[投稿]2009年中学校教科書採択が迫る
再び教科書闘争へ
扶桑社版も「自由社」版も不採択に追い込む運動を開始しよう!

 「つくる会」(「新しい歴史教科書をつくる会」)教科書を惨敗に追い込んだ2005年中学校教科書採択から3年。来年度には、次の中学校教科書採択を迎えることになる。当初は新学習指導要領の移行期間と重なり、現在使用中の教科書を学習指導要領本格実施までの2年間継続使用することを決めるだけの形式的採択に終わる可能性が高かった。しかし、2005年「つくる会」教科書不採択運動の蓄積と昨年の沖縄「島ぐるみ闘争」は、「つくる会」の存在そのものを大きく揺さぶり、我々に新たな闘いのチャンスを与えている。確かに教育基本法改悪、教育3法改悪が行われ、教科書問題を巡る情勢はきわめて厳しくなっている。それでも、2005年教科書闘争を闘った各地の運動は、この3年間の経験を踏まえて日本の加害責任を追及し、歴史歪曲を許さない新たな教科書闘争に挑戦していこうとしている。

 改悪教育基本法のもとでの新たな教科書闘争の模索

 教科書採択を取り巻く環境はこの数年で大きく変わった。まず第1に、行政権力の不当介入を禁じた教育基本法が改悪された。そもそも「つくる会」教科書は、政治介入なくして採択に持ち込むことは到底できない代物であった。それ故、2005年教科書採択では、自民党が組織的に「つくる会」教科書をバックアップし、教育委員会への政治介入を執拗に繰り返した。しかし、その最大の障壁となったのが47年教育基本法第10条であった。「つくる会」の総括は「教育基本法10条に阻まれた」であった。従って「つくる会」勢力にとって、教育基本法改悪は自らの教科書を採択させるための悲願でもあった。
 第2に、教育基本法改悪の実働化が教育現場に浸透し始める局面になったことである。昨年、教育3法が改悪され、文科省の教育委員会への介入=「是正指導」と教育委員会議の権限・責任が一層強まった。現場の教職員の意向を尊重する方向ではなく、教育委員のお好みで採択が左右される可能性が強まったのである。さらに、日本会議系国会議員の強い圧力の中で、学習指導要領が全面改定となり、愛国心規定、「規範意識」等が盛り込まれた。解説書には、新「要領」に盛り込むことができなかった「竹島(独島)」領有問題まで入った。全ての教科書が、新学習指導要領のもとで「つくる会」教科書化する危険性がますます高まってきた。
 また各地の教育委員会は、教科書選定の基準となる市町村の「学校教育目標」(学校教育指針)を07教育基本法に基づいて改定作業に入っている。選定基準が変われば、教科書の評価も一変する。これまでなら低い評価の「つくる会」教科書が、最も市町村の教育目標に沿う教科書になる可能性も否定できない。
 これからの教科書闘争は、4月から8月の採択期間に集中的に行う不採択運動だけでは決定的に立ち後れてしまう。新学習指導要領と市町村教委の「学校教育目標」の批判、我々の求める教科書選定基準の提示、教科書採択制度改悪の監視と現場教職員の意向を尊重する採択制度の実現等、我々の目指す教育を対置する本格的な教育闘争として準備していくことが求められている。

 沖縄「集団自決」教科書闘争が切り開いた検定制度の見直し

 昨年の沖縄での「集団自決」日本軍強制を削除した検定意見撤回と記述の復活を求めた「島ぐるみ闘争」は、文科省に記述訂正を認めさせただけでなく、文科省が検定制度に介入し、日本軍強制を削除させていた実態を浮き彫りにした。すなわち文科省は教科書調査官に「つくる会」と関係のあった人物を任命していたこと、任命過程や任命基準が一切明らかでないこと、教科書調査官の作成した「調査意見書」がそのまま教科用図書検定調査審議会(以下、検定審議会)の「検定意見」となっていたこと、検定審議会での審議内容が非公開であったこと、そもそも審議委員のメンバーや任命基準等も非公開であること等々、検定制度が不透明で不公正極まりないもので、それゆえ文科省の政治介入の土壌を作っていたことが明らかになった。渡海文科大臣は、検定審議会を含む「教科書検定制度の透明性の向上や専門的見地からの検定の在り方を議論してもらいたい」と、この夏をめどにした検定手続きと検定基準の見直しを表明せざるを得なかったのである。
 日本会議の右派勢力は、この動きを利用して検定基準から近隣諸国条項の撤廃を求めて圧力を強めている。文科省の天下り団体である教科書協会は、検定審議過程の非公開と審議委員、教科書会社、執筆者にまで守秘義務を課す提言を行い、検定制度の透明化に抵抗している。
 沖縄「集団自決」問題で明らかになった教科書検定を通じた教科書記述への介入は、日本軍「慰安婦」問題の削除や南京大虐殺の過小評価記述、強制連行の削除など、日本の加害責任の曖昧化するときの文科省の常套手段であった。その意味では、文科省の検定制度見直しに対して、最低限のこととして政治介入を排除する透明性・公正性の確保と近隣諸国条項の堅持、沖縄県民が要求し続けている沖縄条項の新設を要求していかなければならない。

 「つくる会」の分裂を運動のチャンスに

 2001年と2005年、過去2回の「つくる会」惨敗は、我々の予想を超えて彼らに大きな打撃と混乱を与えた。2005年秋から「つくる会」内部では、責任のなすりつけあいと主導権争いが激しくなり、2006年ついに八木秀次を中心にした日本会議系グループが日本教育再生機構を立ち上げ分裂した。扶桑社は、安倍元首相の橋渡しで「つくる会」と縁を切り、育鵬社という教科書出版を行う子会社を設立した。藤岡信勝を中心にした「つくる会」は、自由社から新たな教科書発行で対抗した。ここに「新しい歴史教科書」の流れをくむ2つの教科書が登場することになった。藤岡・「つくる会」が編集する「自由社」版と八木・日本会議系の日本教育再生機構(教科書改善の会)と扶桑社が手を組む「育鵬社」版である。
 「つくる会」と日本教育再生機構(教科書改善の会)との対立は、来年の教科書採択を念頭に、扶桑社版のシェアを奪い合う新しい段階に入った。2008年4月、「つくる会」は「自由社」版教科書を検定申請し、来年の採択戦に参入することを表明した。同時に藤岡信勝の著作権を盾にして扶桑社版教科書の2009年での配給終了を通告した。「つくる会」の狙いは、扶桑社版に代わって「自由社」版を滑り込ませることである。早速「つくる会」は、東京都教委と杉並区教委に対して来年度は扶桑社版ではなく「自由社」版を採択するように売り込みを開始している。
 他方、扶桑社側は、「つくる会」の配給終了通告を無視して継続発行することを宣言した。「自由社」版教科書に対して「現行の扶桑社版を複製した可能性が多大」であると、逆に著作権違反で「つくる会」を攻撃し始めた。7月には、藤岡信勝は扶桑社版の出版差し止めを求めて訴訟を起こした。彼らの対立は文字通り泥仕合の様相を呈してきた。
 歴史歪曲勢力の中での対立と分裂は、我々にとって「漁夫の利」を得る絶好のチャンスである。来年度の中学校採択では、前回扶桑社版を採択した地域(愛媛、滋賀、栃木、杉並、東京)では、扶桑社版も「自由社」版も不採択に追い込む運動を作り上げなければならない。また、教育委員会議の中で2:3の僅差で不採択になった地域でも、扶桑社版・「自由社」版の双方を採択させないように警戒を強めなければならない。
 教科書問題に取り組む各地のグループは、来年に向けて闘いの準備に入った。まずは、今年の小学校採択において教育基本法改悪、教育3法改悪の影響がどのように現れているか分析を開始する。教科書採択制度の中で教育委員会の権限はどのようになっているのか、現場の教職員の意向はどこまで反映されているのか、国会・地方議員の介入は抑制されるのか、等々。
 そして、世論にアピールする「自由社」版と扶桑社版の対立と矛盾を浮き彫りするキャッチフレーズの作成や全国的な共同行動などを考えていきたい。2005年に様々な共同行動を実現した韓国のアジアの平和と歴史教育連帯(教科書運動本部)との結びつきの再強化を追求していきたい。



 2005年教科書闘争の経験と蓄積をいかして

 来年の中学校教科書採択は、2001年とも2005年とも全く違った厳しい条件の下での闘いになる。しかし、07教育基本法制定とその後の実働化の動きは、それが文科省から各地の教育委員会を通してそれぞれの教育現場にストレートに浸透していくことはありえない。その過程では、地域や教育現場での地道で粘り強い抵抗が絶えず生まれ、矛盾と軋轢を深めることは必至である。郵政解散から小泉自民党の大勝利という圧倒的に厳しい政治状況の中で、「つくる会」教科書を惨敗に追い込んだ前回の教科書闘争こそがそのことを物語っている。昨年の沖縄の闘いが、あきらめず声を上げ続けることで文科省を追い詰め、政治を動かすことができることを明らかにした。
 「つくる会」教科書と闘った各地の運動は、「つくる会」惨敗の中でも、全ての教科書の右傾化と採択において教育現場の意向を排除する傾向を感じ、「次回こそあぶない」と闘いを継続してきた。2001年に「つくる会」教科書を養護学校で採択した愛媛で始まった採択取り消しを求める裁判闘争は、2005年採択を巡っても連続的に提訴され、さらには杉並、栃木へと拡大していった。採択された地域の闘いを孤立させないために、不採択の地域を中心に「つくる会」教科書裁判支援ネットが立ち上がり全国連携も継続された。その過程で広島では、中高一貫校での採択をめぐって教育長の権限を正す住民監査請求が起こされ、横浜では第2位となった「つくる会」教科書を全校配布することを差し止める裁判が始まった。2008年6月には、各地の運動が2009年教科書採択に向けて課題を共有し闘いの一層の強化を確認しあった。2005年教科書闘争の成果とこの3年間の取り組みは、敵の弱点を突く闘いのエネルギーとなって蓄積されている。
 教科書問題は過去の歴史問題ではなく、これからの社会をどうするのかという極めて現在的な問題である。90年代後半からの日本軍「慰安婦」等の日本の加害責任記述の後退は、日米軍事同盟のグローバル化、有事法制とイラク派兵等々と不可分の関係にあった。沖縄「集団自決」からの「日本軍の強制」削除が、沖縄での米軍再編と自衛隊強化と結びついていたこともその延長線上にあった。
 今後の闘いは、採択を阻止するか否かだけでは決定的に不十分である。「戦争のできる国家」のための教育を拒否する闘い、改悪教育基本法の実働化に反対する闘い、教育の戦争責任を追及する闘い、日の丸・君が代反対の闘い、そして憲法改悪阻止の闘いと結び付けて構築していく必要がある。それはまた、2年後に迫る新学習指導要領に基づく最初の教科書採択(小学校:2010年、中学校:2011年)に向けた前哨戦でもある。
2008年7月21日 教員 I