平成16年2月9日判決言渡 

平成14年(ネ)第5850号 損害賠償請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成11年(ワ)第15638号)

平成15年10月8日 口頭弁論終結


               
判    決

控訴人  高  宝 珠  
控訴人  盧 満 妹
控訴人  黄 阿 桃
控訴人  鄭 陳 桃
控訴人  林 沈 中
控訴人  蔡 芳 美
控訴人  劉 鍾 榮 妹

上記7名訴訟代理人弁護士       藍谷  邦  雄 
 同                      小野  美奈子
 同                     笠松  未  季
 同                     清水  由規子
 同                     鈴木  啓  文
 同         
            中川  瑞 代 
 同                     番    敦 子

同訴訟復代理人弁護士         吉田 江津子

東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
   被控訴人      国    
   同代表者法務大臣 野沢太三

   指定代理人    宮田誠司
   同          石川さおり
   同          澁谷勝海
   同          高橋 孝信  
   同          荒井 義明
   同          原  克好
   同          松島  晋


             
主  文

本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。


           
事実及び理由

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人は,控訴人らに対し,1000万円及びこれに対する平成11年8月10から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被控訴人は,控訴入らに対し,公式に謝罪せよ

第2 事案の概要

 本件事案の擁要は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」のうちの控訴人らに関する部分に記載のとおりであるから,これを引用する。

1 原判決3頁15行目の「日本の南進政策に伴い」の次「従軍慰安婦制度という誤った国家政策の下に,」を,19行目の「記載のとおりである」の次に「(以下,控訴人ら主張の控訴人らに対する日本軍の行為を「本件加害行為」ということがある。)」をそれぞれ加える。

2
 原判決7頁末行の次に行を改めて次のように加える。

「国際法が,個人の権利を保障し,国家に個人の権利保護を義務付けている以上,国際法で保障された個人の権利の侵害が生じた場合に,裁判所が侵害者に対し被害者への賠償を命じ得る点では,相手が国家であると個人であると区別される理由はない。上記権利を侵害された個人が国家に損害の賠償を求め得ることは当然である。この意味で,個人にも国際法上の法主体性がある。
 なお,国家は,自国民が外国の領域又はこれに準ずる地域において身体や財産を侵害された揚合に,その外国に対して当該自国民に適切な救済を与えるように,外交手段を通じて請求することができるが,国家がこの外交的保護の権利を発動するためには,当該国民がその外国において利用し得るあらゆる法的救済手段を尽くした後でなければならないという国内的救済完了の原則が存在する。この原則からも分かるように,国際法は,個人の救済手続を第一次的には加害国の国内裁判所にゆだねており,それでも救済されないときに限って,国家による外交的保護の発動を認めているのであって,国家の外交的保護権の行使による間接的救済のみを予定しているものではない。」

3 原判決9頁23行目の「直ちに」の次に「,当該国際法の締約国が個人に対してその権利義務を保障したことになるものではないし,」を加える。

4 原判決10頁1行目の次に行を改めて次のように加える。

「 なお,国際法上,被害者の国籍国が外交保護権を行使するためには,その前に被害者自身が加害国の国内法上利用できる一切の救済手段を尽くすぺきであるという原則が存在するが,それは,被害者の国籍国が外交保護権を行使するための要件として,加害国の国内法上の救済規定が存在し国内的救済が受けられる場合には,被害者をしてまずその手段によらせるべきであるとしたものにすぎず,加害国に国内法上の救済規定が必ず存在すぺきことや,被害者が必ず加害国の国内法によって救済されるぺきことを意味するものではない。したがって,国内的救済完了の原則があることと被害者個人が加害国に対し何らかの実体的な請求権を有しているかどうかとは全く別の問題であり,この原則は被害者が何らかの実体的な請求権を有することの根拠となるものではない。」

5 原判決11頁24行目の次に行を改めて次のように加える。

「 国家無答責の法理とは,問題となる国家の行為が公務のための権力的作用である場合に,当該公務を保護するためのものであって,当該行為が公務のための権力的作用に当たらない場合には,民法上の不法行為賛任が成立することを否定するものではない。
 被控訴人は,民間人に委託して従軍慰安婦の募集,慰安所の経営及び管理を行わせていたのであり,権力的作用をもって徴用ないし動員する方策は用いていない。すなわち,控訴人高寳珠,同盧満妹,同黄阿桃及び同鄭陳桃は,民間の慰安所経営業者との雇用関係にあり,同林沈中,同蔡芳美及び同劉鍾榮妹は,軍の雑用係として私法上の雇用契約に基づき雇用されていた関係にあったところ,軍隊駐留地への慰安所施設の設置,軍に選定された業者による女性の徴募,軍による女性の移送及び軍医による衛生管理などの面における日本軍の積極的関与の下に,その軍人から組織的かつ継続的に強姦されたものである。
 なお,不法行為の成立を否定する国家無答責の法理の主張は抗弁であるから,国家無答責の法理の適用を根拠づける事実,すなわち「国の権力的作用により控訴人らに損害が生じたものであったこと」の主張立証責任は被控訴人にあるところ,被控訴人は,国家無答責の法理の適用を基礎付ける事実を何ら提出していない。」

6 原判決12頁7行貝の次に行を改めて次のように加え,15行目の「被告」の前に「控訴人らは,日本軍の性的処理のいわば道真として,連行,監禁され,強姦と同視し得る性的陵辱を受け,日本の敗戦に至るまで継続的に性的被害等を被ったのであり,その被害の程度は,その後の控訴人らの人生を台無しにするほど深いものであり,身体的,精神的被害は,戦後50年を経過した現在も,全く慰謝されていない。」を加える。
 「(キ)また,仮に本件加害行為の中に公務員の権力的作用と評価されるものがあるとしても,現憲法下においては,国家無答責の法理で被控訴人の責任を否定すべきではなく,不法行為責任を認めるべきである。」

7 原判決13頁11行目の「公平の理念」を「著しく正義・公平の概念」に改める。

8 原判決14頁5行目の次に行を改めて次のように加える。

「 国家無答責の法理とは,公務員が職務を行うについてされた行為が国家の権力的作用に該当する限り,民法の不法行為の規定の適用がなく,他に国家の損害賠償責任を認める一般的規定もなかったことに基づき,国家が当該行為による損害の賠償責任を負わないとする実体法の法理であって,単なる訴訟制度上の問題ではないから,国家の権力的作用による加害行為による損害については,実体法上の損害賠償請求権が成立しないものである。控訴人らは,請求原因において,日本軍により本件加害行為が行われたと主張している以上,軍の権力的作用による損害として,国家無答責の法理により,被控訴人の賠償責任は否定される。」

9 原判決14頁7行目の「訴訟ヲ受理セズ」を「訴訟ヲ受理セス」に改め,11行目の「していたものである」の次に「(乙12,14)」を,14行目の「そして,」の前に「また,現行民法は公法上の行為には適用されないとの理解の下に制定されたものであり,国家賠償法もそれを踏まえて制定されたものである(乙23ないし30)。すなわち,戦前及び戦後を通じて,公権力の行使による損害については,公法関係の問題として,私法関係を規律する民法の不法行為規定の適用がないことを前提に,戦前は,公権力の行使による損害については,賠償責任を認める一般的規定はなく,原則として賠償責任を認めていなかったが,個別の行政分野について例外的に特別法によって賠償責任を認めていたところ,戦後は,国家賠償法の制定により,公権力の行使による損害については,原則として賠償責任を負わせることとしたが,同法5条により,個別の分野において合理性がある限り,その例外を設けたり,同法1条とは異なった要件を設けることを許容したものである。」をそれぞれ加える。

10 原判決17頁22行目末尾に「基本的人権の擁護,国際法の遵守をうたった憲法の趣旨からすれば,慰安婦制度の被害者である控訴人らに被害の補償立法が行われなければならないのは憲法上一義的に明らかである。」を加える。

11 原判決20頁11行目の「4」を「3」に改める。
12 原判決21頁21行目の「5」を「4」に改める。


第3 当裁判所の判断

 当裁判所も,控訴人らの本件各請求のうち,公式謝罪請求に係る訴えは不適法であり,損害賠償請求は理由がないものと判断する。
 その理由は,次のとおり補正するほかは原判決の「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」のうちの控訴人らに関する部分に記載のとおりであるから,これを引用する。

 (1) 原判決26頁16行目から17行目にかけての「予定している」を「予定しており,個人は,個別条約等によって特別に付与されない限り,加害国に対し直接その国際責任の履行(国家責任の解除)を請求する資格を持たないものとしている」に改める。

 (2) 原判決28頁12行目の「国家賠償法」から22行目末尾までを次のように改める。

 「証拠(乙11ないし17,23ないし30)を総合し,考察すれぱ,次の諸点が明らかである。
 国家賠償法(昭和22年10月27日施行)は,公権力の行使などによる損害の賠償についての国又は地方公共団体の責任を規定しているところ,大日本帝国憲法下の我が国の法制度においては,国の行為のうち私経済的作用については民法を始めとする一般私法関係の規律に服させるべきものと解釈されていたが,公権力の行使に当たる権力的作用については,これにより私人に損害が発生したとしても,民法の適用はないものとされ,民法その他の法律において国の公権力の行使により他人に損害を与えた場合の国の賠償責任を定めた明文の規定を置くことがなかった立法態度などから,権力的作用による損害については,いかなる場合でも国の賠償責任は存在しないものと解釈され,これが確立した法理となっていたことが明らかであり,大審院の判例は,一貫して権力的作用による損害について国の賠償責任を否定する旨を判示していたし,旧行政裁判法(昭和22年5月3日廃止)16条が「行政裁判所ハ損害要償ノ訴訟ヲ受理セス」と規定していたため,行政裁判所の訴訟手続でも公権力の行使による損害の賠償請求は認められていなかった。
 ただし,このような国家無答責の法理は,後に,「何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたときは,法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができる。」と規定する憲法17条によって改められたところであるが,大日本帝国憲法下の我が国の法制度の下では,上記のとおり,国の権力的作用による私人の損害について国は賠償責任を負わないとの国家無答責の法理が妥当していたものと解するほかないのであり,その後憲法17条がこの法理を廃棄して国又は公共団体の損害賠償責任の根拠を明らかにしたことにより,同条に基づいで国家賠償法が制定され,それによって初めて具体的に,権力的作用による私人の損害の救済が図られることとなったものである。

 以上のとおり,大日本帝国憲法下において国家無答責の法理が妥当していたのは,国の権力的作用が,その優越的地位に基づき私人に対し命令し強制するという作用であるために,本来的に私法原理の適用を排斥し,対等者間の利害調整の見地から定められた民法の不法行為に関する規定に親しまない特種な法領域に属するものであると考えられていたことや,権力的作用による損害に対する賠償責任を認めるための特別の一般根拠規定も立法されなかったことに基づくものであって,単に権力的作用による損害賠償責任を追及するための手続法が存在しなかったことに基づくものではないことが明らかである。したがって,国家無答責の法理は,単に手続法上の問題に由来するものではなく,実体法に由来するものであるということができる。
 そして,国家賠償法附則6項には,「この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例による。」との経過規定が設けられているところ,同項にいう「従前の例」に相当する大日本帝国憲法下の法制度においては,上記のとおり国家の損害賠償責任を肯定すべぎ実体法上の根拠法令が存在しなかったことに照らせば,憲法及び国家賠償法施行後の現時点における解釈としても,同法施行前の日本軍の行為である控訴人ら主張の本件加害行為について,国が民法の規定によってその権力的作用による揖害の賠償責任を負担するものと解することはできない。」

 (3)
 原判決29頁19行目の「趣旨であると解される。」を「趣旨であると解されるから,現憲法下においても,大日本帝国憲法下の国の権力的作用については民法の適用は否定され,国の不法行為責任が否定され,るものというぺきである。」に改める。

 (4) 原判決30頁7行目の「その主張」から9行目の「行ったというものであるから」までを「その主張事実(第2の1,第2の2(1)の(原告らの主張)のア,第2の2(2)の(原告らの主張)ア)を前提とすれば,日本軍が戦争目的達成の手段として,組織的,継続的かつ制度的に,拘束及び強姦などの違法行為を行ったというものであるから,控訴人らの主張する本件加害行為は,日本軍の戦争行為や軍隊活動の維持及び遂行等の軍事に随伴した行為であるというぺきであって」に改め,11行目の「非権力的作用であったとしても,」の次に「また,仮に国家の権力的作用による加害行為に基づく損害について民法の適用があり損害賠償請求権が成立するとしても,」を加える。

 (5)原判決31頁9行目の「本件における」から10行目の「事情がある」までを「本件における控訴人らの主張事実(第2の1,第2の2(2)の(原告らの主張)のア,ウ)及び本件全証拠をもってしても,除斥期間の適用を妨げ,民法724条後段の効果を制限すぺき事情がある」に,12行目の「最高裁判所平成元年12月21日判決」を「最高裁判所平成10年6月12日第二小法廷判決」にそれぞれ改める。

2 以上によれば,控訴人らの本件各請求のうち,公式謝罪請求に係る訴えは不適法であるからいずれも却下し,損害賠償請求は理由がないからいずれも棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当である。
 よって,本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。


東京高等裁判所 

第22民事部

      裁判長裁判官   石川 善則
          裁判官   井上 繁規
          裁判官   平林 慶一


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台湾の元「慰安婦」裁判 控訴審 判決