教育と施設・第68号(2000年春号・最終刊)

コンピュータ教室での電磁波

ジャーナリスト・天笠啓祐

○電磁波とがんの関係
 小中高校のコンピュータ設置率は、近年100%近くに達している。つまり、ほぽすべての学校でコンピュータ教育が始まっていることになる。現在では、学校ごとのパソコン平均設置台数も20台を超えており、パソコン1人1台の時代に向かって着々と進んでいるといえよう。
 高校のコンピュータ専用教室の保有率は、97年度では92.2%で、1教室あたり平均51.6台が置かれていることになる。学校においてコンピュータを用いた教育が、日常化している様子がうかがえる。
 しかし一方で、コンピュータ教育における安全性や健康に対しての配慮となると、ほとんど行われていないのが現状である。なかでも、もっとも問題になってくるのが、電磁波であろう。
 電磁波がもたらす健康障害は、大きく分けて、3つの領域で問題になっている。
 ひとつは、携帯電話などの高周波が引き起こす、脳腫瘍などの健康障害。もうひとつは、高圧送電線や家庭用電気製品などから漏れ出る低周波を慢性的に被曝していると、がんや白血病などになるという問題。そして、三つ目がコンピュータのVDTから出ている電磁波による、複数の健康障害である。
 この中で、現在もっとも研究が進められているのが、送電線と小児がん・白血病の関係である。細胞を用いた実験、動物実験の報告が増えてきて、徐々に電磁波と健康障害の関係が明らかになってきているといえる。
 現在米国政府は、ラピッド計画と呼ばれる、「電磁波とがん」に関する本格的な調査研究を進めている。その計画の中心的な報告書として昨年発表されたのが米国立環境健康科学研究所の報告であるここでは「電磁波は発がん性の可能性あり」という結論に達し、とくに子どもと職業人に関しては「関連性あり」と結論づけている。

○子どもへの影響
 はじめて電磁波の健康障害が浮き彫りになったのは、送電線の問題であった。1979年、米コロラド大学のワルトハイマ一教授とリーバー教授は、コロラド州デンバー郊外で、送電線や変圧器と子どものがんとの関連を調査した。すると、日常的に強い電磁波にさらされている子どもは、そうでない子どもに比べて、全がんで2.25倍、脳腫瘍で2.40倍、白血病で2.98倍も発生率が高くなっているという結果が出た。
 この報告は全米だけでなく、ヨーロッパ諸国にも衝撃を呼び、以後電磁波が健康に及ぼす影響について、本格的な研究が始まるきっかけになった。
 これ以降米国では、職業上の被曝に関する調査も進んだ。コンピュータの職場や、電気に関わる職業の調査が行われ、がんや白血病、異常出産などの危険性が高いことが明らかになった。82年には、ワシントン州公衆衛生局のサミュエル・ミルハムによって、電気技術者の健康障害に関する研究報告がなされた。その中で、電気関連の労働者は、白血病にかかる危険性が、他の職業の労働者に比ベて約2倍であることが指摘された。
 89年には、米国連邦議会技術評価局の報告が提出された。その中には、慢性的な電磁波の被曝が、がん細胞を助長するという研究が蓄積されはじめていると述べられている。また90年には、米環境保護庁が『電磁波とがん』という報告を出した。
 このように、電磁波の健康障害に関しては、主に送電線と子どものがんや、白血病との関係で調査が進んだのちに、やがてパソコンなどの電気製品でも、ひんぱんに調査が行なわれるようになった。その結果、電磁波は健康障害を引き起こすこと、そしでとくに子どもに影響が大きいことが分かってきた。
 人間は電磁波を感知する能力を備えていない。そのため、たとえ電磁波にさらされていても実感がないので、つい油断してしまう。しかし、電磁波とがんの関係が認められ、特に子どもに影響が大きいということが分かった今、子どもがコンピュータを使用している際には、周囲にいる大人の注意が必要である。

○ブラウン管に問題が
 テレビやパソコンなどのディスプレイに用いられているブラウン管からは、さまざまな周波数の電磁波が出ている。
 テレビなどに映る画像は、電子銃から電子ビーム(電子線)を発射させて、映像が再現される仕組みとなっている。つまり、この電子ビーム(電子線)が、たくさん並んだ青赤線の光の三原色のドットにぶつかり、発光して画面をつくりだしているのである。電子銃には高電圧がかかるので、テレビなどで画面の絵を動かす際に、さまざまな電磁波が発生する。
 そして、この光のドットを一組ずつに区切っているシャドウマスクと呼ばれる部分に電子ビームがぶつかると、エックス線が発生する。
 1968年に、電気用品取締法によってエックス線量の規制が出されたことを受けて、エックス線漏れを防ぐために、ブラウン管を覆うガラスが工夫されるようになった。
 家電製品として各家庭に急速に普及している、パソコンの表示装置(VDT)にも、多くブラウン管が用いられている。このVDTは、「ビジュアル・ディスプレー・ターミナル」の頭文字をとったもので、コンピュータの操作を行なうために必要な装置である。
 パソコンを使う人間は、ゲームをするにも、勉強するにも、すべてVDTを見ながら行うことになる。電磁波の身体への影響は、距離が近いほど大きく、時間が長いほど大きい。学校では、パソコン画面を近くで長時間見ることが多いため、子どもの至近距離での長時間使用を注意していくことが大切である。

○パソコンが精神・神経に悪影響
 パソコンがもたらす健康障害は、電磁波と他の要因が組み合わさって起きるケースが多い。精神・神経障害もその一つである。
 ひところ、テクノストレスという言葉が流行した。コンピュータが普及するにつれて、精神的にストレスを蓄積してしまう人が増えている現象を示した言葉である。このストレス増大には、いくつかの要因がある。
 まず、機械を媒介としたコミュニケーションが広がったため、人と人の関係が稀薄になったことがあげられる。また、コンピュータは、入力後のプロセスが機械の中に隠れ、結果だけが出力される仕組みになっている。そのため、教育分野では子どもの人格形成で最も大切な、筋道を立てて考えるプロセスを、パソコンによって学ぶことができない恐れがある。
 さらに、これは子どもだけに限らないが、人によりコンピュータに対する適性・非適性の差が大きいことがあげられる。一方でパソコンにのめり込んでしまうタイプの人がいれば、他方でまったくついていけない人がいるが、前者をテクノ依存症、後者をテクノ不安症という。その適性の差も、ストレスの蓄積につながっていく。グレイグ・ブロードが『テクノストレス』(新潮社刊)という本で表現したのは、実はこの現象をさしている。
 電磁波の影響に話を戻すと、最近では電磁波が、脳の中の松果体といわれる部分に影響を与えることが明らかになってきている。詳しくいうと、この間脳にぶら下がった小さな器官がつくりだすホルモンの分泌量が、電磁波の影響で低下することによって、精神的影響が出るというのである。中でも大きいのが、神経情報伝達物質のドーパミンとセロトニンが抑制されることによる影響である。
 元ニューヨーク州立大学のロバート・ベッカー教授と、ルイジアナ大学のアンドリュー・マリノ教授は、1977年に高圧送電線と自殺者の関係を調査し、強い変動磁場にさらされる地域では、自殺者の割合が約40%高くなることを明らかにした。
 電磁波がもたらす精神・神経的な影響は、複数の要因が重なりあって起きていると考えられている。中でも、電磁波が引き起こすメカニズムが、注目されはじめてきたところである。

○眼の病気と額面湿疹
 VDTをじっと見続けていると眼が疲れることは、かなり一般的になっている。眼は、光が描く画面の上を絶え間なく動くことで、知らず知らずのうちに酷使されている。この眼の疲れは、頭痛などの原因にもなり、イライラや集中力の低下などにもつながっていく。
 こういった眼精疲労のレベルと異なり、眼の病気そのものも電磁波によって数多く発生することがわかっている。その代表が白内障である。
 1977年、米ニューヨーク・タイムズ社の34才と29才の男性が、VDT作業を6か月と12か月行った後に、白内障の初期段階になった。この症状を見たニューヨーク州のザレー財団研究所長のミルトン・M・ザレー博士は、その後もVDT作業によって白内障になったという、数多くの事例を報告している。
 この白内障は、電磁波による影響と緒論づけられた。VDT作業によって起きる目の障害は、白内障以外にも、緑内障や網膜剥離が報告されている。
 イギリス・セントジョーンズ病院皮膚科の、R・J・G・ライクロフトとC・D・カルナンは、ある工場のオフィスでVDT作業を行っていた2人のオペレータが、相ついで顔面発疹を起こしたことを報告している。
 ノルウェーのオスロ労働監督局のH・H・ティヨーン博士は、80年にVDT作業に関わった人で、顔面発疹になった40人を評価したところ、そのうち16人が労働条件が関わって引き起こされた顔面皮膚炎とみなされると発表した。『マイクロウェーブ・ニュース』81年3月号によると、カナダ・オンタリオ公務員労働組合に報告された顔面発疹の症例は、過去18カ月で12例にのぼるという。
 この顔面発疹の原因として最も有力視されているのが、静電気である。ディスプレーには絶え間なく電子ビームがうちつけられているため、静電気が起きやすく、埃が吸い寄せられる。ノルウェー・クリスチャン・マイケルセン研究所のウォルター・カート・オルセン博士は、ディスプレーが発する静電気が、オペレータ自身にも静電荷を蓄積させるため、両者の間に電位差が生じて皮膚に汚染物質が引き寄せられるのではないか、という考え方をうちだしている。
 また、電磁波を絶え間なく被曝することによって、免疫力が低下し、アレルギ一状態になりやすいことも原因の一つと考えられる。

○電磁波過敏症
 電磁波と健康障害に関する研究は、主に疫学調査と呼ばれる純計学的手法によって行われてきた。その後、疫学研究と並行して、動物や細胞を用いた実験によって影響が研究されてきた。
 テキサス大学健康科学センターのウェンドル・ウィンタ一ズ博士によれば、培養器の中のヒト結腸がん細胞に、60ヘルツの電磁波を24時間照射したところ、その増殖のスピードが早くなるという。しかも、そのスピードの加わり方は、数百パーセントという桁違いの早さであった。この実験は繰り返し確認されている。
 がん細胞を用いた実験と並んで、電磁波が生体に及ぼす影響のメカニズムの一部を明らかにしたのが、カルシウムイオン流失の実験であった。1976年にロマリンダ大学のW・ロス・アーディとスーザン・バーウィン博士は、培養器の中の神経細胞に電磁波を当てると、細胞からカルシウムイオンが流れ出るという現象を観察した。カルシウムイオンの流失が起きると、免疫システムの活動が抑制され、がん細胞の増殖に対応できない状態がつくられるなど、身体にさまざまな影響が出る。
 松果体は光と磁気を感じる器官として知られているが、電磁波を被曝しても影響を受けることはすでに述べた。この器官は、他にも生殖腺の機能をコントロールする役割をはたしていて、分泌するホルモンの一つにメラトニンがある。
 電磁波を被曝すると、血中、そして松果体の中でのメラトニンの濃度が抑えられ、生殖機能に影響が出たり、乳がんや前立腺がんなどが起きやすくなることが分かっている。また、メラトニンががん細胞を抑制したり、免疫機能に関係しているため、この分泌量の変化が脳腫瘍や白血病の発症と関わりがあるのではないかと見られている。
 最近、化学物質過敏症と並んで患者の数が増大している病気の一つに、電磁波過敏症がある。また、電磁波過敏症と化学物質過敏症の両方になるケースも多くなっている。電磁波過敏症は、電磁波が引き起こすアレルギー性疾患である。このアレルギー性疾患を指摘したのは、前出のロバート・ベッカー博士で、強い電磁波を被曝したり、長い問電磁波にさらされた後、やがて神経症的な状態に陥ったりするという。

○どうすればよいか
 これ以下の被曝量ならば安全だという基準は、電磁波にはまだ存在しない。おおよその目安として用いられている基準は、1ミリガウスである。これは高圧送電線とがんとの関係の調査から、1ミリガウス以下の所に住んでいる人に比べてそれ以上の被曝をするとがんにかかる危険性が高くなることに基づいている。
 しかし、この1ミリガウスという数値は、あくまで目安として用いられているものであって、正式な規制値というわけではない。しかも、子どもの場合、大人よりも少ない被曝量で影響が出ると考えられる。
 いまのところ日本では、電磁波に関する規制はほとんどなく、野放しに近い状態といえる。マイクロ波などの高周波に関しては、1990年に郵政省審議会によって「電波利用における人体の防護指針」がつくられた。この指針を受けて、財団法人電波システム開発センターが「電波防護標準規格」をつくり、自主的に運用をはかってきた。しかしながらこの指針は、10キロヘルツ以下の低周波は対象外となっている。
 このようなことから、電磁波対策は基本的にないに等しい状態といえる。現在学校でできる対策としては、パソコンを使用する際に、使用者が一定の距離をとることである。その上で、できるだけ短い時間の被曝にとどめることが唯一の対策である。距離と時間、これが私たちにできる対策であり、なるべくパソコンを長時間至近で使用しないように心がけるべきであろう。
 また、パソコンの多くが、画面のある前方よりも、背面や側面からの電磁波の方が強い。縦にパソコン机を並べている場合は、後方からの電磁波が問題になってくる。教室のレイアウトも、配慮を加えるべきであろう。
 電磁波の危険性に対して関心が高まるとともに、電磁波防護グッズが出回り、売れ始めた。エプロン、シーツ、メガネといったシールド製品から、貼り付けたり、持っているだけで防げるといった商品まで、その種類は多種多様である。しかし、それらの製品では、基本的に電磁波を防ぐことはできないということを付け加えておく。

あまがさ けいすけ
1947年東京都生まれ。1970年早稲田大学理工学部卒業。雑誌編集者、岐阜経済大学非常勤講師、和光大学非常勤講師、日本ジャーナリスト専門学校非講師を経て現職。主な著書に「原発はなぜこわいか」(高文研)「遺伝子組み換え食品」(緑風出版)「危険な暮らし」(晩聲社)「遺伝子組み換え動物」(現代書館)「くすりとつきあう常識・非常識」(日本評論社)「電磁波汚染」(日本実業出版)「環境ホルモンの避け方」(コモンズ)ほか多数。
AMAGASA, Keisuke / Journalist


資料のインデックスページに戻る