほとんどかからないか全くかからないといった、特別な便益がもたらされるという条件があるならば、器具や装置から出るELF曝露を低減するために工学技術方法が検討されるべきだ。
- 現行のELF発生源の変更が予想される時は、安全性、信頼性、経済的見地を伴った上で、ELF電磁場低減が検討されるべきだ。
- 建物の新築あるいは既存の施設の配線見直しを行なう時は、安全性の確保を伴いながら自治体当局は非意図的な地電流の低減のための配線法規を適用すべきだ。配線における違反やあるいは現行の問題点の監視・取締まりなど、見直し時でもないのに出来事を予測して方策化することはコストがかかるし正当ではないだろう。
- すべてのステークホルダー(利害関係者)による、事前に情報提供された上での計画決定が可能になるよう、政府当局は効果的で開かれたコミュニケーション戦略を実行化すべきだ。そのために、個人が自分たち自身の曝露低減を可能にするにはどうすればいいかといった情報も含むべきだ。
- 大きなELF・EMF発生源を立地する時に、企業・自治体・住民の相互協議が進むようにするため、自治体当局はELF・EMFを発生する施設の建設配置計画に改良を加えるべきだ。
- ELF電磁場曝露の健康影響に関する科学的証拠の不確実さを克服するために、政府当局や企業は研究計画を促進すべきだ。
[電磁波問題市民研究会の解説]
- ここに示された環境保健基準は、0〜100キロヘルツまでの極低周波電磁場の基準(クライテリア)で、日本の行政当局は「超低周波」と表している。原語は extreamly low frequency である。
- 同様にEMF(electric and magnetic field)を「電磁波」もしくは「電磁場」や「電磁界」と表す。
- 0.1マイクロ・テスラ=1ミリ・ガウスである。
- WHOの正式研究機関IARC(国際がん研究機関)が電磁場を「ヒトに対する発がん性の可能性あり(possibly)」(2B)と格付けしたのは「電磁場曝露と小児白血病リスクの関連を疫学調査」によって「大きく影響受けた」としている。つまり、WHOでは動物研究や細胞研究より疫学調査(研究)のほうが指標として重視しているのである。今回の環境保健基準でもその部分がクリアに語られている。日本の医学界や行政の認識とこの辺のギャップが大きい。
- 曝露低減のための防護策として、「予防的方法」(precautionary procedures)や「予防的アプローチ」(precautionary approaches)は正当であると評価している。この予防的方法とは予防原則(precautionary principle)まで踏み込んでいない対策だが、なんらかの予防的措置(あまりコストはかけないことが条件)は必要だという発想だ。とくに、新たな建設とか新製品開発で取り入れよとしている。これだけでも採用すれば企業への刺激は大きい。
- 慢性作用という表現で非熱作用についてふれている。0.4マイクロ・テスラで小児白血病が発症するのは、非熱作用しかありえない。
- ステークホルダー(利害関係者)として市民(住民)も計画に参加させろという考えは、日本の政府や企業に一番欠けているところである。
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