「対テロ戦争」への加担に反対し、イラク・インド洋からの自衛隊撤退を求めるシリーズ(その10)
膨らむイラク・アフガン戦争の巨額戦費。サブプライム危機、景気後退への突入の中でますます人民生活を圧迫
−−最新の試算では、2017年までで3兆5000億ドル(420兆円)にまで膨らむ見込み−−


はじめに−−大統領選挙戦の争点は景気問題がトップに浮上。サブプライム危機と景気後退で巨額戦費がどんな矛盾を引き起こすのか

(1)年初来、米国発の世界同時株安が止まらない。1月22日のそれはまさに「ブラック・チューズデー」と言うべき巨大なマグニチュードを持ったものであった。年初来の主要各国の株価の推移は、世界中で文字通り“株価暴落”が勃発したことを示している。マーケットは、ブッシュ大統領の緊急対策も無視して下がり続けた。さすがに米連邦準備理事会FRBの0.75%もの大幅緊急利下げで少しは値を戻しつつあるが、投資家達自身が、底を打った気配は全く感じられないと口々に語っている。ブッシュもポールソンもバーナンキも、抜本的対策が打ち出せず、パニック状態に陥っている。世界株式市場で株価は乱高下を繰り返しながら、確実に下値を切り下げていくだろう。
※世界同時株安の様相 東証1万3000円割れ 欧州、アジアも急落(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2008012202081486.html

 昨夏から世界経済は異変続きである。サブプライム危機をきっかけに、クレジットクランチ(信用逼迫)が国際金融市場を根底から動揺させ、国際金融市場を独占的に支配しているシティグループ、バンクオブアメリカ、モルガンスタンレー、メリルリンチ等々、名だたるグローバル金融独占資本(商業銀行、投資銀行など)、あるいはヘッジファンドなどが、次々と不良債権危機に陥り、巨額の赤字を計上し、資本を毀損させ、経営危機に陥っている。根っこにあるのは、米国の借金漬け経済そのもの、とりわけサブプライムローン(信用力の低い個人向けの住宅ローン融資)である。欧米系金融機関は、こぞってこのローンを原資に「証券化」という詐欺的手法で、ハイリスク・ハイリターンの“毒まんじゅう”のような似非金融商品を作り、世界中に売りさばいた。しかしこの詐欺的手法は、住宅価格が上昇し続けることを前提にしていた。
※米メリル、1.7兆円の損失 証券信用不安、底見えず(朝日新聞)
http://www.asahi.com/business/update/0117/TKY200801170328.html
※バンク・オブ・アメリカの第4四半期は95%減益、評価損響く(ロイター)
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-29906120080122

 2006年後半以降、住宅バブルが音を立てて崩壊し、住宅価格が反転低下し始めたことから事態は逆回転し始めた。2007年に入ってラティーノやアフリカ系アメリカ人を中心とするマイノリティや白人労働者下層の低所得者層が次々とローン返済に行き詰まった。住宅価格上昇を利用した借金システム=「ホームエクィティ・ローン」による個人消費の増大にストップがかかった。昨年末のクリスマス商戦は異例の冷え込みとなった。そしてついに昨年12月の雇用統計は近年にない悪化を記録し、失業率が上昇に転じた。個人消費の落ち込みと雇用情勢の悪化、米の景気後退局面への突入は不可避の情勢になっている。
※サブプライム影響 米実体経済に波及 雇用情勢悪化(セントラル総合研究所) 
http://www.sodan.info/clipping/?sec=detail&did=32992

 それだけではない。石油価格が年初についに1バレル100ドルを記録した。エネルギーと食料品を中心とする物価上昇が生活を圧迫し始めた。1970年代に猛威を振るったあの「スタグフレーション」に類似した危機的現象が復活しつつある。この石油危機は、ブッシュのエタノール開発推進政策の表明で、とんでもない方向に発展し始めた。トウモロコシなど穀物を利用した世界中の穀物逼迫を招き、貧しい途上国の食糧を奪う新しい食糧・農業危機を誘発している。更にまた、昨年末のバリ・サミットをきっかけに「ポスト京都議定書」と地球温暖化阻止の問題が世界政治の政治的焦点に押し出されれようとしている。
 ブッシュ政権が戦争拡大に血道を上げ、イラク戦争の泥沼化にはまり込み、中東覇権と世界的な軍事覇権の維持に汲々とする下で、自らの足下から火がつき始めたのだ。サブプライム危機と金融・経済危機、石油高騰とエネルギー危機、食糧・農業危機、地球環境危機が、一つの糸玉に絡まり合って、かつてない全面的な危機に発展しつつある。米国の軍事覇権の後退は、そのドル=金融覇権、経済覇権の後退と結び付き始めた。


(2)それでも現在のところブッシュは強硬路線を変えていない。政権が末期症状に陥り、軍事外交政策を転換するエネルギーも能力も残されていない。依然イランに対する軍事的外交的恫喝を加え、対イラン攻撃を可能性を引っ込めていない。ブッシュが表明したイラクからの撤退は、昨年はじめの増派分3万人の撤退に過ぎない。アフガニスタンは開戦以来最悪の泥沼状態に陥り、米軍3200人もの増派をせざるをえなくなっている。
 ブッシュは昨年12月末、イラクとアフガニスタンにおける「対テロ戦費」700億ドル(約8兆円)超を盛り込んだ2008会計年度予算あっさりと成立させている。民主党は一昨年11月の中間選挙での大勝を受け、イラク戦費の増額を否決することで米軍の撤退を勝ちとる条件が生み出されたにもかかわらず、結局イラク戦費の補正予算を認め続けてきた。だが今年に入って経済悪化と戦況の泥沼化の中で、公然とイラク・アフガン戦費を問題に出来ない状況が生まれている。2月にブッシュが予算要求する戦費は、年度でいけば2009年9月30日までであるが、今回は戦費請求が約半分となっており、ブッシュの退陣以降の駐留規模と予算支出見通しは「次期大統領」に委ねるというのである。この点についてはブッシュとペローシとは合意済みという情報もある。つまり共和党は、大統領選後もイラク駐留に必要となる巨額の軍事費を公然と要求することができず、民主党も「政権奪取後」のイラク撤退の展望を指し示す事ができないことから、双方が長期的なイラク駐留経費にふれないことを密約したのだ。しかし、イラク撤退問題を引き延ばし、展望もなく駐留を継続することは、4000人に迫る米兵の犠牲者と深刻な後遺症、PTSD問題などと絡み、生活悪化に苦しむ人民の厭戦機運を高め、戦争予算の問題を政治焦点にせずにはおかないだろう。
※米下院、対テロ戦費700億ドル承認
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20071220AT2M2001F20122007.html
※Bush budget won't fully fund Iraq war
http://www.politico.com/news/stories/0108/8080.html
※Bush redefining Iraq role, next president must pay for it
http://rawstory.com/news/2007/Bush_poison_pill_for_90_Plan_0124.html

 ブッシュと政権の関心は、中東覇権と米系石油メジャーによるイラクの石油の略奪である。ブッシュとマリキは昨年11月、米軍の長期的駐留と石油法制定促進についての文書に署名したが、イラク国内でこれへの反発が強まっている。マリキ政権は求心力を完全になくしている。イスラム教スンニ派やシーア派の一部、世俗派の指導者らは1月13日、国民和解や石油資源の国家管理などを求める声明を共同で発表した。ブッシュは石油法の制定の見通しが全く立たないもとで、米軍が撤退してイラク情勢が米のコントロール不能になることを恐れているのである。
 イラクの石油の確保という点では、民主党も同様である。民主党も中東覇権と「対テロ戦争」そのものを否定しているわけではない。いかに安定して石油を獲得していくか、米の中東覇権を維持するかという関心に貫かれている。
※Bush, Maliki Break Iraqi Law to Renew U.N. Mandate for Occupation(Afterdowningstreet)
http://www.afterdowningstreet.org/?q=node/29502
※Mission Not Yet Accomplished How Iraq figures in Big Oil’s dreams(Znet)
http://www.zmag.org/content/showarticle.cfm?ItemID=14652
邦訳はhttp://teanotwar.seesaa.net/article/78509747.html


(3)2001年のイラク戦争以来、これまでも、アフガニスタン・イラク戦争の戦費問題は、その急速な膨張が批判の対象となってきた。しかし、昨年の夏に、住宅バブル崩壊がサブプライム危機となって爆発するまでは、深刻な政治問題にはならなかった。
 しかし、サブプライム危機は軍事費、戦費捻出の危機でもある。年初来の株価暴落とリセッションへの突入は、財政赤字と対外収支赤字の問題を再燃させ、今後戦費問題を最も重要な政治問題の一つに押し上げるだろう。なぜなら、2001年以降の長期にわたる米国経済の景気回復と過剰個人消費、虚構の消費大国化を可能にしたのも、財政赤字と経常収支赤字の「双子の赤字」にあえぐ米国経済が、あの巨額の戦費を湯水のように増額できたのも、元をたどれば、その最も大きな要因の一つが住宅バブルを作り上げてきたサブプライムローンだったからである。それはまた、米国の膨大な経常赤字をファイナンスしてきた「ドル帝国循環」といわれるマネー循環システムを作り上げる上でも、ドル価値とドル本位制を維持する上でも大きな役割を果たしてきた。
 イラク戦費問題の観点から見れば、サブプライムローンと住宅バブルの膨張メカニズムこそが、米国の巨額戦費を可能にした最大の根源だったのである。(日本の膨大な貿易黒字と米国債への集中投資もその一環である)
※異常な個人消費と軍事費がけん引するいびつな成長(日経新聞)
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/yanai.cfm?i=20070910c9000c9&p=3

 サブプライム危機と景気後退は、戦費問題をかつてなく深刻な問題として浮上させるだろう。ブッシュはイラク駐留部隊を18万人の規模まで膨れ上がらせ、必死になってイラクの治安改善を演出しようとしてきたが、ついに景気と財政の面からもその限界に突き当たろうとしている。 


(4)以下で紹介するイラク・アフガニスタン戦争の将来にわたる財政、経済コストを試算した上下両院合同経済委員会の報告『戦争にどのくらいの費用がかかるか?』(WAR AT ANY PRICE?)は、昨年の11月13日に公表された。ちょうど夏にサブプライム危機と金融・信用危機が勃発した後である。この報告書が準備されていた昨春には、まだ萌芽的であったが、サブプライム危機の最初の爆発があった。米の政府支配層の一部は、このまま膨大な戦費が投入され続ければ、間違いなく、国家財政の危機、経常収支危機、ドル危機に火がつくことであろうことを恐れているはずだ。悪化するイラク、アフガニスタン情勢、対テロ戦争路線の破綻がますます懸念される下で、早急に新たな軍事外交政策に転換しなければ、中東における覇権の後退、民生予算のカットと一体となった戦費負担の拡大が米国社会をさらなる分断と危機に追いやることへの支配層全体の危機感が作用しているのは間違いない。
 折しも米国では今秋の大統領選挙戦の真っ最中、米国世論の関心は、昨年までイラク問題が最大の争点だったが、年末から年初にかけて、景気と雇用問題が急浮上している。明らかに局面は変わりつつある。私たちはイラク戦争問題を、戦費問題として、戦争の問題を経済危機の問題と結び付けて、サブプライム危機と金融・信用危機、景気後退の問題と結び付けて、従って米国の労働者や勤労人民の生活と結び付けて捉える必要が出てきた。
※『War At Any Price?』(Joint Economic Committee)
http://jec.senate.gov/Documents/Reports/11.13.07IraqEconomicCostsReport.pdf
※米大統領選、争点に「経済」浮上 民主陣営が景気対策案(朝日新聞)
http://news.goo.ne.jp/article/asahi/world/K2008011202290.html


(5)日本では通常国会が始まった。民主党と野党は“ガソリン国会”と位置付け、道路予算の無駄遣い批判とガソリン価格引き下げを武器に福田政権を追い詰めようとしている。
 福田政権は、一方で労働者・人民に負担を強いながら、他方で米日の軍需産業への“くれてやり”に人民の血税を使おうとしている。防衛省の軍事疑獄問題をうやむやにしようと必死だ。あくまでもブッシュの戦争政策を全面的に支持し、対米公約を最優先する形で、新テロ特措法の再議決強行から米軍基地再編、ミサイル防衛の推進、さらには海外派兵恒久法の制定にまで突き進もうとしている。
 だが、深刻な経済危機・財政危機に直面しているのは福田政権も同じである。いや、財政破綻は米国より日本の方が深刻だと言ってもいいだろう。社会的格差・貧困の急速な進行、深刻な雇用情勢、医療難民・介護難民の急増、物価の高騰など人民生活の急速な悪化を食い止め、生活を防衛するためには、ブッシュの戦争への協力と戦争国家への道を止めさせる闘いを不可分に結合して闘う以外にない。消費税増税や数々の大衆収奪、人民予算切り捨てに反対し、軍事費の削減を要求する闘いがますます重要になっている。
※戦争のコスト増とともに、戦争がもたらす社会に対する影響−負傷兵の問題、帰還兵のホームレス化、深刻化する帰還兵のPTSDの問題、予備役兵の長期にわたる招集の結果引き起こされる生活破壊の問題、等々、これら問題については、『日本も無縁ではない。侵略国家の近未来像==== 米国社会にのしかかるイラク戦争長期化と侵略国家の“暗い未来”』(署名事務局)を参照。

2008年1月25日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局




[1]ビルメスとスティグリッツの試算を越えて急拡大する戦費

 2005年末、ビルメスとスティグリッツがイラク戦争の費用を試算した報告『The Economic Cost of the Iraq War』が出された。その中で彼らは、中程度の試算として、イラク戦争の費用が1兆1840億ドルにものぼること、さらに「マクロ経済のコスト」を加味したトータルの費用が1兆8540億ドルにのぼること算出した。多くのメディアは驚きをもって、この試算結果を報道した。
 しかし、上下両院合同経済委員会による戦争の費用負担の最新の試算『WAR AT ANY PRICE?』は、イラク戦争における2002会計年度から2008会計年度の期間における政府の財政支出が、予算レベルで6070億ドル、その他の経済コストを合算すると1兆3000億ドルにのぼることを明らかにした。そこにアフガニスタン戦争の財政、経済コストを加えると、同期間におけるブッシュの戦争の費用は1兆6000億ドルを超えていることを明らかにしている。ビルメスとスティグリッツによるイラク戦費試算(駐留については、2010年までを想定している)は、わずか3年後の2008会計年度までにおいて、それに匹敵する金額に到達しているのである。さらに、2017年までの戦費を試算した場合、イラク関連の財政、経済の費用が2兆8000億ドルという数値をはじき出した。336兆円(1ドル=120円とする)もの大金が、2002会計年度から2017会計年度の期間に、財政として、経済的損出として浪費されるのである。この費用は、米国の2006会計年度における歳入2兆1800億ドルをはるかに上回る。この2兆8000億ドルもの金額は、議会予算局(CBO)の財政支出の試算に経済コストを加味してはじき出された数字である。決して過度に誇張されたものではない。

表1 ビルメスとスティグリッツによる2005年末段階におけるイラク戦争のコスト評価


表2 『WAR AT ANY PRICE?』における最新のイラク戦争のコスト評価


※戦争継続の経済負担は約390兆円=イラク・アフガン駐留で試算−米民主党
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200711/2007111400147


[2]戦費負担の急増の原因は直接的戦費の急拡大

 このような予想を超える戦争のコストの膨張の要因は、戦費の急拡大にある。直接的な戦費は、通常の国防総省の予算とは異なる補正予算の形で支出されている。表3において整理した2001会計年度以後の補正予算を概観し、戦費の概算を見てみよう。まずは、ビルメスとスティグリッツが試算を公表した時期(2002-2005年)とそれ以後の3年間(2006-2008年)を比較する。

   2002-2005年  2510億ドル(ビルメスとスティグリッツによる試算)
   2006-2008年  4200億ドル(表2から。ここにはアフガニスタンでのコストを含む。)


 同じ3年間でありながらも、戦費(補正予算から評価した)が膨張し続けていることが分かる。そして、この数値を合計すると約6700億ドルになる(ここにはアフガニスタン分が含まれている)、これは『WAR AT ANY PRICE?』試算の表2のイラク戦争関連の政府支出である6070億ドルとほぼ一致する。そこに、戦争によって生み出されるその他の費用8930億ドルを加えると、イラク戦費は1兆3000億ドルとなる計算だ。この支出額は、ビルメスとスティグリッツよるイラクマクロ経済のコストを除外したコストを超えている。つまり、2005年当時に想定されたよりも直接的な戦費は、急拡大しているのである。いつ部隊の撤退を開始できるのか、そのペースはどうするのか、そもそも米軍を本格的な形で撤退させることができるのか、それは今秋に民主党が勝ったとしても疑わしい。民主党を含めて、数万人の占領軍部隊を残留させる腹ではないのか。いずれにしても、イラクの情勢がいまだに安定化しない下で、戦費拡大は必至である。まさに膨張する戦費は、泥沼化するイラク情勢の象徴である。  

表3 各年度ごとの補正予算

 『WAR AT ANY PRICE?』では、この1兆3000億ドルに、2007年の駐留部隊18万人から段階的に規模を縮小し、2013年までにその規模を5万5000人と想定、その後2017年までその規模を維持する、このモデルに従い10年後2017年までの財政、経済コストを評価すると2兆8000億ドルになることを明らかにしている。このモデルは、決して非現実的なものではない。国防長官ゲーツの想定に近いものであるのだが、5年後までに駐留部隊の規模を5万5000人にまで縮小できる保証はない。現実には、ようやく昨年初頭から増派された約3万人相当の削減に入ろうとしている段階である。しかもこの前提には、イラクの政治的状況に対する淡い期待、すなわち、イラクにおける内政安定が早々に達成できるといった願望が前提にある。そして、このイラク関連の戦費にアフガニスタン関連の費用が加わる。その2017年までのトータルの戦費が、3兆5000億ドルにもなるのである。
 報告書『WAR AT ANY PRICE?』は、ブッシュの対テロ戦争の継続が財政にとんでもない事態を招きかねないことを警告する意図をもって作成された。繰り返しになるが、これらの数値は、議会予算局(CBO)の試算をベースとした、確固たる根拠に基づいている。むしろ、試算するたびに議会予算局は、戦費の上方修正を繰り返してきた。米国の財政については、悲観的シナリオがささやかれている。図1に示されているように、医療負担の拡大、ベビーブーマーの高齢化と引退にともなう人口構成の変動によって2050年には、歳入不足はGDPの20%、累積する債務は231%になる見通しもある。ブッシュの政策−大幅減税と軍事費の拡大は、ただでさえ、米国の将来の財政を根底から破綻させるインパクトを持っているのだ。サブプライム問題、景気後退懸念は、これまで表面化することがなかったブッシュの野放図な軍事費の拡大への警戒を高めるであろう。

図1 2050年までの財政赤字の見通し


[3]拡大する戦争負担と進行する人民生活の窮乏化

 表4に示したように、ブッシュが登場した2002年以降、国防総省の予算は1.5倍近くも拡大している。驚くことなかれ、2007会計年度における国防総省予算、イラク戦費を含む補正予算を合計すると、予算における「裁量的支出」の64%に相当するのだ。まさに「戦争政府」「戦争経済」である。

表4 拡大する国防総省予算

 ブッシュは、大統領に就任して以来、ひたすら軍事関連支出を拡大し続けてきた。しかしながらこの間の経済状況が良好であったこともあり、財政赤字は縮小傾向にあった。米国の財政収入は個人納税のウェートが高く、ブッシュの政策のために多くの人民の窮乏化が進んでいたとはいえ、住宅ブームを謳歌し、それを担保に消費を拡大し続けてきた旺盛な個人消費の影で、軍事費拡大に対する批判は相対的に後景に押しやられてきた。しかし、景気後退とともに、財政収支の悪化が政治問題として浮上してくることになるであろう。そして、民生予算の拡大要求は、野放図な戦費拡大に対する反対要求とますます結びついていくだろう。

図2 GNPに占める財政赤字の割合

 最近、興味深い世論調査結果が明らかになった。米国世論における政治的関心事が、これまではイラク問題が最大であったのに対して、昨年末から経済問題に徐々にシフトしているのである。この要因は、まさにサブプライム問題が米国の庶民の生活を直撃しているといった事情、急速に経済状況が悪化していることが反映している。ブッシュにとっては、増派政策によってイラクの安定化を達成し、その成果を誇示しようとしてきたのだが、皮肉にも足下の経済状況がその思惑を打ち砕こうとしている。高まる経済問題への関心は、イラク戦費拡大を政治問題化させることにつながるであろう。
 また、大幅減税とセットで進められた福祉・民生関連予算の大幅カットに対する怒りも高まらざるを得ない。ブッシュは大幅減税を実施し、その分の収入減を補う形で、教育予算、退役軍人局予算、住宅・都市整備予算、環境関連予算を削っている(図3)。福祉・民生予算の削減は、これら「裁量的支出」の領域からはじまり、「義務的支出」の公的年金や公的医療制度にまで広がることになる。その犠牲が下層の人民大衆に押しつけられる。表5からも明らかなように、貧困層の生活は、ブッシュが政権に登場して以降、ますます悪化している。

図3 大型減税と削られる福祉・民生予算

表5 悪化する貧困層の生活

 福祉・民生予算の大幅削減は、労働者・人民の生活を直撃することによって、国内の政治的対立を激化させずにはおかないだろう。広範な人々の生活防衛の闘いが、軍事費削減要求と直接的に結びつき、日々の生活のための闘いが反戦平和運動とますます結びついていくにちがいない。昨年の9月に行われた、ANSWER連合を中心としたワシントン包囲行動では、「戦争と占領ではなく、仕事と教育にお金を」のスローガンが掲げられた。ブッシュは、どこまで矛盾を蔽い隠して人民を欺き続けることができるか、もはや時間の問題となっている。ブッシュの軍事外交政策、経済政策、彼のこの8年間のすべての内外政策が愚行として、断罪されるであろう。しかし、彼の「真の功績」は、皮肉にも、米国の軍事覇権を後退させたこと、米国の衰退をより早めたことにあるかもしれない。
 歯止めなき軍事費、歯止めなき財政赤字の膨張は、内外に様々な諸矛盾を生み出し、帝国主義的覇権主義とその物質的基礎を根底から揺さぶる時を、今まさに迎えつつあるのかもしれない。
※図1,図2,図3,表5の出典:
「Center on Budget & Policy Priorities」 “Federal Budget Overview”
http://www.cbpp.org/budget-slideshow.htm