寄稿:荻野晃也(京都大学工学研究科講師)

携帯電話の何が問題か?

山形南高新聞・第157号(2000.10.19)

 携帯電話には高周波と低周波とを混ぜた変調技術が使われていますので、低周波の影響も考えられますが、ここでは高周波の影響のみを中心にしたいと思います。
 携帯電話はマイクロ波と呼ばれる高周波を使用していて、それには発熱効果があります。その効果をうまく利用したのが電子レンジなのですが、それ以外にも「ホット・スポット効果」という、熱集中効果もよく知られています。
 その様な高周波が、目にあたれば白内障が、睾丸にあたれば無精子症が懸念されたのは第二次世界大戦の頃からなのです。目や睾丸には冷却用の血管が少なく熱上昇に弱いからです。
 熱効果のあることは知られているのですが、それ以外にも生理作用や発ガン等の、いわゆる「非熱効果もあるのではないか」と言われ続けてきたのです。旧ソ連は、三十年以上も前から「非熱効果もある」という見解だったのですが、西欧では「あり得ない」として無視されてきたのです。
 ところが最近になって、「非熱効果」が心配され始めたのは、何と言っても携帯電話の普及が予想以上であったこと、特に若者の使用が目立つことが原因の様に思います。
 今年五月、英国で一つの報告書が発表されました。英政府の依頼を受けた「携帯電話と健康に関する独立専門家グループ報告書」という報告書です。
 「十六歳以下の子供は携帯電話を使用しないように」との勧告が含まれていることに、英国の親たちは大変な衝撃を受けたのです。子供の頭骨がまだ軟らかいこと、脳神経の発達途上であること、携帯電話の電磁波が頭に悪影響を及ぼす可能性を示す研究の多いことなどから、せめて子供に対しては「予防的原則」を適用して、電磁波被曝を避けるように勧告したのです。
 いまや世界中に約六億台もの携帯電話があり、普及率が五○%を越えている国もフィンランド・スウェーデン・イタリア・香港・台湾・韓国など、日本も九月まで六一六一万台(PHSを合む)と四七%に達していて特に若者に大人気であることは言うまでもありません。
 頭痛が六倍も増加しているとのスウェーデン・ノルウェーの合同研究もあります。携帯電話から放射されている電磁波の半分は頭に吸収されているわけですから、私は携帯電話のことを「小型の電子レンジ」だと言っています。英国の新聞には「頭を料理する携帯電話」とまで紹介されたことがあるほどです。
 九九年五月、英国でハーデル論文がマスコミを賑わしました。携帯電話を右耳で使う人と左耳で使う人の脳腫瘍を調べた疫学研究なのですが、使用する側の腫瘍が実に二・五倍前後に増加しているのに、使用しない側などでは増加していないと言う研究内容だったからです。統計的に有意な結果ではなかったのですが世界的に話題になったのです。しかし日本ではほとんど紹介されませんでした。
 そういえば、九八年十二月に米国の連邦通信委員会(FCC:日本の郵政省・電波局に相当)がソニーの携帯電話をリコールしたのですが、そのことを報道したマスコミもなかったように思います。
 いま問題になっているのが、携帯電話の基地タワーのことです。携帯電話を使用している人たちには、リスク(危険)とベネフイット(利益)とのバランスが成り立ちますし、「脳腫瘍の人体実験の志願者たち」になることも本人が判断しているわけです。しかし、タワー周辺にいる赤ちゃんたちは、危険性しかないからです。
 欧米と異なり、日本の携帯電話システムは小ゾーン方式ですから、人口密集地に沢山のタワーを建設しなければなりません。その結果として、被曝する人たちが増えてしまうわけです。
 自然界にある高周波の電磁波は大変弱いのですが、この地球はもう自然界強度の一○○倍もの「電波の海」になっているというのに、更に頭の真横で自然界強度の一○○万倍もの被爆を受け始めたというわけです。
 自然界にある電磁波はアナログ型ですが、携帯電話はすべてデジタル型です。デジタルの方が「危険性が高い」との研究が多いのも、生物が過去に経験したことのないような電磁波だからだと思われます。
 欧米では、電磁波強度が弱く、頭への熱寄与量も少ない携帯電話が開発され、その熱寄与量も公表されているのですが、日本では秘密のままです。日本製携帯電話の熱寄与量を知るには欧米の新聞やFCCの発表から知るより他に方法がないのです。
 基地タワーからの強度に関する法律規制が昨年十月から始まったのですが、大変にゆるい値で、ロシア・東欧・中国やイタリア・スイスなどはその約一○○分の一です。環境都市として有名なオーストリアのザルツブルク市は実に五○○○分の一なのですが、それより更に弱い被曝でも睡眠障害が増加するとの最近の研究もあるのです。
 危険性が確立してはいなくても、危険性を示唆する研究が沢山あるという理由で、「予防的原則」「慎重なる回避」政策を重視する国々が増えてきています。しかし、この日本てば「IT革命」に浮かれて危険性を「真面目に検討しよう」との声がほとんど間かれないのが本当に残念です。
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荻野晃也先生のプロフィール

 富山市生。京都大学理学部物理学科卒。大学院修士課程(原子核物理学専攻)終了。
 京都大学工学研究科講師。
専門は原子核物理工学、電磁波測定学、放射線計測学など。
著書は、「携帯電話は安全か?」(日本消費者連盟)、「ケータイ天国・電磁波地獄」(週刊金曜日)など多数。
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<山形南高新聞・編集者の後記>
 今回、携帯電話やPHSの問題点として新聞などで話題となった「電磁波」の影響について専門家の話を伺うことにした。インターネット上で検索したところ、「電磁波問題研究会」のホームページがみつかり、その紹介により、この問題についての権威である荻野先生に原稿を書いていただける事となった。先生を初め努力していただいた皆さん、本当にありがとうございました。
 さて、記事を読んで、電磁波の恐ろしさがわかったことだろう。もう一度携帯の必要性を考え直してみてはどうだろう。


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