東北電力パンフレット『What’s“電磁界”?』の問題点

 宮城県の会員から、東北電力発行のパンフレット『What's “電磁界"』が送られてきました。副題が「私たちの身近にある電磁界。いろんな疑問にお答えします」となっています。しかし、中身を見ると、会社に都合のいい解釈や誤った見解がいくつも出てきます。そこで、どこが問題か指摘します。

[東北電力の誤り1]
電磁波と電磁界を別物として扱い、電磁波はそれなりにエネルギ−が極めて強いので、遺伝子などを傷つけたり食物などを温める作用があるが、電磁界にはないと、電磁界は安全かのような説明をしている。
<解説>
 電磁界は電磁場と同義で、50ヘルツや60ヘルツの極低周波に使われる言葉です。しかし、電離放射線に属するガンマ−線も、携帯電話で使われるマイクロ波も、普通の電気で使われる極低周波も、すべて電磁波に変わりありません。
 たしかに極低周波の波長は50ヘルツの場合6千キロメートルもあるので、近くでは、電場と磁場が別々に出ているかのようにみえます。しかし、月から地球上の極低周波をみれば、50ヘルツでも波としてとらえることができます。
 米海軍の「サンギン計画」は、76ヘルツの極低周波を使って米本土と世界中の海に潜む潜水艦と交信しようというものです。極低周波でも電波と同じように使えるのです。
 「『電磁界』は『電磁波』と違って、遠くまで伝わるといった性質はなく」と断言し、だから“電磁界なら安全だ”と思わせるのは感心できません。国連保健機関(WHO)の下部独立研究機関である国際がん研究機関(IARC)は、極低周波磁場は2B(発がん可能性あり)と分類し、高周波については現在検討中です。これからしても電磁界は安全、という説は成り立ちません。

[東北電力の誤り2]
「磁界については、最大でも200ミリガウス程度(通常はこれより相当低いレベル)であり、 掃除機や電気カ−ペットなどの家庭用電気製品と同じくらいです」と書いてある。これはとんでもない見解だ。
<解説>
 文部科学省が研究助成金を出して実施した「1999年度〜2001年度3ヵ年実施の全国疫学調査」では4ミリガウスで小児脳腫瘍リスクが10.6倍でした。大体、世界中で実施されている疫学調査で「4ミリガウスで小児白血病リスクは約2倍」のコンセンサスができてきています。それからしても200ミリガウスは大きい値です。
 また、家庭用電気製品の場合は使用している間の被曝ですが、送電線の場合は24時間365日連続して被曝します。人間には回復力がありますが、24時間被曝の場合は回復力を発揮する時間がなく、そのことが病気との因果関係に影響していることも考えられます。
 さらに、最近の研究では、送電線周辺にはマイナス電荷の空気帯が形成され、ラドンなど汚染物質(エアロゾルと呼ばれている)が送電線周辺に集まり、この汚染エアロゾルは肺ガン等の原因になると指摘されています。この研究は英国ブリストル大学のヘンショ−教授が行い、英国放射線防護委員会(NRPB)でも注目している新説です。

[東北電力の誤り3]
世界保健機関(WHO)が提示している「5万ミリガウス」や「5千ミリガウス」は基準ではないし、現在、WHOが新しい環境健康(保健)基準をつくり、今年の秋に発表予定でいる。
<解説>
 パンフレットでは、「国際的機関である世界保健機関(WHO)や国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)では『電磁界』にガウス)や「5千ミリガウス」はICNIRPの示すガイドライン「1千ミリガウス」と同列のように受け取れます。
 たしかに、WHOは1987年に「環境健康(保健)基準69」を発表し、「50ガウス(5万ミリガウス)以下では有害な生物学的影響は示されていない」とし、「5ガウス(5千ミリガウス)以下ではいかなる生物学的影響も認められない」という見解を発表しました。
 しかしWHOは、1996年6月に「電磁波に関する見直し作業を開始する」とWHO42号声明を発表しました。これは1987年に出した「環境健康(保健)基準69」(クライテリア69)以後、新しい研究が急増しているが、そうした新しい研究をこのクライテリア69は十分反映していない、という批判が相次いだためです。そしてその年(1996年)にWHOは新しい環境健康(保健)基準をつくるため、「国際EMFプロジェクト」を立ち上げます。このプロジェクトの創立時の責任者で現在も責任者であるオ−ストラリアのマイケル・レパチョチョリ博士は「クライテリア69でいう5万ミリガウスや5千ガウスは、当時の研究段階での目安をいったもので、いわゆる“基準”のようなものではない」と語っています。
 なおICNIRPのは「ガイドライン」として決定されていて、WHOの扱いとは異なります。
 WHOは正式な国連機関で、ICNIRPは1993年1月にドイツのミュンヘンで第1会会議がもたれた比較的新しい民間団体です。WHOとは協力関係にある団体で、電磁波の熱作用のみ強調する、企業寄りの学会関係者が多く参加しています。日本の上野照剛・東大大学院医学系研究科教授や多気昌生・首都大学東京都市教養部教授がICNIRPで活躍しているので、想像つくのではないでしょうか。

[東北電力の誤り4]
平成8年(1996年)10月に、全米科学アカデミ−の研究評議会が「電磁界が、がんや生殖機能障害、発育異常など、人体に有害な影響を及ぼす証拠は認められない」とする評価報告書を発表したとしている。これは電力会社が好んで用いる“根拠”である。しかし、これは正確ではない。
<解説>
 この全米科学アカデミ−研究評議会の評価報告書(あるいは全米アカデミ−声明ともいう)は、1979年のワルトハイマ−研究以降17年間に発表された疫学研究報告を中心に、約5百件の疫学研究をレビュ−(調査・検討)しました。
 このレビュ−を行なった、生物系への電磁界影響に関する調査委員会は、全米アカデミ−の米国研究評議会と、米国工学アカデミ−および米国医学界のそれぞれの会員から選ばれた各分野の専門家16名で構成されました。
 この調査委員会の結論は、「電磁波の人体への影響に関する因果関係は明らかになっているわけではなく、一貫性のある結果も得られていない。さらなる研究が緊急に必要だ」と言ってるのであって、安全とは言っていません。「影響あり」でも「影響なし」でもないので「さらなる研究が必要」としているのです。しかも、この後まとめられた「米国ラピッド計画」や「カリフォルニア州EMF計画」の評価の方が新しいし、特にラピッド計画は米国政府が6千5百万ドル(約78億円)も予算を組んだビッグプロジェクトです。おそらくラピッド計画で「極低周波磁場は2B(発がん可能性あり)」と評価し、カリフォルニア州計画では「リスク評価は2B以上」としたのが気にくわないのでしょう。

[東北電力の誤り5]
カロリンスカ研究もあまり価値がないかのような扱い。
<解説>
 WHOが国際EMFプロジェクトを設立したのは、1992年に発表されたスウェ−デン国立カロリンスカ研究所の大規模疫学調査報告がきっかけです。22万ボルトと40万ボルトの送電線周辺に住人を、26年間にわたって(対象約43万人)としたこの疫学調査の結果、「小児白血病リスクが2ミリガウス以上で2.7倍、3ミリガウス以上で3.8倍でしかも有意」と出ました。ところが、パンフレットの示し方は、カロリンスカ報告も小児白血病では弱い関連性が見られたが関連していない結果も多いからたいしたことないかのようです。それなら、なぜWHOが国際EMFプロジェクトを立ち上げたのでしょう。電力会社のレベルは、どうしてこんなに低いのでしょう。


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