WHOファクトシ−ト・N−263
2001年10月3日発表
(翻訳 TOKAI)
世界保健機関(WHO)は、1996年にEMF曝露による健康問題を取り扱うため「国際電磁場(EMF)プロジェクト」を発足させた。このEMFプロジェクトは現在、静電磁場と極低周波電磁場の曝露に関する研究結果の再評価(レビュ−)とリスク評価(アセスメント)を行なっている。WHOは2002年〜2003年に、極低周波電磁場曝露によるすべての健康影響の評価を行なう計画である。
電気が送電線や配電線を通って運ばれたり、あるいは電気器具で使われる時はいつでも電線や電気器具の周辺に電場と磁場の両方が発生する。その時使用される商用周波数は50ヘルツか60ヘルツである。電気の使用は日常生活の一部となっている。しかしながら、そのような商用周波数あるいはそれ以外の極低周波数の電磁場が発がん性をもつのか否かが問題になってきている。
国際がん研究機関<IARC>(WHOのがん研究専門機関)はこのほど、極低周波電磁場がヒトに対してがんの原因になりうるかどうかを証拠の度合いにもとづいて分類することで、WHOの健康リスク評価手順の第一段階を実施した。 (http://monographs.iarc.fr/)
このファクトシ−トは、2001年6月のIARCや2001年5月のオランダ保健審議会、および2001年3月の英国放射線防護局専門家諮問小委員会(AGNIR)、によって行なわれた静電磁場と極低周波電磁場の健康影響に関する最近の再評価研究結果によって更新された情報提供である。本文書はWHOファクトシ−ト205を補足するものである。 (http://www.who.int/emf/)
IARC評価
2001年6月にIARCの科学専門家ワ−キンググル−プは、静電磁場と極低周波電磁場の発がん性に関する研究結果の再評価を行なった。ヒトの証拠、動物の証拠および実験的証拠、を比較評価したIARCの分類基準を使うと、極低周波磁場は小児白血病の疫学研究に基づき「ヒトに対して発がん性の可能性あり(possibly carsinogenic to humans)」と分類された。小児白血病以外のすべてのがんは子供・大人を問わず、その証拠は科学情報が不十分あるいは一貫性がないので分類できないとされた。またその他の曝露タイプ(たとえば静電磁場や低周波電場)も同様の理由で分類できないとされた。
「ヒトに対して発がん性の可能性あり(possibly carsinogenic to humans)」は、対象の因子(agent)が、ヒトに対する発がん性が限定的証拠であり、動物実験での発がん性の証拠が十分でない場合に適用される分類である。
この分類は、IARCが公表された科学的証拠に基づき発がん性の可能性を分類するのに用いる3つの分類[「ヒトに対して発がん性あり(carcinogenic to humans)」「ヒトに対しておそらく発がん性あり(probably carcinogenic to humans)」「ヒトに対して発がん性の可能性あり(possibly carsinogenic to humans)」]のうち、もっとも弱い分類である。IARCによってこれまでに分類された因子のうち有名なものをいくつか下表に示す。
分 類 | 因 子 例 |
---|---|
ヒトに対して発がん性あり (carcinogenic to humans) 通常、ヒトに対する発がん性の強い証拠に基づく |
アスベスト、マスタ−ドガス(毒ガス)、タバコ(タバコと噛みタバコ)、ガンマ線 |
ヒトに対しておそらく発がん性あり (probably carcinogenic to humans) 通常、動物への発がん性の強い証拠に基づく |
ディ−ゼルエンジン排ガス、太陽灯(皮膚病治療用の紫外線発生装置)、紫外線、ホルムアルデヒド |
ヒトに対して発がん性の可能性あり (possibly carsinogenic to humans) 通常、ヒトに対する信頼し得る証拠に基づくが、それ以外の説明を除外できない場合に用いられる |
コ−ヒ−、スチレン、ガソリンエンジン排ガス、溶接ガス、極低周波磁場 |
極低周波電磁場はがんの原因であるか?
極低周波電磁場は、電場と電流を誘導することで生体細胞組織に影響することが知られている。これが、極低周波電磁場において現在までで分かっている唯一の作用メカニズムである。しかし、私たちの身のまわりにふつうに存在する極低周波電磁場によって誘導される電流は、心臓の鼓動を調節する際に発生する電流のような体内で自然発生する最も強い電流に比べるとはるかに低いものである。
商用周波数磁場曝露と小児がんとの関係を提起した疫学研究が初めて発表された1979年以降、測定された極低周波電磁場曝露が、がんとりわけ小児白血病の発生に影響するのかどうかを見極めるため、数多くの研究が実施されてきた。
生活環境における極低周波電磁場の曝露が、DNAなど生体内分子に直接損傷(ダメ−ジ)を与えるという一貫した証拠はない。極低周波電磁場が「がん発生因子(イニシエ−ション)」とは考えにくいので、多くの研究調査は、極低周波電磁場曝露が「がんの促進(プロモ−ション)」または「共促進(コ−・プロモ−ション)」に影響するかどうかを見極めるため実施されてきた。これまで実施されてきた動物研究結果では、極低周波電磁場はがんの発生も促進もしないことが示されている。
しかしながら、疫学研究に関する最近の二つのプ−ル分析は疫学的証拠に洞察をもたらし、そのことがIARC評価に重要な役割を果たした。二つの研究は平均磁場曝露が0.3〜0.4マイクロテスラ(3〜4ミリガウス)を超える住民は、それより低い磁場曝露の住民に比べて小児白血病が2倍発症する、と示している。多くのデ−タベ−スがあるが、小児白血病の発症増加が磁場曝露が原因かまたは他のなんらかの因子が原因なのかについては、まだ特定されていない。
小児白血病は、毎年0歳〜14歳の子供1万人中、4人が罹るという稀な病気である。また居住において0.3〜0.4μT以上の平均磁場曝露を受ける住民も稀である。疫学研究結果によれば、240ボルトの電力供給を受ける住民のうち1%以下がこれに該当し、120ボルトの電力供給の国ではもっと高くなるかもしれない、と推定されている。
IARCの再評価は、極低周波電磁場はがんリスクの原因となりうるかどうかの問題を検討している。プロセスの次の段階は、通常の曝露環境下においてがん発生の見込みを推定することと、がん以外の他の疾病の証拠を評価することだ。このリスク評価は、WHOによって今後18ヵ月以内で完成される予定だ。
国際的ガイドラインについて
すべての種類の電磁場の曝露基準についての国際的ガイドラインは、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)によってつくられてきた。ICNIRPは、WHOと公式的な関係をもつ非政府組織(NGO)であり、WHO国際電磁場プロジェクトのパ−トナ−である。電磁場曝露に対するICNIRPガイドラインは、あらゆる科学を広範囲に評価調査したことに基づいて作成されるが、その基準値は短期の急性曝露と関係する健康影響の防止を意図して設定されている。これは、ICNIRPが極低周波電磁場の発がん可能性について、曝露に対する定量的基準を設定するには科学的情報が不十分であるとみなしているからだ。
いくつかの国の対応について
発がん性の可能性があると分類された因子に対する規制方針は、国によっても個々の因子によってもまちまちである。IARCによる発がん性評価や分類が、そのまま自動的に国の規制に結びつくわけではない。ガソリンエンジン排ガスやコ−ヒ−が「ヒトへの発がん性の可能性あり」と分類されているが、ガソリンエンジン排ガスを減らすために政府が明確な対応をとることはあったが、コ−ヒ−を飲むことを制限する方策をとることはなかった。
電磁場曝露の健康影響に対する人々の関心の高まりに対応して、いくつかの国ではIARC評価に先行して独自の科学的評価(レビュ−)を実施した。早いところでは1998年に米国立環境健康科学研究所(NIEHS)のワ−キンググル−プがこの問題に取り組み、極低周波磁場を「ヒトに対して発がん性の可能性あり」に分類した。米国政府関係当局はその後、人々への継続的な情報提供や教育、あるいは電力会社に可能な範囲で自主的に曝露低減を奨励するなどの、「受動的規制行動」を勧告した。
英国では非電離放射線諮問小委員会が、商用周波数電磁場とがんリスクの問題で英国放射線防護局(NRPB)に最近報告書を提出した(AGNIR、2001年)。その内容は、電磁場が小児白血病の原因であるとする確固たる結論を正当化するに十分なほど強い証拠は現在ないが、強い磁場を長期間曝露すると小児白血病リスクは増大する可能性がある、としている。そして、AGNIR(非電離放射線諮問小委員会)は研究をさらにすすめるよう勧告した。オランダ政府の主要な科学的諮問機関であるオランダ保健審議会も同様の結論に達している。
WHOの対応について
WHOは極低周波磁場を「ヒトに対して発がん性の可能性あり」に分類したが、極低周波磁場曝露と小児白血病の間に観察される関連性について、別の解釈が成立する可能性もある。とくに、疫学研究における選択バイアスの問題や極低周波磁場以外の種類の電磁場曝露を厳密に研究分析する必要があるし、新しい研究も求められるであろう。それゆえ、WHOはより信頼のおける情報を提供するために、継続し集中した研究プログラムを推奨する。現在そのための研究のいくつかは進行中で、研究結果は2〜3年後に出ると予想されている。
WHOのEMF(電磁場)プロジェクトは、各国当局が、電気技術がもたらす便益と健康リスクとのバランスや、どのような防護方策が必要であるかを決めるのを支援するために行なっている。極低周波電磁場の防護方策を提案することはことのほか難しい。それは、どんな電磁場の特性が小児白血病の発生に関係するのかが分かっていないためである。だからどんな特性の電磁場を低減させればいいのかも分からないし、たとえ影響があるのは極低周波磁場であるとしても防護方策を提案することは難しい。ひとつのアプロ−チ(方策)は、費用対効果を考慮して極低周波電磁場曝露を低減することを目的とした自発的な政策を行なうことである。この点については、2000年3月に発行したWHOの背景説明資料の中で討議されている。 (www.who.int/peh-emf)
いくつかの予防方策を以下、要点のみ述べる。
・政府と産業界
政府や産業界は最新の科学的新事実(展開)を認識すべきだし、電磁場リスクの可能性に関する偏りがなく、わかりやすく、かつ総合的な情報を一般の人々に提供すべきである。また曝露低減のための安全で低コストな方法も、一般の人々に提供すべきである。さらに政府や産業界は、健康リスク評価ができるためのよりよい情報を引き出すための研究を推進すべきである。
・個人
一般の人々は個々人、特定(certain)の電気器具の使用を最小限にとどめるとか、比較的高い電磁場を出す発生源から距離を離すことで、曝露低減のための選択をすることもできる。
・送電線の新設の際は地方自治体・産業界・住民は協議する
送配電線(power lines)が消費者に電力を供給するために設置される必要があることは明らかなことだ。設置の決定にはしばしば景観や住民感情に配慮することが求められる。しかしながら、設置の決定には、住民への曝露(量)低減方法もまた考量すべきである。
・健康情報とコミュニケ−ションのための効果的システム
極低周波電磁場曝露を扱うための計画や不信感や恐怖感を減らすための計画について、一般の人々への認識を高めることが求められているし、科学者・政府・産業界・一般の人々の間に、健康情報とコミュニケ−ションのための効果的システムが求められている。