予防原則について

大久保貞利(事務局長)

予防原則とは

 人の生命・健康や自然環境に対して、大きなリスク(悪影響)を及ぼす可能性がある対象(物質・活動等)について、たとえそのリスク(悪影響)の科学的証明が不十分であっても、防護対策を施すべきだという考えです。英語で「Precautionary Principle」で、「P.P.」とも略されます。

予防原則がいつ頃から言われたか

 科学技術が巨大化しテクノロジ−の無限定な発達が生態系や地球環境に悪影響を与えるおそれがあるのではと考えられようになって、「科学技術の発達はすべて善」という前提が懐疑的となった頃からといわれます。一般的には1960年代後半から70年代初頭にかけてです。70年代にドイツ政府が「大気浄化環境政策」を打ち出したことに始まると具体的に主張する研究者もいます。
 しかし今日のような世界的レベルで予防原則の是非が問われ始めたきっかけは、1991年7月に米国ウィスコンシン州ウィングスプレッドに世界の科学者が集まって開かれた「第1回ウィングスプレッド会議」で採択された「ウィングスプレッド宣言」にあると言われます。その中で「化学物質が人の生命・健康への脅威と環境汚染をもたらし、次世代への深刻なダメ−ジを与えるおそれがある」と警告が発っせられました。
 1992年には、ブラジルのリオデジャネイロで開かれた「地球サミット」(環境と開発に関する国連会議)の合意宣言である「アジェンダ21」の中で「環境を保護するため、予防的方策は各国によりその能力に応じてあまねく適応されねばならない。深刻なあるいは不可逆的な被害のおそれがある場合は、完全な科学的確実性がないことをもって環境悪化防止のための費用対効果の大きな対策を延期する理由に使ってはならない。」と予防原則の考えが盛り込まれました。
 さらに、1998年1月に開かれた「第7回ウィングスプレッド会議」で「予防原則」がテ−マとなり、そこでまとめられた文献は予防原則論の基本文献の一つになっています。
 2000年にはEC(欧州委員会)が健康問題と環境問題に関して正式に「予防原則」を採択する声明を発表しました。
 こうした流れの中で、2003年2月のWHO・EU・NIEHS合同のルクセンブルグ会議での「EMFs(極低周波と高周波)への予防原則適用決定」があるのです。

不確実性・不確かさについて

 予防原則は「科学的証明が不確実(不確かさ)でも事前警戒として防護策をとる」ことが大きな柱になっています。不確実は英語の「uncertainty」の訳です。「科学」というときちんと物事が証明されていると取りがちですが、実験室内での現象はさておき現実の世界の事象における因果関係の科学の証明能力はそれほど大きくありません。
 誠実な科学者ほど現実の事象に対して「わからない」と答えると言われます。新しい技術(テクノロジ−)の導入となればその影響がどのようなものか「わからない」のはいわば当然です。たとえばあるAの化学物質とBの化学物質のそれぞれの安全性が立証されてもAとBの複合による安全性の立証はむずかしく「不確実」なのです。そこで出てくるのが予防原則なのです。携帯電話という新しいテクノロジ−の影響は誰にも「不確実」なのです。だから電磁波には予防原則が必要なのだといえます。

基準値・許容量について

基準値や許容量というのは「無害な値・量」ではなく「それなりに有害だが“どこまで有害さが我慢できるか”」という社会的概念でしかありません。したがって社会認識が変わればその値や量は変わります。そんなものを100%安全と言い張るのは間違いです。


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