世界保健機構国際電磁波プロジェクト国際諮問委員会報告

世界保健機関(WHO)国際電磁波(EMF)プロジェクトは1996年に設置された。国際EMFプロジェクトは国際諮問委員会(IAC)定例総会を年1回開くが、今年はスイスのジュネ−ブで2005年6月13日〜14日の2日間開催された。今年は節目の第10回目で、重要な内容が討議されたので紹介する。IACは各国代表・共同研究センタ−・国際機関で運営されている国際EMFプロジェクトの最高意志決定機関である。

(翻訳:渡海 伸)

WHOの「放射線・環境健康部門」の責任者であるマイケル・レパチョリ博士が、はじめにWHO国際EMFプロジェクトの「第10回IAC(国際諮問委員会)総会」の参加者に対し歓迎の挨拶をした。次に,フランスのベルナルド・ベイレ博士が今回の総会の議長に、中国のキングア・ヒ−博士が同副議長にそれぞれ選ばれた。総会は、まずレパチョリ博士がプロジェクトの組織構成と最近の活動について述べ、今回80ヵ国近い参加であることを紹介した。今回新しく参加した国は、バ−レ−ン・ギリシャ・レバノン・パレスチナ自治政府で、昨年参加したのはポルトガル他数ヵ国である。

WHOの静電磁場健康リスク評価(アセスメント)について

 エリック・バン・ロンゲン博士は、WHOの静電磁場健康リスク評価に関する報告書について発表した。国際EMFプロジェクトでは「環境健康基準(EHC)」づくりに着手しているが、今回のEHCは静電磁場と極低周波電磁場(ELF EMF)の二つがテ−マになっている。そして論文文献を再検討した結果、静電磁場に関して多くのデ−タベ−スの存在が明らかになり、極低周波電磁場と静電磁場はそれぞれ分けてEHCを設定していくことが決められた。静電磁場のEHCづくりの作業部会会合は2004年12月6日〜10日、ジュネ−ブのWHOで開かれた。科学的な見直し、関連した部分のチェック、言語表現上の手直し、などのフォロ−作業は終了した。英語以外の言語で概要や勧告を翻訳する作業が現在進行中だ。

WHOの極低周波電磁場健康リスク評価(アセスメント)の経過報告

 エミリ−・バン・デベンダ−博士はWHOの極低周波電磁場健康リスク評価に関する経過報告を発表した。具体的には、WHOの健康環境基準(EHC)の全般的背景や電磁場(EMF)の現行EHCと今回提案するEHCについて、あるいはこれまでのEHCづくりの経過、EHCの草案の進行状況、現在の進行日程、などに関してだ。極低周波電磁場の作業部会は2005年10月3日〜7日、ジュネ−ブのWHOで開かれる。発表は2006年の早い時期になるであろう。極低周波電磁場のEHC草案はIACメンバ−には、国際EMFプロジェクトのウェブサイトからダウンロ−ドできるようになっている。草案の中身は病気のカテゴリ−ごとに分かれてつくられている。それは以下のものだ。「概要と勧告」「発生源」「測定と曝露」「内部曝露量」「生物物理学的メカニズム」「神経行動学的反応」「神経内分泌組織」「神経変性疾患」「心臓血管疾患」「免疫システム」「血液学」「生殖とがん」「がん」「健康リスクアセスメント」「保護策」。

WHOと協力関係にある学会や国際機関の非電離放射線分野活動について

 レパチョリ博士は次に、WHOと協力関係にある学会や国際機関に対して、彼らが現在進めている研究調査計画について報告するよう発言を求めた。

国際電子技術委員会(IEC)
ヒトへの曝露に対するEMFアセスメントの測定法と計算値推定法の規格=スタンダ−ドをつくる技術委員会(IEC/TC106)が、300Mヘルツ〜3Gヘルツ帯を使う無線通信装置によるヒトの頭部へのSAR(熱吸収比)値を測定する手順の開発を進めていること、についてミシェル・ボルダ−ジェ博士が報告した。「TC106」は、規格を遵守できるように、曝露基準(電場強度・磁束密度・電力密度)で明示された強度量・密度量の測定方法や計算値推定方法の規格(スタンダ−ド)化について検討している。「TC106」で検討している規格(スタンダ−ド)はどんな曝露基準にも適用できるような一般的で汎用性のある規格である。しかし「TC106」は曝露基準をつくることを命じる委員会ではない。低周波領域について、「TC106」は均一でない電磁場の影響を評価する方法を考案中だ。さらに2次元、3次元の人体モデルを使った誘導電流のより適切な計算値推測方法も考案中だ。高周波領域について、「TC106」は、電磁場や電磁波エネルギ−(SAR)の測定方法・誘導電流や計算値測定方法・曝露基準に合致するテスト手順(適合アセスメント)、の規格(スタンダ−ド)化に着手している。その他の情報はIECのウェブサイトに載っている。

国際電磁波安全委員会(ICES)
国際電磁波安全委員会/米国電気電子技術者協会(ICES/IEEE)の主要な目標は、利害関係者の参加を歓迎するようなオ−プンで透明性が確保され、かつプロセスも明確な形で国際規格(基準)の統一化、たとえば国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の基準に合わせるとかを実現することにある、とラルフ・ボ−ドマン博士は報告した。無線周波数電磁波の曝露に関する米国電気電子技術者協会(IEEE)の安全値試案は、3キロヘルツから300ギガヘルツまでフラットにするというものだ。改訂高周波(RF)基準に関する今回提案されている試案の中で示されている基本的な考え方は、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の基準に合わせていくというものだ。100ギガヘルツまでの一般公衆曝露に関する最大許容露光量(MPE)値は、ICNIRPの参考値に合わせている。その他の活動には高周波安全計画のための勧告実施項目も含まれている。

国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)
パオロ・ヴェッチア博士は、ICNIRPが電磁波のすべての周波数領域(スペクトラム)に対応する活動を行なっている、と報告した。ICNIRPの前メンバ−の任期は2004年5月末で終了した。新しいメンバ−の構成と常任委員会の構成メンバ−について、ヴェッチア博士が紹介した。EMFの領域に関するICNIRPの活動には、高周波電磁波に関する文献の総合的な検討(物理学分野・曝露量・生物学的研究・疫学分野)、静磁場ガイドラインの改訂、(100Kヘルツまでの)低周波電磁場ガイドラインの改訂、新技術の健康問題に対する声明づくり、が含まれている。(100キロヘルツ〜300ギガヘルツの)高周波電磁波ガイドラインの改訂は、予定されているが優先度は高くない。

英国健康保護庁・放射線防護課(HPA−RPD)
英国放射線防護局(NRPB)は2005年4月1日、新設された放射線防護課(RPD)を含む英国健康保護庁(HPA)と合併した。2004年5月、NRPBは、英国政府がEMF曝露に関するICNIRPガイドラインを採用するよう勧告した。アラステア・マッキンレ−博士は、HPA−RPDで現在進行中の研究について概要説明した。研究の中には、「空間学習過程に関するマウスの高周波電磁波曝露影響」「理論上の曝露量推測」「実験室研究での曝露量研究」、が含まれている。最近の研究発表はウェブサイトに掲載されている。アラステア・マッキンレ−はAGNIR(非電離放射線防護独立諮問委員会)の活動について概要説明をした。AGNIRが現在進めている作業計画には、「静磁場曝露」「超低周波音・超高周波音と不可聴音」「高周波電磁波と極低周波電磁場」が含まれている。さらに詳しく知りたければウェブサイトを参照するように。

オ−ストラリア放射線防護・核安全庁(ARPANSA)
コリン・ロイ博士は、オ−ストラリア政府が2009年まで「EME計画」に資金提供することを決めていることについて報告した。この「EME計画」は、高周波電磁波が人間にどのような健康影響をもたらすか、についての研究をサポ−トするものだ。「EME計画」は、電磁波エネルギ−公衆衛生問題委員会(CEMPHI)がコ−ディネ−トし、ARPANSAが管理する。この「EME計画」は、国際がん研究機関(IARC)が出資している「Interphon研究」のオ−ストラリア担当も兼ねているが、すでに研究は終了していて、科学誌に研究論文を提出済みだ。この内容もウェブサイトに掲載されている。

日本の国立環境研究所(NIES)
斎藤友博博士は、「居住環境における極低周波電磁場曝露と小児白血病のケ−スコントロ−ル疫学研究論文」が“Int J Cancer”で発行される許可が下りたことを報告した。国立環境研究所はまた、家庭電気製品による電磁波曝露の評価(アセスメント)も実施中である。

各国国内における関心と主要問題についての報告要請

 参加国がこれまで取り組んできた国内の諸活動について文書報告するよう要請された。報告を要請された内容は、現在進められている研究調査計画・基準改訂の準備の有無あるいは最新基準の中身・EMFに対する国民の関心度、などである。すでに提出済みの各国報告内容はウェブサイトに掲載されている。

基準(スタンダ−ド)について

 午後は、エミリ−・バン・デベンダ−博士が、EMFの健康基準づくりのための「WHOフレ−ムワ−ク最新草案」を発表した。彼女は、WHOは健康リスク評価は行なうがEMF基準そのものをつくることはしない、と説明した。国際EMFプロジェクトの全面的協力者であるICNIRPが国際基準を開発(develop)する。国際EMFプロジェクトは基準のための国際的合意促進を行なう。デベンダ−博士は基準のフレ−ムワ−ク(枠組み)をつくる理由について概要説明した。その後EMF基準を設定にとってのキ−となる要素について討議がなされた。

 トム・マクマナス博士は、WHOの「EMF法律モデル案」を発表した。モデル案は次の3つの要素から成っている。

0ヘルツ〜300ギガヘルツまでの電磁波の一般人曝露を規制する規則や法律を、行政当局が提案できるモデル法案。

上記のような一般人への電磁波曝露を規制する法の下で認められる領域・適用内容・曝露基準・許可手順、を詳細に設定するモデル規則案。

上記の法や規則をつくるための根拠や手順を述べた説明文書。

 彼は、次のような項目も含めてモデル法案やモデル規則案の概要について述べた。
目的・対象・範囲・定義・原則・曝露基準・遵守手順・施行・記録保持・情報。

 マイケル・レパチョリ博士は、「WHO予防方策フレ−ムワ−ク」の最新版について発表した。彼は発表で、「Precautionary Framework」(予防方策フレ−ムワ−ク)というタイトルを「科学的不確実分野における公衆衛生政策の指針となるフレ−ムワ−ク」(Framework to Guide Public Health Policy in Areas of Scientific Uncertainty) というタイトルに修正した。このフレ−ムワ−クのねらいは、合理的で実現性のある選択を発展させることにある。科学的不確実分野における「利益」の定義は難しいので、「費用便益」(cost-benefit)の代わりに「費用効果」(cost-effectiveness)の考えを入れるねらいもある。そして政策評価を繰り返し、利害関係者を幅広く参加させるよう要求している。このフレ−ムワ−クは2005年7月に開かれるオタワのワ−クショップで仕上げ作業をし、2005年末に完成させるよう予定している。

EMFの労働曝露

 マイケル・レパチョリ博士は「WHO/NIOSH」文書について発表した。米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)は“労働現場におけるEMF曝露の管理”に関する報告書の起草を手伝っている。この報告書は9章から成っている。9章は、「導入部」(範囲・目的・聴取と動機付け)、「物理学的特徴と相互メカニズム」「曝露測定」「EMF労働曝露ガイドライン」「曝露状況の典型」「労働曝露低減のためのガイドライン」「計画・戦略・方策マネジメント」「責任所在」「結論」、である。この報告書草案は2005年末までに配布され、印刷完成前に再検討される予定だ。
 K・ハンソン・ミルド博士は、EU指令について発表した。このEU指令は「指令2004年/40EC」といい、2004年4月29日に欧州議会で可決されたものだ。指令の内容は、労働者曝露を物理的因子(EMF)によって引き起こされるリスクとみなし、健康と安全のため最低限必要な対策を施せ、というものだ。労働者の健康と安全のために、労働者を電磁波リスクから守るための対策を2008年までに採用することが欧州にとって必要なことである、とEU指令はしている。しかし電磁波の長期間影響はEU指令では扱わない。EU指令の対策は個々の労働者の健康と安全を保障するだけでなく、すべての労働者を保護するための最低限の保障もつくりあげようとしている。

(以上は2005年6月13日)


(以降は2005年6月14日)

WHOが主催しているワ−クショップの概要

 マイケル・レパチョリ博士は、2004年6月9日〜11日にイスタンブ−ルで開催されたワ−クショップ「子供とEMF」について報告を行なった。その会合で子供へのEMF曝露は、健康にとって有害である可能性が示唆された。その理由は、特に子供は中枢神経・免疫システム・その他の器官、が発達段階にあるためだ。その上、子供は大人より生きている歳月が長いため、それだけEMFを曝露される歳月も長い。子供の携帯電話使用については、イギリスのスチュワ−ト委員会報告その他で健康にとって懸念されることが発表されている。イスタンブ−ルワ−クショップの目的は、一つ目は利用できる情報の評価であり、二つ目はどんな結論が可能かについて要点をつかむことであり、三つ目はEMFの子供への曝露への懸念と現在到達している知識とのギャップを埋めるにはどんな研究が必要かを明らかにすること、であった。ワ−クショップでは、子供が大人より、よりセンシティブであることは明らかにならなかったようだが、かといって「センシティブかセンシティブでないか」の明確な結論に達する証拠もまた不十分であったといえる。ICNIRPガイドラインは、(一般人への規制の中でも子供への安全配慮は大きな要素だが)子供の保護も考慮に入れているとみられている。レパチョリ博士の発言内容はウェブサイトに掲載されている。

 K・ハンソン・ミルド博士は、2004年10月25日〜27日にプラハで開催された「電磁波過敏症」ワ−クショップの概要を報告した。電磁波に敏感に反応することを電磁波過敏症(Electromagnetic Hypersensitivity)または「EHS」と一般的に言う。症状は、頭痛・疲労・ストレス・睡眠障害・皮膚障害(皮膚はちりちりする、皮膚が焼けるような感覚、発疹)・筋肉の痛みや鈍痛・その他の健康障害、などである。電磁波過敏症の人にとっては電磁波過敏症は時には何も手がつかないくらい悩ましい問題なのだが、まわりの人にとってはその電磁波のレベルは、どうってこともないレベルの電磁波で反応しているのがふつうなのである。そのレベルは一般的に国際的に受け入れられている基準値より数段低いレベルである。プラハワ−クショップのねらいは、現段階の知識はどのようなものか検討することと、参加者間で議論する場を提供することと、この問題を今後どのように進めていくか提案すること、である。このワ−クショップで確認されたことは、電磁波過敏症は特定の症状がなく、個人個人によって様々な症状が出るところに特徴があることだ。症状はたしかに実在する。そしてその度合いは人によって様々である。人によっては、生活スタイルを変えざるを得ないほど症状はきつい。作業グル−プから「電磁波過敏症」(EHS)でなく、“EMFが原因と考えられる”「突発性環境不寛容症」(IEI=Idiopathic Environmental Intolerance with attribution to EMF)という言葉に変えたらどうか、という提案があった。その理由は、「電磁波過敏症」(EHS)という呼び方は電磁波と症状の因果関係が証明されたあかつきにはふさわしいが、まだ因果関係は証明されていないから、というものだ。プロヴォケ−ション研究(症状を誘発させて原因を探る研究)により、突発性環境不寛容症(IHI)の人とIHIでない人にそれぞれ電磁波を浴びせて電磁波を感知できるかを探る実験をしてみたが、差異が出なかった。概して、きちんと管理されて行なったダブルブラインドテスト(二重盲検)研究の結果、EMF曝露と症状の相互関連は証明されなかった。ミルドの発言内容もウェブサイトに載っている。

 ユ−リ−・グリゴリエフ博士は、2004年9月20日〜22日、モスクワで開催された「移動通信と健康(医学的・生物学的・社会問題との関連での)」ワ−クショップについて報告した。携帯電話中継基地局の電磁波が国内や国際的な基準値を遵守しているかどうかチェックするためには、基地局周辺の電磁波レベルを正確に把握する必要がある。基地局電磁波の公衆曝露が健康リスクにどう影響するか評価する必要があるからだ。ワ−クショップでは、この課題が討議された。また参加した国のいくつかで基地局の取り扱いを巡って起こっている経験についても、討議がなされた。モスクワ・ワ−クショップで確認されたことは以下だ。

電磁波発生源の安全レベルは、適切で科学的根拠のある基準値を参考に評価されるべきである。

ロシアの基準と国際的基準とで大きな開きがあるが、一致させていくことが支持される。

テレコミュニケ−ション(電気通信)を今後も発展させていく観点から、さらに研究調査が促進され国際的協調と情報交換が奨励されるよう勧告する。

研究調査の必要性の優先度を決める際には、WHOの研究調査予定を参考にすべきだ。

研究調査の予定表を定期的に更新する上で、ロシアの科学者の積極的貢献が求められる。

このワ−クショップ報告をさらに知りたければウェブサイトに載っている。

 ピ−タ−・ガジェック博士は、2004年11月8日〜9日、スロベニアで開催された「電磁場に関する生物影響から法制化国際会議まで」ワ−クショップについて報告した。このワ−クショップの目的は、次のような社会的に誰もが疑問に持つことに答えを与えることにある。「現行の電磁波基準値は電磁波から私たちを守ってくれるのだろうか?」。EUの新メンバ−国や候補国ではより低い電磁波基準値や法的規制値を採用をしているので、こうした国にとってはこうした疑問がとりわけ重要なのである。しかし科学的に不確実な問題に対して、予防方策を使おうという強い動きが出てきた。残念なことに、いくつかの国は曝露基準ガイドラインの根拠となる科学の土台を崩すような方法で、予防原則を使うのがふさわしいと考えるようになった。ワ−クショップ会合で発言した人たちはEMFガイドラインの信頼できる科学的背景について論じ、各国の政府代表にEMF問題の扱い方についてアドバイスを与えた。さらにEU新加盟国や加盟候補国のEMF基準値のための別の会合を開き、そうした国で現在進められている研究調査活動の検討も含めて、一致点が見い出せるように会合がもたれた。ワ−クショップで確認されたことは以下だ。

これまでの科学的証拠の評価からすると、ICNIRPガイドライン以下のレベルの電磁波を曝露されても悪影響が出るという確立された証拠はない。

EU加盟各国政府、とりわけ新加盟国や加盟候補国は国際的ガイドラインや「WHOが開発しているEMF曝露を規制するためのEMF基準フレ−ムワ−ク」を採用することで、市民や労働者を電磁波から守るべきだ。ただし科学的な根拠のあるガイドラインの土台を壊さないという条件で、追加的予防方策を採用してもかまわない。追加的予防方策は照射限界(emisson limits)とかEMF発生源からのEMFを減らすための技術的方策といった面は取り扱うことができるが、曝露の質を変える(modify exposure)ようなことはすべきではない。この報告もウェブサイトに掲載されている。

調査研究について

 ベルナルド・ベイレ博士は、これまで行なわれた調査研究の論評を行なった。彼は疫学調査と電磁波過敏症を除く、全ての周波数領域の電磁波に関して論文審査誌に発表された研究について概説した。WHOが推薦する研究のほとんどは、WHOの調査研究議題として取り扱われている、と彼は結論づけた。高周波電磁波(RF−EMF)曝露システムの品質改善は続いている。実験室での研究の約半分は再現研究である。EMFの治療上の効果に関する研究は増加している。

 マイケル・レパチョリ博士は、WHOの研究調査日程(Research Agenda)について報告した。今後の研究調査としては、知識や理解のギャップを確認する作業と、EMFの健康リスク評価を広めるための研究分野を新しく作る作業が中心だ。これまでの奨励されてきた研究調査は「子供のワ−クショップ」と「静電磁場のEHC(環境健康基準)」として引き継がれた。極低周波電磁場のために必要な研究は、2005年10月開催の「極低周波電磁場作業グル−プ」でより最新のものに改訂される。高周波電磁波の研究日程は2003年に改訂され、2004年に「子供のワ−クショップ」に引き継がれた。次の改訂は2006年−2007年開催予定の「高周波電磁波作業グル−プ」に引き継がれる予定だ。
 レパチョリ博士は、「フランス=ロシア研究」にも言及した。旧ソ連で行なわれていた研究は、ラットへのマイクロ波照射で脳細胞の抗原の構造が崩壊することを示した。この研究がソ連のマイクロ波基準値設定の根拠になった。そして今もロシアや中国の(西側より厳しい)基準値の根拠になっている。この研究結果の再現研究がロシアとフランスの研究者が共同で2005年中頃から始まっており、仕上げまで1年を要する。再現研究のプロトコル(協定)は合意され、資金も目処もついた。WHOは研究の監視を受け持つ。

 アンダ−ス・ア−ルボム博士は、携帯電話のコホ−ト研究について報告した。携帯電話使用者を対象とした完全なコホ−ト疫学研究で携帯電話の健康への悪影響が立証されるのかどうかを見極めるため、彼はコホ−ト研究を予定している。完全なコホ−ト疫学研究は現在計画段階にある。この研究は、18歳以上の25万人の携帯電話使用者のコホ−ト(集団・群)をまず確定し、次に携帯電話の繰り返し使用、通話量・アンケ−トなどを特定し、さらに健康状態や交絡因子などの基礎的情報を把握する。そしてこの25万人の集団をはじめは5年間追跡し、登録とアンケ−トにより健康情報を集める、というものだ。このコホ−ト疫学研究は5ヵ国(デンマ−ク・フィンランド・ドイツ・スウェ−デン・英国)が対象になる。

 エリザベス・カ−ディス博士は、「インタ−フォン研究」の最新情報を報告した。彼女はまた、携帯電話を使う子供を対象にした「インタ−フォン・キッズ(kids=子供)」という名の新しいコホ−ト研究を提案した。このために、完全なコホ−ト研究を実施する前に、パイロット研究を開発し実行することが必要だと、彼女は説明した。

ファクト・シ−ト(概要報告書)の見直し

 昼食後大久保千代次博士が、事実と情報を載せた文書の見直しについて説明した。WHO国際EMFプロジェクトは、電磁波と公衆衛生に関する多くのファクト・シ−ト(特定の問題に関する事実を簡潔にまとめた概要報告書)と情報文書を発表してきた。現在、情報を簡潔かつ読みやすくした文書をこの二つのフォ−マットで提供している。ファクト・シ−トは事実のみを一覧表にしたもので、これはWHO事務局長レベルの承認を経ている。情報文書には、事実と各国政府への一般的勧告の両方が入っている。これもWHO事務局長レベルの承認を経ている。電磁波と公衆衛生に関する過去のWHOファクト・シ−トはすでに15ヵ国語で発表されている。過去1年分のファクト・シ−トは、スロベニア語・ギリシャ語・アラビア語・スペイン語に翻訳されている。情報文書のほうは、過去1年分は国際EMFプロジェクトのウェブサイトに載っている。その中には、「環境中におけるEMFの影響」「中間周波数(IF)」「電子レンジ」がある。これらの情報文書は英語以外では、アラビア語・日本語・スペイン語など数ヵ国語で載っている。

 過去1年分の活動結果は、いくつかの新しいファクト・シ−トとして編集されている。そして「高周波電磁波の過度曝露に対する医学的反応」「子供とEMF」「電磁波過敏症と携帯電話中継基地局」「無線ネットワ−ク」(これは2005年6月のワ−クショップ後に発表される)は短くしてウェブサイトに掲載される予定だ。

コミュニケ−ション活動

 エミリ−・バン・デベンダ−博士は、WHOの刊行物やウェブサイトの最新内容について報告した。6件の科学論文が過去1年間に発表されている(内容省略)。「リスク・ハンドブック」など他の刊行物は、オランダ語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・日本語・ロシア語・スペイン語に翻訳されており、国際EMFプロジェクトのウェブサイトも掲載されている。国際EMFプロジェクトのパンフレットは最新版に変わっているし、ウェブサイトからダウンロ−ドもできる。過去1年間の活動結果のうち、プロジェクトに加盟している国の国内活動等に関する情報はウェブサイトで常に更新されている。

 コリン・ロイ博士は、地方自治体の新しい無線通信ブックレットについて報告した。このブックレットは1999年発行の『WHO・EUROブックレット』最新版となるもので、次のような内容を含む草案段階のものだ。「概要」「電磁場と放射線とは何か」「人々が懸念する背景について」「高周波電磁波と健康問題」「規制面について」「高周波電磁波に関して地方自治体は何ができるか」「一般的な電磁波発生源」「電磁波の典型曝露例」「勧告」「Q&A」「技術的補足」である。

 大久保千代次博士は、WHOの研究調査デ−タベ−スについて報告した。このデ−タベ−スは研究分野へのサ−ビスとして集められてきたものだ。目的は、現在実行されているWHOのEMF研究調査や今後予定されている研究調査に関連する計画に役立てるため、世界中の研究者に幅広く情報を提供しようというものだ。WHOに協力して、ドイツ無線応用研究協会(FGF)が研究調査デ−タベ−スを定期的に更新している。このデ−タベ−スは8つのカテゴリ−に分かれている。そのうちの大きな研究タイプ(曝露量・疫学調査・動物実験・携帯電話研究・人間誘発実験研究)について説明した。2005年5月27日現在、WHOのデ−タベ−スに1199件の研究が提供されている。そして611件の研究がすでに刊行発表されている。

 ドイツ無線応用研究協会(FGF)のハインツ・ギュンタ−・ノイゼ博士も、研究調査デ−タベ−スについて報告した。161件の研究が現在進行中である。FGFが2004年3月に、「現在進行中である」とされている研究が実際に続けれているかどうか調査を開始した時、デ−タベ−スには894件の研究があり、170件の研究は実際に継続されていた。はじめにFGFは資金を出している機関に「デ−タベ−スの更新はしているか」尋ねた。次にその機関に「中心となってデ−タベ−スの更新調査をしているのは誰か」を尋ねた。その結果、2004年末までにFGFは「継続中の170件中」約100の研究についての情報を把握した。まだ70件は情報を得ていない。

 ディナ・シムニ−ク博士は、最新の世界標準デ−タベ−スについて報告した。国際EMFプロジェクトは世界規模のEMF標準デ−タベ−スを編集している。世界で50以上の国がすでに「標準デ−タベ−ス」に参加している。そのうちの4分の3がICNIRPガイドライン(1998年)を採用している。各国はEMF標準に関する国内記録デ−タを提出するよう求められた。そして可能ならばその国内記録デ−タを英語に翻訳し、WHOのウェブサイトに掲載するよう求められた。デ−タベ−スに参加している約半数の国は、「EMFハンドブック」「報告書」「パンフレット」、またはファクト・シ−トの形で情報を持っている。

本部運営関係について

 最後に、マイケル・レパチョリ博士が国際EMFプロジェクトの本部運営関係の報告を行なった。2005年末までにWHO国際EMFプロジェクトとして9つの会議を開催する予定である。そして何冊かのブックレットが来年のIAC定期大会までに発行予定である。「通信教育計画」や「高周波電磁波のEHC(環境健康基準)概略草案」など今後の活動がその中に含まれる。
 最後の最後に、彼は現在の資金状況を説明した。手持ちの資金はわずかで、まもなく使い切るであろう。すでに行なわれている国際EMFプロジェクト活動を完成させるには、共同した資金獲得行動が必要である。
 次回のIAC定期総会は「毎年6月開催」と決められているとおり、2006年6月に開催される予定である。


【解説】

WHO国際EMFプロジェクトは1996年に開始し、当初5年計画で新しいEHC(環境健康基準=Environmental Health Criteria)を作成する予定であった。新しいEHCは極低周波電磁場(ELF−EMF)に限定されていた。しかし、その後携帯電話が爆発的に普及したため、携帯電話で使われる高周波電磁波(RF−EMF)のEHCも策定すべきだ、となり、プロジェクトは5年延長され10年計画となった。

当初計画では、2004年に「極低周波電磁場のEHC」のドラフト(草案)が出され、2005年に最終案が発表される予定であった。しかし紆余曲折があり当初計画どおりには進まなかったが、今回のIAC総会で、2006年早期に「極低周波磁場と静電磁場の環境健康基準(EHC)」が出ることがわかった。そして高周波電磁波については2008年までずれこむことがわかった。

ただし、極低周波磁場の環境健康基準は「何ミリガウス」といった数値基準ではなく、「予防方策フレ−ムワ−ク」で記述されているような抽象的なものになることが予想される。

国際EMFプロジェクトの責任者はオ−ストラリアのマイケル・レパチョリ博士で彼はとかく「業界寄り」と批判されてきたが、最近のカナダの新聞『トロント・スタ−』のインタビュ−で「子供の携帯電話使用は慎重に」と言い始めている。これは従来のスタンスと変わってきている。いずれにしても水面下では電力会社・携帯電話会社・電機メ−カ−等が激しいロビ−活動を展開しているので、予断は許さないであろう。

注目すべきなのは、「電磁波過敏症」のワ−クショップが昨年開催されていることとHPA−RPDが「極低周波音」を取り上げている点だ。いいことだ。

旧ソ連、中国など東側世界と言われた国では電磁波規制が厳しいが、その根拠が「ラットのマイクロ波照射で脳細胞の抗原の構造が崩壊」という研究結果にあったことがわかった。ところが、こうした東側世界の「より厳しい」基準を西側の悪い基準に「統一」させようとしている。WHOのダ−クな部分である。


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