映画『靖国YASUKUNI』を見て
映画『靖国』を見に行きました。私が行ったのは初日で、上映15分前に映画館に着いたのですが、初回はもう満席で、立ち見か、次回を待つか、それとも別室での上映かを選択しなければなりませんでした。別室でも大きなスクリーンで見られるということでしたので、それを選ぶと、同じビルの中華料理店の宴会場へと案内されました。
さて、映画の内容は期待に違わないものでした。いや、むしろ期待以上だったと言っていいでしょう。
戦時中、靖国神社では昔ながらのやり方で刀剣が作られてきました。それらは「靖国刀」と呼ばれ、将校らに配布されました。映画は、その刀鍛冶の唯一の現役として今も刀を作り続けている刈谷氏が袴姿で居合いを行っている場面から始まり、実際に刀を作る行程、そして刀を歌った詩吟を詠ずる刈谷氏の姿を映し出していきます。李纓(リイン)監督のインタビューには寡黙で言葉少なな刈谷氏が、刀を打つ段になるとその表情ががらりと変わるのが印象的でした。
職人というのは、言葉で何かを語るよりも、自分の生み出した作品そのもの、生き様そのものを見てほしいと思うものではないでしょうか。私は、刀鍛冶としての人生を送ってきた刈谷氏と映画を撮り続けてきた監督との間には、職人としての感性が共通し、響きあっているように感じました。この二人の職人の互いに敬意をもった邂逅あってこその映画だと思いました。
この映画が、ナレーションもなく、簡単な字幕だけで靖国神社をめぐる様々な光景を淡々と映し出していることをもって、この映画がただ単に事実を「客観的」に映し出しているだけであるという評価もあります。軍服姿で靖国神社を訪れる人々の姿を延々と写しており、映像の「量」だけから言えば、靖国神社を支持している人々の映像の方が多いわけです。しかし、わたしはむしろこの映画に監督の強烈なメッセージを感じました。
刈谷氏が精魂込めて刀を美しく仕上げる場面の次に、刀が実際にどのように使われてきたのかを示す写真が映し出されます。それは、台湾原住民が日本の軍人によって首を切り落とされる写真でした。その写真を手にしながら、現在台湾の原住民の権利回復の運動を行っているチワス・アリさんが登場します。作られた刀とその刀を向けられる側の対比がくっきりと映し出されているのです。
監督が靖国神社に対して批判的な見解を持っていることを刈谷氏は十分承知しているようでした。それをわかった上で、自分は靖国神社参拝については小泉首相と同じ意見である、つまり二度と戦争を起こさないために参拝をするのだと述べます。「まちがっているかもしれませんけれどね」と言葉を添えたのは、中国人である監督が自分のそうした考えを理解できないかもしれないという配慮のように見えました。しかし、それでも自分の考えに嘘をつくことはできないという姿勢がはっきりと示されていました。
刈谷氏の静かな工房とは対照的な8月15日の靖国神社の喧噪をカメラは次々ととらえていきます。
軍服姿の人々はみなカメラの存在に全く気を遣っていませんでした。(ひとりだけカメラがあんまり間近に迫っているのに気がついて照れ笑いをしていた人がいましたが。)というのも、周囲には大きなカメラをもった報道関係者が大勢いましたし、カメラや携帯を手にした一般の人達に至っては数え切れないほどでした。そうした人々の目の前を大きな日の丸を掲げて次々と軍服姿の人々が行進していきました。
私が最も奇妙に思ったのは、星条旗と「小泉首相の靖国参拝支持」というプラカードを掲げる米国人でした。周囲に集まった日本人が「昔は昔、今は同盟国だから…」となごやかに話をしていると、別の日本人が「小泉首相支持はいいが、星条旗はけしからん」と抗議をし始め、結局警察官がやってきて、「混乱を招く」からと星条旗をたたまされ境内から追い出されました。
首相の靖国神社参拝に抗議するとして靖国神社で行われていた集会に闖入した青年はこの米国人よりもっと暴力的な扱いを受けました。日本人の青年だったのですが、一方的に「中国人」と決めつけられて「中国へ帰れ」と言われながら境内から追い出され、人目につかないところに来るや激しい暴行を受けてしまいます。血だらけになった青年が救急車を拒否すると、今度はパトカーに無理矢理乗せられ、どこかへ連れて行かれてしまいました。私はこれらの場面に権力の恐ろしさをあらためて感じました。
様々な場面が提示され、それをどう受け止めるかは、いわば観客に任されています。右翼の人々が「我々の主張が描かれている」と高く評価したというのも、ありえることだと思いました。靖国神社の「御神体」は刀と鏡だということですが、刀を描いたこの映画が、見た人の心を移す鏡にもなっているわけです。
2008年5月12日 (大阪Na)
映画『靖国YASUKUNI』公式サイト http://www.yasukuni-movie.com/
上映予定の映画館
東京
渋谷シネ・アミューズ:5月10日〜16日(英語字幕付):5月17日〜5月23日 http://www.cineamuse.co.jp/index.html
シネカノン有楽町1丁目:5月10日〜(※レイトショー)
http://www.cqn-cinemas.com/yurakucho/
シネマアンジェリカ:5月17日〜5月30日 http://www.gojyu.com/#
大阪 第七藝術劇場:5月10日〜 http://www.nanagei.com/
山口 テアトル徳山:5月17日〜 http://theatre.amz-jp.com/
広島 広島シネツイン新天地:5月24日〜 http://www.saloncinema-cinetwin.jp/sc.html
京都 京都シネマ:6月7日〜 http://www.kyotocinema.jp/
新潟 シネ・ウインド:6月7日〜 http://www.wingz.co.jp/cinewind/
群馬 シネマテークたかさき:7月12日〜 http://www5.wind.ne.jp/tcc/index.html
沖縄 桜坂劇場:7月12日〜 http://www.sakura-zaka.com/