署名事務局主催「憲法改悪、教育基本法改悪に反対する連続講座」第4回報告
“愛国心”と“能力”で子どもを切り捨て・序列化
−−子ども自身の人格形成を否定。国家の言いなりになる子ども作り、「徳目=道徳」中心教育へ−−

 講師:大内裕和さん(松山大学 教育社会学)


 6月3日、エルおおさかにおいて、「憲法改悪、教育基本法改悪に反対する連続講座」第4回「新自由主義と教育破壊〜教育基本法の理念を否定する『改正』法案に反対する」を、署名事務局主催で行いました。講師には「教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会」の呼びかけ人の一人、大内裕和さんを迎えました。会場には70名を越す市民や教職員が参加しました。
 共謀罪の成立を迷走に追い込んだ院外の運動・世論の力にも助けられ、教育基本法改悪法案の今国会成立断念と継続審議が伝えられています。しかしこの二週間、まずは衆議院特別委員会での採決を何としてでも阻止しなければなりません。大内さんは、4月末の改悪法案閣議決定以降、休日返上で休む暇なく全国の講演などに飛び回り、この日も前日の東京での全国集会から、講演会のため大阪に駆けつけてくれました。私たちは、このことにまず感謝したいと思います。3年前の「全国連絡会」結成以降、大内裕和さん、高橋哲哉さん、小森陽一さん、三宅晶子さんの4人で行った講演は、全国津々浦々で延べ1000回にも登るそうです。大内さんは、力強くまたユーモアあふれた語り口で、教育基本法が改悪された場合社会がどのように歪められてしまうかをリアルに描き出しました。私たちは、学校だけでなく社会全体を大きく変えてしまう教基法改悪の危険性を改めて認識し、反対の決意を一層強くしました。

[1]教育の目的が、国家の言いなりになる子どもづくりに変えられる

 秘密裏で進んだ「改正」法案作り 「配付資料回収」という異常な対応

 大内さんはまず、教育基本法をめぐる現在に至るまでの国会情勢を概括しました。03年3月20日に中央教育審議会より最終答申が出て以来与党協議会で「改正」が検討され始めましたが、途中、自公両党間で愛国心問題について両論併記が伝えられたものの、結局それ以外の中味は一切報告もされませんでした。会議で配布された資料が回収されるなど徹底したマスコミ対策が施され、国民の目から覆い隠されていたのです。「教育の憲法」といわれるとともに、憲法改悪の先取りともなる教育基本法の改悪の審議の過程自身が主権者である国民を無視した形で進むなど全くの異常事態が起こっていたのです。
 そして06年4月13日に突如出てきた最終報告から、きわめて短期間の28日に政府案が提出されてしまったこと、しかしそれは同時にその中味が国民に広く知らされさえすれば、容易に通るものではないこともあわせて指摘しました。共謀罪の中身がとんでもないことが知られるにつれて強行可決が困難になり、そのために教基法の特別委員会が開催されず、審議が遅れていることにもそのことは端的に表れています。

 現行教育基本法の理念を根底から覆す政府案

 それでは政府案はどのような問題点を持っているのでしょうか。大内さんはこれを以下の5点にわけ、対照表を用いてわかりやすく説明しました。
(1)「個人の価値」の尊重から国家にとって有用な人材育成へ
(2)主権者にとっての教育から教育行政・政府にとっての教育へ
(3)格差社会化を推進する理念と制度
(4)新自由主義・国家主義の全域化―幼児期の教育から生涯学習、家庭から地域まで
(5)平和憲法との切断、そして改憲へ

※詳細については、大内裕和さんと高橋哲哉さんとの共著の新刊本「教育基本法『改正』を問う 愛国心・格差社会・憲法」(白澤社 06年6月)の第2章「教育基本法『改正』法案の批判的考察――国策としての新自由主義・国家主義」に展開されています。

 まず大内さんは、『公明新聞』5月12日付「そこが聞きたい 教育基本法案Q&A」を紹介し、今回の政府案が「現行法の骨格となる理念は堅持しつつ、時代の変化に対応した新しい項目を盛り込んだのが最大の特徴」と述べていることに触れ、実は何故今回教育基本法を変えなければならないのかの理由そのものが薄弱であり、理念を「堅持」しているように見せかけながら、似て非なるものになっていることを暴露しました。
 教育基本法改悪は、教育の目的を国家のための人材育成に変える、主権者のための教育から国家のための教育に変える、能力に応じた差別選別教育を進めるなど、現行法の理念を根本的に覆すものなのです。
※資料「教育基本法と政府の教育基本法の対照表」参照

 教基法改悪は、「道徳」の法制化。教育の目的は、国家の言いなりになる人材を育成すること 

 現行教育基本法では、「教育の目的」は、「個人の価値」の尊重に基づいた「人格の形成」とされています。しかし改悪案では、“国家=政府にとって有用な資質を身につけた人材育成”に根本的に転換させられます。(現行第一条、新第一条、新第二条参照)。
 ことに新第二条では「教育の目標」をあげ、「公共の精神に基づき・・・その発展に寄与する態度」「我が国と郷土を愛する・・・態度」など5項目にわたって、国民が持つべき「徳目」を並べています。この条文は現行の「道徳」の学習指導要領の文面とまったくそっくりです。そして「心のノート」にもつながります。いわば「道徳」を法定化するということです。「徳目」は20を越え、教育勅語の「徳目」数を上回っています。道徳を教育の目標にするとは、国語、社会など今のすべての科目、さらには課外活動、クラブ活動などあらゆる教育活動を道徳に動員するということです。すなわち「道徳」が教育の根幹に置かれます。しかも、何がその「徳目」にふさわしい「態度」なのか、これを認定するのは国家の側なのです。国家が個人の「徳目」まで法定する、これこそ近代立憲主義の否定というべきです。

 主権者にとっての教育から教育行政・政府にとっての教育へ

 改悪法案では、教育と教育内容は国が定めるものとなります。そして教育への国家の不当な介入を排除するための現行法の規定は、国家=教育行政がすすめる教育に対する、市民や教職員の不当な介入を排除するという180度転換した規定に変えられてしまいます。(現行第十条、新第十六条、第十七条参照)。
 また、大内さんは、「第9条 教員」という新しい条項が挿入され、教員は「全体の奉仕者」ではなくなり、国家が定める「崇高な使命」を目指す存在とされ、研究・修養に励む事が義務づけられること、その身分は「使命」を遂行できている限りにおいて保障されること、「不適格」と烙印を押された者は研修を強制されることを指摘しました。その中でも大内さんが危機感をあらわにしたのは、教員の免許更新制が提案されている点です。現在、日の丸・君が代不起立の教員に対しては、「訓告」「戒告」「減給」「停職」などの処分が積み重ねられて行き、その過程でねばり強い抵抗闘争や支援活動が闘われていますが、免許更新制は、「免許不更新」「教員免許剥奪」という形で自動的に教員を免職にすることができる恐るべき制度なのです。

 教育の差別・選別を推し進め、格差社会を拡大

 新四条では「すべて国民は・・・その能力に応じた教育を受ける機会を与えられ」として、子どもたちが「能力」に応じて振り分けられることが宣言され、新五条では「各個人の有する能力を伸ばしつつ」と能力主義が認められています。
 現行法では「能力に応ずる教育」となっています。これこそ「似て非なるもの」です。なぜ「ずる」を「じた」に変えたのか。どう違うのか。大内さんは、法解釈として現行の「応ずる」は「必要に応ずる」という積極的な意味を含んでいると言います。ところが改悪条文では、「能力」をテコとした差別選別の論理になっているのです。
 さらに改悪法は「義務教育の・・・水準確保」を謳っています。「水準確保」とは、国家が定めた目標に達するために、教育内容へ国家が介入することを認めることを意味します。水準確保の名目の下に全国一斉学力テストが実施されます。この結果が地域ごと、学校ごと、個人ごとに公表される可能性さえあります。全国の小学校の順位、全国の中学校の順位、全国のクラスの順位、ひいては全国の担任教員の順位がつけられてしまえばどうなるのか。これに学校選択制が結びつけばどうなるのか。現にイギリスでは、「教育水準局」なるものが作られ、全国の学校、クラスが序列化され、それが公表され、下位の学校が廃校にされていくという事態も生じています。
 日本でも都心では、クラスによっては40人中37人が私立中学を受験するというような地域がある一方、就学援助が4割にも達するというような地域があるといいます。大内さんは、形式的には特別支援教育などでノーマライゼーションが進んでいるようにみえるが、実際には、排除切り捨てが進んでいると語りました。そして、一部ででている学校選択制の要求は、「マイノリティ」と一緒には勉強させたくないという中・上層の意識に迎合したものだと厳しく批判しました。
 私たちは、大内さんが徹底して弱者の側、排除される側の立場に立って発言しているということに強い印象をうけました。


[2]社会全体に影響を及ぼす教育基本法改悪

 「国を愛する態度」をABCで評価する「愛国心通知簿」

 さらに大内さんは、「教育水準局」に絡めて、「『愛国教育水準局』だってできるかもしれない」と各学校ごとの「愛国心教育」のレベルが序列化される危険性さえ指摘しました。
 周知のように、2002年福岡市で明らかになった「愛国心通知表」−−「我が国の歴史や伝統を大切にし国を愛する心情を持つとともに、平和を願う世界の中での日本人としての自覚を持とうとする」という「愛国心」がABCで評価されるという通知表は、当時全国11府県28町172校で実施されていたことが明らかになりました。
 教育基本法が改悪されれば、このような愛国心をはじめとする「徳目」が通知票の評価項目にずらりと並ぶのはさけられません。
大内さんは、「いくら本人が国を愛しているといっても、『それは、ふさわしい態度ではない』といわれればそれまでだ」とこれらの「徳目」が評価基準となることの危険性を指摘しました。
 大内さんは、愛国教育水準局ができれば、「大阪天満橋近くの小中学校は愛国心教育のレベルが低いようだ。日の丸を掲げる家が少ない」というようなSFのような世界が現実にやってくる危険性もあると語りました。

 公立学校と教職員だけではない 網を広げ、社会全体、国民全体を対象に「徳目」教育

 改悪法案では、「幼児教育」、「大学」、「私立学校」、「生涯教育」、「家庭教育」などの条項を新設しています。要するに、これまで教基法適用の対象でなかった、あるいは相対的に影響力の弱かった部面にまで網を広げ、幼児期の教育から大学まで、さらには生涯学習、家庭から地域まで、教育の全領域のみならず社会生活の領域にわたるまで政府・行政が支配し「国を愛する態度」が要求されるようになるということなのです。すなわち、生まれたときから死ぬまで、生涯にわたって「徳目」をたたき込むシステムが作り出されようとしているのです。これを大内さんは、「新自由主義・国家主義の全域化」と表現しています。
 さらに、例えば、「新第十条 家庭教育」では保護者が子の教育について「第一義的責任」を有するとされています。「非行少年」や「国を愛さない子ども」が出た場合は、親が「不適格母親」とされ「研修所」送りというようなことにもなりかねません。実際、子どもが非行を起こしたときに、親が研修をうけるというようなことが、現在検討されているのです。

 大日本帝国憲法、教育勅語との断絶を曖昧にし、憲法改悪の地均しに

 条文解釈の最後に大内さんは、改悪案が、明治憲法と教育勅語との断絶を宣言するために現行法の前文に入れられている「新しい日本の教育の基本を確立する」といなどう文言を削ろうとしていること、「真理と平和」という文言が「真理と正義」に変えられていることを指摘し、平和憲法との切断と改憲への地ならしになる危険性を指摘しました。(現行前文、新前文参照)
 大内さんは、だれも戦争をするといって戦争をしない、「国際貢献」のため、「国際社会の正義のため」といって戦争をするといい、「真理と正義」が掲げられていることの危険性を強調しました。
 そして、改悪法案は、教育基本法自体を新自由主義にするものであり、仮に政権が変わったとしてもこの法律に従うことになる、新自由主義的な政策をうちだすしかなくなると、「教育の憲法」が変えられてしまうことの危険性を強調しました。これは、イギリスではサッチャー政権の教育政策として出されてきたこととの大きな違いです。


[3]新自由主義的構造改革、国家戦略の一環としての教育基本法改悪

 国家戦略の一環としての教育基本法改悪。新自由主義とのイデオロギー闘争を

 講演の中で大内さんが何度も何度も強調したのは、教育基本法の改悪は単独であるのではなく、日本の国家戦略の一環として出されているということです。それは、いわゆる「新自由主義的構造改革」と「軍事大国化」の両方の線の上にあります。
 森、小泉政権になってから内閣府の機能が強化され、トップダウン政治が展開されるようになりました。首相の一諮問機関にすぎないはずの経済財政諮問会議や規制改革民間開放推進会議などが政策提言を行うだけでなく、それがストレートに政府の政策に反映されていくのです。そこに参加するトヨタの奥田氏やオリックスの宮内氏などグローバル企業のトップの意志が政策を決定していきます。そして学校選択制、学力テスト、教員免許更新など教育に関する改革提言もすべてここからでているのです。
 彼らによって推進される社会構造の改造は、教育に限られものではありません。9条改憲では日本が戦争をできる国家に変えようとしています。25条で謳われているはずの「健康で文化的な最低限の生活」は保証の対象ではないように変えられていきます。大内さんは、新自由主義と構造改革のイデオロギーと闘うこと無しに我々の生活を守れない状況になっているとイデオロギー闘争の重要性を強調しました。
 教育基本法反対運動のポイントは、軍事大国化と構造改革の双方に反対する運動であるということであり、保守=改憲二大政党に対抗する運動・政治勢力の結集が必要になるということです。

 有事法制=戦争準備態勢と結びついた地域の相互協力

 改悪案には、「学校、家庭、地域住民等の相互の連携協力」という条項が新たに設けられています。(新第13条)大内さんは、「相互連携協力」体制は、子どもたちを監視するだけでなく、住民相互を監視するシステムであり、有事法制と一体のものである事を強調しました。現に、各地域で学校、警察、自衛隊が協力する「国民保護」体制が進行しています。戦争準備の拠点づくりとも言うべきもので、草の根ファシズムの危険性をもっています。「愛国心強化月間」などが作られ、全体をそこに巻き込んでいくのではないかと危機感を表明しました。

 煽られる「若者の自己責任論」と「教基法悪玉論」

 大内さんは、さらに新自由主義的構造改革のもとで拡大する社会的格差と不平等を一つの重要なテーマとして展開しました。
 政府やマスコミは、ニートやフリーターの責任があたかも本人に有るかのように描き出し、責任を本人に押しつけています。しかし正社員を減らし、若者が就職できないような状況をつくりだしたのは、財界であり、経団連であり、先ほどの経済財政諮問委員会です。
また少年犯罪が増加していないにも関わらず、少年の凶悪犯罪がおこると、少年バッシングがおこり、なぜか教基法バッシングがおこります。しかし、その根本には、社会のひずみがあります。
マスコミは、「格差社会には反対だ、しかし構造改革は進めなければならない」というような矛盾した論調を展開しています。しかし、構造改革こそが格差社会の元凶であり、格差社会に反対するためには構造改革に反対しなければなりません。
 構造改革は、教育改革だけでなく、軍事大国化、戦争国家化、「格差社会」化、「最低限度の生活」の剥奪、医療の切り捨て、社会保障の切り捨てなど社会のすべての領域を含んでいます。その意味で、新自由主義的「改革」とはまさに労働問題であり、反戦平和運動と結びつくことの重要性を大内さんは強調しました。

 教基法改悪反対の闘いと構造改革反対の闘いとの結合の意義 希望をもって闘おう

 大内さんは、今後の闘いとして、@教育基本法改悪の問題点を知ること、伝えることの重要性を強調しました。たとえ一点でも良いから改悪の中味を暴露していくこと、具体的に学校現場がそして社会がどう変わっていくのか広く伝えていくということ、「国を愛する態度」批判でも、今後激化する「格差社会」との結び付きの暴露でも良いということです。Aマスコミ、議員、政党へ、投書・請願・申し入れ等あらゆる手段で働きかけていくこと、そしてB国会闘争を院外の大衆運動から院内へと導いていくことです。

 その後の質疑応答では、重要な様々な質問が出されました。教育基本法10条の改悪は、学習指導要領を絶対的なものとし、教員から抗命権を奪うものであること、イギリスのサッチャー教育改革と日本の「教育改革」の関係、それに見習った全国共通テストの問題点、あらたに挿入された障害児教育の切り捨ての条文、子どもの権利条約に照らした政府案の問題点、日本の反対運動の現状と、改悪推進側が教基法改悪のために用いるレトリック(「少年犯罪」が増えたのは教育基本法による教育のせいだ)、大阪の教員にかけられている「評価・育成システム」とその給与反映と闘っていくことの必要性等々。

 また「教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会」の事務局からは、たとえ一点でも教育基本法改悪の暴露をおこなっていくことの重要性が強調されました。また署名事務局からは、「共謀罪の危険――自由に議論することが犯罪とされる社会をつくる」が紹介され、全国の運動が共謀罪の成立を阻止していること、この力を同様に教基法改悪阻止の力に結びつけていこうとのアピールがありました。
 以上の質疑を踏まえ大内さんは、現在の世の流れに進んで反対しない、反対しようと思いつかない、希望を持った闘いを想定できない、想像できない子どもたちや国民を将来にわたってつくって行こうとするのが現在の攻撃の本質であること、しかし、ヨーロッパや中南米では新自由主義的・軍国主義的な流れに抗して学生・労働者が政府から譲歩を勝ち取ったりしていること、反グローバリズムの運動が前進していることに触れ、希望をもって闘おう、共に闘いましょうという力強い言葉で講演を締めくくりました。

2006年6月7日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局





(資料) 現行の教育基本法 と 政府の教育基本法案 の対照表
作成:教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会事務局(2006年4月28日)
info@kyokiren.net http://www.kyokiren.net

<WORD文書ダウンロード(112KB)>





(資料 案内文)
憲法改悪、教育基本法改悪に反対する連続講座のご案内
第4回 「新自由主義と教育破壊〜教育基本法の理念を否定する「改正」法案に反対する」
講師:大内裕和さん (松山大学・教育社会学)

日時:6月3日(土) 午後6時〜9時(開場5時30分)
場所:エルおおさか 7階709号 (地下鉄・京阪天満橋下車)
会場費:700円
主催:アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局


 小泉政権は4月28日に教育基本法「改正」案を閣議決定し国会に提出しました。与党は残り1月あまりとなった今国会で成立させるつもりです。
 しかし、教育基本法は「教育の憲法」であり、日本国憲法とは一心同体の関係にあります。政府はこの最重要の法律をわずか1月あまりの超短期間に、国民的議論などまったくぬきで、国会中の数の力だけで通過させるつもりです。こんな国民を馬鹿にした強引なやり方で、教育の根幹にかかわる法律を変えさせてはなりません。

 「改正」案の本質は戦後60年続いた教基法の根本理念を逆転させることにあります。「改正案」は自民党の狙う憲法改悪と連動したものです。前文では改憲後をにらんで日本国憲法との関係が削除され、教育勅語を否定し天皇制軍国主義と決別する宣言的な部分が意図的に削除されています。
 教育の目的では、天皇制軍国主義の下で国のため天皇のために死ぬ子どもを作ったという反省から、一人一人の子どもを大切にし、「人格の完成」「平和的な国家及び社会の形成者」「心身共に健康な国民の育成」を目指すとしている基本理念が否定されています。代わって「愛国心」「道徳心」「公共の精神」「伝統と文化の尊重」など国家にとって「必要な資質」の育成が目的とされています。あるべき人格の姿を法律で決めようというのです。これでは学校は戦前と同じように政府の望む子どもを作る工場になってしまいます。

 また、政府が教育を支配することを禁じた「教育は不当な支配に屈することなく」の文言は残しましたが、国民こそ教育の主権者であることを示す「教育は国民全体に対し直接責任を負って行われるべき」の項と、教育行政の任務を「必要な諸条件の整備」と限定した部分を切り取りとっています。現行法で国家・行政が教育に介入し支配することを禁じた根幹部分を削除することによって、多数派政党の数の力によって「法律」(「政令」や「通達」にも拡大解釈されていくでしょう)で決めさえすれば、国家はどのような教育でも国民に押しつけることができるようになります。教基法「改正」案は、「国・政府」を教育の主語・支配者に引き上げ、国民を政府の決めた教育政策に従うだけの従属的存在に貶め、現行法における国民と国家の主従関係を180°逆転させています。

 教基法改悪が行われれば学校と子どもの状態は恐るべきものになります。現状でさえ、東京では「君が代」で立たないだけで教職員が停職にまで追い込まれ、法律や人権無視の横暴がまかり通っています。改悪が行われれば、君が代を容認するかどうかどころか、子どもたちは「愛国心」「公共心」「道徳心」「天皇への崇拝」などが有るかどうかで評価され、成績が付けられるようになるのです。教職員はこれらを「徳目」として子どもにたたき込むことを強制されるでしょう。思想・良心の自由は、公教育の現場では完全に否定されます。改悪教育基本法は、まさに政府に教育に関する絶対的権限を与えるものです。その結果は、個人の尊厳、民主主義、平和主義の破壊であり、憲法そのものを否定するものです。

 改悪教基法の下で起こるもう一つのことは教育の機会均等の破壊、新自由主義による格差拡大です。すでに現在でも政府・文科省によって教育に弱肉強食の「自由競争」が持ち込まれています。小中、中高一貫校や株式会社立学校等エリート育成校、学校間競争の拡大と学校選択の自由化、全国学力テストによる学校毎の順位付けの準備などです。06年度文科省予算には、今後これら全体を管理するための「教育水準局」の設置が盛り込まれました。「エリートは100人に一人でいい」「非才、無才はただ実直な精神だけを養ってくれればいい」という切り捨てと選別主義が、大手を振って横行することになります。金の有るものだけが「良い」教育を受けられ才能を伸ばせる不公平社会のシステム=小泉の新自由主義政策を教育に持ちこませてはなりません。

 情勢は緊迫しています。国会会期は6月18日までです。教基法改悪を会期延長で強行するか、延長なしで継続審議にするか、政府はまだ腹を決めていませんが「延長して強行」の線が強まっています。「教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会」は6月2日に再度の全国集会、国会行動を呼びかけています。第4回の連続講座は、この極めて重要な時期に開きます。講座までに、国会議員、地方議員への働きかけや街頭宣伝など、それぞれができることに取り組み、講座にご参集ください。いまこそ、戦後教育の中の民主主義を守るために全力を挙げることが必要です。



講師紹介 大内裕和さん
1967年神奈川県生まれ。教育社会学。現在松山大学人文学部助教授。「教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会」呼びかけ人。主な論文に「教育における戦前・戦時・戦後」(山之内靖ほか編『総力戦と現代化』柏書房)、「現代教育の基礎講座 教育と社会を理解するために」(『現代思想』2005年4月号)、 「教育を取り戻すために」(『現代思想』2002年4月号)著書に『教育基本法改正論批判』(現代書館)など。


2006年5月7日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局




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