□迷走した候補地
NHKと在京民放局5社は2005年3月28日、東京都墨田区の「押上・業平橋駅周辺地区」の操車場跡地を新東京タワ−の第1候補にすることを決めた。地上デジタル放送用に高さ610メートルの巨大タワ−を下町に建てようというのだ。完成すればカナダ・トロント市のCNタワ−(553メートル)を抜き、世界一のタワ−となる。総工費は約500億円という大プロジェクトだ。
東京に新タワ−を建てようという計画はずっと以前からあった。一番早いのは1968年に当時日本テレビの会長だった正力松太郎氏が新宿区に新タワ−を計画した。これは「正力タワ−」と呼ばれた。最近の新タワ−建設騒ぎは、2011年のテレビ放送デジタル化をにらんだものだ。候補地は「東京タワ−周辺(芝公園)」「上野(上野公園)」「浅草(隅田公園)」「池袋(駅南口)」「池袋(財務省造幣局)」「さいたま新都心」など首都圏で15地域から名乗りが出ていた。
特に、さいたまタワ−(さいたま市中央区)は、「実現百万人署名」やス−パ−アリ−ナでの「2万人規模集会」(昨年9月)など誘致作戦は活発だった。それが一転して墨田区に建てる、と変わったのだ。
□はじめから本命だった八百長芝居?
しかし放送局筋では「墨田の優位は明らかだった」という声が出ている。多くの地域では5年越しの誘致活動をしたところもあるのに「すみだタワ−」は誘致表明してからわずか4ヵ月で決まってしまったのだ。「(押上地区の選定理由として)『江戸伝統文化の継承地』と言い出すのは、はじめから“結論ありき”だったのではないか」(豊島区)という批判が出るのも無理はない。墨田区長が東武鉄道に土地提供と運営面での協力を取りつけた、というのも出来すぎだ。東武鉄道は、候補地決定の2週間前に東武伊勢崎線・竹の塚駅周辺で手動式遮断機ミスで2人死亡事故を起こしたことで、「タワ−の建設のカネがあるなら安全対策に回せ」と批判されるのをおそれ、タワ−建設については当面“自粛ム−ド”を示している。しかし東武鉄道株が「新タワ−関連銘柄」として上昇したことをみても東武鉄道は悪い気はしていないはずだ。
□墨田区民にどこまで説明しているのか
「大きなことはいいことだ」と浮かれていた高度経済成長時代ならいざ知らず、下町のど真ん中に高さ610メートルの新タワ−ができることを墨田区民は本当に歓迎しているのだろうか。誘致の中心人物の墨田区長や取り巻き連中はともかく、地元のム−ドはお世辞にも盛り上がっていない。
さらにデジタル放送のもつ問題点や電磁波問題について、周辺住民は全く知らされていない。
こんなことでいいはずがない。
では、新タワ−の問題点とはなんなのだろうか。以下見ていく。
□デジタル放送は必要なのか
現在の放送はアナログ方式といい、正弦波でテレビ波を送る。それに対しデジタル放送は、映像や音声を「0」と「1」つまりONとOFFのデジタル信号でテレビ波を送信する。いわゆるパルス波だ。デジタル技術はデ−タの圧縮化が容易なため大量のデ−タ伝送に向いている。そのため高品質な映像や音声が届くと言われる。またデジタル放送は、使用する電波領域がアナログ放送より狭くてすめため周波数の空き領域が増える。
では問題点は何か。第1に、膨大な経費がかかることだ。具体的には、(1)デジタル化のためテレビ局自体では約45億〜50億円の設備投資がかかる、(2)新デジタルタワ−建設に約5百億円かかる、(3)「アナアナ変換」で最低727億円、実際は約2千億円位かそれ以上かかる。さらに消費者もデジタル対応のテレビを買うか、デジタル変換機器を買う必要がある。
「アナアナ変換」は説明が必要だ。現在地上デジタル波はUHFを使っているが、一部地域ではアナログ地上波もUHFで送っている。そのためこのままではデジタル放送とアナログ地上波が混信してしまうことになる。そこで現在のアナログ地上波UHFのチャンネルを空いている別の周波数帯に移す必要がある。これを「アナアナ変換」という。この経費が2千億円あるいは2千億円以上かかるかも知れないと試算されているのだ。
こうしたアナログ波からデジタル波への転換でかかる膨大な経費は、商品の値上げや電波使用料の値上げなどの形で一般利用者・消費者に負担転嫁されるであろう。
□そんなにチャンネル増やして誰が見る
第2の問題点は、チャンネル数が飛躍的に増えることでテレビの質がさらに低下するおそれが生まれることだ。地域情報や高齢者・障害者向けや双方向番組など視聴者のニ−ズに合った放送が供給されると推進側は言うが、そんなに増やしたからといって番組そのものが充実化する保障はない。
いまでもフランスなどに比べると日本のテレビチャンネルは多いし、どの局も同じような番組をつくり、年々テレビの質は落ちている、と識者は懸念している。残業の日常化など長時間労働でクタクタに疲れている人が多い、という日本社会の現実を変えずに、やたらチャンネルが増えても見る人は増えない。視聴率が低くければ番組経費も増えない。それで質の良い番組がつくれるはずがない。地方局にとってはデジタル化によるコスト負担に耐えきれず存続の危機に曝されるであろう。視聴者はチャンネル数が増えることを望んでいるのでなく見たくなるような番組を望んでいるのだ。
□デジタル電磁波の氾濫の恐怖
そして、第3の問題点は電磁波の人体への影響だ。従来、東京タワ−からアナログ放送波が発信されている。東京タワ−の半径450メートル以内の電力密度は「1.0マイクロW/cm2」を超え、場所によっては「10マイクロW/cm2」を超えることがわかっている。これはザルツブルグ基準値「0.1マイクロW/cm2」と比較して高い。テレビカメラマンは以前から「東京タワ−の近くではカメラが回らない。電磁波の影響ではないのか」とこぼしている。東京タワ−の10分の1の出力しかないオ−ストラリアの放送タワ−で、白血病等のリスクが増大しているという研究報告(ホッキング論文)があるが、日本でも東京タワ−周辺の疫学調査をすればリスクが高く出ると私は考えている。
デジタル波はアナログ波より人体に対する影響が強いという研究報告がいくつも出ている。デジタル波は人類がいまだ経験していない電磁波である。そんなデジタル波が東京タワ−より高い新タワ−から24時間・365日発信されるのである。最低限東京タワ−周辺の大規模疫学調査をし、その結果を見てから新タワ−建設は検討されるべきであろう。