(ここに示された文章は、<『ムー』2000年9月号 緊急レポート 文=中野雄司 イラストレーション=坂野康隆>より、電磁波問題市民研究会が抜粋したものです)
「iモード」をはじめ携帯電話は万能の情報端末へと進化を続けている。しかし、その狂騒の陰で、電磁波は着実に人体ヘダメージを蓄積させていた−−!”電磁被過敏症候群”の諸症状から、脳腫瘍、ガン、白血病の病因にいたるまで、”ケータイ”の電磁波は、ボディーブローのようにわれわれをヒットしつづけているのだ!
<高額の損害賠償に怯える業界とは?>
今年7月14日、米フロリダ州地裁陪審団は、大手たばこメーカー5社に対して約15兆5000億円(杓1450億ドル)の賠償金を支払うよう命じた。15兆5000億円という賠償額は、懲罰的損害賠償額として史上最高の金額である。
訴えていたのは、同州において喫煙被害仁苦しむ3人。原告ら3名は州内の全喫煙者を代表する形で大手たばこメーカーを訴えていた。そして同地裁陪審団は審議のすえにメーカー側に責任ありと認め、上記のような評決を下したのである。
評決の内容が報じられたとたん、ニューヨーク証券取引所では、たばこメーカー各社の株がいっせいに急落、メーカー側の代理人は、「この賠償額はメーカー5社を10回も倒産させるような不当な金額だ」と激しく反発した。
さて、この15兆5000億円という空前絶後の損害賠償金支払いを命じた評決を、固唾をのんで見守っていた業界がある。喫煙被害でこれだけの賠償金が命じられるのなら、もしわが社が訴えられた場合はいったいどれだけの賠償金を命じられるのか、と不安の色をかくせないメーカーがあったのである。
携帯電話メーカー各社である。
そんなまさか、と恩われる読者もいらっしやるだろう。喫煙と携帯電話と、いったいどんな関係があるのか・・と。
が、関係は大アリなのだ。
その恐ろしいまでの類似性については、また後に触れよう。ただ、匿名を条件に取材に応じてくれた携帯電話メーカーの社員はこう語っている。
「じきにわが社の製品にも『健康をそこなうおそれがありますので、電話のかけすぎには十分注意しましょう』と表示しなければいけなくなるかも・・」
そう語る彼の、冗談とも本気ともつかぬ口ぶりが、筆者には空恐ろしく感じられた。
<携帯電話をめぐる無気味な噂>
噂は以前からあった。
日く、携帯で長く話していると頭が痛くなることがある。あるいは、目がチカチカする。
日く、仕事で携帯を支給されてから気分が落ち着かない。あるいは、イライラするようになった。
ただ、それらの切実な個人的体験を語る人々に対して、周囲はほとんどがバカげた妄想として、まともに対応しようとしてこなかった。あいつは少し神経質だからと、嘲笑の対象になることさえあった。
携帯電話の潜在的な危険性に対して科学のメスが入るようになったのは、実際、ごく最近のことなのである。
そして今、たわいもなかったはずのこれらの噂は、逃れようのない恐怖として、現代人の前に立ちはだかろうとしている。
たとえば、郵政省は携帯電話が人体に及ぼす悪影響を解明するための疫学調査を本年度の秋から2年がかりで行うことを決定したばかりである。調査は、東京、大阪の脳腫瘍患者数百人と、その2〜3倍の健康な人に協力を求め、合計3000人を対象に携帯電話の使用状況や発病の様子、症状などを調べる方向で検討している。
ときを同じくして出された郵政省の発表によると、来夏をめどに携帯電話に関係する電波法を改正するという。これは携帯電話から発せられる電磁波を規制する法案である。これまで同省は、携帯電話から発せられる電磁波のエネルギー量に関して法的な規制を設けていなかった。メーカー各社はガイドラインに基づく自主規制は行っていたが、法的な規制がないことから、データすら公表していなかったのである。
なんともあわただしい決定が矢継ぎ早に行われている。表現は悪いが、ドタバタとあわてふためいている感さえある。
その背景にあるのは、「どうやら本当にやばいぞ!」という危機意識である。このままほうっておいたらいい逃れできない。今のうちになんとか体裁をつくろわなけれぱ・・、という官僚意識てある。
実際、日本のアクションはあまりにも遅かった。たとえば前述の大規模な疫学調査にしても、実はIARC(世界保健機構の国際ガン研究機関)が世界規模で行っているものに、遅ればせながら、世界で14番目にやっと参加したにすぎないのである。
最近では日本の週刊誌などでもごくまれに、「携帯電話は人体に危険!?」のような記事を見かけるが、こればタメ息が出るほど世界の常識とかけ離れている。
欧米の科学者の間では、携帯電話が危険か危険でないかはもう論ずべき問題ではないのだ。「危険である」ことは疑いようのない事実なのであり、現在ではそれが「どのような危険なのか」が論じられているのである。
<脳障害、DNA破壊−−戦慄のデータ>
話題になつた研究のいくつかを紹介しよう。
1996年4月14日、英国「サンデー・タイムズ」紙は「危険! 携帯電話があなたの脳を調理する!」という衝撃釣な見出しの記事を掲げ社会に警鐘を鳴らした。
英国の科学者グループの研究によると、携帯電話から発せられる電磁波は電子レンジなどで用いられるマイクロ波と非常に近く、長期間継続的に使用すると、脳の一部が”加熱調理”されるのと同じ影響を被る可能性があるという。
また、携帯電話が発するマイクロ波の70パーセントは頭部に吸収されてしまい、それらのエネルギーは脳の一点に集中してしまうという恐るべき現象(ホットスポット現象)も、同グルーブの研究により明らかにされた。
さらに携帯電話から発せられる電磁波は、脳細胞そのものはもちろん、神経伝達物質であるドーパミンにも少なからぬ影響を与えるため、重大な脳障害を引き起こす可能性があると警告している。
もっとも脳内の神経伝達物質が電磁波の影響を被る危険性については、すでに80年代後半からアメリカの科学者を中心に、これまでも重要な研究が進められてきた。
たとえば、ベッカーおよびぺリー両博士の共同研究によると、電磁波を浴びると脳の松果体からの神経ホルモンであるセロトニンの分泌が抑制され、その結果さまざまな情緒障害、さらに最悪の場合は重大な精神障害をも引き起こす可能性があると指摘している。
スウェーデンのアスバーグ博士も電磁波の影響で神経ホルモンのセロトニン分泌が抑制され、セロトニンの欠損が、深刻な抑うつ病を引き起こすと警告する。
もちろん脳細胞そのものに対する影響も、マウスなどをつかった実験では、戦慄すべきデータが発表されている。
1986年に発表されたワシントン大学生物工学センターのライ博士およびシン博士の共同研究によると、携帯電話で使われるのと同じレベルの電磁波をマウスに2時間照射すると、4時間後にはマウスの脳細胞の60パーセントのDNAが破壊されたという。
同種の研究・実験は、さまざまな形で行われている。
たとえばアルバート博士の実験によれぱ、電磁波の照射によりマウスの小脳が変質したことが確認されているし、シエスカ博士の実験ではマウスの精子が著しく減少し、さらに染色体そのものに異常が見られたという。
もちろんマウスと人間では、生体メカニズムがあまりにも違っている。前述の実験データがそのまま人間の脳にあてはまるわけではない。人間の脳への影響はいまだ未知数なのだ。
かといって、どんな意欲的な科学者であろうと、同種の人体実験を研究室レベルで行うことば不可能であろう。人道的にそれらは許されざる行為だからだ。
では、携帯電話が人間の脳に及ぼす影響のデータは明らかにされないのだろうか。
そんなことはない。実験はより広範な規模で行われている。実験室の狭い部屋の中ではなく、現実の社会で、あなた自身をモルモットとして・・。
何気なく携帯電話を手にするあなたの脳が、どのように変容するのか、そのデータが明らがになるには、まだ数年が必要だろう。
<電磁波はこうして人体を蝕む!>
さて、これまで幾度となく「電磁波」とか「マイクロ波」という言葉をつかってきた。
が、これがわかったようでわからない言葉である。電磁波とはいったい何なのか? ここであらためて電磁波とは何なのかについて、ごく簡単に説明しておきたい。
電磁波を専門的に定義するとかなりややこしい表現が必要となる。が、ひらたくいってしまえば電気(もしくは磁気)エネルギーが生じたとき周囲に発生する波動のことである。つまり電気が流れるところには、すべて電磁波が生じると考えてもらいたい。
意外に思われるかもしれないが、紫外線や赤外線も電磁波であるし、X線やγ線も電磁波である。もちろん、ラジオやテレビの電波も電磁波である。
この広い意味での電磁波のうち、波長が非常に短いものをマイクロ波と呼ぶ。このマイクロ波が携帯電話から発せられている電磁波である。周波数が近いマイクロ波は、電子レンジで食品を加熱調理する際に用いられている。
さて、電磁波が人体に及ぼす危険については、意外に古くから研究が進められている。
最初に問題になったのは、高圧送電線である。1978年、米国のワルトハイマー博士は、デンバーの高圧送電線が通る地域で小児ガンの発生率が高いことに注目、大規模な疫学調査を行った。結果、小児ガンの発生率は他の地域に比べて2.25倍、白血病の発生率は2.98倍、脳腫瘍の発生率は2.4倍も高いことが判明したのである。
このワルトハイマー博士の研究に触発され、以後、世界各地で同様の調査が行われるようになる。主なものだけでも数十種類の研究成果が発表されており、そのいずれもが電磁波が、ガンや白血病の引き金となったことを疑わせるに十分なデータであった。
なかでも1992年、スウェーデンのカロリンスカ研究所のアルボム博士が中心となって行った研究は有名である。カロリンスカ研究所では45万人もの住民を対象に、過去25年にまで遡って調査を行っており、最も信頼すべき調査データとの評価を受けている。
そのカロリンスカ研究所が発表したデータによると、高圧送電線による電磁波の影響を受けた地域の住民は、他の地域に比べて白血病になる確率が3.8倍も高くなっている。
<なぜ今、携帯電話が問題となるのか?>
それとほぼときを同じくして、80年代がら90年代にかけてクローズアップされてきた新たなる問題−−それがOA機器から発せられる電磁波なのである。
パソコンをはじめとするOA機器には、高性能のマイコンチップが組み込まれている。マイコンチップは、ごく狭い面積の中に、信じられないほど複雑な電子的な配線が組み込まれている。それがために、このマイコンチップから生じる電磁波は、従来の家電製品から生じる電磁波とは比べものにならないほど激しい。
やがてOA機器に囲まれて働く労働者の中から、頭痛、視力障害、不妊、流産などのさまざまなトラブルが相次ぎ、裁判ざたとなる。
余談だが、マイコンチップの発展の歴史は、ただふたつの点に集約できる。小型化と高性能化である。皮肉なことに、マイコンチップは小型化すればするほど、電磁波の発生エネルギーは高くなる。高性能化についても同様である。つまり、マイコンチップの発展の歴史(小型化・高性能化)は、二重の意味で電磁波を強力なものとし、私たちを苦しめる結果を招きつつあるのだ。
いうまでもなく、最新の携帯電話に組み込まれているマイコンチップは、超小型・超高性能である。
本題に戻ろう。
高圧送電線問題やOA機器問題に見られるように、人体に対する電磁波の危険性はこれまでにもたびたび指摘されてきた。そういう意味では、携帯電話の危険性を論じることは、古くかつ新しい話題ともいえる。
が、しかし−−。
携帯電話の危険性と、それ以前の電磁波の問題とは明らかに質的に異なっている点がある。
それは距離の問題だ。
物理学の初歩の講義で申し訳ないが、電磁波には次のような法則が当てはまる。それは、電磁波の強さは距離の二乗に反比例する、というものである。
単純な例で考えてみよう。
仮に、あなたから1メートル離れた場所にあるマイコンチップから電磁波が発せられており、あなたが受けるエネルギーを1としよう。そしてこの程度の電磁波なら、たいした問題はないとしよう。
あなたが電磁波の発生源に、半分の50センチだけ近づく。すると受けるエネルギーはどうなるか?
2倍? いや、違う。距離の二乗に反比例するのだから、4倍の電磁波を照射されるのである。さらにその半分の25センチまで近づけば、さらにその二乗、つまり16倍のエネルギーを受ける。
12.5センチまで近づけば256倍、さらに6.25センチまで近づけば6万5536倍・・さて、あなたと携帯電話との距離は?
<もはやどこにも逃げ場がない!?>
危険の兆候は、すでにさまざまなサインをともなって現れてきている。そのひとつが、電磁波過敏症候群である。
電磁波過敏症候群−−。
聞き慣れない名称だと思う。欧米では、すでに専門の認定治療機関が発足しているが、日本ではまだほとんど知られていない。医療の専門家でさえ、詳しい知識がない人のほうが多いというのが現状である。
いったいどんな症状を引き起こすのか?
実際に、現在も電磁波過敏症候群で苦しむ人の例を見てみよう。
出版関係の仕事に就くAさん(32歳・女性)は、仕事がら毎日のように携帯電話を使用していた。一日に最低でも1時間以上の通話。それを5年以上はつづけている。
身体の変調に気づきだしたのは、2年ほど前のことである。ある日、突然のように激しい頭痛に見舞われた。次に、目の奥がチカチカと痛みだす。やがて胸が苦しくなり、猛烈な吐き気に襲われる。
最初は仕事の疲れからくる体調不良かと思った。が、病院で検査を受けてもどこにも異常はないという。しかし、その後も頭痛と吐き気は収まるどころか、さらに頻繁にAさんを襲うようになる・・。
イラストレーターのBさん(37歳・男性)は、以前から首筋の痛みに悩まされていた。仕事のストレスかと思っていたが、あるとき体のある異変に気づき、愕然とする。
いつものように、知人との携帯電話の長話の後、頭皮の感覚がマヒしていることに気づいたのである。痺れるような違和感があり、爪先でつついても痛みを感じない。何より、受信機を当てていた頭の右半分だけに症状が集中しているのだ−−思えば、通話中なんとなく耳の回りに違和感を感じたり、通話後に頭の芯が中耳炎のときのような鈍痛を感じることがあった。首の筋の痛みも、確かに携帯電話の通話の後に頻発している・・。
彼の場合、時折気晴らしに携帯電話で1時間から2時間知人と雑談していた程度の、比較的軽めのユーザーだったことが幸いした。携帯電話の長話をやめたら、首の痛みなどの症状などがすっかり影を潜めたのだ。
しかし、長期間ダメージが蓄積されていた先のAさんの場合、それではすまなかった。
やがてAさんは電磁波過敏症候群との診断を受ける。医師のアドバイスに従って、携帯電話は廃棄した。が、現在では、近くの人間が携帯電話をかけているだけでも、軽いめまいを覚えるほどに症状は悪化しているという。
「都心では、ほとんど逃げ場がないんです」と、Aさんは苦笑まじりに語る。「周囲の着メロの音が、私には地獄のサイレンに聞こえてしまうんですよ」と。
電磁波過敏症候群に対する有効な治療法はまだ見つかっていない。いや、それどころか、電磁波過敏症候群そのものについて、不明な点が多いのである。はっきりしていることは、患者数が急激に増加しつつあるということである。
* * *
日本における携帯電話の普及率は、ほぼ飽和状態に近づいたといわれている。そこで各メーカーがもっとも力を入れているのは、次世代携帯電話の開発である。来春にも登場する次世代携帯電話は、電話というよりほとんどパソコンに近い。それも超高性能の。従来にも増して強力な電磁波を発生させることはいうまでもない。
次世代携帯電話には、あらゆる最新技術が盛り込まれている。ただひとつ欠けているのは、安全性の技術なのである。
以下の表は、電磁波の被曝量の規制値を国別に比較したもの。ご覧のとおり、日本の規制値は、アメリカの5倍、オーストリアの1000倍と極めて緩い値である。普及が早かったヨーロッパでは、電磁波規制により真剣であることがわかる。
国名 | 体表面被曝量(マイクロW/cm2) |
---|---|
日本 | 最大1000以下(周波数÷1500) |
米国 | 200以下 |
ロシア | 2.4以下 |
中国 | 6.6以下 |
スイス | 4.2以下 |
オーストリア | 200以下(下記<注>参照) |
オーストリア フローゲン議会 | 0.001以下を提案 |
オーストリア ザルツブルグ市 | 0.1以下 |